退職マネジメントの重要性と取り組み方法
人事は組織の人材管理に関する業務を行います。
この業務内容は大きく以下の6つに分類できます。
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では今回取りあげる退職マネジメントはどのカテゴリーに入るのでしょうか。
この記事では、この問いに答えながら退職マネジメントについて細かく解説してきます。
退職マネジメントとは
退職マネジメントとは人材マネジメントの最後に位置するものであり「キャリアの出口戦略」とも捉えることができます。人的資源を最大限に活用しつつ組織の健全な新陳代謝を促すために、新たな人材の採用とともに長年組織に貢献してきた人材が第一線を退いた後の出口を描いておくことが求められます。
それは現役時代に培った経験を現組織の中で生かすべく新たな役割を担うことだったり、一担当者として能力を発揮できる限り組織に貢献し続けることだったり、あるいは組織内での役割を終えて別組織に転職することだったりと、企業や個人によって様々な道が考えられます。
社内外の流動化を高め、スムーズかつ建設的な関係解消を容易にする退職マネジメントは激しい環境変化への適応を強いられる時代に必要不可欠な経営戦略として注目されています。
労働契約法や労働基準法には、使用者(雇用主)が労働者を自由に解雇することを制限する解雇規制があります。解雇を行うには客観的かつ合理的な理由が必要で「整理解雇(リストラ)」「懲戒解雇」「普通解雇」「退職勧奨」の解雇の種類によって、満たすべき要件や手続きがそれぞれ異なります。
終身雇用を前提としている日本の企業社会では「組織の新陳代謝は定年などの自然発生的に生じるもの」というのが常識でした。そのため定年退職以外の形での労働契約の解消にはどうしても解雇につながるネガティブなイメージを付きまといがちです。その手段も退職勧奨や希望退職者募集といった、やはりネガティブで急場しのぎの出口対策しか持ち合わせていません。
このように日本ではまだ退職マネジメントが未成熟な状態なのが現状なのです。
普及し始めた背景
退職マネジメントは少子高齢化と長寿化が進展する令和の時代において必要不可欠になっていくものと考えられます。それは「定年」の意味するところが時代とともに変わってきたからです。簡単に定年制の歴史をお伝えします。
昭和初期は55歳定年が普通でした。1998年の「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」の改正で60歳定年が標準になり、60歳定年退職と同時に厚生年金や企業年金の支給がすぐに始まり、企業は退職マネジメントを意識する必要はありませんでした。
60歳定年制によって組織の新陳代謝が自動的に発生し、また、管理職に昇格した社員は管理職のまま定年退職を迎えることができたため、現在では当たり前になっている役職定年制も導入されておらず、定年間近の社員の処遇やマネジメントについても考える必要はありませんでした。
しかし2000年になると厚生年金の支給開始年齢が段階的に引き上げられていくとともに、企業には60歳以降の継続雇用が求められるようになりました。
多くの企業では60歳定年の人事制度の枠組みを大きく変えることなく、定年後再雇用という形で65歳までの継続雇用で対応していますが、人件費の問題などから60歳を境に処遇は大きく下がるのが一般的になりました。そうした中でシニア社員のモチベーション維持やマネジメントが課題になってきたのです。
一方で人手不足が深刻な企業では年齢にかかわらず人材の確保が優先され、その結果、定年延長や65歳以降の雇用継続制度などシニア社員の雇用や活用が進んできています。こうした企業ではシニア社員の健康管理や心身の能力の衰えをいかにカバーしていくかが課題となっています。
重要性
2020年代後半からはバブル世代が60代に突入し、シニア社員の処遇は多くの企業にとって益々大きな課題となります。
企業には年齢で一律に雇用関係を終了する「定年」という仕組みに頼ることなく、年齢にかかわらず社員が社内もしくは社外で能力を発揮できる機会を広げていくこと、そして社員自身が主体性を持ってキャリアを選択し、企業内で最大限の価値発揮をした上で、適切なタイミングで退職の道を選び取るまでの取り組みを支援していくことが求められます。
取り入れるメリット
退職マネジメントは企業の新陳代謝を促すことが大きな目的となりますが、次のような波及効果が期待できます。
ポジティブな転職や労使合意のもと円満退社による個人との関係解消を目指すことは、会社のブランディングの向上にも繋がります。市場価値の高い人材を育てることができれば退職した社員の活躍によって出身企業の評価が高くなることが期待できます。
「うちで数年働けば他所の会社でも通用する」というように、組織が社員に対して最大限の人材開発やキャリア開発を行い、エンプロイアビリティ(雇用され得る能力)を養成することが重要です。
優秀な人材に対しては雇用の出口を用意するのではなく離職防止の対策をしておくことが大切です。いわゆるリテンションと言われているものです。
給与や福利厚生などの処遇や条件面だけでなく、働きやすい環境づくりやワークライフバランスの推進など、処遇以外の人事施策に取り組むことが求められます。一度決めた退職意思を翻意させることは難しいので日ごろからのコミュニケーションが重要となります。
本来、退職はネガティブに捉えられやすい傾向にありますが、退職マネジメントを取り入れることで、個のスキルやキャリアに合わせて離職を提案することができるため、双方がポジティブに受け止めることができます。
離職を促す際にトラブルが起きてしまうと社内に悪影響を及ぼすだけではなく、社外にも悪評が知れ渡ってしまうリスクがあります。お互いが気持ちよく雇用関係を解消できるよう、退職面談などコミュニケーションの場を設けることをおすすめします。
今後増加するシニア社員を経験や知識を活かして活躍できる場を整備して再雇用し、自社での活用を図ることは企業にとって有益な人材確保の手段となります。しかし企業にはシニア社員でも「60歳前の社員と同等もしくはそれに近い働き方や貢献を期待して処遇する社員」「多様性な働き方を用意し個人の意欲や能力に応じて処遇する社員」「社外への再就職や独立を支援する社員」に選別することが求められます。
まずは、自社にどの方法が適しているのかを十分に検討し、導入する際には社員に制度の内容をしっかり説明するようにしましょう。
退職マネジメントの取り組み方法
退職マネジメントにおける「出口」とは退職を意味するものですが、出口に向かう過程を考えることが重要です。大きな方向性としては次の3つが考えられます。
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それぞれについて解説していきます。
1.生涯現役型
年齢にかかわらず活躍できる場を用意し適正に処遇する。本人が引退を決めるまで組織内で意欲を持って働き続けられるようにするものです。
本人が引退を決めるまで何歳までも働けるとなると、人材マネジメント上問題となるので、健康状態や加齢に伴う身体機能の低下・思考能力の低下への対応といった観点で引退時期を決められるようにしておきたいです。
2.進路選択型
組織内で求められるシニア社員の人材像や処遇を提示し、どのような道を選択するのかは本人の意思を尊重する考え方です。
シニアの雇用についての会社の考え方や用意している仕組み、限界を明示したうえで、本人の主体性をいかに引き出すかがカギとなります。
3.転身支援型
組織外への転進を積極的に支援していく考え方です。社員の自律意識が高く、仕事を通じて実際に転職・独立できるような実力を身に付けられることが前提となります。
そのうえで、転進を後押しするような仕組みを用意していくことになります。
どの方向性をとるにしても、社員が組織の内外で活躍し続けられるようになるためには、本人がスキルを身に付けることと、それを発揮できる場を見つけることが必要であり、それには出口に差し掛かるはるか以前からの準備が必要です。
退職マネジメントは退職という一時期だけを考えるのではなく、入社から退職に至る社員のキャリアを通じて考えるべきテーマだと言えます。
退職金との関係
厚生労働省の「平成30年就労条件総合調査」によると、30人以上の従業員がいる会社で退職金制度がある会社は平均80.5%で、残りの19.5%は退職金制度がない会社になります。*1
人事に長年携わってくると、その会社の退職金制度を見ればその会社の出口戦略がある程度想定できるようになります。
例えばかなり早い段階から定期的あるいは継続的に早期退職加算金を設けているような退職金制度であれば、定年を待たずに会社を離れて次のキャリアに進んでもらいたいという会社の意図が読み取れます。
一方、65歳以降も継続雇用制度を実施しつつ終身にわたる退職年金を設けているような会社は、能力や意欲のある社員に対して老後に不安を抱えることなく自ら引退するまで働いてもらうことを望んでいることが読み取れます。(現在なかなかそういった会社はほとんどありませんが)
このような特徴のある退職金制度を持つ会社は退職マネジメントに先進的に取り組んでいる会社と言えるのではないでしょうか。世間並み水準の退職金制度の会社は、出口戦略を積極的には考えていないことを意味していると言えます。
65歳までの定年延長の義務化、そして70歳までの雇用継続の義務化に向けた法改正検討のニュースを聞くと、横並びではなく、自社の状況に合った出口戦略の構築と、それを反映した退職金制度の整備が求められます。
まとめ
退職金制度は退職マネジメントの一部分を構成するものであり、退職金制度だけで出口戦略は構築できません。早期退職加算金があるからといって、次のキャリアが見えていなければ社員は会社を離れることはありません。
引退まで社内で活躍してもらうようにするには、シニア社員の「職務」「職場環境」「能力開発の機会」などの整備が求められます。さらに、人事評価制度の構築や運用、キャリア開発支援などの各人事施策も出口戦略に沿ったものを準備しなければなりません。
少子高齢化や人生100年といった長寿化が進む一方、終身雇用が成り立たなくなってきている日本社会において、人生の後半戦をいかに充実させていくかが今後ますます大きな関心事になっていくことでしょう。
そうした中で、退職後を見据えたキャリアプランやライフプランを見通せるようにしておくことは、人材の確保や育成、定着にも大きく関わる重要な課題だといえます。
退職マネジメントは冒頭にあげた6つの業務内容すべてに影響を及ぼす重要なものに位置付けられる時代になったようです。
- 経営・組織づくり 更新日:2024/07/30
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