非倫理的な従業員データの使用への注意 ~海外文献から読み解く新型コロナ後のHRトレンド~
2020年の中心トピックスであった新型コロナウイルス感染症拡大は、世界中の人々の生活、仕事、経済に影響を与え、収束まで数年かかる可能性があります。日本の企業においては、経営マネジメントの在り方が問われる転換期になったといえるでしょう。
世界的リサーチ&アドバイザリー企業であるとともに、コンサルティング、コンファレンスを通じてサービスを提供しているガートナー社の調査によると、「2022年までに大企業の45%が従業員データの不正使用を確認し、従業員の採用、定着、満足度に悪影響を及ぼすデータスキャンダルに発展する可能性がある」としています。
人事部門のリーダーは、人事部門と組織の両方を守るために、データ倫理においてリーダーシップを発揮する必要があるでしょう。
また、人事部門は、従業員に非常に重要な影響を与える可能性のある健康情報や業績データが非公開であり、適切に使用されていることを確認するために、特に注意を払う必要があります。
今回は、『タレントリーダーが考慮すべきHRテックトレンド10選』から「非倫理的な従業員データの使用への注意」について読み解きます。経営者やHR担当者にとって、自社の状況と比較して認識を新たにする機会となれば幸いです。
HRテックの拡大と従業員データの関係
AIやロボット技術の進展により、「HRテクノロジー(HRテック)」が急速に普及し、人事データを収集・解析して組織の可能性を最大化する「ピープル・アナリティクス」が注目を浴びるようになりました。
実際に大企業を中心に、採用や人材開発、労務管理、人事評価等の人事のあらゆる分野にピープル・アナリティクスが浸透しつつあります。
米国では、新型コロナウイルス感染拡大前の2019年の時点で、Fortune100(グローバル企業の総収入ランキングトップ100)レベルの大企業の60%が「自社でピープル・アナリティクスのチームがある」と回答しており、ピープル・アナリティクスの専門部署が存在することが当たり前になりつつあることが分かります。
特に、以下3つの活動領域を軸に人事データの利活用の可能性が模索されています。
①個人と紐付けした予測(プロファイリング)……採用(選抜)、パフォーマンス予測、離職分析など
②データを活用した改善領域の特定……職場改善、人材育成、健康経営など
③人事制度・施策の効果測定
これら人事データの利活用は、人の働き方、働く環境を改善し、経営の在り方や組織の効率化を図ることに繋がり、組織および従業員の双方にとって有益なものです。
従業員データの利活用に潜むリスク
その一方で、特に個人情報に関わる人事データを活用したプロファイリングに関しては、従業員の権利や利益相反の観点から、個人が被るリスクについても警鐘が鳴らされています。
例えば、人事データを用いたプロファイリングにより、個人情報から「配慮を要する個人情報」を推知してプライバシー侵害を引き起こすリスクが考えられます。
また、プロファイリングにより、社会構造としての差別が再生産され、AIの予測評価システムを利用しているあらゆる組織から特定の個人が排除され続け、平等原則に抵触するリスクも考えられます。
実際に、ビッグテック企業やデータプラットフォーム企業などでは、その事例が出現し始めています。
従業員データの利活用の際の問題点
新しい情報テクノロジー(IT)の出現により、企業はこれまでにない大量のデータ(社内文書、電子メール、インスタントメッセージ、ソーシャルメディアに含まれるテキストなど、人間が作成したデータ)を蓄積し、分析することができるようになりました。
このようなデータの収集は、従業員のやりとりの可視化、ドメインの専門知識のマッピング、過去のイベントの再生、従業員の感情の追跡、組織全体のすべての人間活動に関する洞察の提供など、管理機能の新たな展望を開くことを可能にしています。
このように、HRテックの機能がもたらすメリットは広範囲に及んでいますが、その一方で倫理的な問題も含んでいます。従業員に関するすべてのデータを企業が収集する場合、企業側の利益のために従業員のプライバシーが犠牲になるというリスクが常に存在しているのです。
倫理・透明性・セキュリティが重要視されている
HRテックの歴史を紐解くと、2010年代の始めには労働力の分析やリスクなどに焦点が当てられ、2014年頃から実務化していき、2017年頃からメインストリーム化が進み、大手企業にピープル・アナリティクスが浸透していきました。その一方で、2018年には、欧州で消費者プライバシー規制法案である「GDPR」が適用され、その中には社員データ保護規定も盛り込まれています。
このように、社員・採用候補者のデータの利用についての倫理や透明性、セキュリティといった課題は、近年より重要視されるようになっています。
では実際に、企業が従業員のデータをどのように利用しているのか、以下の点を考えてみましょう。
誰が誰を知っているか?誰が何を知っているのか?
企業は従業員データを、従業員、顧客、ベンダー、その他の関係者のネットワークの概要を把握するために利用しており、専門家を特定しています。
これは、営業や事業開発にとって非常に重要なツールとなります。例えば、大手サービス企業の営業マネージャーは、顧客を訪問する前に、どの従業員が顧客の重役と最も強い関係を持っているか、誰が会議のテーマを最もよく理解しているかを知りたい、と思うでしょう。
しかし、分析の結果、企業のサーバーに存在してはならない微妙な個人的関係が明らかになった場合などには、倫理的な問題が生じることがあります。
辞めてしまいそうな従業員はどこにいる?
組織内で離職リスクのある従業員を特定することは珍しいことではありませんが、従業員に対して「会社に監視されている」という不穏な感覚を与えるかもしれません。
また、以下のように、管理者が、分析結果から真の問題を発見する代わりに、安易な結論を出してしまう危険性もあります。
- 気が散っている従業員が、実際には家庭内で問題を抱えているにもかかわらず、職場マネジメントや業務起因で気が散っていると思い込んでしまう
エスカレートしたインシデントのための最大の防御
重大な事件・事故に発展する可能性のある場面では、タイムリーで完全なデータが、不意の出来事に対する最大の防御となります。例えば、役員と部下の間の不適切な行動の告発に関する内部調査などがあります。
現在のテクノロジーは、問題に関連するすべての情報を収集し、完全な分析結果を提示することで、経営陣が効果的かつタイムリーに対応できるようになりました。
しかし、そのためには、非常に大量のデータを保持する必要があり、強力な検索・分析ツールと相まって、これらを惜しげもなく使用すると、すべての従業員のプライバシーを侵害することになるのです。
上記のようなケースでは、企業が収集しているすべての従業員データに対して何ができるか、何をすべきか、という複雑なトレードオフが存在しています。
従業員データ活用において「やるべきこと」
組織内で収集されたデータが倫理的に使用されていることを確認するために、人事部門のリーダーは、以下の4つのベストプラクティスに従うことから始めるとよいでしょう。
(1)主要なパートナーを特定し、学ぶ
人事、情報セキュリティデータプライバシー、その他のリーダーは、お互いに重要な以下の質問をするべきです。
- どんなデータがどのように使われているのか?
- 誰がアクセスし、どこにデータが保存されているのか?
- 自社のデータを保護するために、どのようなポリシーと手順があるか? 適用される規制は何か?
これは一方通行の学習ではないので、他の主要な利害関係者(法務・コンプライアンスやデータプライバシーの組織、ITや情報セキュリティの幹部、データ・分析チーム、営業、マーケティング、財務などの他のビジネスリーダー)を特定し、学習内容を共有するようにしてください。
(2)文化に根ざした倫理規範を明確にする
組織の声明を受けて、それがデータの使用にどのように適用されるかを考えてみましょう。例えば、イノベーションが文化的属性のトップにある場合、人事部はどのようにしてデータの使用に境界線を設け、タレントマネジメントにイノベーションをもたらしているのでしょうか。
(3)目的と意図の明確化を義務付ける
自社における従業員データの利用が理にかなっているかどうか? 倫理的な枠組みに合致しているかどうか? チェックリストを用意し、その利用を以て判断するなど、データ倫理を遵守する文化を作っていきます。
ベンダーが関与している場合は、特に注意が必要です。どのようなデータが使用されているのか、どのように分析されているのかを理解しているかどうかを確認し、理解できない場合は質問しましょう。ベンダーのソリューションを使用する際には、意図しない結果になる可能性があることを考慮しておきましょう。
(4)何のために、何をするのかを従業員に伝える
従業員は、あなたが思っている以上に多くのことを共有しようとします。2019年のガートナー社の労働市場調査では、「どんなカテゴリーのデータでも共有したくない」と答えた人はわずか4%でした。ほとんどの人は、ある程度の個人データを使ってパーソナライズされた人事サービスを受けることにメリットを感じています。
従業員の信頼を得るためには、透明性が重要です。雇用主は、組織だけでなく、個々の従業員に対して、プログラムの利点を以下の手順で明確に示す必要があります。
- 情報は事実に基づき、簡潔にまとめ、専門用語を使わないようにする
- 従業員を巻き込んで、自分たちのデータを確認(修正)させる
- 当初の意図を軸に、ブレないように設計する
経営者とHRが果たすべきデジタル倫理への対応
HRテックを使うことで、より精度の高いピープル・アナリティクスが可能になりつつありますし、その流れは不可逆性を示すものになるでしょう。同時に、これらのデータを活用した意思決定において、人事部門のリーダーが責任を持つ場面や、その必要性がより増してきているということは理解しておく必要があります。
一方で、以下のような利点を従業員に示すことで、従業員がより積極的に個人情報を提供することを受け入れる状況も作りだすこともできます。
- 個人情報を雇用主と共有することで、福利厚生の選択肢を増やすことができる
- 安全性やコンプライアンス上のリスクを回避できる
- フォームに記入する時間を節約できる
しかしながら、仕事の機会や給与に関する意思決定のために個人情報が使用される場合には、従業員は抵抗を感じるでしょう。実際に、これまでに起きてきた様々な個人情報漏洩事件を受けて、企業は顧客データに対する警戒心を強めているはずです。
あなたの会社は、従業員データにも十分な注意を払っているでしょうか? 従業員に関するデータを収集する方法は多様化しており、標準的な従業員エンゲージメント調査や退職者調査、一般に公開されている職業データのデータマイニング、マイクロチップのような非常に実験的な従業員モニタリング手法に至るまで、様々な方法があります。それと同時に、タレントアナリティクスの利用も拡大しているのが現状です。
“透明性”は企業ガバナンスだけでなく、職場マネジメントにおける信頼の鍵であり、雇用主はその利点を明確にする必要があります。
デジタル倫理について、人事部に新たな疑問を投げかけている状況であることを理解いただき、従業員の擁護者として、人事部門のリーダーは、チームや組織のために従業員のデータ倫理原則を設定するなど、行動を起こしていきましょう。
- 労務・制度 更新日:2022/08/17
-
いま注目のテーマ
-
-
タグ
-