「持続的な賃上げを可能にする生産性の向上~データ解析の結果から」 【賃上げと業績アップ実現シンポジウム 2024】(レポート#2)
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山本 勲 氏 慶應義塾大学商学部教授/慶應義塾大学経済研究所パネルデータ設計・解析センター長/ブラウン大学博士(経済学)
日本銀行企画役などを経て現職。専門は労働経済学。主な著書として、『コロナ禍と家計のレジリエンス格差』(編著)慶應義塾大学出版会2023年、『人工知能と経済』(編著)勁草書房2019年、『実証分析のための計量経済学』中央経済社2015年、『労働時間の経済分析』(共著)日本経済新聞出版社2014年(第57回日経・経済図書文化賞受賞)。
データでわかる、勝てる人的資本経営の本質とは?/データに基づいた経営理論から賃上げを考える
2023年から賃上げが進んでいますが、中にはインフレに追いつくための短期的なケースも見られます。しかし、長期的・持続的に給料を上げるには生産性を向上させる必要があります。経済理論やデータ解析に基づき、人材不足のなか生産性を上げるために有効だと考えられている戦略について、健康経営や働き方改革、テクノロジーの側面から解説します。
賃上げの構造を考える
①持続的な賃上げには生産性の向上が不可欠
実質賃金とは労働生産性によって決まります。実質賃金とは名目賃金を物価で割ったものを指しますが、インフレが進行している現状、名目賃金を上げなければ実質賃金は下がるばかり。2023年から2024年にかけての賃上げは、あくまでインフレに追いつく短期的なもので、継続的賃金上昇には繋がりません。持続的で長期的な賃上げのためには労働生産性を高めることが重要。
労働生産性は、いかに少ない労働者と短い労働時間で多くの価値を生み出すかにかかっています。そのためは、長時間労働の是正などの働き方改革、ウェルビーイング経営などの経営改革、テクノロジーの活用などが必要不可欠です。
一方「効率賃金仮説」のように、賃上げでもある程度生産性が向上するという説もあります。求人戦略として高い賃金を設定すれば働く人のモチベーションが高まり、定着率や生産性が上がるという説です。しかし、賃金を倍にしても生産性が倍増するわけではなく、効果は限定的。持続性のある賃上げを実現するには、やはり長期的視点に立って、働き方改革や経営改革、新しいテクノロジーを活用し、企業の業績を高める施策が欠かせないといえるでしょう。
②スマートワーク経営は賃金にどう影響するのか?
いわゆるスマートワーク経営とは、働き方改革を通じて生産性を高め、持続的な成長を可能にする先進企業経営のこと。日本経済新聞グループのスマートワーク経営プロジェクトでは、約540社の上場企業のデータをスマートワークの観点から解析し、ある年の前年までの企業の取り組みがその翌年の賃上げにどう影響しているのかの度合いを偏差値で示しています。
残業など労働時間を減らすと業績が悪化するという認識について、日経スマートワーク経営研究所が2015年から2016年にかけてデータを取っています。結果として、労働時間と利益率の相関関係は薄いことがわかってきました。
長時間労働を是正しても業績は悪化せず、むしろ時間当たりの生産性は向上する。HRテクノロジー、人事人材テクノロジーを使ってイノベーションを推進し、長時間労働を是正し、生産性を高める施策を行うことで、雇用の流動性を高めて離入職率が上昇している企業では、相乗的に利益率が高くなるという解析結果が得られています。
もちろん労働時間を短くすればよいということではありませんが、データを読む限り、働き方改革やテクノロジーの活用を進め、生産性を上げながら労働時間を減らすことで、業績が向上すると解釈できます。
●長時間労働の是正はメンタルヘルスにも良い
長時間労働の是正は、労働者の健康を改善する効果も期待できます。メンタルヘルス指数は数値が上がるほど健康度合いが下がっていきますが、労働時間が短くなると、メンタルヘルスは改善し、ウェルビーイング(心身の充足感)も上昇、企業業績が良くなるという結果も出ています。
2)健康経営や人的資本経営などの経営改革
●健康経営指数と利益率は比例関係にある
経済産業省が、健康経営銘柄を認定するために2015年から実施している健康経営度調査による基礎調査データは、企業の健康経営施策による業績の伸びを検証したものです。調査では、健康経営施策を経営理念、データ把握、ワークライフバランス施策の三つの施策にまとめて、従業員の健康や企業の業績にどう影響を与えるかというところを見ています。また従業員の健康へのアウトカム(施策の影響や効果)についても認定の基礎調査対象にしています。
●人的資本経営で注目されるエンゲージメント
人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方を指しています。人的資本経営は、従業員の熱意やポジティブな意欲の度合いを測るエンゲージメントも重要な要素です。大手小売企業1社で行ったワークエンゲージメントの調査では、売り場ごとの平均的なワークエンゲージメントが高いと、売上が高くなるというデータが得られました。
ただし、従業員のワークエンゲージメントの高低にばらつきが大きいと、売上高が下がる傾向があることが判明。職場のウェルビーイングを良くするためにはエンゲージメントを高めることが重要ですが、メンバー間に温度差がなく底上げできなければ効果は薄い。一部の人だけがイキイキ働いている職場ではなく、全体的に従業員のエンゲージメントが高くなる職場環境を作ることが、売り上げ向上に重要だということが読み取れます。
●従業員の睡眠時間と業績の相関関係
健康経営は文字通り、従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践すること。そのために睡眠時間への配慮は軽視できません。日本人の睡眠時間は他国に比べて平均一日1時間以上短いと言われていますが、2021年の上場企業のデータで、企業ごとに従業員の睡眠時間を計測したところ、6.3時間が最も多いことがわかりました。時間が短く、ばらつきが大きいというのも特徴的。さらに企業間の上位10%と下位10%との間で平日1時間程の時間差が生じています。
上位と下位の企業間にある1時間の差について因果関係を検証すると、働き方が大きな要因になっていることがわかります。同じデータを使って利益率をとってみると、睡眠時間が長い企業ほど利益率が高く、その傾向は長期的で、1年後も2年後も続く傾向も。睡眠時間が上位20%の企業では利益率が1.8%から2%程度も高くなる結果も出ています。
例えば残業時間が月10時間短くなると睡眠時間が月約4時間伸びるというデータもあり、従業員の睡眠時間の長さと業績には相関が見られることから、健康経営において睡眠時間確保は重要な課題と言えるでしょう。
3)新テクノロジーの導入による生産性向上効果
AIなどの新しいテクノロジーを職場に導入した場合の賃金や労働時間、生産性への影響はどうでしょうか。「日本家計パネル調査」は、職場にAIが導入されたケースとされていないケースで1年間の職場における変化を記録したところ、AIが導入されていない職場には変化がなく、導入された職場で賃金が伸びる傾向がありました。
また、AIの導入で、労働時間が減って生産性が高まり、エンゲージメントが高まるという非常に良い結果も得られています。この調査によれば、新しいテクノロジーなどを活用することで企業の業績が改善され、賃上げに繋がっていくことが推測されます。
AI導入によるプラス効果の背景には、テクノロジーの活用によって事務作業が効率化されるなど、それまで人間が行っていた業務やタスクの変化があります。いわゆるルーティーンワークは機械に任せて、他の人とコミュニケーションを取ったり、企画を考えたりするような、思考を必要とするタスクだけを人が担うようになると、職場にタスクトランスフォーメーションが起こり、生産性やエンゲージメント(ウェルビーイング)の向上、賃上げなど、様々なプラスの影響が期待できると考えられます。
以上のことから、持続的な賃上げを実現するには、働き方改革、健康経営や人的資本経営を踏まえた経営改革、そして新しいテクノロジーの活用による職場の効率化を推進することで、長期的に生産性向上を図り、企業業績を好転させることが、最も確実な方法だと考えられます。
まとめ
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- 経営・組織づくり 更新日:2024/10/18
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