「先端IT人材」どう採用すればいい? 競技プログラマを見続けてきたAtCoder 高橋直大社長に聞きました
企業のDX(デジタル・トランスフォーメーション)が必要だといわれて、はや数年。人事の仕事をされている読者の皆さまも、「先端IT人材」や「高度IT人材」を採用せよ、との指示を受けていらっしゃるかもしれません。
具体的に採用を考え始めると分からないことが多いもの。その人材はどこにいるのか? 年収はいくらを提示するべきか? 面接官はどのような社員を充てればいいのか? 入社後の教育はどうすればいいのか?
そんな疑問を全て、先端IT人材になり得る競技プログラマを見続けてきたAtCoder株式会社(以下、AtCoder)の社長、高橋直大さんにぶつけてみました。
― 高橋さん、今日はよろしくお願いいたします。まずは、AtCoderの事業についてお聞かせください。
高橋さん: はい、よろしくお願いします。AtCoderでは、プログラミングコンテストを毎週インターネット上で開催しています。学生が6割、社会人が4割くらいで、海外の方も全体の4割程度いらっしゃいます。
私たちの主催しているプログラミングコンテストは数学的な問題解決がメインで、アルゴリズム開発を中心にした内容です。
普段プログラムに触れることのない方にはなじみがないと思いますが、「アルゴリズム開発」はプログラムによって問題を解決するためのベースとなる考え方や手法を開発すること、とご理解ください。
これが非常に重要で、例えば同じ課題に挑戦して同じ解を得たとしても、アルゴリズムの出来によって解決までのスピードや、解決のために使うプログラムの安定性などが大きく変わってきます。
つまり、アルゴリズム開発の能力が高いプログラマは、現場に出たときに接する多種多様な課題に対しても迅速で的確な手法を用いてそれを解決できる可能性が高いということです。
AtCoderでは競技プログラマに対して独自のレーティングを行っているのですが、これをプログラマの能力を測る一つの指標として用いている企業も多くあります。
― なるほど。つまり競技として課題解決の速度や精度を競うのが「競技プログラマ」で、そのレーティングで能力を測ることができるということですね。
高橋さん: はい。実際、弊社でも企業と人材のマッチング事業も行っています。プログラマとして必要とされる基礎力を客観的な指標で見ることができるので、ポテンシャルを測れるという点で新卒採用とも相性が良いですね。
― いま、多くの企業で「DX人材を採用せよ」という指令が採用担当者に下りていると思いますが、一口にDXと言っても実際はさまざまですよね。高橋さんはどうお考えですか?
高橋さん: はい、おっしゃるとおりで「DXに向いている技術」というものは本質的に存在していません。非常に幅広い分野を含んだ言葉ですよね。
DXという言葉が生まれる前だって、「DX」と呼べるものはあったと思います。会計処理を手計算から電卓に、電卓から表計算ソフトに、そして専門の会計ソフトへとシフトしていった流れは、まさに「DX」ですが、そう呼ぶ人はいません。言葉がなかったからですね。
要するに、DXというのは何かをデジタル化することで顧客体験を変えていくことなのだと思います。先ほどの会計処理の話に戻せば、そろばんを弾いて処理していたものをデジタル化したことによって圧倒的に楽になり、しかも正確になったという顧客体験の変化がありました。
そして、何より大きな変化は会計にまつわるあらゆる数字を一元管理することで無駄を省き、投資すべき箇所が可視化されたことでしょう。
最近になってよくいわれている「DX」というのは、このようにデータを一元管理することによって事業変革の土台を作ることを指していると思います。
― となると、会社が抱えている課題によってDXが持つ意味や具体的な方向性は異なってくるということですね。
高橋さん: はい、そうです。自社内で変革が必要とされるところに対して、デジタルの力でそれを起こすことを「DX」とみんなが呼んでいます。なのでもちろん、会社ごとに求められる人材像は違うはずです。
自社にぴったりと合ったスキルセットを持っている人材が採用できるならそれに越したことはありませんが、難しいでしょう。数が少ないので、そもそも出会うことすらできないかもしれません。
― スキルセットは必要に応じて身に付けてもらうとして、マインドセットについてはいかがでしょうか?
高橋さん: DXはデジタル化による事業改革なので、スタート時点では目指すべきゴールが見えていないことが多いと思います。どのようなデータを集め、どこを改革するべきなのか… と考えるところからスタートし、その過程でゴールを少しずつ具体的に描いていくことになるからです。
そのため、マインドセットとしては「常に学習を続けて先端を走り続けられること」が求められるでしょう。ゴールを自分で見つけに行くことを嫌がらない積極性、冒険心みたいなものですかね。
― 実際に採用活動をするにあたって、まず疑問を抱くのがその待遇と人材配置だと思います。その点についてアドバイスはありますか?
高橋さん: DXを推進するにあたっては、強力なリーダーが必要です。どんなデータを収集し、どう結合させ、新しいものを生み出すのか、という方向性を誰かが示す必要があるからです。
なので、まずは経験豊富でリーダーとしての実績もある方を中途採用してけん引役とした方がいいと思います。
そして、その下に付いて実際に手を動かし、生み出す人は実戦経験はなくとも基礎体力のある新卒社員がいいのではないでしょうか。
前者は年収2,000万円オーバーということも珍しくない人材ですが、後者は初年度600万円ほどでも十分魅力的に感じてくれると思います。
― 新卒採用をする場合、どのようなスキルセットを重視するべきですか?
高橋さん: 先ほどもお話ししたように自社の課題によって必要とされる具体的なスキルセットは違ってきますが、「変革を起こす」という共通項を基に導き出すなら、新しくアルゴリズムを開発する能力のある人はきっと活躍できるでしょう。
AtCoderのユーザーがまさにそうですね。学生が多いので実戦経験はほぼありませんが、競技プログラマとしてアルゴリズムの開発経験は豊富です。リーダーの下で収集したデータを基に、全く新しい方向性を打ち出すアルゴリズムを開発する力はあるはずです。
― ここまでのお話を伺っていると、人材の希少性の高さと成果の見通しにくさから外注でDXを推進しようと考える企業もあると思いますが、社内にDX人材(先端IT人材)を持つ理由はありますか?
高橋さん: 社内に持つ必要があると考えます。理由は2つで、スピードと事業理解の深さです。
社外の協力会社とDXを進めようとすると、まずはRFP(提案依頼書)を作らなくてはいけませんが、繰り返しお話ししているようにDXはゴールが見えないのでまずそれが困難です。
また、仮にそれができたとしても、DXには検証と実行のサイクルを短期間でどんどん回しながら方向性を探っていくという要素がありますので、そのたびにRFPを作ったり、打ち合わせをしていたりしては時間がいくらあっても足りません。
次に事業理解ですが、いまDXを進めている企業はIT企業ではない企業が多いと思いますので、その分野のビジネスを理解したIT技術者の数自体が圧倒的に少ないんです。なので、自社で育成する必要があります。
事業を理解していないのに事業の変革ができるわけがありませんから、これは非常に重要なポイントだと思います。
― プログラマとしての基礎力やマインドセット以外にビジネス理解の力もDX人材には求められるわけですね。
高橋さん: そうです。WEB系やIT系なら、そのビジネスを知っている優秀なIT技術者は豊富に存在しています。が、土木や流通、銀行といったITから遠い業界でDXを起こそうとすると、まずはビジネス理解から始めなくてはいけないことがほとんどでしょう。
自分の技術を深めることにしか興味のないタイプも確かにいますので、センスや志向の見極めが必要な部分でもあります。自分の技術を使ってビジネスを拡大したい、変革したいと考えている人材を採用するべきです。
その点では、新卒社員の方が育成しやすいため、ビジネス理解の進んだ、自社にフィットする人材になっていく可能性が高くなると思います。また、深くビジネスを理解したIT技術者は定着率も向上しますので、その点でもメリットがありますね。
― ここまでで、中途採用のリーダーと新卒採用のプログラマを組み合わせた組織で、ビジネス理解を促しつつスピード感を持ってDXを推進するチームを構築する、というイメージは読者も持つことができたと思います。では、実際の採用広報で気を付けるべき点はありますか?
高橋さん: AtCoderの学生ユーザーを見ていると、最初はやはり皆、IT系のメガベンチャーにしか目が向いていないという傾向はあります。自分たちの腕を生かせる場が他にあるということをそもそも知らないんです。
なので、まずは知ってもらうことに努めましょう。方法を知る上では、弊社と共同でプログラミングコンテストを開催した鹿島建設の事例が役に立つかもしれません。
― ぜひお聞かせください。
高橋さん: 鹿島建設は建築現場のDXを推進できる人材を求めて弊社のプログラミングコンテストに協賛いただきました。
最初、このプログラミングコンテストが発表された際には学生には意外性が強く印象に残ったようで、Twitter上で大喜利が発生したほどでした(笑)。それだけ、自分たちのスキルと鹿島建設という企業が結び付かなかったんですね。
でも、土木の現場で自動運転、自動操縦をいかに効率的に行うかという課題は非常に難しく、やりがいを強く感じたユーザーが多かった。それで、多くの学生がコンテンストに参加して鹿島建設が自分たちのスキルを生かせる企業だと認識することができたんです。
― なるほど。求める人材がいるAtCoderでプログラミングコンテストを行ったことで認知が広がり、採用の助けにもなったということですね。
高橋さん: はい。ただ、魅力的な課題があるだけでは実際の採用にはつながりにくいでしょう。鹿島建設はプログラマにとって魅力的な課題があるだけでなく、待遇面、組織、環境も整っていました。
そういった点では、三菱商事の子会社「MCデジタル」の求人票も参考になるかもしれません。
非常に具体的な内容で、自分が挑戦できる課題がどのようなものなのかがはっきり分かります。また、DX推進の専門子会社という環境で自分たちのスキルを存分に発揮できるだろうと期待もできる。
年収提示も600万〜1,800万円と十分に魅力的ですが、ここで重要なのは「挑戦できることは何か」「どのような環境で集中して仕事ができるのか」という点です。前者は具体的な課題が明確に書いてありますし、後者は拠点がWeWorkで理想的な環境があるとすぐに分かります。
― そういった情報を、いかに欲しい人材に見てもらうかということが重要なんですね。
高橋さん: はい。やりがいや課題の面白さ、開発環境の快適性を重視する人が非常に多いので、それらをきちんと見せてあげることが重要です。AtCoderをご利用いただいてもいいですし、大学の研究室に直接PRしてもいいでしょう。
― とはいえ、採用担当者にはそのポイントがつかみにくいという印象もあります。「魅力的な課題や環境」をどう見つければいいですか?
高橋さん: 社内にIT技術者がいるなら、その方が魅力的に感じている点をアピールすればいいと思います。いないのであれば、近い立場の方にアドバイスをもらった方がいいですね。
― 今のお話に関連して、面接での見極めもまた難しく感じている読者が多いと思います。最後に、見極めのポイントも伺っていいですか?
高橋さん: おっしゃるとおり、非エンジニアの採用担当者の方がDX人材の見極めをするのは難しいことです。
AtCoderが提供しているレーティングは技術力を測る客観的な指標として機能しますが、それだけでなく技術に通じた社員を面接官にすることは必要だと思います。自社の事業とマッチする技術を持っているか、またはその分野に興味があるかどうかを見極めるためには共通言語を持っている必要がありますから。
― 高橋さんの視点から見て、DXをしようという会社が採用するべき人材像はどのようなものだと思いますか?
高橋さん: 技術的な能力を別とするなら、自分ができること・できないこと、興味のあること・ないことをはっきりと言える人材は重要です。
繰り返しになりますが、DXは目指していることが本当にできるのかどうか、挑戦することから始まります。そういった環境では「何でもできます」という人よりも、自分の能力について率直に言える人の方がいいんじゃないでしょうか。
― 技術以外の能力についても見極めは必要になってくると思いますが、その点はいかがでしょうか?
高橋さん: いわゆる「コミュニケーション力」などはそれに当たると思いますが、会社のカルチャーになじんでもらうのはもちろん、DXについては特に非常に深い事業理解が求められる分野でもあるので重要です。
ただ、仕事で求められる「コミュニケーション力」、つまり「報・連・相をちゃんとやりましょう」とか「必要な情報を的確に素早く伝えましょう」とか、そういったものがイメージできず、「面白い話をする力」とか「場を盛り上げる話術」を求められると勘違いしている学生も多くいるので、そこは丁寧に誤解を解いてあげた方がいいですね。
また、この仕事に求められる「コミュ力」は実はプログラマとしての能力にも強くリンクしているんです。論理的な展開をきちんと理解すること、そして人に正確に伝えることは、プログラマとして必ず求められる資質です。もちろん、コンピュータ相手に「やりたいこと」「やるべきこと」をインプットしていくのがプログラマの仕事ですから、その正確性ともつながっています。
― 最後に、先端IT人材を採用しようと考えている採用担当者にメッセージをお願いします。
高橋さん: 採用するのが難しいというイメージを持っている方が多いと思いますが、実際にはまだまだマッチングできる余地があります。ただし、環境・待遇・組織編成といった素地を全社で整える必要はあります。
そこまでして採用するべきか? と疑問を抱く方もいらっしゃるかもしれませんが、基礎体力のある新卒のプログラマを社内で育て、深くビジネスを理解した人材にしていくことで会社のDXは推進されるでしょう。また、そういった人材は定着率も高く、将来のリーダー候補にもなります。
ぜひ、ポテンシャルのあるプログラマの採用から始めて全社的なDXを推進する起爆剤としてください。
― 今日はありがとうございました!
取材の中で印象的だったのが「DXは正解が見えない」という言葉です。日々、進化を続けるIT技術、そして変わり続ける事業環境の中でDXを推進するとき、目指すべき姿が明確に見えることはないでしょう。
そんなDX事業に人材を投入することは会社にとって挑戦でもあります。が、一方で適切な人材を採用することができれば事業や経営を根本から変える原動力にすらなり得ることも、取材の中では見えてきました。
この記事が「先端IT人材の採用は難しい」と考えている読者の皆さんの助けになれば幸いです。
- 人材採用・育成 更新日:2021/01/19
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