直感ではなく科学的分析が人材管理の鍵となる理由
これらの傾向には、企業に就職しても終身雇用が望めなくなったことや、ライフスタイルの変化によりフリーランスや起業を目指す人が増えたことなどが影響しています。
多くの人が高等教育を受ける成熟した経済の中では、最も稼げる人たちは独立して自分のビジネスを持つ方向に進みます。正社員として働いていても、フリーランスで、第二、第三の仕事をしていることも少なくありません。特に才能のある人たちは、転職を積極的に考えていなくてもLinkedInのようなSNSを使って常にキャリアアップを考えるようになりました。
フリーランスは正社員よりも労働時間が長く収入が少ないというデータもあります。それでも人々は自分でキャリアをコントロールできる仕事に満足を感じています。起業家精神の上昇は、スティーブ・ジョブズ、イーロン・マスク、マーク・ザッカーバーグのような象徴的な億万長者の影響もあるでしょう。成功のチャンスは大きくないと分かっていてもビジネスを始めたいという人が増えています。
フリーランスや起業家精神を持つ人が増えている理由として、著者は起業家精神を持つ人々が組織のなかでは革新的かつ破壊的すぎて、不適合であるとみなされていることも指摘します。彼らは、無能な人材管理に寛容ではなく、それを受け入れません。
起業家としてベンチャーを起こすほどの才能を持つ人は、大きな組織にとっても重要な資産になりますが、マネージャーやリーダーにとっては、やっかいな存在にもなりえます。マネージャーは、ビジネスの成長に貢献する、才能はあるが扱いの難しい人と上手くやっていくことを考える必要があります。もしすべてのマネージャーが、自分に従い管理しやすい人を評価するようになると、イエスマンの軍隊になってしまい、企業はゆっくりと死に向かうでしょう。
企業は、まず才能とは何であるかを理解し、才能を持つ人を正しく評価できるようにならなければ、本当の意味での「才能ある人材を獲得するための戦い」には勝てません。
本書では、才能を持つ人材について、組織の中の上位20%の人が80%の生産性をもつというパレートの法則(別名:バイタルフュー)によって説明しています。著者曰く、多くのトップ企業が人材管理にもこの法則を取り入れているといいます。例えばジェネラルエレクトリック社では、従業員を3つのサブグループによって分け、彼らがどれほど有望であるかが分かるようになっています。ヒンドゥスタン・ユニリーバやノバルティスでも、早い段階で「ハイフライヤー」と呼ばれる優秀な人材をほかのグループと分け、彼らが持つリーダーシップの可能性を開発するために多くの時間とお金を投資しています。
パレートの法則にそって才能を定義することにより、組織は重要な少人数に焦点を当てたタレントマネジメントができます。
同様の才能を持っている人がいた場合、モチベーションが重要な違いとなります。最大のパフォーマンスを引き出すためには、次のような条件が必要です。最大のパフォーマンスを引き出すことで人材のモチベーションを知ることができます。
- 従業員がベストをつくすように言われている
- 従業員がそのパフォーマンスによって評価されることを知っている
- 信頼性の高い測定を得るために十分な時間を使ってパフォーマンスが計測される。しかし、その持続時間は、疲労や退屈といったパフォーマンスの低下を生じさせるほどの長さではない。
やる気のある人が多ければ多いほど、チームの典型的なパフォーマンスと最大のパフォーマンスには差がありません。私たちの性質は最大パフォーマンスを出すために努力する頻度を決めます。自制心があり良心的で倫理的な従業員がより頻繁に最大レベルのパフォーマンスを見せるという傾向は、このことから説明できます。
心理学の調査では構造的質問が未来の仕事のパフォーマンスを測定するのに役立つという結果が出ています。逆に信頼性と標準化されたルールを使わず構造的質問を考えずに行った面接は精度がかなり低くなります。面接は診断テストと違い、質問に対する答えが構造化されていないため、面接官の解釈によって評価が変わってしまうのです。著者によれば、面接で評価できる資質は多様すぎて、ほかのテストのように何が分かるかはっきりと述べることができません。
しかし、すべての回答を評価するための事前ガイドラインやスコア基準を用意して構造化された面接をするならば、実用的な観点から、その人の仕事のパフォーマンスを予想することができるでしょう。例えば、次のような質問から候補者の積極性を知ることができます。
- プロジェクトに関わり、ポジティブな変化を起こしたときのことを教えてください
- そのプロジェクトでどのような役割を果たしましたか?
- 問題を克服するために、どのような行動を取りましたか?
人材識別ツールとしてのIQテストが重要である理由の一つは、人々がどれくらい速く学び、トレーニングにどれだけうまく反応するかを評価できるところです。何千もの学術研究でIQテストが仕事とトレーニングの両方のパフォーマンスを予測できると証明されています。しかし、このテストには、その人が育った環境の影響を受けてしまうという欠点があります。
例えば、最近の研究では、特権の少ないバックグラウンドを持つ子供は2歳の時点でIQテストの成績がすでに悪く、これらの小さな初期差異は16歳になると劇的に強調されることが分かりました。不平等を増大させるのではなく、実力主義を高めるために知能テストが発明されたことを考えると皮肉なことであると著者は述べています。
適切な能力を持った人が適切な場所で働いていることと、通常のパフォーマンスでその人の最大に近い力が出せているかどうかが人材管理で注目する2つのポイントです。言いかえれば、人材を適切な場所に配置し、能力を最大限に発揮できる人材管理をしなければなりません。そのためには、才能を特定し、才能に一致する仕事を与えるだけでは不十分です。その人の興味や目標が実際に本人の仕事によって満たされるようにする必要があります。人材獲得の競争に勝つためには、才能のある人がやってみたいと思う仕事を用意しなくてはなりません。
仕事へのモチベーションの度合いの違いは重要なことです。そのため世界中のほとんどの大企業では年次または2年に一度、従業員のエンゲージメント調査を実施し、従業員の平均モチベーションレベルを監視しています。例えばニューヨークに拠点を置くシロタ・インテリジェンスサーベイは、過去30年間に数々の大企業の従業員の調査をしてきました。そして従業員のエンゲージメントが上がると、企業の収益と利益が上がるという結果を出しています。シロタのデータは同業者で同じくらいの規模と同じようなデモグラフィックから成る会社の結果と比較することもできます。従業員のエンゲージメントもこのようにデータを取ることで、他社との差がつくのです。
他の心理的属性のように、才能は成長過程の経験と生物学的素因との相互作用から生じると主張します。したがって、同じライフイベントや機会を経た場合でも、一部の個人は他の個人よりも才能を獲得する可能性が高くなります。 これが意味するのは、才能に関して言えば、問題は自然と養育のどちらかまたは両方の選択ではなく、両方の組み合わせであるということです。
心理学の世界では、人格は生涯を通じて大部分が遺伝的で安定しているということが知られています。人は変わることができますが、ほとんど変わりません。人生に何か極端な出来事がない限り、以前の自分がより増幅されたバージョンに変化するだけです。これは、変化には自己認識、努力、粘り強さが必要だからです。著者は適切な人材を選ぶことによってトレーニングや才能の開発の必要性が低くなると主張しています。
しかし、コーチングなどの開発プラクティスは前向きな変化の促進に役立つとも述べています。認知行動フレームワークに従った十分に検証された介入であれば、不合理または非生産的な信念を変え再構成できるかもしれません。不快な状況を回避するのではなく、受け入れて対処することを奨励する受け入れ療法とコミットメント療法の有効性も強調しています。
その一方で、著者は一般的な考え方に反して、自信や自尊心を高めるために設計された介入は「効果的ではなく、しばしば逆効果になる」と考えています。
優れたコーチングの最も一般的な特徴は、コーチングによって自己認識を高められることです。自己認識の定義はさまざまですが、著者の考えでは自己認識には自分の長所と限界を認めることが含まれるといいます。
才能にも暗い側面があります。心理学者は、いじめ、盗難、不正直などの逆効果的な仕事の振る舞いが、ナルシシズム、マキアヴェリアニズム、サイコパスなどのダークトライアドによって予測できることを発見しました。ダークトライアドは広く研究されており、通常の作業環境ではかなり一般的であることが分かっています。そして、一緒に働いている人には歓迎されないとしても、これらの人格特性を持つことが、組織のヒエラルキーを登るのに役立ってしまうことがあります。
著者は、これらのダークサイドの性質には適応性があり、うまくいけば人々を成功させる可能性があるといいます。しかし、ルールを曲げ、いじめ、盗難などの非倫理的で反社会的な行動を組織内で起こしてしまうなど、ダークサイドの性質が負の方向に働いてしまった場合、それを解決するコストは莫大なものです。 よって一般的には企業のリスクを減らすために、このような才能を事前に把握しておく必要があります。そこで才能のダークサイドを知るためにも性格診断が使われるのです。
才能の未来はどうなるでしょうか?そして、人材管理はどのように変化するでしょうか?
著者は、過去の調査結果からミレニアル世代がこれまでで最も自己陶酔的な世代であることに注目しています。この世代が主な労働力となり職場のナルシシズムレベルが上昇すると、従業員の自己中心的な行動を抑え、チームの活動に協力させる今までの管理方法は難しくなりそうです。今後の組織はチームで働く能力を損なってしまうかもしれません。
このような状況の中で、自己認識、好奇心、そして起業家精神の3つの仕事の能力の重要性が増します。自己認識は、人々がより良いキャリアの決定をし、自分の才能を育てることに役立つでしょう。そして、好奇心は、私たちが住んでいる情報の海をナビゲートし、学び続ける生き物であり続け、グローバルで複雑な世界の課題に対処することを助けるでしょう。そして、起業家精神があれば停滞しているアイデアから革新的な製品やサービスを生み出し、ピンチをチャンスに変えることができます。
そしてもう一つの重要な要素は、評判によって価値が決まる経済の台頭です。それは通販やUberの運転手に与えられる評価のようなものであり、必ずしも特定の仕事に限定されるものではありません。従業員一人ひとりの評判が評価の価値として認められるようになるのです。
才能の測定や人材管理の世界にテクノロジーが取り入れられることにより、いままでと違った方法でさらに精度の高いデータが集められるようになりました。著者はこれからの人材管理が次のように変わるだろうと予測します。
- 自己申告型のテストが主流だった性格特性、態度、価値観の測定が、ウェブサイトからデータを抽出するウェブスクレイピングやソーシャルメディア分析によって実施される
- IQテストの代わりにゲーミフィケーションによって知性や知識性格診断を行う
- 専門知識、社会的スキル、モチベーション、知性を測る時に、面接の代わりにデジタルインタビューやボイスプロファイリングを使う
- 経験や過去の実績技術スキルを確認するときに見ていた履歴書が、LinkedInのようなプロフェッショナルのSNSに変わる
- パフォーマンス、コンピテンシー、評判を知るには360度診断が主流だったが、クラウドソースによる評価やレーティングが使われるようになる
TwitterやFacebook、LinkedInのプロファイルを取得し、その人の適性や可能性、特定の職務に向いているかどうかを評価する未来を想像してみてください。ソーシャルメディア分析として知られるこのアプローチは、すでに複数の科学的研究によって証明され、その方法論がインターネット上のマーケティングにも生かされています。今後、人材管理の分野にも広がっていくことでしょう。
デジタルインタビューやボイスプロファイリングも才能発見のための新しいツールとして注目されています。プラットフォーム から出題される質問に、候補者がWEBカメラを通じて答えるデジタルインタビューの利点は、面接にかかるコストの削減ができること、そして人間の直観による判定の偏りを避けられるところです。
ボイスプロファイリングは、面接の内容を評価するものではなく、システムによって「その人の話し方が聞き手に良い印象を与えるかどうか」を客観的に知ることができます。これはコールセンターやカスタマーサービスのスタッフを募集するときに重要な選考基準です。デジタルインタビューとボイスプロファイリングは、たくさんの候補者から実際の採用試験に進む候補者を選ぶ段階で使われています。
単調なIQテストや性格診断の代わりにゲームを使うゲーミフィケーションは、楽しく採用試験に参加してもらう方法として使われています。しかし、転職を自ら望んでいる人にとって試験の楽しさはあまり関係ありません。ゲーミフィケーションの真の目的は、潜在的な才能を見つけることです。誰でも参加できるゲーム形式にすることで、広い範囲から才能を持つ人を見つけ出しアプローチすることができます。
私たちは才能を重視する時代に生きていますが、才能を評価する方法、そして管理していく方法をもっと進化させなければなりません。誰もが才能についてよく分かっていると思い込んでいます。そして、その妄想が問題を引き起こします。才能とは何か、そしてその才能を正しく測定するための方法を使うことが、ますます重要になってきます。
The Talent Delusion: Why Data, Not Intuition, Is the Key to Unlocking Human Potential
著者Tomas Chamorro-Premuzic
出版社Piatkus(2017/2/7)
ISBN-10: 0349412480
ISBN-13: 978-0349412481
- 経営・組織づくり 更新日:2020/09/02
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