ギグエコノミー下における知識労働者と組織の関係
「ギグエコノミー」は、「フリーランサー・エコノミー」、「オン・デマンド・エコノミー」といった別名が示す通り、特定の仕事を遂行するために、請け負う人たちが作り上げている経済圏を指す言葉です。 知識経済における働き手が、デジタル市場で取引をしているうちに、数多くの流動的なプロジェクト、コンサルティング業務、パートタイム業務を、ますます求めている傾向を表した言葉として、2009年に『ニューヨーカー』誌の元編集者ティナ・ブラウンによって命名されました。
ちなみに、ギグエコノミーの「ギグ」とは、ジャズ・ミュージシャンなどが行うその日限りの単発ライブを指す言葉が元となっています。そこから転じて、インターネットを通じて単発の仕事を受注する働き方のことを「ギグワーク」、それによって作られる経済圏を「ギグエコノミー」と呼ぶようになりました。
「個人のスキル」を共有する「ギグエコノミー」と似ている言葉として、「モノ」を共有する「シェアリングエコノミー」があります。シェアリングエコノミーは、個人が保有する有形・無形の「モノ」の貸出しを仲介するサービスです。両者は異なるものですが、どちらもインターネット上のプラットフォームを通して自由に個人のスキルやモノのやり取りを行えるという共通点があります。
ギグエコノミーの動向
ギグエコノミーは、新型コロナウイルスによるパンデミック以前から、広がりを見せていました。2016年には、米国の労働人口の約35%が何らかのギグワークに参加していたという調査結果もあり、2027年までには米国の労働者の58%が何らかの形でギグエコノミーに参加しているだろうと予測されました。 市場規模についても、2018年の時点で「2025年には37兆円にまで達する」という試算結果が報告されています。
また、近年、ライドシェアの「Uber」や、宿泊施設の仲介プラットフォームである「Airbnb」など、ギグエコノミーのプラットフォームとして世界的に成長を遂げている企業が出てきています。 これらの企業は、独自のシステムでデータ分析なども行っており、今後もギグワーカーとユーザーの双方に価値をもたらす可能性が高いでしょう。
ギグエコノミーが注目されてきた背景
ギグエコノミーが拡大する背景には、テクノロジーの進化により、先述したようにインターネット上でプラットフォームを提供する企業が台頭していることが大きく影響しています。また、労働者側にもテレワークやノマドワークといった多様な働き方が生まれ、世界中のどこからでも仕事ができるようになったことも要因のひとつです。
実際に、さまざまな専門家たちがグローバル規模のデジタルプラットフォームでつながり、自社のプロジェクトで協働することが可能になっています。筆者もその一人です。 また、特に「デジタル・パイオニア」や「デジタル・ネイティブ」と呼ばれるミレニアル世代やZ世代は、働く場所や時間の制限を嫌う傾向があることも、背景の一つと考えられるでしょう。
知識労働におけるギグエコノミー化の現状
米国においてギグエコノミーは、2010年代から「ホワイトカラー職を再定義し、プロフェッショナルサービス企業の存在そのものに疑問を投げかけることになるであろう」と考えられていました。 しかしながら、実際にギグエコノミーは大きな成長を遂げているものの、その大半は単純労働によるものです。業態としては、運転、配達(食品や荷物の配達)、単純な用事などが中心であり、エンジニアやコンサルタント、経営幹部といった知識労働におけるギグエコノミーは、それほど成長していないのが現実です。
仕事が単純で、反復可能で、標準化され、測定が容易で、管理可能になれば、供給業者の探索、その質の評価、契約の締結、当該業務の監督と調整などに要するコスト(金・時間)が低くなるのは明白です。これこそ、ライドシェアや宿泊、配達などに特化するギグプラットフォームが成功している理由でもあります。 新しいテクノロジーは、以下のようにあらゆる部分における取引コストを激減させています。
- 情報の流通が解放され、フリーランスのサービス供給者を見つけるコストが大幅に下がった
- 知識労働のデジタル化によってより客観的な評価が可能になったため、顧客からより信頼できるフィードバックと評価を得やすくなっただけでなく、パフォーマンスに応じた契約を結ぶことも容易になった
- 急速に発展している人工知能(AI)のアルゴリズムは、仕事の需要とそれに見合ったスキルを持つ個人との、費用対効果の高いマッチングを支援できるようになった
では、取引コストをテクノロジーによって大幅に削減できるにも関わらず、なぜ企業はギグワーカーとの直接契約よりも、知識労働者のフルタイム雇用、または知識労働者を抱える他社への委託を選びたがるのでしょうか?
知識労働のギグエコノミーが成長していない理由
知識経済においてギグワーカーは、明白な価値観、インセンティブ、慣行、志向を持っている企業と、対等な立場で仕事をすることが前提となります。対等でなければ、単なる下請けでしかなくなり、組織の人々からは「外部者」として見られてしまうことになるからです。場合によっては、組織内の効果的な連携を妨げる脅威としてさえ見られることもあります。
しかし、組織に属さないギグワーカーにとって、取引相手となる企業の多くに見られる大規模な組織のプロセス、人間関係、政治を理解し順応していくことは容易ではありません。
また、企業からギグワーカーに委託された仕事が、大半の組織における従来の指標では的確に測れないようなものである場合など、「パフォーマンスに対する評価」に問題が生じているケースもあります。 このような組織的要因が、知識労働のギグエコノミーの成長を妨げているのです。
しかし、これらの組織的要因は、フルタイム従業員のリモートワークを阻んでいた要因と同じであることにお気づきでしょうか? 実は、これらの組織的な問題が解消できるのであれば、リモートワーカーが「フルタイム雇用」か「ギグワークベース」かを選択するのは、単に契約書類上の問題だけになるのです。
新しいワークスタイルから見える課題
米国の仕事の未来をマネージする研究を進めてきたあるグループでは、情報通信や人工知能(AI)などに代表される急速な技術革新や生産革新、大学への就学構造の変化、従業員の就業意識の変化、高齢化と介護の問題など、仕事の未来に想定される課題を起点に、将来起こりうる6つの変化を提示しました。 その中で、「自動化やAIなどの技術革新がもたらす仕事の変化」と「時間や場所に拘束されない新しい働き方のギグエコノミー社会の出現」が挙げられました。
本研究では、将来的に仕事に影響を与えるさまざまな要因と、仕事の質的な変化に対するビジネスリーダーと従業員の意識の把握を目的として、日本も含めた11ヵ国の労働者を対象とした調査、および8ヵ国のビジネスリーダーを対象に調査が実施されました。 その調査によって分かったのは、急速な経済環境の変化により、仕事のスタイルが本質的に変容することが想定される中、「ビジネスリーダーは従業員よりも、ギグエコノミーの重要性を低く位置づけている」という事実です。
調査結果からは、ビジネスリーダーと従業員における意識の違いとして以下の3点が挙げられています。
- 従業員の方がビジネスリーダーよりも働き方を変える破壊的要因を多く認識している
- 自動化やAIなどの技術革新は従業員の仕事にとってはむしろプラスに働くようになると、従業員の方が「仕事の未来」の変化を楽観的に捉えている
- 経営者が従業員にスキルの向上を望むレベル以上に、従業員自らスキル向上のための学習を望み、その支援を企業に望んでいる
また、本研究では、仕事の未来の変化への対応として、ビジネスリーダーに対して次の5つの提案を行っています。
- 組織に学習する文化を築くこと
- 変革の当事者として従業員を巻き込むこと
- 社外に人材を求めるのではなく、まず社内の従業員のスキル転換させること
- 人材不足に備えるために、業界と協働して人材層を深化させること
- 企業は不測の事態への対処法を独自に備えておくこと
ギグエコノミー社会では、自社のプロジェクトを外部のギグワーカーに発注し、協働できるようになります。その大きな変化に組織が対応していくためには、組織と従業員の両方が、上記で挙げたようなレベルアップを図ることが重要になっていくのです。
企業が一足飛びにギグエコノミー社会に順応することは、難しいといえます。単に業務委託社員を増やす採用戦略だけでなく、並行して社内の組織開発や、従業員のリスキリング・キャリア開発、タレントマネジメントに取り組むことが不可欠です。そのためにも、経営者や人事部門が先導して取り組むべきといえるでしょう。
ギグエコノミーの潮流と日本への影響
日本においては、人手不足が加速し、終身雇用制度から脱却していく流れが強まる中で、ギグエコノミーは、今後も普及していくことが予測されます。少なくとも、バブル崩壊、金融危機、大震災、感染症のパンデミックなどによる企業側のダウンサイジングによって、就職難を経験している世代も多層にわたり、雇用される側のキャリア・コントロールに対する考え方も変わっていることは確かです。
また、デジタル・ネイティブ、デジタル・パイオニアの価値観の変化や、オン・デマンドの発達により機会の選択肢も広がっています。働き手にとって、ギグエコノミーに参加することは、多様な経験を得ることができ、会社員として転職を繰り返すことに比べてリスクが小さく、どの仕事が自分に合っているかを知るには最適なのかもしれません。
新型コロナウイルスによるパンデミックを機に、一つの場所や仕事にとらわれずに、自分の選択した仕事をする働き方は今まで以上に広がりを見せていく可能性が高いと言えます。
一方で、ギグエコノミーが先進的な米国でさえも働き手を保護する施策はまだ十分ではありません。 日本の経営や人事にかかわる方々には、世間の労働市場を横目に見ながら、自社の人的資本のポートフォリオを見極めつつ、目指したい企業文化をつくりあげられる人材獲得戦略を構築していただきたいと願っています。
参考
- 10 HR Tech Trends for 2020 Every Talent Leader Must Consider
- Pew Research Center、Adobe、Intuit、Upworkの調査から抜粋
- Published by Burning Glass Technologies and Harvard Business School, Managing the Future of Work
- 経営・組織づくり 更新日:2023/03/30
-
いま注目のテーマ
-
-
タグ
-