人的資本経営の観点で考える、副業導入のメリット
企業の社員を「資本」として捉える人的資本経営を自社の人材戦略に取り入れる動きがみられるなか、合わせて副業の導入を検討する企業が増えています。副業の制度をうまく機能させれば、社員が希望するキャリア形成の推進や人材育成など複数のメリットがあります。一方で、副業を人的資本経営に役立てるうえで、注意すべき点がある点も忘れてはいけません。この記事では、人的資本経営の観点から見た副業を導入するメリットや注意点についてまとめました。自社において副業制度の導入を検討している経営者・人事担当者は、ぜひ参考にしてください。
人的資本経営の基本と求められる背景
人的資本経営とは、企業の社員などの人材を「資本」と捉えて価値を最大限引き出し、持続的な企業の成長につなげて行こうとする経営のあり方です。これまで人材は、人件費がかかる「コスト」とみなされる側面が強く、コストに見合った利益を生み出す人材の獲得を重視し、業績が悪くなればコストカットとしてリストラなどの対象となりがちでした。
サステナビリティが重視される昨今において、持続的な発展を可能とする企業経営が重視されるようになっています。同時に、ESGの「G(ガバナンス)」では透明性の高い情報開示が求められ、投資家などのステークホルダーは人的資本の育成や活用状況の開示を要求するようになりました。
こうした社会の要請を背景に、持続的な成長を実現する経営手法として人的資本経営を積極的に取り入れる企業が増えています。社員などの人的リソースを「資本」と捉えて育成を進め、さらに価値を最大限引き出して企業成長に役立てる動きがみられます。
人的資本経営における副業制度の5つのメリット
人的資本経営を推進するうえで、副業を導入するメリットは次の5つです。
- 社員が組織の枠に囚われずキャリアを追求できる
- 社員のモチベーションアップにつながる
- 優秀な人材の長期育成がしやすくなる
- 人材不足を予防できる
- 副業・兼業で培ったノウハウを社内に還元できる
人的資本経営では社員にとって望ましい環境を提供して、それぞれが価値を最大限発揮できる状態を整えることが重要です。そのため1、2は直接的には社員のメリットですが、人的資本経営を実践するうえでは、企業にとっても重要なポイントといえます。
特に後半の三つは直接組織にもたらされるメリットです。それぞれのメリットについて、詳しくみていきましょう。
社員が組織の枠に囚われずキャリアを追求できる
副業を許容すると、社員はいまいる部署の枠にとらわれずさまざまな業務にチャレンジできます。ほとんどの企業組織では、部署ごとに仕事内容が決まっていて、そこで培えるスキルや経験も限定されます。
副業ができれば、所属部署では経験できない業務に就いて新たなスキルを培うことが可能です。より高度な仕事にチャレンジして将来のキャリアアップにつなげたり、本業副業の経験を組み合わせて新たなキャリアにつなげたりと、社員がより自由に自分に合ったキャリアを目指せるようになります。
社員のモチベーションアップにつながる
副業を通じて社員のモチベーションがアップし、本業にも前向きに取り組んでくれると期待されます。本業の仕事内容が、100%社員それぞれの希望通りとは限らず、なかにはモチベーションが下がっている社員もいるでしょう。
全ての社員の希望をかなえるのが理想ですが、組織の業務量と人材構成が制約となるため、現実的ではありません。
副業が可能なら、本業の仕事に充分満足できていない社員も、自分で好きな仕事にチャレンジして仕事全体でみたときの満足度を高められます。また、副業が気分転換となり、本業にも高いモチベーションで打ち込めるようになると期待できます。
優秀な人材の長期育成がしやすくなる
人材の流動化が進む昨今では、優秀な人材ほど多くの転職機会があるため、流出していくリスクが高くなります。副業を可能とすれば、まず本業の収入を自分で補完できるため、待遇を理由に去っていく人材を減らせるでしょう。
さらに、副業を通じて他の仕事に自由にチャレンジできるため、仕事内容の不一致ややりがい不足を理由とした流出リスクも減らせます。優秀な人材を長く企業に定着させ、その能力を最大限活用できる組織になるでしょう。
人材不足を予防できる
二つの観点から、企業の人材不足のリスクを抑制するうえで有効です。一つは、社員が自分の希望通りに働ける職場環境が実現し、人材流出を食い止める効果が期待できることです。
もう一つの観点として、社内副業制度を導入すれば人材不足を防ぐ効果は一段と大きくなります。社内副業制度とは、業務時間の一定の割合を所属する部署とは異なる業務に携わることを許容する制度です。同制度により、リソースがひっ迫している部署の業務を部分的に他部署所属の副業希望者に任せられます。
年数回しかチャンスのない人事異動よりも、はるかに柔軟に人的リソースの調整が可能です。また、社員も所属部署以外の業務を経験して、スキルや経験に広がりを持たせられます。
副業で培ったノウハウを社内に還元できる
副業で培った本業とは異なるノウハウを社内の業務に還元して、さらに高い付加価値をもたらす効果が期待されます。
たとえば、営業の部署に在籍する者が副業でプログラミングの業務を行ったとします。副業で培ったスキルを本業の営業の部署で活かして、営業管理のシステムを開発し、業務効率化や営業活動の精度向上につなげるといった波及効果があるかもしれません。
副業で培った社員のスキルを社内の業務で有効活用するよう工夫すれば、さらに社員の能力を最大限活用して、事業成長や他社との差別化につなげられるでしょう。
人的資本経営の観点で副業制度を導入するうえでの注意点
人的資本経営の観点で副業を導入させるなら、副業を希望する社員が何ら不安なく実行できる状態を整えなければ意味がありません。過重労働リスクへの対処や競合への情報漏洩の防止を図るとともに、副業を許容する雰囲気の醸成が重要です。
時間管理の徹底による過重労働の予防
副業と本業を合計した時間管理を徹底して、過重労働や労働基準法の逸脱を招かないように注意が必要です。副業を許容する場合、社員の労働時間は本業分副業分を合計して計算します。
そのため、企業は総労働時間を常に把握して、残業を上限以内に納める、休暇を与えるなどの適切な対処をしなければなりません。
本業と副業の企業が労働時間を共有し合って融通するのが理想ですが、社内副業でない限り現実的ではないでしょう。そのため次善策として、社員から副業側の労働時間を定期的に報告してもらうなどの対応を取る必要があります。
情報漏洩の防止や禁止規定の明確化
副業を禁止する企業の理由として多いのは、情報漏洩のリスクや競合他社にノウハウやスキルが利用されるリスクを懸念するものです。こうした副業に関するリスクは社内規定に罰則と共に明記しておきましょう。特に情報漏洩は、ときに企業に大きな損失を招くため、いかなる企業の内部情報の利用も禁ずるのが望ましいといえます。
競合他社での副業は、近い業種で仕事を経験したほうが自社内に還元されるノウハウも多いと期待されるため、不必要に厳しく禁止するのが最善とは限りません。情報漏洩を厳しく禁止していれば競合他社に情報を盗まれる心配はなくなるので、実は同業他社での副業禁止は心情的な部分が大きく、必ずしも合理的な理由はないのです。
禁止するにしても「競合他社」を広くとらえすぎて「実質的に副業が制限されている」印象を与えないよう注意が必要です。
たとえば、総合商社の企業だからと言って「卸売業」すべてを競合他社として副業を禁止するのは過剰対応といえます。規模が同程度の総合商社に絞る程度にしておくのが適切でしょう。
副業に進んでチャレンジしやすい制度設計に
明示的に副業が禁止されていなくとも、手続きが面倒なので結局副業をしない、という方は少なくありません。従来の日本企業は、そもそも副業を明示的暗黙的に関らず「禁止」する風潮が強かったため、特に問題がありませんでした。
一方で人的資本経営の視点で副業を導入するなら、副業を希望する社員が躊躇なく制度を利用できる状態にしなければ意味がありません。
たとえば、副業を許容しているといっても、大量の書類を記入して上司や人事部から承認を得なければならない、その過程で事業内容の説明も必要となると、ほとんどの人は制度を利用しないでしょう。
本質的にはいちいち申請無しに自由に副業できるのが理想なのですが、前述の時間管理の観点から企業が副業状況を全く把握しないわけにはいきません。間を取って人事部への申告制とするのが適切です。制度利用を促すなら、申告内容はできるだけ簡略化するのが望ましいといえます。
社内規定を逸脱していないことへのチェック、簡単な業種や副業内容、見込みの労働時間が把握できれば充分です。可能な限り社員の自主性を尊重し、人事部が詳細をヒアリングするのは明確に社内規定の逸脱が懸念される場合などに限定してください。
副業しやすい雰囲気作りも重要
副業を現場が自由に許容する雰囲気作りが、実は何より重要です。制度をいくら整えても、上司が古い考えで副業に悪印象を持っていれば、副業にチャレンジする人はなかなか出てこないでしょう。そのような上司のもとでは、副業をしている事実で心証を悪化させ、社内の評価に影響がでることなども懸念されます。
人的資本経営の観点から副業の効果を最大化させる意味合いを、全ての社員に教育し、副業=本業の労働時間の阻害要因という固定観念を取り外すのが重要です。
特に管理職のスタンスは大きな影響を及ぼすため、副業の普及に前向きなスタッフを配置するようにするのが望ましいでしょう。優秀な人材で、かつ副業の経験があれば、副業を推進させる管理職としてはさらに適任といえます。
副業の真の解禁により人的資本経営を推進しよう
社員を資本と考えて、それぞれの能力を最大限活用する仕組みを作る人的資本経営は、労働力人口の減少が進むこれからの日本で企業が発展していくために欠かせない考え方です。
人的資本経営を進めるために、副業に自由にチャレンジできる仕組みを構築し、社員それぞれが希望するキャリアを自由に目指せる企業制度文化を形成してください。
副業を通じて社員が多様なスキルを身に着ければ、長期的にみるとノウハウが還元され、企業のさらなる発展に役立つでしょう。今回の記事を参考に副業を真の意味で解禁して、人的資本経営を推進してください。
- 経営・組織づくり 更新日:2023/12/20
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