形骸化された働き方改革がもたらす「ジタハラ」の問題点と対策
「ジタハラ」とは、「時短ハラスメント」を省略した造語です。残業時間を減らす具体的な対策が示されないまま、ただ表面上の「時短」を達成するために会社から帰宅を強要されることを指しています。納得感のない理不尽な退社指示と感じたなら、それは「ジタハラ」にあたるとみて良いでしょう。
この「新語」が誕生したのは、2016年12月。経営コンサルタントの横山信弘氏が『日本企業が直面する新たなリスク~「時短ハラスメント(ジタハラ)」の実態』というWeb記事での問題提起が、SNS等で拡散したことがきっかけでした。その後、「ジタハラ」の持つ語感のわかりやすさなども相まって徐々に普及。2018年には、「ユーキャン新語・流行語大賞」にもノミネートされるなど、人事労務業界で使われる専門用語の範疇を越えて、広く世間一般に言葉が認知されていきました。
ビジネス手帳大手の高橋書店が、働き方改革が本格化して約1年が経過した2017年11月に発表した調査によると、働き方改革に取り組む企業に勤める社員の40%以上が、「業務量は変わらないのに、働ける時間が短縮されて仕事が終わらない」という悩みを抱えていました。
やるべき業務量は特にこれまでと変わらないのに、会社内での就業時間が確保されない。しかし、顧客や上司から求められる成果のクオリティは高く、手を抜くこともできない。あなたがもし、そんな立場に置かれた社員であったなら、どのような行動を取るでしょうか?
もしかしたら、情報セキュリティの網を必死にかいくぐって、こなしきれなかった仕事をどうにか持ち帰り、隠れて自宅で残業をこなそうとするかもしれない(あるいは、劣悪な会社なら暗黙のうちに持ち帰り残業を奨励される場合もあるかもしれません)。しかし、これは会社の勤怠管理には現れない「サービス残業」に他ならないのです。
これまでなら、残業時間として正当に計上され、対価として支給されていたはずの残業代が、こうした内職のような隠れ残業では支給されません。つまり、形を変えた実質的な給与カット。こうした納得感のない収入低下は、社員一人ひとりのモチベーション低下を招き、早期離職や会社の評判を大きく落とすリスクに直結しかねないのです。
強制的な時短によってこぼれた仕事をカバーするのは、中間管理職の仕事。責任感の強い上司なら、会社の方針によって無理やり削減した労働時間によって部下がこなしきれなかった業務を、全て自ら背負い込むことでフォローアップしようとするかもしれません。
実際に働き方改革が始まってから、部下の業務を抱え込むことによって心身ともに疲労が溜まった結果「うつ状態」となり、自殺に追いこまれて労災認定される痛ましい事件が2016年12月に発生しています。
このように対策なき時短労働は、時に中間管理職の心身を蝕んでいく。会社の要となる中間管理職の疲弊は、部署全体の生産性やモチベーションを大きく低下させる原因になってしまうかもしれないのです。
業務仕分けと同時に実施しておきたいのが、生産性向上への取り組みです。不要不急な業務を仕分けして、会社にとって本質的に必要な仕事だけを洗い出し。そうしたら今度は、その業務をいかに効率よくこなすことができるか、生産性向上のための施策にも手をつけましょう。
そのためのカギとなるのが「時間の使い方」です。各従業員の勤務体系や社内での1日の過ごし方を徹底的に見直します。実際に目覚ましい成果を挙げている企業事例をモデルケースとして参考にしつつ、非効率なワークフローやルーティン業務などにメスを入れ、業務効率の改善に着手すると良いでしょう。
たとえば、株式会社東邦銀行の事例が参考になります。同社では、朝型勤務とコアタイムなしのフレックスタイム制を組み合わせ、各社員にとって最も集中できる時間帯で業務に取り組める環境を整備。業務の効率化と残業時間の削減を実現しました。さらに、この取り組みによって創出した時間を活用し、企業内大学として体系化された「とうほうユニバーシティ」や自宅で学習が可能な eラーニング等、多様な研修プログラムを提供。時短による業務量減少で、若手社員が成長機会を失うリスクに対応しつつ、より効率的なキャリア支援をも実施可能になったのです。
文書管理の仕方、オフィスレイアウトの配置などはもちろん、本格的に各種業務のワークフローにおける無理やムダを排除していきます。これらの改革は、単に机の上を整理整頓するレベルではなく、上記で述べた業務仕分け同様、部署や会社全体での長期間における粘り強い取り組みが必要です。試行錯誤を繰り返し、長期課題としてじっくり腰を据えて取り組んでください。
既存社員の一人あたりの労働時間削減のための施策を実施する一方、減らした分だけ労働量を補填する。そこで、どのように労働力を確保していくのか考える必要があります。とは言っても、新卒・中途を問わず、慢性的に採用市場がひっぱくしている2019年現在、求人票を出したからと言って、一夜にして必要人数が補充できるわけではありません。
また、採用した新入社員を戦力化するための育成工数もかかりますし、フロアの増床、増員分の業務用資材購入など、採用に伴う少なくない様々なコストも発生します。腰を据えた長期施策として会社全体で採用活動の強化に取り組む必要があるでしょう。
正社員の採用だけでなく、パート社員や時短勤務での契約社員を併用したり、コア業務以外を外注化するなど、それまでに取り組んだことのない施策にもチャレンジしてみてください。「ジタハラ」対策を、自社のダイバーシティ政策を見直す良い機会と捉えて実施することで、労働力の多様性を確保し、より強く柔軟な人員構成を目指すことができます。
ここまで、ジタハラがどういった問題を引き起こすのか、またそれらの問題を起こさないための対策にはどういったものがあるのかを見てきました。しかし、そもそも「ジタハラ」はなぜ起こるのでしょうか?そこには色々な原因が考えられますが、「労働現場」の事情をどうしても把握しづらい経営トップや人事労務担当者が、現場の声を聞くことなく独断で時短政策を進めていることも一因であると考えられます。
人事労務担当者は、その業務の性格上、平均残業時間や総労働時間といった労働力をマクロな数値として把握することに慣れてしまっており、性急な時短が労働現場にもたらす負の効果にまで、なかなか思い至ることができないかもしれません。
しかし、相手の気持ちに配慮しない発言・行動こそが「ハラスメント」につながります。経営サイドの数値・指標だけでなく、数字には現れにくい現場にも配慮したバランスの良い労働政策を打ち出せるように、普段から少しでも労働現場の事情や課題に耳を傾ける努力が大切です。
- 労務・制度 更新日:2019/08/08
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