【会員限定】採用過程における法的知識 「採用の自由」と「労働者・求職者の権利」を知っておこう
この記事は、2020年9月8日・9日に開催された人事向けオンラインイベント「JAPAN HRTV 2020 ~これからの『人材採用』と『組織』を考える2Days~」にてお送りした講座の内容を基に作成されています。
採用活動において、企業、求職者ともに法的知識を身に付けておくことは基本でありながら、なかなか難しいものです。そこで今回は、CLOVER法律事務所・宇田川高史弁護士による講座「募集・採用選考時の法的知識と実務でのレポート」の様子をお伝えします。
宇田川弁護士には過去に実際に起きた判例の紹介や、受講者の方からの質問にも答えていただきながら、「募集と採用選考時」・「内定時」・「試用期間・本採用時」の3つの軸に分けて法的知識と実務でのポイントを解説していただきました。
そもそも「労働法」とは?
まずは、今回の講座の主題となる「労働法」について基本を知っておきましょう。
企業側は人事採用の際、労働者・求職者の地位が法律によってどのように守られているのか、それに対しどう対応をしたら良いのかを多角的に考えることが大切です。その根拠となるのが労働法です。
まず押さえておくべきなのは、「労働法」という法律が存在するのではなく、一般的に労働関係および労働者の地位の保護・向上を規制する法(労働事件に関する裁判例などにおける法律判断を含みます)の総称として「労働法」という言葉が使われています。
また、厚生労働省内部の解釈・見解を示した「通達」も重要になります。
その中でも、「労働三法」と呼ばれる3つの法律があります。
●「労働三法」
① 労働基準法
労働契約、賃金、労働時間、休息、休日および年次有給休暇、就業規則など、労働条件における最低基準を定めたもの
② 労働組合法
労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進。労働者の地位を向上させ、労働条件についての交渉、労働組合の組織、 団結を擁護し、労働協約締結のための団体交渉を助成することなどを目的とした法律
③ 労働関係調整法
労働関係の公正な調整を図り、労働争議を予防し、または解決するための手続きを定めた法律
危険物を取り扱う場合など法令の規定により年齢制限を設ける必要がある場合(例外事由2号)や、技能・ノウハウの継承の観点から人数が少ない年齢層に限定して採用する場合(例外事由3号ロ)などでは、年齢に制限を付けて採用活動をすることも可能です。また、高齢者などの雇用促進など国の制度によって採用基準を設けることができるものもあります(例外事由3号ニ)。
また、経歴を問わない新卒採用などにおいて年齢制限を設けることは、例外事由3号イとして認められることになります。
では、採用後に円滑な業務を行うために求職者について調査を行いたい場合、どうでしょうか。
企業側には、必要最小限の範囲で情報を収集、保管できることが職業安定法によって許されています。しかし、情報収集した個人情報は募集の目的達成のため、必要最低限のものである必要があります。
具体的に、どのような情報は収集してはいけないのでしょうか。
直近では昨年北海道で、採用時点でHIV感染していることを告げられなかったことを理由に、病院でのソーシャルワーカーの内定を取り消した事件も起きています。札幌地裁は、本人の同意なくHIV感染の情報を使用したとして、165万円の支払い義務を命じました。
このように、本人の同意なく感染症の調査をすることは、合理的な理由が認められない限り、プライバシー侵害にあたり得ます。
なお、同意の上でHIV検査を行った場合についてですが、そのような検査を行うことに合理的な理由が認められる場合には、違法とはいえないということになります。ただし、採用において、HIV検査をすることに合理的な理由が認められるケースは、極めて限定的であると思われます。
この点で、気になるのはどのような場合に「合理的な理由」が認められるかです。受講者の方からも「合理的な理由とは具体的にどのようなものが挙げられるか」と質問がありました。例えば、警備員の採用において、信号の色が識別できないと業務そのものに支障をきたす可能性があるということであれば、色覚検査を行うことは合理的な理由がある場合に当たると考えられます。このように、個々の事情に照らし、業務上必須の能力に関する調査であることが客観的に明らかである必要があります。
次は、労働者へ「内定」を出した後の法的知識についてです。
「内定」とは「卒業などの一定条件はあるものの、すでに労働契約が成立している状態」のことを指します(始期付解除権留保付労働契約)。言い換えると、いつ働き始めるかについては一定の期限が付いており、また、無事に卒業しなかった場合などの一定の事由が生じた場合には解除できることが条件になっている労働契約を意味します。
労働契約が成立している以上、基本的に企業が一方的に内定を取り消すことは認められません。ただし、内定時に予測できなかった重大な事由があった場合(健康状態の悪化、履歴書などの重要な情報に偽りがあった、卒業できなかった、経営状況の悪化によって人員削減が必要な場合など)は、企業側から内定を取り消すことも認められます。
どの時点で「内定」(=労働契約の成立)に至るかは、判例では、採用内定通知を発した後に、労働契約締結のための他の手続き(内定式など)が予定されていない場合には、採用内定通知によって労働契約が成立すると解されています。なお、労働契約締結のための他の手続き(内定式など)が予定されている場合は、当該手続きを行った時点で労働契約が成立することになります。
「内々定」の取り消しは可能だが、誠実な対応を
「内々定」とは、「ほぼ内定が決まりかけているが、正式な手続き前の状態」のことを指します。「内々定」の場合、雇用契約は成立していないため、企業側からの取り消しが可能です。ただし、企業側が「内々定」の形式をとっていても、就労に必要な書類を提出させていたり、研修を受けさせているような場合には、労働契約が成立していると判断される可能性があります。
なお、内々定の取り消し自体は認められるとしながらも、説明が不十分であったなどの理由から、労働契約が確実に締結されるであろうという「期待権」を侵害するとして、企業側に損害賠償責任を認めた事例もあります。
判例:コーセーアールイー(第2)事件(福岡高裁・平成23年3月10日)
取り消しに至った経緯の説明が不十分であったことや、学生側が他社の内々定を断っていたにもかかわらず内定予定日直前に取り消したことなどを理由に、労働契約が確実に締結されるであろうという「期待権」を侵害するとして、損害賠償(55万円)を認めた。
このように、企業側の事情により「内々定」を取り消す必要が生じてしまったとしても、内々定者の期待を裏切らないように丁寧な説明、誠意ある対応が求められます。
労働条件は、内定時に明示する
労働基準法第15条により、労働契約の締結時(内定時)に、労働条件を明示する必要があります。この場合において、賃金および労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければいけません。
ポイント:内定時に就業場所や業務内容が決まっていない場合は?
具体的な就業場所や従事すべき業務などを特定できない場合には、就労の開始時の就業の場所や従事すべき業務として想定される内容を包括的に示すことも可能です。
その場合、採用内定の際に、具体的に特定できなかった事項について、できる限り早期に決定するよう努め、決定次第改めて明示する必要があります。
また、採用内定の際に具体的な就業の場所などを改めて明示する時期についても明示することが必要です。
最後は、「試用期間・本採用時」においての法的知識になります。
試用期間とは、「労働者を業務に従事させながら、適性を判断するための期間」のことを指します。法律上明確には規定されていませんが、一般的には1〜6カ月で、最長でも12カ月程度とみられています。
試用期間は解約権留保付の労働契約期間であり、通常の解雇とは違い、企業側に一定の解約権が留保されています。ただし、どのような場合でも解雇できるというわけではなく、客観的・合理的な理由があり社会通念上相当として是認される場合にのみ、解雇することが認められることになります。
具体的には、採用決定までに企業側が知り得なかった事情で正社員としての適性を失わせるような事情が発覚した場合です。能力不足、意欲不足、協調性の欠如、または窃盗などある程度重い犯罪行為の発覚などが挙げられます。
ポイント:試用期間の延長は認められる?
時間をかけて本採用の判断をすることは双方にとって良いことなので延長は可能です。ただし、後々トラブルにならないよう、試用期間を延長する可能性があることは、就業規則に明記しておくことが望ましいでしょう。
・試用期間に関する就業規則の一例 (試用期間)
1.新たに採用した者については、原則として採用日から3カ月間を試用期間とする。
2.試用期間中に本採用とすることの判断ができないときは、前項の期間を最長3カ月間延長することがある。
3.本採用の可否は、試用期間中の勤務態度、健康状態、能力等を総合的に勘案し、試用期間の満了日までに決定し、通知する。
4.試用期間中の者が、次の各号のいずれかに該当した場合、試用期間中もしくは試用期間満了時に本採用せずに解雇する。ただし、採用後14日暦日を経過していない場合は、解雇予告手当を支払わずに解雇する。
①遅刻、早退、欠勤が複数回あり、出勤状況が不良である
②上司の指示に従わない、同僚との協調性がない、誠実に勤務する姿勢がないなど勤務態度が不良である
③必要な指導をしたものの、当社の求める能力に達せず、改善の見込みがない
④入社前に会社に申告した経歴に偽りがあった
⑤督促しても必要書類を提出しない
⑥健康状態が悪く、今後の業務に耐えられない
⑦第○条に定める解雇事由、または懲戒解雇事由に該当する
5.試用期間は勤続年数に通算する。
採用後14日を経過すれば、解雇予告手当ての支払いが必要
採用後(本採用ではなく、試用期間も含む)14日を経過すれば、解雇予告手当や解雇手当が必要となります。労働基準法において「少なくとも30日前に解雇予告が必要」とあり、30日前に予告をしなかった場合は、30日分以上の平均賃金を支払わなければなりません。
“採用後14日以内であれば自由に解雇できる”と誤解されている方もいらっしゃるようですが、解雇が自由にできるわけではなく、予告手当を支払う必要がないという意味であるため注意してください。14日以内に解雇した場合、判断時間が短すぎるため「適切な理由での解雇」と判断されず損害賠償の対象になる可能性もあるので危険とも言えます。
今回は「募集と採用選考時」・「内定時」・「試用期間・本採用時」の3つの軸に分け、法的知識と実務でのポイントを実例も交えながら分かりやすく解説していただきました。
企業側は簡単に採用をとりやめることができないため、採用活動は企業側にとっても非常に重要です。ターニングポイントは「内定」を出すかどうか(労働契約が成立するか否か)ですが、あまりにも「内定」を出すことに慎重だと、ライバル企業に優秀な人材を取られてしまう可能性もあるため、見極めが非常に重要になってくるでしょう。
前述のとおり、年々労働事件は増加しています。まずは最低限の法律知識を身に付け、企業側と労働者、双方が気持ち良くやり取りができる採用活動を目指しましょう。
- 人材採用・育成 更新日:2020/10/16
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