ビジネスモデルの変革を推進するDX人材の採用方法
DXとは「デジタル・トランスフォーメーション」(Digital Transformation)の略で「デジタル変革」という意味になります。経済産業省は、2018年に「DX推進ガイドライン」で次のように定義しています。
『企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズをもとに製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや組織、プロセス、企業文化、風土を変革し、競争上の優位性を確立すること』
つまりDXとは「デジタル技術を活用して、時代に合った、より付加価値の高い製品・サービスを与えられるビジネスモデルを作ること」と言っていいでしょう。
DXが求められる背景
DXがビジネスの最重要課題となってきた背景には、デジタル技術の急速な進歩があります。それとともに海外では、デジタル技術を利用して、次々に新しいビジネスが生まれています。
これまでは顧客のニーズをキャッチしていればよかったのが、それだけでなく、企業自らがニーズを創り出していくことが求められるようになったのです。自社のモノやサービスをブラッシュアップするだけでなく、変革していく必要に迫られています。
経済産業省は、日本でDXが進まなければ2025年以降、最大で年間12兆円の経済損失が生じる可能性があると警告を発し「2025年の崖」という言葉でDXへの取り組みを促しています。
DX導入企業事例
DXの典型的な事例として、ネットフリックス(Netflix)が挙げられます。同社はもともと、DVDの宅配レンタルサービスから出発しました。それがインターネットを活用して、動画配信サービスというビジネスモデルの変革を成し遂げ、世界的大企業にのし上がりました。この過程で、かつてレンタルビデオ・DVDの最大手だったブロックバスター(Blockbuster)は倒産しています。
DX人材とは?
DXの推進には、多様な人材が必要です。DX人材とは、下記に挙げるような人材の総称で、DX化を促進するマインドと技術を持った人材のことを指します。
- ITやAIのスキルを身に付けた技術系の人材
- ビジネスの現場とデジタルビジネスについて理解しているビジネス系の人材
- それらをまとめるヒューマンスキルを備えたマネジメント系の人材
多くの人材は上記3つに大別されます。ただし、いずれの人材にもメインとなる知識・技術のほかに、最低限のITやビジネスの知識を理解して使えることが求められます。
このような知識を持ち、さらに業務の経験があればそれに越したことはありませんが、最も必要なのは、業務に対する課題意識とチャレンジ精神です。課題意識が強いほど、DXプロジェクトについてのアイデアが出せます。また、知識や経験がなくても新たな業務にチャレンジし、失敗してもその課題に挑戦し続けるというチャレンジ志向の強い人材がDX人材と言えるでしょう。
DX人材には、どのようなスキル/知識が必要?
DX推進に必要なスキルは、データサイエンスやITエンジニアリング等の技術系スキルと、ビジネスサービス設計などに関するビジネス系スキル、組織・プロジェクト管理といったマネジメント系スキルがあります。
技術系スキル | 技術ビジネス系スキル | 技術マネジメント系スキル |
---|---|---|
・AIやIoTなどのデジタル技術 ・システムの実装(使用されるプログラミング言語はPHP、JavaScript、Swift、Kotlin、Pythonなど) ・インフラ構築(クラウドで構築する場合はAWS、Azure、GCPなど) ・システムデザイン ・UI/UXのデザイン(デザインソフトとして、Adobe XD、Illustrator、Photoshopなど) ・データ分析 |
ビジネスの発想・創造 データビジネスの企画・開発など |
プロジェクトマネジメント 社内調整力など |
ビジネス系スキルを持った人材にITリテラシーを持ってもらい、技術系の人たちにビジネス現場の知識を持ってもらうことが、DXプロジェクトを推進するうえで必要になってきます。これらのスキルはきれいに分かれているのではなく、濃淡はあるにせよ、互いに重なり合っています。そして、技術系とビジネス系をまとめ上げてプロジェクトを動かしていくのが、マネジメント系の人材です。
独立行政法人情報処理推進機構(IPA)は、2019年に発表した「デジタル・トランスフォーメーション推進人材の機能と役割のあり方に関する調査」(東証一部上場企業92社回答)の中で、DX人材を次の6種類に分類しています。
①プロデューサー | DXやデジタルビジネスの実現を主導するリーダー格の人材(CDO<最高デジタル責任者>を含む) |
②ビジネスデザイナー | DXやデジタルビジネスの規格・立案・推進等を担う人材 |
③アーキテクト | DXやデジタルビジネスに関するシステムを設計できる人材 |
④データサイエンティスト/AIエンジニア | DXに関するデジタル技術(AI・IoT等)やデータ解析に精通した人材 |
⑤UXデザイナー | DXやデジタルビジネスに関するシステムのユーザー向けデザインを担当する人材 |
⑥エンジニア/プログラマ | 上記以外にデジタルシステムの実装やインフラ構築を担う人材 |
これらの人材をすべて自社でまかなえれば理想的ですが、現実的には難しいでしょう。
人材確保には3つの方法があります。(1)自社で育成する、(2)新たな人材を採用する、(3)外部の人材を活用する、です。 「マネジメント系スキル」「ビジネス系スキル」のプロデューサーとビジネスデザイナーに関しては、自社で育成するしかありません。自社の経営やビジネスについて熟知していなければならないからです。デジタルビジネスについての知識が不足している場合は、外部からの指導を仰げばいいでしょう。
アーキテクトは、デジタルとビジネス両方について深い知識とスキルが求められますので、自社での育成は、かなりハードルが高くなります。デジタルスキルを備えた新たな人材を採用して、自社ビジネスへの適用を図るようにするのも一つの方法です。
④、⑤、⑥の「技術系スキル」人材については自社のIT部門の人材活用をすればいいでしょう。もし、そのような人材がいない場合は新規採用ですが、IT人材の獲得は熾烈になっているのが現状です。適当な人材が採用できない場合は、外部の人材にアウトソーシングするしかありません。しかし、長期的には内部人材の育成を図っていくのがベストです。
なぜDX人材が必要なのか
これまで日本の企業はITシステムの開発については、ITベンダーを利用するケースが一般的でした。その結果、社内のビジネス部門にはIT技術を活用できる人材がいなく、IT部門にはビジネスを理解している人材がいないという分断状態になっています。DXを推進するためには、ITとビジネス現場の課題を結び付けられる人材、つまりDX人材が必要なのです。
具体的には先に挙げた6種類の人材であり、IPAの調査では上記全ての人材について「重要」と答えた企業が過半数を占めています。しかし、いずれの人材についても「不足」との回答が6割を超えており、DX人材の確保が非常に難しいことを示しています。
ITベンダー任せでいいのか
ITシステムの開発において、業務部門がまとめた要望書をもとに情報システム部門が要件を定義し、外部のITベンダーが完成品を納入するというやり方は一見合理的なようですが、以下のような問題点があります。
- ユーザー企業の知識不足から要件定義がITベンダー主導となった結果、理想のシステムに近づけるために追加注文が発生するなど、費用と時間がかかる場合がある。
- 急な仕様変更に応じづらいなど、緊急の対応が難しい。
- 開発をITベンダーに依頼するため、社内にノウハウが残らない。
特に、(3)が一番の問題点です。ノウハウがないことが弱みとなり、下手をすると悪質なITベンダーに多額の料金を請求される恐れもあります。それと関連して、外注コストが膨らんでいくことも無視できません。
自社人材で運営することのメリット
ビジネスの業務に精通した自社人材がシステム開発を担当すれば、次のようなメリットがあります。
- ビジネス部門とのコミュニケーションも容易で、現場が求める理想や抱える問題を反映させやすくなる。
- 追加の要望や仕様変更にも応じやすくなる。
- 社内にノウハウが蓄積される。
人材を確保して内部化し、社内にノウハウが蓄積されるような体制を作ることがDX推進の肝なのです。そのためには、社内で人材を育成する方法と、社外から人材を採用する方法があります。
以下、『DX人材の育て方』岸和良 他、翔泳社(2022)を参考に解説していきます。
DX人材の採用に求められること
DX人材の募集に当たって留意すべきは、先に述べたように人材の争奪戦が起きていることです。新卒の学生あるいは中途採用者にも高額の給与を提示するなど、売り手市場になっているのが現状です。それを念頭に置いたうえで、採用に取り組まなければなりません。
採用対象を明確化する
6種類のDX人材のうち、自社に不足している人材を明確にし、それに合致する人材を採用することが必要です。
成果が挙がる採用方法は?
給与などの待遇面に配慮することはもちろんですが、企業自身がDXについて理解し、その人材に何をしてもらうのかを明確に提示した上で採用しなければなりません。採用できたとしても、制度や権限などの条件が整わなければその人材を活かすことができないためです。
採用上の留意点
採用前
募集の際には、求職者に具体的な業務の内容が伝わるようにしましょう。「DXのシステム企画・開発」だけでは、詳細な仕事内容がイメージできません。会社側と求職者側の双方が業務について誤解したままでは、ミスマッチが起こります。求職者が「これなら自分にできる」と思えるように、6種類の人材の業務を自社の業務に落とし込み、業務内容を明確にして募集します。
技術系の人材採用の場合、IT関係の技術内容について不明な場合は、外部の専門家にアドバイスをもらうとよいでしょう。
採用後
DX人材の定着のために、社内制度の改革も必要になってきます。
まず、就業環境についての配慮が必要です。IT業界ではフレックスタイム制やテレワーク、私服勤務が増えてきています。自社にこれらの制度がなければ、取り入れることを検討したほうがいいでしょう。また、ハンコやFAX利用など、アナログな社内文化を変えていくこともDX人材の定着に必要です。
給与面では人事制度上、高額を支給することが難しい場合もあるかもしれません。その場合は、DX推進室など独自の組織を設けて、DX人材を専門職として位置づけ、それに合わせた給与体系を設定するといった方法が考えられます。
DXは会社の将来をかけたプロジェクトで、その成否は人材にかかっているのですから、人材への投資と考えて経営判断を下すべきです。
DXの推進体制を構築する
DXの成果を出すには一部門だけではなく、全社的な推進体制を構築しなければなりません。
推進責任者を選ぶ
DX推進には経営トップの理解が不可欠です。社長自らがコミットしてCDO(Chief Digital Officer:最高デジタル責任者)を任命します。CDOは6種類のデジタル人材の中のプロデューサーに当たります。業務上ではDXプロジェクトを推進するプロジェクトマネージャーです。全社的なプロジェクトですから、CDOにはそれにふさわしい権限を与える必要があります。
「DX推進室」を設置する
CDOをトップにしたDXの専任組織(「DX推進室」など)を設置します。ここに育成・採用したDX人材を配置し、IT・事業両部門と連携してDXを推進していきます。その過程で、社内全体にDXの必要性を理解させます。
DXジャーニーマップを作成する
DXで何をするのか、その目標が定まっていないとプロジェクトは漂流します。目標達成のために必要となるのがデジタル化の設計図である「DXジャーニーマップ」です。これは、次のような要素から構成されています。
- 実現したいゴール
- 会社全体の業務プロセス
- 各業務プロセスで把握すべきプロセス指標
- 各業務プロセスで活用するデジタルツール
- デジタル化によって提供する新たな顧客体験の内容
これについては、『中堅・中小企業のための「DX」実践講座』船井総合研究所 デジタルイノベーションラボ、日本実業出版社(2021)に詳しい内容が説明されています。
今後の課題
日本企業での用語として世界的に有名になったものに「改善(カイゼン)」があります。主に製造業で行われているQCサークルなどが、その代表例です。全社的な活動は日本企業の得意とするところではないでしょうか。
業務の過剰な負担になることは避けなければなりませんがDXにおいても、全社員が①ITツールの導入による業務改善、②業務上の課題を解決するアイデア創出、③顧客ニーズを吸い上げた新事業開発などに取り組んでいくのが理想です。
取り組み方は、その会社に合ったもので良いでしょう。いきなり「業務変革」を目指すより、小さな業務改善から始めるのが良い場合もあります。自社の状況をよく把握して、無理のない方法で進めましょう。
- 人材採用・育成 更新日:2023/05/02
-
いま注目のテーマ
-
-
タグ
-