基調講演「賃上げ政策で実現する新しい日本の未来 ~総理補佐官の視点より」【賃上げと業績アップ実現シンポジウム 2024】(レポート#1)
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矢田 稚子 氏 内閣総理大臣補佐官(賃金・雇用担当)
1984年松下電機産業株式会社入社、同社労働組合中央執行委員を経て、2014年よりパナソニックグループ労働組合連合会 副中央執行委員、電機連合男女平等政策委員長。2016年から2022年まで参議院議員をつとめ、2023年9月より現職。政府においては、賃金・雇用を担当し、2024年4月からは「女性の職業生活における活躍推進プロジェクトチーム」において座長を務める。
賃上げの実態の多くは防衛的。促進税制や助成金を活用して、攻めの賃上げを実現する
昨年より大手企業を中心に賃金上昇の機運が高まっています。しかし数値的には上昇傾向でも、多くの企業では人材獲得のためなど防衛的で生産性の実態が伴わないケースが少なくありません。そこで政府は2022年から、生産性向上と賃上げを後押しするための税額控除や助成制度を打ち出しています。ここでは、多くの経営者、人事担当者の皆さまが政府の取り組みを戦略的に活用できるよう、賃上げ促進のための制度について解説します。
1.賃上げは上昇傾向が続く
①春闘賃上げ率は+5.1%
2022年4月から今年(2024年)にかけて各企業で賃上げが図られてきました。今年の春闘は、日本労働組合総連合会(以下、連合)の集計結果では、企業全体で賃上げ率+5.10%、中小企業で+4.45%と上昇。昨年30年ぶりの賃金上昇に続き、大きく上回っています。
日本商工会議所(中小企業団体)が公表した「中小企業の賃金改定に関する調査」の数値を見ても上昇率は+3.62%となっています。その結果、実質賃金は前年同月比+1.1%と、27カ月ぶりにプラスとなりました。こうしたデータをあわせ見る限り、賃上げのトレンドは影響力をもって全体的に広がりつつあると言えそうです。
②最低賃金が全国一律+50円に
賃上げのもう一つの指標が最低賃金。2024年の国の中央最低賃金審議会の答申では、全地域について50円値上げの目安額が提示されました。これを基に各地域の最低賃金協議会で議論がなされています。最低賃金は東京、神奈川、大阪など最低賃金が高いAランク、中位のBランク、さらに低い地域がCランクなど、ランクごとに値上げの目安額が違うことがしばしば。
しかし今年の目安額は全地域で一律+50円、改定額として1054円(全国加重平均金額のため地域により額は異なる)に設定。これを受けて各都道府県の政労使で地方最低賃金審議会が開かれ、各都道府県の実際の改定額が決定した後、10月以降に発効します。企業は改定された後の各地域の最低賃金を守らなければなりません。全国的に非正規社員が4割という現状では、最低賃金は生活に直結する数値として注視する必要があります。
2.賃上げに活用してほしい促進税制と助成金
①賃上げを持続させるための税額控除
賃上げは本来なら業績アップが前提。企業の付加価値を上げることで、賃金に還元していくのが望ましい形です。しかし、中小企業を中心とした多くのケースで防衛的な賃上げを余儀なくされています。賃金を上げないと人が採用できない、よい人材が取れずに競争に勝てないなど、やむを得ない事情で先に人件費を上げてしまうのは、良いサイクルとは言えません。そこで政府は賃上げ促進税制を制定。2024年度は制度の拡充・延長が決定しており、人事面での活用が期待されています。
最大45%、賃上げや働き方改革で控除率アップ
賃上げ促進税制は、前年比で従業員の給与を何%値上げ(賃上げ3%につき10%の税額控除になるなど)したかによって、企業に対する税額控除率(所得税、法人税、法人住民税、事業税)が変化する仕組みです。企業規模によって対応が異なり、中小企業では賃上げ率が半分の1.5%実現でも15%控除されたり、賃上げを実施した年度に控除しきれなかった金額は5年の繰り越しができたりするなど、優遇措置が取られています。
また、社員のスキルアップへの取り組みが認められれば+5%(中小企業は+10%)、仕事と子育て両立支援策(くるみん)や女性活用施策(えるぼし)の認定でさらに+5%となり、全体としては最大35%、中小企業では45%の税額控除が受けられます。
「くるみん」や「えるぼし」認定で控除率が上乗せに!
「くるみん」は企業が次世代法(次世代育成支援対策推進法)に基づいて一般事業主行動計画の策定や届け出を行い、一定要件を満たした場合に「子育てサポート企業」として認定される制度。認定されると税額控除率の上乗せが可能となります。
また、女性活躍政策の「えるぼし」は、女性管理職比率、採用比率など女性の活躍推進に関する取組の実施状況が優良でその実績を公表している企業が認定の対象。他にも労働時間等などの該当項目が増えるとランクアップしていき、最終的には「プラチナえるぼし」に到達する制度です。これも認定されると税額控除率の上乗せが可能となります。「くるみん」や「えるぼし」認定は、子育て世代や女性が働きやすい企業としての政府のお墨付きというだけではなく、税額控除が受けられる制度としての新たなメリットが注目されています。
繰越控除措置について
いくら賃上げのための促進税制があっても、赤字企業には効力がないという指摘があります。そこで中小企業向けに最大5年間まで繰り越しができる仕組みを導入。
例えば1年目が赤字でも、儲けが出たときに税額控除が適用できるように繰越期間を設けています。
年収の壁突破応援コース
「社会保険適用時処遇改善コース」は、パートタイム労働者が年収106万円の壁を意識せずに働くことができるよう、手当の支給や労働時間を増やすといった収入を増加させる取組を行った場合の助成金。一人当たり最大50万円※が政府から助成されます。すでに約24万6000人(2024年6月末時点)の労働者への活用が予定されており、来年度も継続する予定。
年末調整の前、多忙な時期に多発する就業調整がなくなる可能性もあり、いわゆる年収の壁を突破しても手取り収入の減少を意識せずに働くことができるようにすることで、パートタイム労働者が働き控えをしなくなることを目指しています。慢性的な人手不足を解消する一手としても、パートタイム労働者に「保険料を払っても、長時間働いて賃金を得る方が世帯収入が増えて得」という実感をもってもらうことが有効だと考えます。
※助成1年目、2年目、3年目の合計で最大50万円、詳しくは厚生労働省のHPへ
3.女性の職業生活における活躍推進プロジェクト
「男女間賃金格差の解消に向けた職場環境の改革」について
2024年4月に始まった女性の活躍推進プロジェクトの中間報告で、企業にとって構造的な賃上げを実現するには、女性の賃上げが急務ということがわかってきました。人手不足のなか、より多くの女性が労働市場に参画することが、供給面で有益なことは言うまでもありません。生産性の面からも、女性が増えることで新しい属性や価値観を持った人たちが労働市場に加わり、多様性が増すことで良い影響があるでしょう。
また、女性が働くことで世帯年収が引き上がり、消費に回る金額が増えることから、需要面についても景気にプラスに働くということが言われています。
①世界と比較して、日本の男女の賃金格差は依然大きい
長期的には縮小傾向にあるものの、日本は男女の賃金格差が大きい国の一つです。男性の年収を100%とするなら女性は80%足らず。格差は産業ごとにバラつきがあるものの、大企業で大きい傾向にあり、調査の結果、特に5業種(金融保険業、小売業、製造業など)について、格差の大きさが明確になり、政府から産業界に格差是正の努力を要請しています。
さらに、2023年の内閣府の資料によると、仕事時間の追加を希望している人、求職中の完全失業者、働く意欲はあるが事情があって仕事をしていない人の合計は約540万人にのぼります。人手不足感が高まるなか、働きたいのに働けない人がいるのは見逃せない事態。その内女性は290万人。意欲ある290万人もの労働者に十分な仕事がなく、生産性に寄与できないというのは大問題です。多くの女性たちが子育てや介護で時間がない、スキル不足などの理由で働けないでいるとしたら、労働環境の整備は必要不可欠と言えるでしょう。
事業を活性化し、生産性を上げて賃金に還元させる景気の好循環に入るためには、働き方改革を進め、労働者の待遇改善が急務なのは言うまでもありません。女性が活躍できる社会整備も含め、働きたくても事情があって働けない人が540万人もいる現状にたいして、政府としても多様で柔軟な働き方の促進や、打開策を打っていきたいと考えています。
まとめ
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※この講演は2024年8月7日に行われたものです。
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- 経営・組織づくり 更新日:2024/10/18
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