不安定な時代を生き抜くために 産官学で連携が進む「アントレプレナーシップ教育」とは
社会構造や雇用形態の変化、技術の急進など、なにかと「変化への対応」が求められる現代に、日本企業でも「アントレプレナーシップ」が注目されるようになっています。
アントレプレナーシップは「起業家的な行動能力」という意味合いを持ちます。
幹部候補を育成するにあたっては欠かせない要素となりつつあります。
危機を迎えた時、自ら事業を起こして生活できるかどうかで個人の行く末が大きく変わる時代です。企業組織においても、新しい事業を起こして組織を維持できるかどうかは、ひとえにアントレプレナーシップを持つ人材がいるかどうかにかかっていきます。
また、AI時代には労働力が人から機械に取って代わられます。これをチャンスと捉えるかどうかもその企業の将来を左右することでしょう。
そこでアントレプレナーシップとはどのようなものか、ご紹介していきます。
アントレプレナーシップと日本企業
アントレプレナーシップの語源はフランス語のentrepreneurからきています。
東西貿易が盛んであったマルコポーロ時代に生まれたentreprendreという動詞から派生した言葉で、「仲買人」を意味していたと言われており、その後経済学者シュンペーター氏が「イノベーションを遂行する当事者」を指す経済的用語として定義しています*1。
また、ドラッカーはアントレプレナーシップを「イノベーションを武器として、変化のなかに機会を発見し、事業を成功させる行動体系」と述べています*2。
さらにAI時代にあたって、ノースイースタン大学の第7学長であるジョセフ・E・アウン氏は、
「アントレプレナーシップはデジタル化した職場で自らを差別化する手段として、ますます高い価値を持つ」 「テクノロジーは脅威ではなく、チャンスの源である。仕事を破壊するのではなく、潜在的な仕事を新しく創り出す。それを左右するのが、アントレプレナーシップである」
と述べています*3。
アントレプレナーシップ教育の広がりと日本
世界ではロンドン・ビジネス・スクールと米バブソン・カレッジが中心となって行われている国際研究プロジェクト「Global Ettreperemeurship Monitor(=以下GEM)」が1999年に開始されました。
この年の参加国は10にとどまりましたが、2012年には69の国と地域が参加するようになっています*4。
それほど世界ではアントレプレナーシップに対する関心が高まっているといえますが、日本のランキングは下位にとどまっています。
実際、日本の大学(学部・修士)でアントレプレナーシップ教育を受けているのは3万人にすぎず、これは1%の学生でしかないという状況です*5。
この、ごく一部の学生を直接獲得するというのは至難の業でしょう。
一方で日本企業の「休廃業、解散」件数は急増しており、帝国データバンクは「人手不足の解消や後継者の策定といった課題が山積している」と分析しています*6。
企業の継続のためにも、アントレプレナーシップについて知り、社内育成も検討することが望まれます。
アントレプレナーシップの構成要素と日本企業
GEMのフレームワークでは、起業に対する個人の態度(起業態度指標)や起業を乗り越える環境(環境指標)が起業活動の水準に影響を与えると想定しています*7。
その中で注目したいのは、個人の態度を示す下の4つの指標です。
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「失敗脅威指数」以外は起業態度指数と正の相関性にある、つまりこれら3つの要素が高いほど起業活動は高まるという分析結果があります*8。
そして実際、起業家を対象にしたアンケート調査では、日本で起業家が少ない原因について以下のような回答結果が得られています。
失敗を許容するマインド、身近に手本となる人がいない、知識・経験の不足が原因となっています。
また、ハーバード・ビジネス・スクールではアントレプレナーシップを「コントロール可能な資源を超越して機会を追求すること」と定義しています*9。
必要な資源にアクセスできない状態で新しいチャンスを追求する、ということであり、その段階ではこのようなリスクに遭遇するとハワード・スティーブンソン教授は指摘しています*10。
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これらは、事業後継者には欠かせない要素だというわけです。
アントレプレナーシップを獲得するには
なお、GEMの指標では、アントレプレナーシップは、下のような段階を経て醸成されます。
給与支払い期間については新卒から育成できるかそうでないかにより事情は異なってきますが、中途採用にあたっては目安になるでしょう。
給与についての項目を除けば各時期の特徴は、GEMでは以下のように定義されています。
まず誕生期は、
- 独立型もしくは社内ベンチャーであるかを問わず、 現在、 新しいビジネスを始めようとしていること
- 過去12カ月以内に、 新しいビジネスを始めるための具体的な活動を行っていること
- 少なくともビジネスの所有権の一部を所有しようとしていること
です。
そして、乳幼児期は、
- 現在、 自営業、 会社のオーナーや共同経営者として経営に関与していること
- 少なくともビジネスの所有権の一部を所有していること
そして脱乳幼児期には、
- 現在、 自営業、 会社のオーナーや共同経営者として経営に関与していること
- 少なくともビジネスの所有権の一部を所有していること
とされます。
GEMの定義では「誕生期」にあるように、企業活動従事者のなかには自分で事業を始める独立型と、勤務先で新規事業を始める社内ベンチャー型の2種類が含まれています。
いま、企業が現実的にアントレプレナーを探しやすい、育成しやすい方法とすれば後者でしょう。
よって社内ベンチャーを許容する風土作りは欠かせません。
アントレプレナーシップを持つ人材育成のために
さて、ここまでアントレプレナーシップについての現状や概要についてご紹介してきました。
先ほども述べましたが、もちろんこうした教育を受けた人材を採用できるのがベストですが、いまはそうもいかない事情を抱える企業のほうが多いことでしょう。
まずアントレプレナーシップとはどのようなものか、研修などで実際の起業家と接することから始めるのが良いでしょう。
その際、アントレプレナーシップ教育の一端を覗くための資料があります。
中小企業庁が教育機関向けに公表しているアントレプレナーシップ教育の標準的カリキュラム、その実践マニュアルです*11。
これは学生向けのものですが、32時間の具体的なカリキュラムが掲載されており、自社や外注など含め、どのような機会が必要なのか、どのような教育が必要なのかがわかりやすくなっています。
まず現在の経営陣がアントレプレナーシップについて知り、これからの時代においてはどのような素養を持つ人材が必要なのかをチェックすることから始めてみるのはいかがでしょうか。
また、アントレプレナーシップを持つ人ほど、体質の古い組織には長期間在籍してくれないリスクもあります。
しかしそういった人たちをどう引き留めていくかについても今から考える必要が出てくることでしょう。
参考
- *1 「アントレプレナーシップとは」特定非営利法人 アントレプレナーシップ開発センター
- *2 「アントレプレナーシップとは?求められる背景や事例、教育を解説」東大IPC
- *3 「アントレプレナーシップ教育の現状について」文部科学省 p4
- *4 鈴木正明「日本の起業活動の特徴は何か ーグローバル・アントレプレナーシップ・モニターに基づく分析ー」日本政策金融公庫 p18
- *5 「アントレプレナーシップ教育の現状について」文部科学省 p2
- *6 「全国企業「休廃業・解散」動向調査(2023)」帝国データバンク p5
- *7 鈴木正明「日本の起業活動の特徴は何か ーグローバル・アントレプレナーシップ・モニターに基づく分析ー」日本政策金融公庫 p27
- *8 鈴木正明「日本の起業活動の特徴は何か ーグローバル・アントレプレナーシップ・モニターに基づく分析ー」日本政策金融公庫 p28-29
- *9 「ハーバードにおける「アントレプレナーシップ」の定義」ハーバード・ビジネス・レビュー
- *10 「ハーバードにおける「アントレプレナーシップ」の定義」ハーバード・ビジネス・レビュー
- *11 「中小企業庁 起業家教育 標準的カリキュラム実践のためのマニュアル」中小企業庁
- 人材採用・育成 更新日:2024/07/16
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