HRを再定義して、人材を重視した戦略を立てる
変化のスピードが速い時代に、HR(人事部)は迅速に適応する必要があります。しかし、現在の手順や活動をどのように見直し、どのような変化が必要なのか見極めることは簡単ではありません。
『Redefining HR: Transforming People Teams to Drive Business Performance』では、エグゼクティブ専門の人材紹介会社Amplifyの創設者であり、コンサルタントとして長い経験があるラーズ・シュミット氏が、HRの担当者に向けてチーム改革のポイントを解説しています。HRを再定義することで、今までよりも従業員が最大の力を発揮できるようにサポートすることができます。この記事では、目次に沿って、その概要をご紹介しましょう。
HRの再定義とは?
21世紀のHRはどうあるべきでしょうか。著者は、伝統的なHR(人事部)から現代的なHRになるために必要な変化として、以下を挙げています。
- 管理が中心だったHRの役割を、人間の可能性を理解し最大限に活用することに変える
- 中央集権をやめ、リーダーが従業員を成功に導く方法を見つけることに焦点をあてる
- コンプライアンスの順守やリスクを軽減するためのポリシーだけではなく、職場内の摩擦を減らし従業員が最善の仕事ができる、みんなのためのポリシーを作る
- 多様性やインクルーシブを考えた、みんなのための企業にする
- 年に一度の評価ではなく、仕事やキャリアに関してリアルタイムのフィードバックをする
- データチームを社内に持つ
- HRのノウハウをオープンソース化する
- HR以外のキャリアパスからHRのリーダーを採用し、ビジネスの才能をHRに持ってくる
次に、具体的にどのようなことをしていけばいいのか、事例を交えながら解説します。
CHROの進化
CHROとは、The Chief human resource officersの略で、日本では「最高人事責任者」と呼ばれます。現代的なHRでは、このCHROが重要な役割を担うとシュミット氏は述べます。かつて管理部門としてみられることが多かったHRは、セールスやマーケティング、技術部門のようにビジネスに価値を与える存在とは認められていませんでした。しかし、時代は変わりつつあります。
HRにも、様々なビジネス上の課題を理解してただちに問題点をあげられるようなリーダーが必要です。そのような人材を獲得するためには、部署を超えてマーケティング、分析、マネジメント、データサイエンス、クリエイティブなどの才能を探していく必要があります。
みんなの企業をつくる
進歩的なHRのリーダーは、多様性を信じていなければなりません。ダイバーシティやインクルージョンへの対策は、これからのHRに欠かせないものです。
多くの組織が、不平等、マイクロアグレッション(※)、賃金格差などの問題や差別などの問題を抱えています。法律だけでは解決できない問題をHRは解決しなければなりません。
しかし、シンプルに組織内のコミュニケーションに目を向けることで改善できる場合もあります。
【事例】コミュニケーションを円滑にするためのユーザーガイド
アメリカのインターネットメディアAXIOUSでは、従業員同士のコミュニケーションを円滑にするために、社員全員が自己紹介を載せた「ユーザーガイド」を作りました。
この企業は、2018年に86%だった白色人種の割合を2020年には63%まで下げたほか、女性の割合が58%、LGBTQA+の社員が18%の多様性を重視した組織です。多様性のあるチームをよりよく機能させるには、従来よりも密なコミュニケーションが必要でした。そこで「ユーザーガイド」のアイデアが生まれました。
ユーザーガイドは、次のような項目で構成されます。役員を含め社員全員が、このユーザーガイドに記入し社内で共有します。社内であまり話したことのない人でも、事前にどのような人なのか知ることができコミュニケーションをとりやすくなります。
- 名前と読み方
- 役割
- 所属チーム
- 私の強みトップ5
- 私が価値を見いだすもの(プロフェッショナルな関係で、何を大切にして仕事をしているか)
- これだけは成功したいと思うこと(最善の仕事をするために必要なこと)
- 私のモチベーションを上げる最もよい方法(何がやる気を出させるか)
- 我慢できないこと(ほかの人がやっているのを見過ごせないこと、許せないこと)
- 私にとって最善のコミュニケーション方法(どのようなフィードバック方法を好むか、Eメールや電話などアプローチ方法の好み、連絡の頻度や連絡可能な時間など)
- 人によく誤解されやすいところ
各社員は、完成したユーザーガイドを社内で使われているSlackのプロフィールに載せて同僚やマネージャーとシェアしています。また、ユーザーガイドの作成が新人オリエンテーションのタスクとなっており、新入社員は入社後90日以内にユーザーガイドを完成させる必要があります。
変化するHR
HRの伝統的な役割に、コンプライアンスの順守とリスク軽減があります。しかし、その役割に集中しすぎてしまうと、企業は組織を守るだけになってしまいます。どんなルールを作ってもHRがすべての従業員体験をコントロールするのは無理です。
現代的なHRでは、中央集権をやめ、従業員が自主的に行動できるよう促さなければなりません。ビジネスで結果を出すために人材戦略が欠かせないことを理解し、制御することや抑制することに焦点を当てることなく、従業員が最善の仕事をするための支援と援助を提供することに重点を置くのです。
福利厚生が多様化している
10年ほど前には、豪華な社員食堂や、休憩室の卓球台、社員専用ジムの併設などが、先進的な福利厚生として人気となっていました。しかし現在、企業が提供する福利厚生は、もっと幅広くなってきています。
例えば、企業ビルのなかにあるチャイルドケアセンター、性別にかかわらず取得できる長い育児休暇、メンタルヘルスプログラムや不妊治療への援助などが実施されています。また、今日の従業員は柔軟な仕事環境を求めることから、時短勤務やフレックス制度、リモートワークの選択肢なども人気です。
オープンソース化するHR
企業の合併や買収により、2つの企業のHRが一つになることがあります。そのようなとき、2つの組織のなかでは、必然的に情報を共有していくことになるでしょう。しかし、合併や買収が起こらなくても、これからのHRには、企業間でこのような情報交換が必要になるだろうとシュミット氏は言います。
HRのオープンソース化と言っても、難しく考える必要はありません。例えば、Twitterで特定のハッシュタグをつけて発信することはオープンソース化といえます。
【事例】新型コロナウイルスの対策方法をオープンソース化
サンフランシスコにある暗号資産取引所のCoinbaseの事例では、新型コロナウイルスの流行が始まると、社内での新型コロナウイルス対策ガイドをオープンソース化し、社外でも使えるようにしました。
そのことをきっかけに、未知の感染症に対して職場でどのような対策をすればよいか、多くの企業が情報共有を始めました。このように直面している課題をオープンソース化することで、新たな知恵やコミュニケーションを生み出すことができます。
企業の成長期に生き残り成功するために
急成長中の企業は、組織が拡大するにつれて今まで行ってきた方法を維持することに苦労します。その主なものが企業文化です。サイバーセキュリティ企業のSnykも、急成長のなかで文化を守ることの必要性を感じプロジェクトを実施しました。
【事例】企業の成長期に企業文化を守る
Snykは共感的、協力的、コラボレーションできる企業文化が成功の主な理由だと自覚していました。しかし、企業が急成長するなかでその文化を見失いそうになりました。
そこで早い段階で企業文化に投資をし、守る決断をします。企業の強さの本質である「信頼」と「コラボレーション」という文化に焦点を当て、それをサポートするために意図的なアプローチをしました。
信頼
組織全体で思いやりのある正直さのアプローチをすることにしました。会社全体で意識した対話をするところから始め、管理職や経営陣までリーダーシッププログラムでコーチをしました。
協同作業
距離が離れた場所にいる人同士が円滑に協同作業できるようにSlackを導入しました。また、ステークホルダーマネージメント(利害関係管理)を展開し、従業員が仕事の利害関係者を知り、広く良好な関係を築くことを目指しました。出張旅行に投資することも対人関係の強化につながりました。
雇用主ブランドを意識した採用活動
この10年で大きく変わった採用活動の特徴に、雇用主ブランドを重視するようになったことが挙げられます。社内に雇用主ブランドエージェンシーを作る企業も出てきました。伝統的な採用活動のほかに、雇用主ブランディングをすることで候補者を見つける機会を増やすことができます。
ビデオを使ったブランディングは効果的ですが、一昔前のような職場のユニークさや豪華さをアピールする映像は現在の求人に合わないと著者は主張しています。かっこよさよりも、ありのままの職場風景を紹介するほうが効果的です。
雇用主ブランディングでは、単に候補者の数を増やすのではなく、常に自社に合った候補者を集めることを考えることが大切です。
従業員体験(EX)を向上させる
現代的なHRでは、職場での従業員体験をもっと重視する必要があります。従業員体験を改善するためには、アンケート調査やインタビューを実施してニーズを知ります。そして、難しいことよりもすぐに変えられるところから変えていきましょう。ITやファイナンスの部署など、ほかの部署に協力してもらうことも必要です。
従業員体験を向上させる4つのP
LinkedInの2020年Global Talent Trendsに、従業員体験を向上させる4つのPが紹介されています。従業員体験を向上させるために何に注意すればいいか参考にしましょう。
People(人)
- 上司やチームとの関係、リーダーシップ
- 顧客や取引先との交流
Place(場所)
- ワークスペースの物理的な環境
- 柔軟な働き方のオプション
- ワークライフバランス
Product(生産物)
- 仕事そのものが、どれたけ刺激的か
- タスクとスキルのレベルが自分に合っている
Process(過程)
- どのように成果を上げ、どのように報酬を得るかについてのルールや規範
- ツールや技術の複雑さ
文化と価値の運用化
「Culture is a thousand things, a thousand times. 文化とは千差万別である」とは、Airbnbの共同創設者兼CEOであるブライアン・チェスキーの言葉です。
採用活動でも、メールを書くときやプロジェクトを実行するときにも、企業の文化を実践します。文化とは、要するに組織の生活行動です。あなたが何を言うかではなく、あなたが行うすべてのことの累積的(かつ動的)な結果なのです。
【事例】企業文化と価値の運用
文化について具体的に伝えるために、Airbnbの事例を紹介します。新型コロナウイルス危機の際、世界的に旅行ができなくなりました。そこでAirbnbのビジネスも壊滅的な打撃を受け、多くの企業と同じように、Airbnbもチームの25%という大部分をレイオフ(一時的に解雇)することになります。
それは残念なことですが、サポートの厚さが、ほかの企業よりはるかに優れていました。例えば14週分の給与相当以上の退職金が入社1年未満の従業員にも支払われたり、レイオフ後の健康保険料を1年間企業負担にしたり、レイオフされた従業員が次の仕事を見つけやすいようノートパソコンの無料貸与があったりと、企業が親身になって従業員の今後を考えたのです。
企業の文化や価値を言葉で表すだけでなく、行動で示した(運用した)良い例と言えるでしょう。
潜在能力を引き出すためのフィードバック
採用した人材を長く維持できる企業は、多くの場合、従業員の採用活動にかけるのと同じくらい、採用後に費用と労力を費やしています。彼らは、従業員の維持に必要なのが能力開発と仕事を通した成長であると理解しています。そして従業員に、その機会を提供しているのです。
それには年に一度の評価では足りません。日常業務のなかで、毎日コーチングやフィードバックをすること、明確なターゲットとゴールの設定ができるよう助けること、そしてゴール設定に従業員自身の考えを入れることが大切です。
データを運用できるHRになる
本書では人材データ分析の歴史を紹介するとともに、企業が目指すべき人材データ分析の発達モデルをいくつか解説しています。そのなかからジョシュ・バーシン氏が2020年に提唱した「発達モデル」の概要を紹介します。レベル1からレベル4までの発達を3年間で達成するのが目標です。
レベル1 信頼できるレポートと警告
このレベルは、運用上およびコンプライアンスの指標に関する事後報告に加え、データの正確性、一貫性、適時性が達成できています。企業資源計画、人材戦略、採用活動、学習、多様性、コンペンセーション、報酬などを含め、HRをよりよくすることに焦点を当てています。
レベル2 経営の洞察と行動
このレベルの組織は、意思決定、トレンド分析、ベンチマーク分析などのために、傾向を知るためのレポートを作成できます。
また、ダッシュボード(データを可視化するためのツール)をカスタマイズすること、セルフサービスで作成することができます。仕事へのエンゲージメント、人材の維持、文化的な問題について、フィードバックや従業員との会話、アンケート調査などから見極めることに焦点を当てることができます。
レベル3 生産性と作業の再設計
このレベルでは、組織は統計の分析を実施し、問題と解決策を見いだすことができます。そのとき、スタッフを中心に考えることと、データを統合できます。組織は、個々の事業部門に対してコンサルティング的なアプローチを取ることができます。
また、分析チームが社内にいるためネットワーク分析の専門的知識を示すことや、組織のネットワーク分析(ONA)ツールを使うことができます。
レベル4 AI対応アクションプラットフォーム
このレベルの組織は、予測モデルとデータガバナンスモデルを開発し、シナリオプランニングを実行できます。そしてその分析をビジネスプランやワークフォースプランニングと統合できます。
このようなトップレベルの組織は、管理職が行動を改善するためのツールを提供することや、従業員のセグメンテーションやジャーニーを活用すること、AIを使ったチャットボットの活用なども可能です。
HRの役割変化についていくために
HRの役割は、コンプライアンスの順守やリスクを軽減するための管理中心の役割から、人間の可能性を理解し最大限に活用することに代わってきています。現代的なHRになるためには、人材戦略がビジネス上重要であることを理解し、人を中心に考えることが必要です。
Redefining HR: Transforming People Teams to Drive Business Performance
著者Lars Schmidt
出版社Kogan Page (初版2021/1/3)
ISBN-10 : 1789667062
ISBN-13 : 978-1789667066
用語解説
- マイクロアグレッション……無意識もしくは意識的に他者を傷つけている日常的な言動
- 経営・組織づくり 更新日:2022/08/16
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