心理的安全性とは?職場の心理的安全性を高める5つのステップ
企業の経営陣や人事部門、マネージャー達は、組織のパフォーマンスを高めるために必要な要因は何かを日々模索しているのではないでしょうか。
近年ビジネスシーンで「心理的安全性(psychological safety)」という言葉を聞く機会が増えてきました。チームメンバーが自分の意見やアイデアを発信することに臆さず、リスクを恐れずに行動できる状態を指すこの言葉は、パフォーマンスの向上やイノベーションの促進など、様々な成果につながることが研究結果から明らかになってきています。
本記事では、心理的安全性とは何かを紐解いていきます。注目されている理由や、心理的安全性が組織に与えるメリット、職場の心理的安全性を高めるためのステップ、心理的安全性を測る方法についてお伝えします。
心理的安全性とは?
心理的安全性とは、組織やチーム内でメンバーが自由に意見やアイデアを出し合い、リスクを恐れずに行動できる状態を指します。心理的安全性の高いチームにおいては、メンバーは以下のような状態になります。
- 他のメンバーに対して反対意見や懸念を示すことに、心理的なリスクを感じていない
- 自分の過ちを認めたり、積極的に質問をしたり、新しいアイデアを披露したりしても、誰も自分を馬鹿にしたり罰したりしないと信じられる
反対に、「罰を受けるかもしれない」「非難されるかもしれない」といった不安が蔓延している状態であるならば、心理的安全性は低いといえます。
心理的安全性の概念は、1999年にハーバード大学の組織行動学を研究するエイミー・C・エドモンドソン教授が発表した論文の中で提唱されました。その研究によれば、「チームの中でミスや対人関係上のリスクをとったとしても、それを理由に非難されることはない」と、メンバーが思えるかどうかが、心理的安全性を判断するうえで重要になります。
心理的安全性を考えるうえで重要な「成功循環モデル」
マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授が提唱した「成功循環モデル」とは、組織が成果を上げ続け、成功に向かうサイクルを示したモデルです。
成功循環モデルにおける好循環の状態(グッドサイクル)は、まずチームメンバーのコミュニケーションや関わり方、相互理解といった「関係の質」を第一に考えることが特徴です。関係の質が高まると、自由なアイデアやチームの目的意識が生まれ「思考の質」も高まります。すると、メンバーが自発的に考え、能動的に行動するようになることで「行動の質」が高いチームへと変化していきます。その結果として、チームの成果に繋がり「結果の質」が向上し、「関係の質」もさらに向上するのです。このように、「関係の質」を起点とした好循環が、成功循環モデルのグッドサイクルです。
心理的安全性は近年、組織やチームのマネジメントにおいて注目を浴びています。2012年にGoogle社のリサーチチーム(Project Aristotle)が、生産性の高いチームに備わっている条件を特定するための調査を実施しました。社内の数百のチームを対象に、マネージャー・チームリーダー・チームメンバーによるチームの評価と、四半期ごとの売り上げノルマに対する成績を調べたのです。その結果、チームの生産性には「相互信頼」「構造と明確さ」「仕事の意味」といった因子のほか、「心理的安全性」が大きく影響していることがわかりました。
この調査結果が、ニューヨークタイムズ誌で2016年に発表されたことで、心理的安全性は世間に広く知られるようになりました。
また、地球環境や社会問題といった世界が直面している課題に対して、イノベーションによる解決が求められていることや、テクノロジーの急速な発達、コロナ禍によって加速した働き方の多様化を背景として、多様なバックグラウンドや考え方を持ったメンバーでチームを構成し、迅速に知見を積み上げ、効率よく課題を解決することが求められています。
そして、多様性のあるメンバーが一つのチームとして協働するには、「心理的安全性」がより必要になっていることは言うまでもないでしょう。
生産性を高めながら企業や社会の課題を解決していくためにも、経営戦略として心理的安全性の確保に取り組む企業が増えているのです。
心理的安全性が高い=「ぬるま湯組織」は誤解
心理的安全性が高い状態は、決して「メンバー同士の仲が良くて居心地の良い、ぬるま湯状態」ではありません。同調圧力の発生や、達成目標に対して甘い姿勢を持つわけでもありません。あるいは「何を言っても罰せられない」といったルールを設けることでもありません。
成果を上げるにはチームが機能していることが重要ですが、そのためには心理的安全性と並んで「成果への責任」も必要になります。
実際に、心理的安全性の高い組織では、「挑戦的な目標を設定→メンバー同士がフィードバックを交換→持続的な改善」を追求しています。失敗は成長の機会と捉えられ、チーム全体で学びながら成長していく特徴があります。
心理的安全性は、決して「快適性」を追求するものではなく、あくまでも「安全性」を追求することでメンバーの自己表現や対話の自由を守りながら、個人とチームの成長を促進する概念だといえるでしょう。
心理的安全性を高めるメリット
イノベーションと創造性の促進
心理的安全性が高い環境では、メンバーがリスクを恐れずに新しいアイデアを提案し、創造的な解決策を見つけることができます。アイデアの多様性とオープンなコミュニケーションがイノベーションを生み出す力を高め、競争力のある市場でも成果を生み出すことができます。
エンゲージメント向上と学習行動の促進
心理的安全性の高い環境では、従業員のエンゲージメントが向上し、仕事への情熱や意欲が高まるという研究結果が出ています。自分の意見やアイデアが尊重されることで、メンバーの自己成長や仕事への貢献意欲が高まり、エンゲージメント向上につながります。
DEIの促進
心理的安全性の高いチームでは、異なるバックグラウンドや考え方を持つメンバーが活躍しやすくなり、多様性と包括性が促進されます。DEI(多様性、公平性、包括性)の重要性が叫ばれている今、組織の競争力を高めるためにも心理的安全性の確保が求められます。
職場の心理的安全性を高める5つのステップ
生産性の高い組織を作るためにも、リーダーには、チームの心理的安全性を確保することが求められます。チームメンバーが自分の意見を発信したくなるような土壌を作り、全員に対して参加を求めるだけでなく、メンバーが抱える可能性のあるリスクを低減するための対応が不可欠です。
1. チームおよび効果的なチームの定義をする
チームメンバーに対して、自分たちのチームはどのような目的のために存在し、誰にとって重要なチームなのか、誰のために貢献しようとしているのかを定義します。
また、ゴールとなる成果を明確にします。これは、会社全体のミッションやビジョン、KGIを策定することと同じプロセスです。
2. チームの構造とリーダーの役割と責任を明確にする
チームリーダーが明確な役割と責任を持ち、メンバーに対してどのような範囲と形でサポートするのかを示すことが重要です。同時に、チームメンバーの得意な分野やスキルを活かした適切な役割分担をおこない、各メンバーの役割と責任を明確に定義します。役割の重複や責任の漏れを防ぎ、それぞれの役割に対して意思決定プロセスを組み込むことで、相互協力が当たり前になり、率直な発言が促進されます。
同時に、チーム内でのコミュニケーションのルールを作り、円滑な意思疎通を図るための体制を作ります。
これを会議や決裁といったシーンのたびに継続して繰り返していく努力が必要です。
3. チーム文化について共通認識を作る
チームメンバーがとるべき行動やNG行為を定義し、メンバー間で共有することも必要です。これは、自社のバリュー(重要な価値観)や行動指針を作るプロセスと同じで、文化は自然とでき上がっていくものではありません。どのようなカルチャーをつくりたいのか、デザインするプロセスが必要です。
その際、リーダーが一人で悩みながら作るのも一つの方法かもしれませんが、人事関連のビジネスパートナーやプロのファシリテーターに、話し合いの場に同席してもらうこともおすすめです。
4. フィードバック文化を構築する
次に、メンバー同士がオープンにコミュニケーションをとり、フィードバックをし合う文化を作っていく必要があります。そのためにまず必要なことは、「リーダーは完璧でない」と認めることです。完璧主義のリーダーの下にいるチームメンバーは、完璧でない自分に自信が持てずに不安になり、意見やアイデアを出しづらくなってしまうためです。
リーダーの不完全さを認識したうえで、個人的に好ましいと感じる仕事の進め方をチームメンバーに伝え、チームメンバーにもメンバー自身が好ましいと感じる仕事の進め方をチーム内に共有するように促してください。
そして、リーダーはメンバーに対して、フィードバックが成長や改善の機会であることを伝え、オープンかつ建設的なフィードバックの提供方法や受け取り方についてのフレームワークを整備します。
5. チームの強化と改善を仕組み化する
上記の4ステップに取り組んでも、マンパワー不足や、仕組みが形骸化する恐れがあります。
そこで、チームの強化と改善を継続的に行うための仕組みを構築しましょう。チーム全体のフィードバック文化を定期的に評価し、必要な改善点や継続的な学びを見つけ出してモデル化するには、以下の取り組みも効果的です。
- 定期的なミーティングやワークショップを通じて、チームの進捗や課題を共有し、解決策を議論する。
- メンバーのスキル向上や成長をサポートするために、トレーニングや教育プログラムを提供する。
- 心理的安全性を高める行動や成果を評価し、適切なインセンティブや報酬を設計する。
失敗を「恥ずかしいもの」ではなく、未来に向けてのナレッジの蓄積であることを強調し、求める成果のために必要なサポートを明確にするとともに、次のステップについて話合うことが重要です。
ただし、明らかな違反に対しては、毅然とした制裁措置をとることも必要です。
心理的安全性を測るための方法
チームの心理的安全がどの程度かを測るためには、次のチェックリストを活用できます。7つの項目が自分のチームに強く当てはまっているのかどうかを、直接メンバーに問いかけたり、サーベイ(調査)によってチェックすることで心理的安全性を測ります。
- チームの中でミスをすると、たいてい非難される。
- チームのメンバーは、課題や難しい問題を指摘し合える。
- チームのメンバーは、自分と異なるということを理由に他者を拒絶することがある。
- チームに対してリスクのある行動をしても安全である。
- チームの他のメンバーに助けを求めることは難しい。
- チームメンバーは誰も、自分の仕事を意図的におとしめるような行動をしない。
- チームメンバーと仕事をするとき、自分のスキルと才能が尊重され、活かされていると感じる。
ポジティブな回答が多いチーム(Q2、Q4、Q6、Q7に強く当てはまっている場合)は、心理的安全性が高いといえます。一方で、ネガティブな回答が多いチーム(Q1、Q3、Q5に強く当てはまっている場合)は、チームの心理的安全性に問題があることが分かります。
心理的安全性を損なう4つの要因と対策
エイミー・C・エドモンドソン教授は、心理的安全性を損なう要因として、以下4つを提示し、これらの要因が重なることで、チームの心理的安全性が低くなるとしています。4つの要因と、その対策を紹介します。
要因1. 無知だと思われる不安
「自分が無知だと思われるのではないか」という不安によって、メンバーが質問や意見を出すことをためらったり、新しいアイデアや知識を提案することに恐れを感じて発言しなかったり、自分が他のメンバーよりも知識やスキルが劣っていると感じてしまいます。
【対策の一例】
- リーダーが知識や情報を共有する文化を醸成していることを示し、メンバーが安心して質問や意見を出せる環境を作る。
- 組織全体で学びの文化を育むために、メンバー間での学習やスキル共有の機会を設ける。
- リーダー自らが、無知を認めてリーダーだけでなくメンバーの成長を促す。
要因2. 無能だと思われる不安
「自分の能力が低いと思われるのではないか」という不安によって、メンバーがリスクを冒して新たなアイデアや取り組みを試みることをためらったり、自己表現を抑制したりすることがあります。
【対策の一例】
- リーダーはメンバーの成果や努力を評価し、積極的なフィードバックを提供する。
- チーム内での成功事例やベストプラクティスを共有し、自信を育む。
- メンバーが挑戦的な目標に取り組むことを奨励し、成長と学習の機会を提供する。
要因3. ネガティブだと思われる不安
「ネガティブな人間だと認識されるのではないか」という不安から、批判的な意見を避けたり、提案を控えるようになります。
【対策の一例】
- チームメンバーに対して、ネガティブな意見や批判的なフィードバックも歓迎されることを明示する。
- リーダーはオープンなコミュニケーションを奨励し、メンバーが意見を自由に述べる環境を作る。
- ミスや失敗を学びの機会と捉え、挑戦を促進する文化を醸成する。
- ポジティブなフィードバックや成功事例を積極的に共有し、メンバーの自信を高める。
要因4. 邪魔をしていると思われる不安
自分の言動が、他のメンバーを邪魔していると思われる不安から、他の人への支援や協力をためらったり、自分のアイデアや意見を控えることがあります。
【対策の一例】
- チームメンバーの相互信頼を構築するために、コミュニケーションや協力を重視した発言を繰り返す。
- リーダーはチームワークや共同作業の機会を創出し、メンバーが互いに支援し合う文化を醸成する。
- 邪魔をする可能性のある行動や態度に対しては、ルールやガイドラインに明記し、共有する。
まとめ
心理的安全性は、チームの生産性を向上させる手段として大きな注目を集めています。ただし重要なことは、心理的安全性のあるチームを作ることが目的ではなく、あくまでも心理的安全性のゴールは、中長期的なチームのパフォーマンス(成果)の最大化である点です。
議論の前提を疑ったり、クリティカルシンキング(批判的思考)を実践するのは、そのテーマの可能性や効果的な課題解決につながるアイデアを探究するために欠かせない姿勢です。
筆者の経験上、海外メンバーとの会議や国際外交において、日本人からすると喧嘩としか思えないような感情的な議論をしている場面もしばしば見かけます。しかし、会議が終わった後には意外とケロリとしているものです。さらに、別のテーマの議論において、前のテーマでは批判的だったメンバーがサポートに回っている場面もしばしば見かけます。
個人的には、日本語の「思いやり」という言葉が、心理的安全性に近い言葉なのかもしれないと考えています。メンバー一人ひとりがリスクをとることのハードルを下げるためにも、相互に思いやりを持ってチーム内で成果にコミットしあえる組織文化を作っていければ、自ずとチームの目的を達成することができるのではないでしょうか。
参考
- The New York Times『What Google Learned From Its Quest to Build the Perfect Team』
- re:Work『The five keys to a successful Google team』
- Edmondson (1999)『Edmondson, 1999Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams』
- Edmondson & Mogelof (2006)『Explaining psychological safety in innovation teams: Organizational culture, team dynamics, or personality?』
- Newman, A., Donohue, R., & Eva, N. (2017)『Psychological safety: A systematic review of the literature』
- Amy C. Edmondson『The Fearless Organization: Creating Psychological Safety in the Workplace for Learning, Innovation, and Growth』)
- TED Talks『Building a psychologically safe workplace』
- 経営・組織づくり 更新日:2023/11/07
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