仕事と子育ての両立支援は人材獲得のカギ!男性の育児休業取得の現状と課題とは
「人手不足倒産」が深刻化し、人手不足は企業の死活問題になってきました。
国は人材獲得のカギは仕事と子育ての両立支援だと指摘し、その観点から男性の育児休業(以下、「育休」)取得率を2025年までに50%、2030年までに85%にするという高い目標を掲げています。
しかし、2022年の取得率は17%に留まりました。
こうした状況は少子化をさらに進行させ、深刻な人手不足を招きます。
また、ビジネスと切り離しても、ほしい数の子どもが持てないという状況が続くことになるでしょう。
男性の育休取得は現在どのような状況にあり、課題は何でしょうか。
深刻な人口減少と人手不足
帝国データバンクによると、従業員の退職や採用難、人件費高騰などを原因とする「人手不足倒産」は、2024年上半期(1月から6月)に182件発生しています。*1
これは、過去最多を大幅に上回るペースで、人手不足による企業経営への影響が一段と深刻化していることがわかります。
まず、人口減少と人手不足の状況をみていきましょう。
生産年齢人口の減少
今後、日本の人口減少はどのように進行していくのでしょうか(図1)。*2
2023年の出生数は過去最少の727,277人、合計特殊出生率は1.20でした。
日本の場合、人口が長期的に増えも減りもせずに一定となる出生の水準は、年によって変動がありますが、合計特殊出生率が概ね2.07の場合だとされています。*4
しかし、しばらくは15歳~49歳人口が減少し続けるため、もし出生率が2.07に回復したとしても、人口減少がすぐに止まるわけではありません。*2
出生率が回復しても、それ以降、数十年間にわたってその水準を維持しなければならず、その間、人口は減少を続けるのです。
しかも、出生率の回復が5年遅れるごとに350万人程度、人口が減少することになるため、早急な対策が必要です。
男性の育児休業取得の必要性
国は2023年12月に策定した「こども未来戦略」の中で、若年人口が急激に減少する2030年代に入るまでが、人口減少をくい止める最後のチャンスだと述べています。*5
そして、人口減少をくい止める手段の1つが、男性の育休取得の推進です。
仕事と子育ての両立支援
上述のように、人口減少をくいとめるためには、早急に出生率を回復させる必要があります。
ところが、20代、30代は、男女ともに就労と育児が両立できないという就労環境が出生率に大きな影響をおよぼしていると指摘されています。*2
育休制度があっても利用しない、あるいは利用できないという職場環境もその1つです。
一方で、夫婦の「理想の子ども数」と「予定子ども数」との間には乖離がみられます。
国立社会保障・人口問題研究所が実施した調査によると、2021年、夫婦の「平均理想子ども数」は2.25人、それに対して「平均予定子ども数」は2.01人でした。*6
第2子以降の出生割合は、夫の家事・育児時間が長いほど高い傾向がみられますが、日本の夫の家事・育児関連時間は国際的に見ても低水準です。*7
「こども未来戦略」では、夫の家事・育児関連時間を増やし、共働き・共育てを定着させていくための第一歩が男性の育休の取得促進であるとし、男性の育休取得率を、2025年50% 、2030年85%にするという高い目標を掲げています。*5
男性の育休取得の効果
男性が育休を取得することには、仕事と子育ての両立や出生率上昇以外にも、さまざまな効果があります。
まず、末子の出生後2か月以内に育休を取得した男性の95.5%が満足しているという調査結果があります。*7
その理由は、多い順から、「生まれた子供の成長を見守ることができた」「配偶者の負担軽減」「上の子どものケア」となっています。
また、「会社への帰属意識が高まった」「会社に仕事で応えたいと思うようになった」と回答した男性の割合は、育休以外の有休休暇などを取得した男性よりも高くなっています。
男性の育休取得促進のため、2023年から、従業員が1,000人を超える事業主は、育休等取得の状況を1年に1回公表することが義務づけられました(2025年4月からは従業員300人超企業も対象)。*8,*9
それを受け、厚生労働省が2023年7月に公表した「令和5年度男性の育児休業等取得率の公表状況調査」によると、男性の育休取得率向上やそのための取り組みが、職場全体に以下のような良い影響をおよぼしたということです。*10
- 職場風土の改善(56.0%)
- 従業員満足度・ワークエンゲージメントの向上(45.9%)
- コミュニケーションの活性化(22.6%)
ちなみに、男性の育休取得の普及が企業の業績にどのような影響を与えているのかを検証した研究では、統計的に有意な水準での効果は確認できませんでした。
しかし、その一方で、代替要員の確保など、取得者が不在であるために発生する企業の負担が、よい効果を上回って業績を低下させるわけではないことが示唆されています。*11
この研究では、男性の育休取得の効果がもたらされるのは、必ずしもその男性を雇用する企業に限られているわけではなく、その妻やその妻を雇用する企業、ひいては社会全体であることが指摘されています。
育休取得を含む男性の働き方の見直しは、たとえば、女性が結婚や出産、育児などを理由に職業キャリアを中断せずに、キャリアを積み重ねていくためにも必要です。
男性の育休取得の現状
では、男性の育休取得は、現在、どのような状況にあるのでしょうか。
育休取得率
男性の育休取得率はここ数年、上昇を続けているものの、2022年に17.13%で、「こども未来戦略」に掲げられている2025年50%という目標からはかけ離れています(図3)。*12
ちなみに、女性の育休取得率は80.2%で、大きな差がみられます。
一方、大企業では取得が進んでいます。
上述の「令和5年度男性の育児休業等取得率の公表状況調査」によると、従業員1,000人超企業の男性育休等取得率は46.2%、平均取得日数は46.5日でした。*10
育休取得の希望と取得しない理由
次に、男性の育休取得の希望と育休を取得しない理由をみていきましょう。*7
厚生労働省の資料によると、出産・育児のためになんらかの休暇・休業の取得を希望していた男性正社員のうち、希望どおり育休制度を利用した割合は19.9%に留まります。
一方、育休制度の利用を希望していたのに、利用しなかった(できなかった)割合は37.5%に上っています。
次に、男性の正社員が、出産・育児を目的として休暇・休業制度を利用しなかった理由をみると、「会社で育児休業制度が整備されていなかったから」「収入を減らしたくなかったから」「職場が育児休業制度を取得しづらい雰囲気だったから」が多くなっています。
連合が2023年に行った調査でも、男性が、育休など仕事と育児の両立のための両立支援制度を利用しなかった理由は多い順に、「取得できる職場環境ではなかった」「所得が下がる」「制度があるのを知らなかった」となっています。*13
また男性が「利用できる職場環境ではなかったと思った」理由は多い順に、「代替要員がいなかった」「職場の理解が低かった」「自分にしかできない業務を担っていた」でした。
以上のような調査結果から、男性の育休取得を推進するためには、国の施策だけではなく、職場での取り組みも必要であることが窺えます。
男性の育休取得向上を目指した取り組み事例
国は仕事と家庭の両立支援に取り組む事業主に向けて、さまざまな情報を発信しています。*14
その中には、男女の育休を支える体制整備を行う中小企業への助成金額の増加など、助成措置の大幅な強化も含まれています。*2
しかし、そのような行政による施策の一方で、企業の「トップダウン」による決断と実行も期待されています。
ここでは、男性の育休取得率が4年で7倍以上になった企業の取り組み事例をご紹介します。
セイコーエプソンは、女性の育休取得率は100%を維持していましたが、それとは対照的に、男性の育休取得率は低迷していました。*15
一方、意識調査では、89%の対象男性社員が「育休を取得したい」と回答。
そこで同社は、2022年の男性社員の育休取得率を100%にするという目標を掲げました。
新たな取り組みとして導入したのは、「育児休職意向登録活動」です。
この活動は、休業取得の対象になった男性社員に対して、必ず上司との面談を行い、「育休制度周知シート」に沿って育休取得の意向を確認するというものです。
休みに入る3か月前までに意向を表してもらい、業務の引継ぎを複数の社員に早めに行うことで、カバーし合える態勢を整えているのです。*16
次に、育休取得希望者に対して、育休取得申請マニュアルを提供し、取得までのフォローを継続的に行います。*15
それと同時に、上司向けにもマニュアルを作成し、上司の育休マネジメントを支援します。
対象となる男性社員には個別にメールを送り、育休の取得を促します。
さらに、子どもが生まれる予定の男性社員に向けて、育休取得の必要性や会社の制度などが正しく理解できるよう情報提供を行います。
セミナーや動画配信で、新生児育児に対する心構えや産後の環境変化などが学べる「企業版両親学級セミナー」も定期的に実施しています。
こうした取り組みによって、同社独自の休業制度も含めた男性の育休取得率は、2018年に13.6%だったのが、2022年には97.2%にまで上昇しました。*17
おわりに
男性の育休取得は男性の育児参加を支援するだけでなく、人手不足解消など、社会全体の利益に貢献します。
国は男性の育休取得を推進するために、さまざまな施策を講じていますが、その実現のためには、企業や職場の積極的な取り組みが不可欠です。
男性が安心して休業を取得できる環境づくりに目を向けてみてはいかがでしょうか。
資料一覧
- *1 帝国データバンク「人手不足倒産の動向調査(2024年上半期)」
- *2 厚生労働省「人口減少社会への対応と人手不足の下での企業の人材確保に向けて~人材不足解消のカギは仕事と子育ての両立支援!~」p.2
- *3 厚生労働省「令和5年(2023) 人口動態統計月報年計(概数)の概況」p.4
- *4 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」
- *5 内閣官房「「こども未来戦略」 ~ 次元の異なる少子化対策の実現に向けて ~」(2023年12月22日)p.1, p.6, pp.24-25
- *6 国立社会保障・人口問題研究所「現代日本の結婚と出産-第16回出生動向基本調査(独身者調査ならびに夫婦調査)報告書」(2023年8月31日)p.67
- *7 厚生労働省「男性の育児休業取得促進等に関する参考資料集」p.9, p.26, p.34, p.35
- *8 厚生労働省「「令和5年度男性の育児休業等取得率の公表状況調査」(速報値)を発表しました」(2023年7月31日)
- *9 厚生労働省「育児・介護休業法、次世代育成支援対策推進法改正ポイントのご案内」(公布日:2024年5月31日)p.3
- *10 厚生労働省「令和5年度男性の育児休業等取得率の公表状況調査」(速報値)(2023年7月31日)p.3, p.4,p.7,p.11
- *11 内田大輔・浦川邦夫・虞尤楠「日本企業における男性の育児休業の普及─先行要因の解明と業績への影響の検証」『日本労働研究雑誌』p.118
- *12 厚生労働省「「令和4年度雇用均等基本調査」の結果概要」(2023年7月31日)p.18
- *13 連合「仕事と育児の両立支援制度に関する意識・実態調査2023」(2023年9月14日)p.6,p.7
- *14 厚生労働省「仕事と家庭の両立支援に取り組む事業主の方へ」
- *15 セイコーエプソン株式会社ニュースリリース「男性育児休職取得率100%の目標を設定」(2022年2月25日)
- *16 讀賣新聞オンライン「[スキャナー]人口減「2人目の壁」高く…仕事と両立、経済的負担」(2024/04/26 05:00)読者会員限定記事
- *17 セイコーエプソン株式会社「働きやすい環境づくり」
- 労務・制度 更新日:2024/10/29
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