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8人に1人がメンタル疾患の時代 社員を守るために「マイクロストレス」を察知しよう

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メンタルヘルス上の疾患を持つ人は世界的に年々増えています。

その中でも気をつけなければならないのが、日常のさまざまな出来事で生じる「些細な苛立ち」です。

身内の不幸など大きな悲しい出来事と違って、日常的に生じる些細な苛立ちというのは、わたしたちはその場で受け流してしまいがちです。
そして、管理者からすれば、自分の把握できない部下のメンタルダメージということにもなります。

しかし、この些細な苛立ちの蓄積が見逃せないようになってきたのです。

マイクロストレスとも呼ばれる些細な苛立ちはどのようにして大きな疾患につながるのか、予防するにはどんなことが必要かをご紹介していきます。

新しい中華鍋を買って使いこなすまでの「鬱帳簿」

世界保健機関(WHO)によると、現代は地球上の8人に1人がメンタルヘルス疾患を抱える時代です。*1

そして世界経済フォーラムは、その背景にある「マイクロストレス」についてこう説明しています。

  • 「マイクロストレス」と呼ばれる日常の小さな悩みや煩わしさは、それ自体は重要でないように思えるかもしれませんが、蓄積されると、精神的・肉体的な健康に深刻な影響を及ぼし、物事を崩壊させてしまう可能性があります。
    (中略)
    しかし、私たちは、仕事仲間との対立的な議論や、家族のがっかりさせる言動、約束を守らない人たちなど、仕事や私生活の中で引き起こされる些細な苛立ちのほとんどを受け流してしまう傾向があります。

引用)「『マイクロストレス』がメンタルヘルスの時限爆弾となる理由」世界経済フォーラム

この「些細な苛立ち」=「マイクロストレス」が蓄積し、大きなダメージにつながるという指摘です。

新しい中華鍋をめぐる喜びと苛立ち

芥川賞作家の町田康さんが「バイ貝」という作品のなかで、とてもわかりやすくマイクロストレスについて描写しています*2。

主人公はあるとき、日々のストレスを解消するには、より美味しい食事を自分で作ることだと考え、新しいフライパンを手に入れようとホームセンターに向かいます。

そこから「鬱の増減」が始まります。

主人公はあれこれ悩んだ結果、2080円の中華鍋を購入し、家に帰って大きな喜びを感じます。

  • 眺めているだけで嬉しい気持ちになって、自分の身のうちに溜まっていた鬱が300円分がとこ減じた。ヘナヘナ袋から取り出しただけで2080円のうち、300円分の元が取れた。

引用)町田康「バイ貝」p66

さて、主人公は中華鍋を買うまでに10万1000円分の鬱を抱えており、ここに中華鍋の金額を足して10万3080円、しかしこの鍋を眺めることで300円分鬱が減ったので10万2780円の状態になりました。

まだまだ膨大な鬱が累積しているように感じますが、希望を見出します。

  • なにしろ見ただけで、300円ずつ儲かるというシロモノである。試しにもう一度、見てみようか?ほらね。今は二度目というか、さっき見た時からそんなに間があいてないから、180円分くらいしか所有する喜びを感じられなかったが、それでもすでに102600円まで鬱は減っているのであり、これを実際に利用して、ツルツルいく感じを体験したら、低く見積もっても三千円くらいの散鬱が可能で、日に一度しか使わなかったとしても十日で30000円、ひと月で90000円くらいの散鬱、ということはひと月ちょっとで利益に転じるということが見込まれるのであって、こんなボロい話はない。

引用)町田康「バイ貝」p66-67

しかし、ことはそう単純ではありません。

まず中華鍋を使う前に必要な「空焼き」をしていると、煙が漂って警備会社から問い合わせの電話がきたり、思った以上に時間がかかることなどのストレスが蓄積し、結局鬱は再び10万1000円を超えてしまったのです。

しかし苦労を乗り越えて中華鍋を使えるようになると、最初のうちは嬉しさで鬱は1000円ずつ減っていきます。しかし、どうにもしっくりこないことに気づき、もっと育った中華鍋にしたいと考えます。そのためにひたすら野菜炒めを作る日々になるとまた鬱が増え…ということを繰り返す物語です。

新しい中華鍋を手に入れて減った鬱もあれば、小さな苛立ちが作り出す鬱もあり、そう簡単に相殺はできません。

言葉にできないストレスの蓄積

もちろんこれは小説ですし、実際鬱に金額をつけるのは難しいことですが、現実世界でも似たようなことが日常ではないでしょうか。いえ、現実のほうがやっかいかもしれません。

例えば、仕事で高いパフォーマンスを発揮する人にも、その立場の中で中華鍋を育てる段階のように小さな苛立ちをたくさん経験しているということです。

バブソン大学のロブ・クロス准教授らがグローバル企業30社の計380人にインタビューを実施したところ、企業のハイパフォーマーの多くはストレスでいまにも爆発寸前であるにもかかわらず、大半がその状態を自覚していなかったというのです。なかには話を聞いているうちに急に泣き出して、今の苦しさからどう脱却したらいいかわからない、と言う人もいたといいます*3。

そして彼らは、ストレス要因について、表現する言葉を持ち合わせていませんでした。

  • 彼らが説明に苦慮する中で、パターンが現れた。それはけっして押し潰されそうに感じる重圧がたった一つある状況ではなかった。むしろ、気づかないような些細なことが時とともに絶え間なく積み重なり、彼らのウェルビーイングをどこまでも蝕んでいたのだ。

引用)「ハーバード・ビジネス・レビュー」2023年8月号 p21

ニューヨーク大学の行動神経科学者であるジョエル・サリナス氏によれば、もっとわかりやすいストレスを感じると脳は体を保護するメカニズムを発揮するものの、マイクロストレスではそのメカニズムが働かないのだといいます*4。

しかし体には悪影響を与え続けます。脳が認識しないまま体は蝕まれていき、自覚する頃には手遅れというわけです。

「バイ貝」の主人公のように、発生するたびに鬱の帳簿でもつけられればまだマイクロストレスは可視化できるかもしれませんが、そうではないのがこの問題の難しさです。

波紋は周囲にも

クロス准教授らは、マイクロストレスによって引き起こされる大きな波紋について、次のような例えを用いて説明しています*5。

「リタは終業間際に、新任の上司からメールで仕事を頼まれる」

よくある光景かもしれませんが、この出来事がマイクロストレスになって次のように心身への影響が広がっていくといいます。

  • 一次的な影響

    =リタはメールのせいで、帰宅途中にストレスを感じる。
     リタは夕方2時間かけてチームに連絡し、上司から頼まれた仕事に取り組む。
  • 二次的な影響

    =リタのチームは上司の要請に応じるため、互いに連絡を取り合わなければならない。
     翌朝に必要な資料作成のために、チームの残業時間は計20時間に上る。
     リタは新しい上司に対する部下のクレームに対処する。
  • 三次的な影響

    =リタは帰宅途中にストレスを感じたため、夫に対して無愛想になる。
     上司の要請に応えるため、リタは息子との夕食をすっぽかす。
     リタは家族をないがしろにしているのではないか、チームに無理強いをしたのではないかと不安に駆られ、よく眠れない。
     他のチームメンバーも同じようなマイクロストレスを感じる。


そうやって組織にマイクロストレスが蔓延すると、行き着く先がどうなるかは想像に難くないことでしょう。

マイクロストレスを発見するひとつの方法

なお、心療内科医の鈴木裕介氏は、こうしたマイクロストレス、「隠れストレス負債」とも呼べるものを抱えている人の95%は「大丈夫です」が口癖になっているという調査結果を紹介しています*6。

よって、「大丈夫です」が口癖になっている人は要注意です。

また、適応力が高すぎる人はむしろ危険であるといいます。

  • 「適応力がありすぎることは危険である」というのは、強調したいです。自分にフィットしていないものに対しても適応しようとし続けると、人間というのは必ず体調が悪くなるようにできています。でも、それをミスマッチのせいではなく、自分の努力不足だと勘違いして、いろんな症状を黙殺してしまい、傷が深くなるのです。

引用)「エリートに「突然休職する人」が意外にも多い理由」東洋経済オンライン

「大丈夫」という口癖といい、適応力の高さといい、それらは自分が「できないこと」を周囲に知らせたくないという傾向があると考えられます。

この傾向に対しては、定期面談の際に自分の「得意なこと」「苦手なこと」について、例えば3つずつ書き出して提出する、そんな手段があるでしょう。

「苦手な業務」がひとつもない、などという人はまずいません。それを言い出さないだけです。「強いて言うなら」というレベルでもいいから書き出すことを要求すれば、その人がマイクロストレスを感じる環境に置かれているかどうか判断するひとつの材料になるでしょう。

ポストフォーディズムの時代に

メンタルヘルスが問題になっている要因として、現代は「ポストフォーディズム」であることが理由と筆者は考えます。
「フォーディズム」とは自動車メーカーの「フォード」に由来する言葉で、1900年代前半にフォードが採用した大量生産システムに由来します。

ヘンリー・フォードは自動車メーカーに世界で初めてベルトコンベアシステムを確立しました*7。

そして労働者は、工場にいる時間だけが「仕事」であり、それ以外の時間は労働のあらゆることから完全に解放されるようになったのです。肉体的な労働力だけを一定量提供すれば良い時代でした。

しかしこのフォーディズムが終わると、こんどは「精神的なすべて」が生産の道具としてフル動員されるようになったという指摘があります*8。

つまり職場を離れても仕事にまつわることは頭から離れず、場合によっては実質的な拘束時間は無限といえる状況になりました。つまり見えないところでも社員は「働いて」いるのです。

この新しい時代では、労働時間さえ管理すれば良いというものではありません。人間関係などを含めた「精神的なすべて」の部分をケアする必要があるのです。

管理者が、社員のこうしたマイクロストレスの蓄積状況を知るには定期面談などの場で「仕事に限らず何かストレスを抱えているかどうか」を聞き、その詳細に立ち入ることはできないことですが、「何かストレスがかかっている状況である」と把握することは重要です。

また、「仕事に関係はしていないけれど今自分はちょっとストレスを抱えている状況にある」ということを、表現しやすい環境を整えることも欠かせないものになるでしょう。

まずは社員のストレスを把握する手段を確立することです。月1日の定期的なアンケートや、すぐ始められることとしては、管理者が業務連絡と別のメールアドレスを持つことで相談しやすくなるなどの手段も考えられます。

参考

  • Person 清水 沙矢香

    清水 沙矢香 -

    2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。
    取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。

  • 労務・制度 更新日:2024/09/04
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