ゼロ年次育成で防ぐ“入社3年の壁”──学生とのズレを埋める実践策とは?
「新入社員が定着しない」「若手がすぐに辞めてしまう」。そのようなお悩みをお持ちの方は多いのではないでしょうか?
実際、厚生労働省が公表した最新の統計(※)によれば、2021年3月に大学を卒業し就職した新卒者のうち、3年以内に離職した割合は34.9%、前年と比較して2.6ポイントの上昇となり、早期離職は増加傾向にあります。
特に従業員数が5人未満の事業所に限ってみると、その数字はなんと59.1%。半数以上が3年以内に離職しているのが実態です。
多くの方にとって喫緊の課題となっている早期離職。これを防ぐために企業としては何ができるのでしょうか。
今回は、採用・育成の専門家であるシーズアンドグロース株式会社 代表取締役・河本英之さんに、早期離職を防ぐために取り組むべき実践的な施策について伺いました。 そのカギは、「ゼロ年次育成」とおっしゃいます。
※新規学卒就職者の離職状況(令和3年3月卒業者)を公表します
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「辞めてしまう若手」を企業はどう捉えるべき?
— 近年、新卒社員の早期離職が多いといわれます。企業側がその背景として理解しておくべき点はどこにあるのでしょうか?

河本さん: まず前提として、今は「辞めやすい環境」が整ってしまっているのは事実です。例えば、内定辞退代行や退職代行のようなサービスも出てきていますし、「嫌なら辞めてもいい」というメッセージも社会全体に広がっています。
これは決して学生が悪いという話ではなく、特に若い世代ではそういう社会的な風潮の中でキャリア選択をするようになっているということです。
— 確かに、選択肢が広がったことで退職のハードルが下がっているのかもしれません。
河本さん: そうですね。その影響は、学生自身の「ファーストキャリアの捉え方」にも変化を与えました。
最近は「転職を前提としたキャリア形成」が当たり前になってきていますが、実際には多くの場面でキャリアや経験の“積み上げ”が必要なことは変わりません。つまり、本来は「まずはこの会社でやってみよう」という腰を据えた考え方も必要なのですが、先ほど解説したような風潮から、すぐに「転職」という選択肢が浮上してしまいます。
— では、企業としてはどこに課題を見いだすべきでしょうか?
河本さん: はい。企業が特に気を付けるべきなのは、近年の強い「売り手市場」による学生優位なコミュニケーションへの変化です。
求人に対し学生が少なく、規模の大小を問わず、どの企業も採用充足率の確保に苦労しているため、採用活動全体を通じて「良い情報だけを伝える」傾向が強くなっています。
結果として、わずかな違和感にも新入社員は敏感に反応し、「話が違う」と早期離職を引き起こしている面もあるはずです。
— 学生の価値観や環境の変化だけでなく、企業側の伝え方にも原因があると。
河本さん: まさにそこです。だからこそ、採用から育成までのプロセス全体を通じて、「入社後ギャップをどう埋めるか」を意識した設計が必要になります。
入社後ギャップ、なぜなくならない?
— 入社後ギャップが一つの原因とのことですが、現在の採用活動ではインターンシップや内定者向けフォローなどの対策は手厚くなっています。それでもギャップが原因の離職がなくならないのは、なぜでしょうか?
河本さん: おっしゃるとおり、今の企業はかなり丁寧に情報提供をしていると思います。多くの企業がインターンシップも開催していますし、内定者面談や内定者研修など、接点自体は十分にあるはずです。
ただ、その「接点の質」に課題があるケースが多いようです。例えば、魅力を打ち出すメッセージとして「人がいい」「風通しがいい」「成長できる」といった点を強調する企業は多くありますが、たとえそれが真実であっても、新入社員が実感できなければギャップになってしまいます。
— 「実感できる」魅力を伝える場になっていないということですね。
河本さん: はい。しかし、学生は入社後にしか真実が分からないそれらの魅力を信じて内定承諾まで進んでいきます。企業側としては入社後にゆっくりと実感してもらえればいいと考えているかもしれませんが、入社直後に「思っていたのと違う」と感じた新入社員が、その時点で離れてしまうことがよくあります。
特に「人軸」での採用活動で、その傾向が顕著です。
採用担当者に憧れた、説明会で話を聞いたハイパフォーマーの言葉に感銘を受けた。そういう学生は多いので、企業側も「人」の魅力で学生を引きつけようとさまざまな施策を行うのですが、実際には、配属先にはその社員がいない可能性も高い。つまり、「人で決めて、人がいない」状態になるんです。これは大きなギャップになりますよね。
— それを防ぐには、どんな工夫が必要なのでしょうか?
河本さん: 一つは、触れる情報の多様性を増すことです。例えば、人事やハイパフォーマーだけでなく、現場社員との接点を意図的に増やしたり、仕事内容の“理想と現実”の両面を伝えたりすることで、ギャップをある程度抑えることができます。
その上で、さらにギャップを埋め、早期離職を抑制するために有効なのが、内定承諾後から入社までの間に行う「ゼロ年次育成」という考え方です。
入社前から育成は始まっている? 「ゼロ年次育成」の考え方
— いま、「ゼロ年次育成」という言葉がありました。これは具体的にどのような考え方なのでしょうか?

河本さん: 「ゼロ年次育成」というのは、内定承諾後から入社前の期間に行う育成活動を指します。一般的に、育成は入社後か、早くとも内定式後から始まると考えられがちですが、私は「育成は内定承諾の瞬間から始まっている」と捉えています。
— その段階から育成が始まるというのは、少し意外にも感じます。
河本さん: 多くの採用担当者は内定承諾で安心してしまいがちですが、実はそこからが本当のスタートです。内定承諾から入社までの、長ければ1年以上の期間を有効活用して、入社後ギャップを抑え、早期離職を防ぐための施策を行うべきと考えます。
具体的には、内定承諾段階の学生が企業に対して持っている「受け身の立場」を解消し、当事者意識を持ってもらうプロセスが必要です。
— さらに具体的に、取り組み内容はどのようなものが必要でしょうか?
河本さん: 例えば、「自分がこの会社に決めた理由は何か?」「どんな社会人になりたいか?」といった問いを投げ掛け、それを本人に言語化してもらいます。グループワークやディスカッションの中で自分の言葉で表現することで、“納得感”や“自分ごと感”が生まれてくるんです。
また、「この会社の魅力を一言で説明するなら?」といった問いを通して、単に聞いた話ではなく、自分自身が感じたことをベースに会社を捉えるよう促していくと良いでしょう。
— 学生自身が言語化していく中で、会社との接点が深まっていくのですね。
河本さん: そうですね。そして、これが進んでいくと、学生の中で“主語の変化”が起きます。「御社が~」と言っていたのが、いつの間にか「うちの会社では~」に変わる。その変化がすごく大きいんです。
— 言葉が変わるということは、立場や視点が変わった証拠でもありますね。
河本さん: まさにそうです。当事者意識を持った状態で入社を迎えられれば、多少の違和感があっても簡単には辞めようとは思わなくなる。だからこの時期の関わり方が、結果的に早期離職を防ぐことにもつながるんです。
また、自社について深く考える過程で学生側からの不安や疑問が早めに出てくるので、入社前にきちんとフォローができるのも大きなメリットです。さらに、学生の考え方や価値観を深く知ることができるので、育成方針の設計にも役立ちます。
— 多くの企業で「内定式後」から内定者研修を行っていますが、内定受諾から内定式までは「空白期間」となりがちです。その期間から育成を始めるという発想ですね。
河本さん: そのとおりです。ゼロ年次育成を取り入れることで、「なんとなく入社した」ではなく、「ここで働く理由が自分の中にある」状態をつくっていける。これが、早期離職を減らす上で重要な土台になると思っています。
「担当者不在」にならないゼロ年次育成で、学生の安心感を保つ
— 多くの企業で「内定受諾から内定式まで」の期間に空白が生まれてしまうことには、採用と育成の担当者が別であるという背景もありそうに思えます。
河本さん: そうですね。採用担当者が内定までを担当し、その後はバトンタッチされた育成担当や現場が内定式後の内定者研修を受け持つことが多いです。その結果、「この期間(内定受諾から内定式)、誰がフォローするのか」が曖昧になってしまうんですね。
— いわば、入社までの“担当者空白期間”が生まれてしまうと。
河本さん: はい。これは企業側にとっては見逃しがちなのですが、学生にとっては大きな不安要素になります。
というのも、内定承諾の決断に当たって多くの学生は、「この人(採用担当者)と関わってみたい」とか「この人の話を信じてみよう」という気持ちを持っています。ところが、その後しばらくは連絡が途絶え、突然、別の人が育成担当として現れる。すると、「あれ?話が違うな」「置いていかれた感じがするな」と違和感と不安を抱えてしまうことがあるんです。
ゼロ年次育成を取り入れて関係を継続することは、これらの違和感や不安を軽減する効果もあり、入社までのモチベーションを維持する効果も期待できます。
入社後も続く新入社員フォロー 軸となるOJTはどう機能させるか
— ここまで、入社前の施策について伺ってきました。続いては入社後のフォローについてです。やはりOJTが軸になるはずですが、うまく機能していないというお話もよく伺います。

河本さん: おっしゃるとおりです。OJTは本来、育成の柱になるべき仕組みですが、現場任せになっていたり、「先輩が付きさえすればいい」と形式的に運用されてしまっているケースが非常に多いですね。
— 慣例的・形式的にOJTが運用されているだけでは、育成としては機能しないということですね。
河本さん: はい。特に近年は、フィードバックや指導に対するハードルも高くなっています。例えば、「後輩にどう接したらいいかが分からない」とか、「何を言ってもパワハラになるのでは」と悩むOJT担当者も増えているようです。
だからこそ、OJTは現場に任せ切りにしたり、形式的に新人に先輩を割り当てたりするだけでなく、“制度として整備し、会社全体で支える”必要があると思っています。例えば、メンター制度や人事との連携を仕組みに組み込んでおくことで、「育てる人を孤立させない」。これが非常に重要です。
— OJTは、多くの企業で長年採用されている、ある意味「定番」の育成手段です。それがうまく機能しなくなりつつある背景にはどのようなものがあるのでしょうか?
河本さん: はい。コミュニケーションスタイルが変化し、信頼関係の構築が難しくなっていることが一因となっています。
近年ではハラスメント予防の観点から、いわゆる「飲みニケーション」のようなフランクなコミュニケーションの場が限られるか、まったくなくなっている場合がありますよね。
ハラスメントは許容されるべきではありませんが、そういった場で自然に構築されていた信頼関係は、新入社員がネガティブフィードバックを違和感なく受け止めることのできる素地としても機能していました。
しかし、現代ではそういった関係性の構築そのものが難しくなってきています。ですから、「厳しいことでも言える関係性」を意識的につくることが、今のOJTには欠かせないんです。
— 信頼関係を育てることが前提、ということですね。
河本さん: そうです。だから私が提案しているのは、“OJT担当・メンター・人事の三角形”で育てる体制です。
現場のOJT担当は業務に関する指導に徹し、一方でメンターが精神的なサポートなど業務外の相談に乗る、そして人事が第三者的な立場から見守り、問題発生時に介入したりします。
この3つの視点があれば、それぞれの役割を明確にしながら互いに助け合い、新入社員を育てることができるのです。
先ほど話題に出た、OJT担当の「ネガティブフィードバックがしにくい」という課題も、メンターを通じて柔らかく伝えてもらったり、伝え方のヒントを連携することで解決可能です。
— 今日は非常に実践的なお話をありがとうございました!
「辞める理由をつくらない関係性と仕組み」づくりを
新入社員の早期離職は、単なる世代間ギャップや本人の適応力だけでは語れない、構造的な課題です。
社会全体で「辞めやすさ」が広がり、新入社員の価値観が変化する中、企業に求められるのは、「離職を防ぐための管理」ではなく、「辞める理由をつくらない関係性と仕組み」なのかもしれません。
そうした仕組みの中で、仮に入社前の段階で「合わない」と感じて辞退する学生がいたとしても、それはむしろ健全な選択とも言えるでしょう。
採用と育成を切り離さず、“活躍までを見据えた採用・育成”にシフトすることが、定着と成長のカギとなります。
河本さんが提言する「ゼロ年次育成」は、そうした関係づくりの第一歩を“内定承諾の瞬間”から始めるという新しい発想でした。 入社前の空白期間にこそ、信頼を育み、期待のズレを埋めるチャンスがある。そして、その関係性は入社後のOJTや現場育成によってさらに深められていきます。
採用と育成を“線”でつなぎ、現場・人事・本人が関係性を重ねていく。そうした仕組みこそが、若手が「ここで働きたい」と思い続けられる環境づくりの土台になるのではないでしょうか。
- 人材採用・育成 更新日:2025/06/03
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