海外におけるオフボーディングとアルムナイの取り組みについて ~海外文献から読み解く新型コロナ後のHRトレンド~
2020年以降、人員削減などのリストラクチャリングへ切り替える企業と、成長の機会と捉えて組織拡大に向かう企業にビジネス界が二分されています。日本においては、終身雇用以外の選択肢が広がるなど人材の流動性が高まると同時に、国内の少子化の加速も加わり、労働市場が縮小しています。
そのようななか、退職によって社員との関係を終わらせずに、退職後の関係構築までを設計することで退職者の資産化を図り、新たな価値を創造する「オフボーディング」の取り組みが欧米を中心に広まりつつあります。
しかし日本においては、欧米の外資系企業などと比べると、オフボーディングの取り組みはまだ試行錯誤の段階と言えるでしょう。
今回は、「海外におけるオフボーディングとアルムナイの取り組み」ついて読み解きます。経営者やHR担当者にとって、自社のオフボーディングプロセスと比較して認識を新たにする機会となれば幸いです。
欧米におけるオフボーディングとアルムナイの考え方
そもそもオンボーディングやアルムナイという言葉の意味とその価値について、欧米企業ではどのように定義されているのでしょうか。また、Human Resource Management(人的資源管理)のプロセスにおいて、どのように位置づけられているのか確認してみましょう。
①オフボーディング
入社者の体験を向上し、早期に戦力化する「オンボーディング(On-boarding)」の反対語とも言える言葉が「オフボーディング(Off-boarding)」です。「ボーディング(Boarding)」という言葉には「乗船/乗車/搭乗する」という意味があり、企業にとってオフボーディングは「退職する社員の体験を向上させ、資産化する」ことを目的とした一連の取り組みを指します。
欧米では、オフボーディングによって退職者を資産化することは、主に以下のような新しい価値をもたらすと考えています。
オフボーディングがもたらす価値
- 自社の顧客化(営業とマーケティングの強化、ブランドのアンバサダー)
- 退職者の再雇用
- 採用のサポート(紹介の獲得)
- 退職者への業務委託(副業人材の募集・協業)
- 退職者分析による離職率低下
- 退職者採用(再入社)で自社の企業ブランディング強化(ブランド支持者の創出)
- オープンイノベーション(事業開発の支援)
また、オフボーディングを丁寧に行うことで、退職や解雇の際のトラブルを未然に防ぐこともできます。採用の段階からオフボーディングプログラムについて説明することで、社員がサポートされていると感じることができ、退職時の誤解を避けることもできるのです。
そしてオフボーディングは、在職期間にかかわらず、退職する社員の組織への貢献を称える機会でもあります。再就職するとしても、退職するとしても、その社員が企業にどのように貢献したのかを公にすることで、肯定と感謝を示すことができるのです。
企業が関係を維持したいと考え、社員が同意すれば、前向きな退職によってWin-Winの関係を築くことができます。
②アルムナイ
企業都合による退職も、社員の自己都合による退職も、有能な人材と彼らの知識を失うことに変わりありません。退職する社員に感謝の意を表し、自社とのつながりを維持する方法のひとつとして、退職者同士(以下、元社員)の同窓会ネットワークである「アルムナイ(Almuni)」があります。
アルムナイネットワークは、オフボーディングの成果を引き継いで、以下のような価値を企業にもたらすと考えられます。
アルムナイがもたらす価値
- 良い雇用主広告になる
企業と元社員のつながりが強ければ強いほど、企業はより高いブランドロイヤリティを達成できる可能性が高くなり、元社員は、給料をもらえなくなっても企業を宣伝してくれます。
- 新しい候補者を獲得したり、出戻り社員に応募してもらったりするための素晴らしい採用ツールになる
元社員を再雇用するコストは、新人を雇用するコストの半分と言われています。新しいスキルや経験を積んで戻ってきた社員を採用することは非常に有益です。
- ビジネス連携する
LinkedInのように元社員のネットワークを新しい製品やサービスの実験場として利用している企業もあります。
2020年以前より、欧米のグローバル企業では、優れたスペシャリストの獲得と人材のダイバーシティが急務となり、退職者の再雇用プログラムを提供する企業が増えています。
アルムナイは、人材獲得策として有効なだけでなく、元社員に対して「キャリアが直線的である必要はない」ことや、「育児や介護などの個人的理由で一時離職するのは特別なことではない」ことを伝える強力なメッセージにもなるのです。
また、アルムナイを、自社の企業文化と社員の適合性や合致度合いを測り、採用ミスから雇用主を保護するために有効であると位置付けている企業もあります。
オフボーディングやアルムナイの現状とトレンド
アルムナイを含めたオフボーディングプロセスは、人材を管理し、将来の協力を促し、企業に長期的な価値をもたらす非常に効率的な方法です。
一方で、米国労働統計局の2020年のレポートによると、米国における平均勤続年数は4.1年にまで短くなっています。
このように離職率が高いにもかかわらず、米国においても企業側は未だに社員が退職時に経験するオフボーディングプロセスを軽視していることも分かります。それを示すのが、Sales Benchmark Index (SBI) による調査です。同調査によると、人事部門はオンボーディングプログラムの作成、実施、管理に、オフボーディングプログラムの8倍もの時間を費やしています。
その結果、社員が退職する際には、拒絶され、憤りを感じて退職することが多く、コミュニケーションが絶たれ、企業に対する忠誠心も失われてしまうことが多いのです。
しかし、最近では欧米では、離職者を受け入れ、合理的で前向きなオフボーディングプロセスを構築することを重視する企業が増えつつあります。
アルムナイネットワークのトレンド
2009年、まだソーシャル・プラットフォームが私たちの文化に強く根付いていなかった頃、オランダトゥエンテ大学(University of Twente)の調査によると、調査対象となった企業の15%が正式な元社員の同窓会ネットワークを持ち、67%が社員や元社員が自律的に組織化した非公式なグループを持っていたことがわかります。
企業が公式にアルムナイネットワークを構築または支援をしていなくても、元社員がSNSを通じて組織化している可能性を考慮すべき世の中になっていると言えます。
アルムナイネットワークをつくった海外事例
企業ホームページなどに公開されている、企業のアルムナイの制度の例を見ていきましょう。
1.P&G(プロクター・アンド・ギャンブル)
アルムナイによって2001年に設立された非営利団体が運営している点が特徴的です。アルムナイ向けに交流会、セミナー等のイベントを開催し、活動利益はチャリティーに使われています。
ビジネス特化型SNSである「LinkedIn」と連携した専用サイトで、イベントへの参加申込みの他、P&G関連の最新ニュースの閲覧、P&Gアルムナイ財団による慈善活動への参加などが可能となっています。
2. Microsoft
「Microsoft Alumni Network」を展開しており、多くのアルムナイが加入しています。優秀な社員の再雇用だけでなく、自社製品を広げるためのネットワークとしても活用されている点が特徴的です。
また、インターン向けのアルムナイネットワークとして、社内研究機関「Microsoft Research」で毎年多くのインターンの受け入れを提供しており、この修了生に対するAlumniネットワークを構築しています。
3. アーンスト・アンド・ヤング(EY)
世界で100万人以上のアルムナイが登録する「EY Alumni」というシステムを構築。専用サイトでは、さまざまな分野で活躍中のアルムナイのインタビュー記事や復職用の求人情報を閲覧できます。
また、同社の最新の取り組みをメールで受信することも可能で、シナジー効果を生み出せるような関係作りを目的に、機関誌の発行、定期的な懇親会や研修会の開催、交流サイトの開設などを展開しています。
4. アクセンチュア(Accenture)
30万人以上のアルムナイが在籍し、世界78か国でプログラムが展開されている巨大ネットワーク「Accenture Alumni network」を形成しています。グローバル全体での年間入社者の約4%がアルムナイの再入社です。
アルムナイを対象とした四半期ごとのニュースレター、オフラインでのイベントやパーティー、卒業生の手がけるビジネスやサービスの紹介、再雇用やリファラル採用の推進などを実施しており、アルムナイとの接点を増やしてビジネス・デベロップメントを最大化するための仕組み化を実現しています。
5. マッキンゼー(McKisey & Company)
120カ国3万人を超える会員制のネットワークサービス「McKinsey Alumni Center」を運営し、ノウハウの共有や採用情報の提供、アルムナイ向けのイベント情報の提供などを行っています。
オフボーディングとアルムナイの取り組み例
米国デロイト社は、元社員を「生涯の同僚」と呼び、退職後も育て続けることに多大な努力を払っていることで有名です。同社ウェブサイトのアルムナイのセクションを見ると、キャリアコーチングのヒントやバーチャルネットワーキングイベント、ウェブキャストなどが紹介されています。
特に、経営コンサルティング企業や法律事務所は「up or out(昇進するか、辞めるか)」という文化が根付いていることも多く、社員に価値を感じてもらう一方で、ほとんどの人がいつかは別の機会を求めて退職する可能性を認識することに長けています。
企業側も大学を卒業する学生に対応するのと同じように退職する社員に対応し、アルムナイへの移行を支援し、将来の成功のために退職を準備し、同アルムナイネットワークを通じて連絡を取り合っています。彼らにとっては、「元同僚であったコンサルタントが将来のクライアントになる」といった明白なインセンティブを得ることができているのです。
米国マッキンゼー・アンド・カンパニー社の社員は、退職時ではなく、入社後すぐに同窓会ネットワークに登録されます。それにより同社は、研修や能力開発、報酬プログラムに関する情報を共有するのと同様に、入社希望者や入社予定のアソシエイトに対して、オフボーディングプログラムの詳細を説明しています。
また、ドイツPeoplePath社と米国コーネル大学による2019年のレポートによると、退職者の約3分の1が顧客、パートナー、ベンダーとして以前の雇用主とのつながりを維持しており、新規雇用の15%は元社員の再雇用や紹介によるものであることが示されています。
この結果は、コンサルタント企業だけでなく、他業種においても同様のインセンティブを得ることができることを示唆しています。
オフボーディングプログラムを設計する際のポイント
オフボーディングプログラムを設計する際は、戦略的かつデータに基づいた柔軟な方法でアプローチすることと併せて、社員が退職するかなり前から準備を進める必要があるとされています。
①設計思想を確立する
企業は「社員が退職する際にすべての法的義務が果たされることを保証すること」に関心を向けやすいですが、法令遵守は始まりに過ぎません。
オフボーディングプログラムにどの程度投資するかは、企業の戦略、文化、予算、離職率、そして業界によって異なりますが、自社の人事戦略やタレントマネジメント方針と整合性がとれている必要があります。
そのためには、企業の人材ニーズをサポートするプログラムの目標設定が必要です。目標を設定するためには、組織の規模や範囲、社員のスキル要件、そのスキルを持つ人材に対する市場の需要にも目を向けます。競争が激しく、人材獲得競争が厳しい業界であればあるほど、献身的で思慮深いオフボーディングの取り組みが不可欠になります。
また、オフボーディングプログラムには、企業のミッション、ビジョン、文化も考慮する必要があります。経営陣が退社する社員をどのように扱うかは、その組織が信奉するコミットメントや価値観に沿っているかどうかを明確に示すメッセージになります。
②採用時点から包括的なオフボーディングプログラムを始める
オフボーディングを一過性のものとして捉えるのではなく、継続的な注意を払う必要があります。退社面接を適切に行い、仕事と責任を過不足なく引き継ぐだけでなく、さらに踏み込んだオフボーディングプログラムを行い、早い段階で退職のための土台を作ることが重要です。
理想は、採用の時点からオフボーディングプログラムを始めることです。
管理職は新入社員に対して「定年まで働いてほしいが、現実的には難しいので、社内外でキャリアを積めるように支援する」と伝えます。そして、在職中はキャリアについての定期的かつ継続的な1on1を実施しましょう。また、「個人が目標を達成するためには、時には別の部署への異動や転職する必要がある」ということを、管理職自身が率直に認める姿勢も必要です。
また、定期的に更新されるサクセッションプラン(事業の後継者を育成するための計画)は、部下と「企業で昇進するための有効な道筋があるかどうか」を話し合うきっかけとなるため、包括的なオフボーディング・アプローチの一部としても有用であると考えられます。
③退職時のオフボーディング
円満な退職を実現するには、退職する社員の企業への貢献を認め、その後のキャリアを支援するためのトレーニングやその他のリソースを提供しましょう。退職する社員からのフィードバックを雇用主が把握し、Human Resource Management(人的資源管理)のプロセスへ統合し、資産化するためのオフボーディングの実践が必要です。
社員の貢献を認めるために、マネージャーはパーティーを開いたり、感謝の意を表したりするためのリソースを提供する必要があります。
また、解雇の場合は、企業は社員の最大の関心事である「再就職」にも目を配る必要があります。
実際に、多くの企業が退職した社員に対して以下を含む再就職支援サービスを提供しています。
- 仕事探しのコーチング
- キャリア評価
- 個人のブランド開発支援(LinkedInのプロフィールや履歴書の作成支援など)
- ファイナンシャルプランニング など
オフボーディングは、企業側にとっても学びの機会です。企業は、オフボーディングを適切なタイミングで実施する、質問を標準化する、収集した情報の機密性を確保し、必要に応じて業務や方針を変更するために使用するなど、退職者面接のベストプラクティスを用いてデータを収集していく必要があります。
④社員から元社員へ
アルムナイプログラムには、さまざまな形や規模があります。特定のメンバーシップ・ガイドラインと料金を設定しているものもあれば、単にオンライングループを作り、元社員にネットワークとコネクションの維持の主導権を持たせているケースもあります。また、専門家育成のためのワークショップや講演会に参加させたり、ウェビナー配信、e-learningを展開したりすることも一つの方法です。
コンサルティング企業では、経営陣が企業の方向性や戦略について元社員に報告し、意見を求める機会を設けるケースもあるようです。
【まとめ】タレントマネジメントの一環としてのオフボーディングとアルムナイ
多くの企業が採用後のオンボーディングに力を注ぐ一方で、退職する社員を送り出す「オフボーディング」に積極的に取り組む企業は多くありません。この点は、欧米も日本もそう大差ないといえます。
しかしながら、退職管理のプロセスを間違えば、企業にとって大きな損失を生みかねません。退職者が将来にわたって、自社の顧客やサプライヤーに変わり、自社のニーズに合った優秀な人材を紹介してくれる可能性や、ブーメラン社員として再雇用され力を発揮する可能性を閉ざしてしまうリスクがあるからです。
世界中の労働市場では、働く個人の価値観が多様化し、選択肢も多様化しつつあることにより、雇用関係の認識も変化しています。日本において終身雇用が主流ではなくなりつつあることや、副業や兼業が解禁となっている状況も、その影響の一つと言えるでしょう。
今後は、労働市場の限りある人的資源をどう活かすか、どのように社員のキャリア形成をサポートしながら、社員との間に信頼関係を醸成するかが、より重要になっていくと考えられます。
つまり、個人の選択肢が多様化していくことを前提に、自社へのコミットメントを引き出し、選ばれ続けるためのエンゲージメントの向上が求められているのです。
外部環境と内部環境をどう設計し、社員の体験価値をどう創出し、環境に合わせてどのように継続していくのか。それが企業の永続性や成長性を決める時代になっているといっても過言ではありません。
退職者と良好な関係を築くことができれば、自社で働いたことがある人すべてが人的資産になり、関係人口を拡大していくことができるようになります。
改めて、経営者や人事担当者は、オフボーディングやアルムナイをタレントマネジメントの重要な要素として位置づけ、適切なオフボーディングプログラムを構築し、企業の長期的な価値を創造する機会として、具体的なアプローチを採択していきましょう。
参考
- Median tenure with current employer was 4.1 years in January 2020
- According to Sales Benchmark Index (SBI)
- What universities can learn from corporate alumni programs
- P&G ALUMNI NETWORK
- Microsoft Alumni Network
- Our alumni |EY
- アクセンチュア・アルムナイ・ネットワーク
- McKinsey Alumni Center
- Alumni Program Benchmarking Report 2019
- 人材採用・育成 更新日:2022/08/30
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