現場任せのOJTから脱却しよう!――新人はもちろん、教育担当者や組織まで育つ戦略的設計へとアップデートする方法
新人育成の手段として、多くの企業で実施されているOJT(On the Job Training)。しかし、「セオリーが分からず、取りあえず現場に任せている」「負担感から形骸化してしまっている」「仕組みが機能せず新人が孤立してしまう」など、さまざまな課題をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
しかし、OJTは戦略的に設計し適切に機能させれば、新入社員を早期に戦力化することができるのはもちろん、次世代マネージャーの育成や組織の活性化まで実現できる非常に有効な取り組みです。
OJTを人と組織の成長に生かすには、どのように設計し、運用すれば良いのでしょうか。OJT研修の専門家として20年近く企業支援を行ってきた関根雅泰氏に詳しくお話を伺ってみました。
OJTがうまくいかない3つの要因
— OJTをうまく運用できない原因には、どのようなものがあるのでしょうか?
関根さん: OJTというと、なんとなく「自然発生的に行われて、新人が現場で勝手に育っていく」というようなイメージを持っている方もまだ多いかもしれません。
でも実際には、うまくいっていない現場には共通する“つまずきポイント”があります。大きく分けて、「教える側の問題」「教わる側の問題」、そして「制度・仕組みの問題」の3つですね。
— 詳しく教えてください。
関根さん: まず「教える側」、つまりOJT担当の先輩社員には、「業務との両立が大変」「そもそも教え方が分からない」「指導する時間が取れない」といった問題があります。特に初めて教育担当を任された方にとっては、不安も大きいはずです。
— 任命される側としては、プレッシャーも感じますよね。
関根さん: そうなんです。任命の仕方にも課題があります。上司が「君、今年の教育担当ね」と軽く任命して終わりになってしまうと、任された方は孤立感を覚えやすくなります。これでは、教える側のモチベーションも維持しにくいですよね。
次に「教わる側」、つまり新人の立場です。最近は特に、配属初期からテレワークが導入されるケースも多く、相談しにくさや孤立感を感じやすい状況になっています。「先輩が忙しそうで話し掛けづらい」「自分が抱えている課題をどう伝えたらいいか分からない」といった声も多いですね。
— どちらに対しても、“支援が足りていない”状況になっているのですね。
関根さん: まさにそうです。そしてこのような「教える側」「教わる側」の悩みの多くは、実はOJTを支える“制度や仕組み”が不十分であることに起因しています。
例えば「教育担当者が孤立してしまう」のは、事前に役割や期待を伝える機会がなかったり、任命後のフォローが行われていなかったりするからです。また、新人が「質問しづらい」と感じている背景には、組織としての受け入れ体制や関係性づくりが設計されていないという問題があります。
— なるほど。“仕組みの不在”が、現場の困り事として現れているわけですね。
関根さん: はい。目標・役割・支援を具体的にした制度があれば、教える側にも「なぜ教えなければならないか」という目的意識が芽生えたり、教え方が分かることで安心感が生まれたりします。また、新人にとっても「話し掛けてもいい」「見てくれている人がいる」という体制は心の支えにもなるでしょう。
つまり、OJTがうまくいかない根本原因は、個人の力量ではなく、仕組みの設計と運用にあることが多いんです。
間違っても「教えるのがうまくない先輩が悪い」とか、「最近の新人は受け身だ」などといった個人批判に収束させず、まずはしっかりと組織として育成を支える枠組みを設計することが重要です。いわば、“みんなで育てる”という視点ですね。
どうすれば“うまく回るOJT”が実現できるのか?

— OJTをうまく回すには、「目標・役割・支援」を軸とした制度設計が重要というお話でしたが、具体的に、まず何から始めるべきなのでしょうか?
関根さん:
はい。まずは「目標」から設計しましょう。
OJTの目標が曖昧なままだと、現場は何を目指して指導すればよいのかが分からなくなってしまいます。例えば、「3カ月で業務の基本が一人でできるように」「半年で顧客対応ができるレベルに」など、育成の到達点を明示しておくことが重要です。
これがないと育成が途中で止められてしまったり、方向性が分からないので結局、育成が行われない、という事態につながったりしかねません。
— “育て切る”イメージを、企業側が明文化するということですね。
関根さん:
そうです。そして次が「役割」です。
教育担当者、上司、人事、それぞれがどんな役割を担い、どう連携をすべきかを、あらかじめ明確にしておきます。
これがないと誰が何をすべきなのかがはっきりせず、責任の所在が不明確になり、結果として制度が形骸化してしまいます。
最後が「支援」です。これは教育担当者に向けたものと考えてください。
例えば研修を通じて教え方の基本を伝えたり、先輩としての悩みを共有できる場を設けたりします。
「育成の方法が分からずに放置してしまう」「悩みを相談できない」という状況を防ぎ、担当者レベルで制度が形骸化してしまうことを防ぎます。
そして、この部分を主導するのが人事部門の大きな役割でもあります。
「“任命して終わり”にしない」ために──OJT成功の鍵は上司を巻き込むこと
— 人事部門は教育担当者への支援をどう設計し、主導すれば良いのでしょうか?
関根さん: 最も重要なのは、教育担当者にとって最も身近な支援者であり、育成の現場を統括する直属の上司を巻き込んで設計することです。
人事がどれほど制度を整えても、上司が教育担当に丸投げするような姿勢ではうまくいきません。
そこで私たちが提案しているのが、「上司説明会」と「上司インタビュー」という2つの仕組みです。
— まずは「上司説明会」から教えてください。
関根さん: これは、教育担当者が任命されるタイミングに合わせて、その上司に当たる役職の人たちに集まってもらい、「なぜ制度としてOJTを行うのか」「何を期待しているのか」を人事から直接説明する会のことです。
ここでは、併せて教育担当者が困ったときの相談役になってもらうことと、「上司インタビュー」を受けていただくことをお願いします。
— 上司インタビューとは、具体的にどんなことをするのでしょうか?
関根さん: 任命された教育担当者が、自分の上司にインタビューを行い、「なぜ自分が任命されたのか」「どんな育成を期待されているか」などを聞く時間を設けます。
これにより、担当者は自分の役割や期待を明確に認識できるようになりますし、上司にとっても“丸投げではなく関与すべきこと”として意識が生まれます。
— 教育担当者と上司、両方の認識をそろえるための仕掛けなんですね。
関根さん: そうです。制度というのは、紙に書いてあるだけでは機能しません。実際に動かす“人の意識”をどうつくるか。そのために、こうした対話の場を制度の一部として組み込むことがとても大切なんです。
人事としてはちょっとハードルが高く感じるかもしれませんが、説明会もインタビューも、オンラインで60分もあれば十分です。それに対して得られる効果は大きいはずなので、ぜひ実践していただきたいですね。
こうして準備ができたら、あとは人事がOJTの運用に責任を持ち、担当者への声掛けや相談の場づくり、研修制度などを整えて「持続可能な仕組み」となるよう継続的にサポートすることで、「効果のあるOJT」が実現できます。
OJTを「生きた制度」にするための4ステップ

関根さん: 一通り整理すると、以下のようになります。
- 制度設計の目標・役割・支援の明確化
まずは、会社としてのOJTの目標や期待水準を言語化し、対象者の役割分担や支援内容を設計する - 教育担当者の任命と上司説明会の実施
教育担当者を任命する際に、その上司を集めて制度の狙いや役割について説明する - 上司インタビューの実施
任命された教育担当者が、上司に対し「なぜ自分を選んだのか」「どのような育成を期待しているか」をヒアリングする場を設ける - 任命後の継続的なフォロー・支援
制度が形骸化しないよう、教育担当者への声掛けや相談の場づくり、研修や情報共有会などを実施する
順を追ってこれらを一つずつ着実に積み重ねれば、OJTの効果を期待できるようになるはずです。
OJTは“人をつなぐ”仕組み──新人も教育担当者も、ネットワークが育つ
— ここまで、OJTを制度として整える重要性について伺ってきました。ここまで精緻に設計すれば、単に「新人育成」だけではない効果も期待できそうですね。
関根さん: そのとおりです。教育担当者の成長、上司の育成意識の強化といった副次的な効果も期待できるようになります。
さらに、制度がしっかりと動けば、社内の“人と人とのつながり”を生む場としても非常に有効です。
— “人と人とのつながり”というのは、具体的にはどういうことでしょうか?
関根さん: 例えば、新人にとって「直属の上司ではない先輩社員」との関係、いわゆる“ナナメの関係”があると、安心感が大きく増します。
OJTの教育担当者は直接の先輩であることが多いはずですが、その中で相談できなかったことを仕事のことはもちろん、ちょっとした悩みも気軽に相談できる「メンター的存在」がいるというのは、新人にとって非常に心強いんです。
そのことは多くの方が体感的にご存じなので、OJTの制度の中にメンターを組み込んでいる企業も多いでしょう。
そしてこの「ナナメの関係」は、実は教育担当者にとっても重要です。
— ぜひ聞かせてください。
関根さん:
具体的には「新人を介したナナメの関係強化」です。
新人を教育する過程で、他の部署の上司や先輩に引き合わせる場面がありますが、その時に教育担当者にとっても「(他部署上司との)ナナメの関係」が生まれます。
そのことにより、普段の仕事でも物事をスムーズに進めやすくなるといった効果が期待できるわけです。
そしてもう一つ。教育担当者にとっては「横のつながり」も重要です。同じ教育担当者同士でノウハウを共有し合ったり、悩みを聞き合ったりといった関係が生まれることよって、担当者の孤立を防ぎ、より質の高い育成が可能になります。人事側で意図してそういった場を設けてあげるのが有効でしょう。
次世代マネージャーの育成にもつながる
— なるほど。教育担当者同士のネットワークが、結果的に新人指導の質も高めていくんですね。
関根さん: それだけではありません。教育担当者というのは、ある意味マネージャー一歩手前の“プレ・マネージャー”なんですね。人を育てる経験を通して、視座が一段上がる。だからその人たちが社内でつながることで、次世代のマネジメント層の育成にもつながっていきます。
— OJTを通じて、新人だけでなく教育担当者も育つ。そして組織全体が育っていくんですね。
関根さん: はい。OJTは育成制度であると同時に、“組織文化を育てる仕掛け”でもあるんです。人と人をつなぐ設計を意識することで、組織の風通しも良くなりますし、定着率やエンゲージメントの向上にもつながっていくと思います。
— OJTについて新たな視点を得ることができました。ありがとうございました!
OJTは、人と組織を育てる仕組み

OJTは、新人を育てるための手段であると同時に、育てる人や、組織全体を育てる仕組みでもあります。
現場任せにするのではなく、「何のために育てるのか」「誰がどんな役割を担うのか」「どんな支援を行うのか」を明確にし、伝え、支える。それだけで、OJTは“機能する制度”になります。
OJTを単なる「教育」ではなく、人と組織の未来をつくる文化の仕組みと捉え、あらためて見つめ直してみてはいかがでしょうか。
- 人材採用・育成 更新日:2025/05/23
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