「きょうだい」は就職先選びに関係あるか?
「自分の就職先は、自分で選ぶ」・・・それがもちろん理想である。しかし自分自身ではどうにもならない要素もある。 その1つは家族のことかもしれない。親のことやきょうだいのことを考えると、希望を押し通せない学生も、おそらくいるだろう。 「私はきょうだいがいないから、就職は親の近くでしたい」という学生がいるかもしれない。あるいは「自分は一番上なので、地元で就職しなきゃ」と思う学生もいるかもしれない。また「上のきょうだいがいるから、私自身は地元を離れても構わない」という学生もいるかもしれない。 しかし、こうした「家族やきょうだいによるしばり」は、今どき本当に存在するのだろうか。それとも、そんなのは古いしばりで、今は皆が自由に就職先を選んでいるのだろうか。 筆者らは、若者の「きょうだい構成」と「キャリア選択」に関してデータ分析をしている。 本コラムでは、学会発表のデータを示しながら、今どきの学生にみられる、新しい(と考えられる)特徴を論じる。 結論をいえば、かつてのように、一番上の男子がしばりを受けるのが典型ではない。むしろしばりを受けるのは、別の人である。
筆者らの研究では、学生たちを「一人っ子」「長子」「中間子」「末子」という4つのタイプに分けた。その上でそれぞれが「就職を地元でしたいか」あるいは「地元外」を希望するかに関して、違いがあるかを分析した。 表1は男子と女子に関して、それぞれ分析した結果である(「大学生のライフスタイル調査(2016年)」)。これは筆者らが学会発表をしたときに提示したデータである(斎藤嘉孝・梅崎修・田澤実2016「きょうだい構成と地元志向 - 大学進学および就職時における全国量的調査分析から」日本キャリアデザイン学会(於愛知教育大学、9/11))。 表中の数値の全てを理解する必要はない。関係するところだけを説明する。 大きくわかることは2点である。 ①男子は、今や、きょうだい構成の影響を受けにくい。自分がきょうだいの上であろうと、下であろうと、真ん中であろうと、あるいは一人っ子であろうと、地元で就職するかどうかの意向に違いがみられない。 ②女子は、男子とほぼ同じで、下であろうと、真ん中であろうと、一人っ子であろうと、違わない。しかし、きょうだいの「一番上」の場合は、傾向が違う。すなわち長子の女子は、地元で就職したいと考える傾向にある。
表1 きょうだい構成と地元志向に関するロジスティック重回帰分析
男子 | 女子 | ||||
---|---|---|---|---|---|
モデル⓵ | モデル⓶ | モデル⓵ | モデル⓶ | ||
きょうだい構成 | 一人っ子 | .057(1.059) | -.288(.749) | .542(1.719)* | .363(1.437) |
長子 | -.191(.826) | -.465(.628) | .535(1.707)** | .508(1.662)* | |
末子 | -.288(.750) | -.419(.215) | .391(1.478)* | .273(1.314) | |
3大都市圏 | - | 1.860(6.424)*** | - | 2.189(8.929)*** | |
銘柄大学 | - | -.596(.551)*** | - | -.118(.889) | |
係数 | .928(2.259)*** | .493(1.637) | .417(1.518)* | -.429(.651)* | |
Nagelkerke2 | .004 | .235 | .006 | .279 |
注:*** P<.001, ** P<.01, * P<.05。「きょうだい構成」は中間子=0、「3大都市圏」はそれ以外の地域=0、「銘柄大学」はそれ以外の大学=0。カッコ内はオッズ比。
ここで学生たちの声を紹介したい。筆者が勤務する大学のゼミ生にたずねたものである。上の統計分析の結果を裏づける発言を、以下紹介したい。 まず長子の女子である。Aさんは「地元の就職以外は考えていない。転勤のない職場を選びたい。私は上だからこそ、そう考えている」と語る。また地元で就職したい理由として「母のためになることをしたい」と、その優先性を語る。 また、長子の女子Bさんは「親は、どこでも好きなところで働いていいというが、自分は親の面倒をみなきゃと思っている」という。そう考えるのは「姉ならではの気持ち」であり、「弟は、そうは考えていないと思う」と語る。 また、下のきょうだいからみた長子の姉についての発言もある。中間子の男子Cくんは「姉はすでに仕事をしていて、一人暮しをしているが、実家の近くにいる」という。末子の女子Dさんは、「姉はすでに就職しており離れたところに住んでいるが、本意ではない。結果としてその勤務地になっているだけで、今後は地元に戻ってくることを希望している」という。 また男子からは、きょうだい構成にしばりを受けない発言がみられる。長子のEくんは「家にいたいという気持ちは全然ない」という。「親はたぶん、妹のほうに家にいてほしいと思う」と話す。また末子のFくんは「自分は(就職したら)家を出たい。実際、兄もすでに就職して、家を出ている」という。また末子のGくんは、きょうだいの有無や出生順で就職先を意識したことは「全くない」という。 他にも、男子に関する発言として、長子に男子のきょうだいを持つ学生は「兄は、親から一人暮ししたほうがいいといわれている」(Hさん、末子の女子)、「兄は就職しているが、家から通っている。本人は出たいと言っている」(Iさん、中間子の女子)のように、親あるいは本人が家を出ることを希望する発言がみられる。長子の女子とは逆である。また末子の女子Jさんのように「兄は私に、親の面倒をみてほしいと思っている」という発言もある。
今なぜ、長子の女子が地元を希望するのだろうか。これまでの学術研究と筆者らの分析結果を総合的にまとめ、次のように説明できる。 まず、男子にはかつてほど家督相続の責任がのしかからなくなったため、自由に家を出られる世の中になった。しかし、だれが親の面倒をみるかとなると、相変わらず一番上にその役割が(暗黙にでも)課される。この傾向は今も変わらない。 しかし第1に、現在の介護の主たる担い手は女性である。第2に、親子の日常的な関係は、男子より女子と密な傾向にある(例:会話や連絡の頻度)。第3に、子育てに親(つまり祖父母)の助けを借りたいとするニーズは女性に多い。 こうした背景から、成人になってから親と関係性を維持し続ける子は、長子ではあるが、もはや男子より女子の傾向にあることが説明できる。就職先選びのとき、すでに長子の女子は(暗黙にでも)認識し、あるいは親の思いを察し、選択しているのかもしれない。 では、一人っ子はどう理解したらよいのか。統計分析の結果では、一人っ子の女子は、長子の女子のようなしばりがないようだ。両者の違いは何だろうか。 こう考えられる。一人っ子は親からずっと投資をされてきた。立身出世の期待も受けてきた。しかし一方で、将来の唯一の支えとしても期待される。つまり、近くにいてほしいのは本音だが、自由な選択をしてほしいとも期待される。いわば「2重の期待」を受けている。 実際の一人っ子の女子の声にも、それは反映されている。 Kさんは「親に、ひとり暮らしをしたいという希望を親に話すと、機嫌が悪くなる」という。しかし、その反面、「地方でもどこでも、私は自分のやりたい仕事があるなら、行きたいと思っている」という。またLさんは「全国転勤は、まったく問題ない」が、しかし「理想は親の近くがいい」と考えている。「親もほんとは私が近くにいてほしいだろう」と語る。
かつて長男が家を継ぐのが当然とされ、その慣習・制度が家や社会の維持に機能していた面もあった。しかし、現在は違う傾向がみられる。筆者らの学会発表のデータと、学生たちの実際の声を総合するに、「男子は後継ぎだからといって、就職先のしばりを受けにくい」ことは、どうやら今どき一般的なようだ。 一方、それに代わり「長子の女子が、就職先のしばりを受ける」という傾向に注目すべきだろう。一概にそれが悪いことなのかどうか安易な結論は出せないが、この傾向は今後も分析していきたい。 もちろんいろいろなケースがある。きょうだいにしばられない人も当然いる。しかし、きょうだい構成は、若者の意向の一要因として、いまだ頭の片隅に置く必要があるようだ。
- 人材採用・育成 更新日:2017/05/02
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