中小企業が陥りがちな賃上げに潜む罠
全国の中小企業経営者でつくる中小企業家同友会全国協議会の広浜泰久会長は、2024年春闘の前に東京新聞の「連合が掲げる5%以上の賃上げ目標について」の問いに対して、「中小企業には難しい」との見方を示していました。
実際は、連合の発表では、第2回回答の集計結果では、基本給を底上げするベースアップと定期昇給を合わせた賃上げ率は企業全体での平均は5.25%となり、中小企業は4.50%でした。広浜泰久会長が示した事前の推察どおりの結果となりました。それでも2023年の春闘を上回る結果となったことも事実です。
今回の賃上げの動きに同調したかたちで中小企業においても賃上げがなされたわけですが、中小企業の本音や抱えているジレンマはどうなのでしょうか。
今回は賃上げに踏み切った中小企業の本音を探りながら、中小企業が陥りがちな賃上げの罠についてみていきましょう。
2024年春闘にみる中小企業を取り巻く状況
2024年の春闘では、中小企業においても4.50%という高い水準での賃上げ率が出ました。しかし、中小企業白書の2023年版、2024年版をみるかぎり、中小企業の業状は全業種において十分に賃上げのできる状態にあるとはいえないようです。
主な理由として考えられるのがエネルギー費の高騰やそれにともなう物価の高騰による影響を強く受けていることが考えられます。 製品やサービスを作る過程で、原材料購入費や人件費、必要なエネルギー費用が上昇した場合、その上昇分を価格に上乗せをします。それが価格転嫁です。しかし、中小企業においては、売上原価の上昇分を販売価格に転嫁することができなかったケースが多いと考えられます。
多くの中小企業は大手企業の下請けとして事業を展開しています。そうしたなか、発注先から取引停止されることや、発注減少となることを不安視した結果、価格転嫁が難しかったというのが内情でしょう。 こうした状況のなかにあって、利益剰余金が少ない中小企業においては賃上げが実現できなかったところも少なくありません。
しかし、人材不足の現状においては、大手企業と同様、それ以上に中小企業は人材確保が難しいと考えられます。事業を継続するためにも人材の確保は必要だと考える中業企業では、賃上げの原資が不足しながらも、賃上げを実施することを決断したというケースもあると思われます。
中小企業の内情
まず中小企業の内情を業状、業績、生産・営業用設備判断DIの推移、資金繰りと倒産・休廃業、雇用を切り口にみておきましょう。
いまだ厳しい業状
中小企業庁が公表している「2023年版中小企業白書」 「2024年版中小企業白書 」を参考に中小企業の動向をみていきましょう。
業状 |
白書のなかに示されている「業種別にみた業状判断DIの推移」(業状判断DI:景気が良いとしている企業の割合から、景気が悪いと感じている企業の割合を引いたもの)からは、2022年は全産業ともに回復傾向となりました。 しかし、原材料の高騰や人手不足などが押し下げ要因となり、いまだ厳しい状況にある中小企業も少なくありません。 |
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業績 |
業績について売上高と経常利益の状況をみておきましょう。 2021年第1四半期を底に2022年第4四半期まで増加傾向で推移してきました。しかし、売上高の増加幅は2023年第4四半期において縮小しています。経常利益においても2023年第4四半期で減少傾向をしめしました。 |
生産・営業用設備判断DIの推移 |
中小企業において2022年では、大企業に比べると不足感が強い傾向です。 また、中小企業の設備投資計画についてみてみると、2022年度9月調査以降の設備投資計画が前年度比で増加をしめしています。 おそらくDXへの取り組み、レガシーとなる基幹システムの変更など、積極的な設備投資をしなくてはならない時期にもなり、設備投資への動きが継続的に現れていると考えられます。 |
資金繰りと倒産・休廃業 |
2022年度第2四半期には新型コロナウイルス感染症拡大によって大きく落ち込んだ資金繰りDIも感染流行前の水準にまで回復したとみられ、2023年第1四半期から第2四半期にかけて回復傾向が続いたものの、第3四半期に下落しました。 この影響は物価高騰や物資調達の遅れなどが影響していると考えられます。 |
雇用の動向 |
中小企業においては、従業員過不足DIはマイナスをしめし、人手不足感はかなり強くなっていると考えられます。 正社員の人材確保状況をみると「不足」の割合が新卒・中途採用においてもそれぞれ32.1%、46.9%と高くなっています。 こうした状況を解決する方策として選択されているのが |
深刻な人手不足が賃上げをせざるを得ない状況に追い込んでいる
現在の日本においては、労働力人口が減少しているため、企業規模の大小に関わらず、また、業種の区別なく、人手不足に直面しています。少ない労働者を奪い合うように採用をすることになりますが、採用に成功するためには、企業の魅力を高めておく必要があります。
企業が魅力的だと判断されるのには、さまざまな要素がありますが、たとえば、福利厚生が充実していること、自分の力が十分に発揮できる労働環境が整っていること、キャリアアップの機会が用意されていること、そして給料が労働に見合うと納得できることなどが大きなところだと考えられます。
いいかえれば、社会全体が賃上げへの動きをしめしているなかで、賃上げに踏み切れない企業は、優秀な人材を確保できなくなるおそれがあります。また、魅力的だと判断されない企業には従業員の定着率が低い傾向もあると考えられます。人材を採用し、従業員として教育の機会を用意しても、ある程度のスキルを身に付けた段階で辞めてしまう厳しい現実もあります。
こうした背景を考えると、今回、賃上げに踏む切った中小企業が4.50%アップの回答をしめしたのも頷けるでしょう。主たる理由は「人材不足への対応策のひとつ」であると考えられます。
賃上げの潜む罠:何をなすべきかの判断が重要
賃上げをすることは、人件費の増加を意味しています。また、単発の賃上げは従業員の一時のモチベーションアップにはなります。しかし、離職率の低下という効果につなげるには、継続的に賃金が見直され、妥当な労働対価であると従業員が納得する必要があります。
さらに、賃上げを実施するためには、原資確保の仕組みを構築しなければなりません。
人材確保を考えると他社が賃上げの動きをみせているときに、自社だけ賃上げができない状況では、さらに人材確保は厳しくなります。しかし、資金繰りの見通しが明るいわけではありません。厳しい資金繰りのなかで賃上げを実施すれば、経営を大きくゆるがす事態をまねきかねません。そうなると、さらに人材への投資が難しくなり、賃上げできる状態ではなくなります。こうした負のスパイラルに陥る傾向にあるわけです。
まず検討すべきは、適正に価格転嫁ができているかを見直し、取引先への労務費交渉をすることです。さらに、企業改革の推進も重要です。少ない人員で効率的に業務が行える環境整備を進めましょう。たとえば、人手がかかっていた単純作業を自動化したり、顧客対応にチャットボット等を導入して、顧客満足度を高めつつ従業員負担を軽減したり、デジタル化の推進によって改善できる業務フローを見直すことが重要です。
また、2021年3月か らはじまった「事業再構築補助金」(2023年の公募は第11回目になる)を活用して事業変換や新分野展開、事業再編といった 思い切った事業再構築に挑戦をすることもひとつの手段です。
しかし、事業の再構築を行うには、緻密な計画と見通しなどを十分に検討する必要があります。事業の新分野での展開を行うにしても、まずは企業内の改善を徹底させ、抱えている課題とその原因を明らかにし、解決を図ることが先決だといえそうです。
- 経営・組織づくり 更新日:2024/06/20
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