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「EX(従業員体験)」の考え方は日本に浸透するのか?

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EX(Employee Experience:従業員体験)という概念をご存知でしょうか?

GoogleやFacebook、Amazonをはじめとする多くのグローバル企業では、EXを高める施策を積極的に取り入れていることから、広く知られるようになってきました。 いまやCX(Customer Experience:顧客体験)の概念は、新しい時代のマーケティングとして浸透しつつありますし、企業独自の持続的な競争優位性を生みだすために欠かせない概念となっています。

一方で、組織やマネジメントにおけるEX(従業員体験)の概念については、聞いたことがあっても詳細をイメージすることができていない人も多いかもしれません。

欧米の大企業では、CX・EXともに主流の考え方となっている一方で、日本企業においては、EXの重要性はまだ十分に理解されていないのが現状ではないでしょうか。

今回は、CXとEXの関係や、EXが重視されるようになってきた背景を考察していくとともに、グローバル企業におけるEXへの取り組みを紹介します。 経営者やHR担当者にとって、より厳しくなる人材獲得と定着に向けて、自社の状況と比較して認識を新たにする機会となれば幸いです。

EX(従業員体験)とは何か

EX(従業員体験)とは、求職活動から退職面談に至るまで、従業員と企業との間に起こるあらゆる相互作用・体験を指します。

EXは、マネジメント側が従業員の働く環境を整え、エンゲージメントを向上させることで、離職防止や組織の生産性向上につなげる取り組みです。つまり、従業員が「自分の会社って良いな」と思える体験を重ねることが従業員エンゲージメントを高め、仕事のやりがい向上や、業務品質の向上、ひいてはCX(顧客体験)の質向上につながっていくのです。

そして、一人ひとりの従業員の成功体験は周囲へ波及し、業務の仕組みの変革や組織の文化の変革、新たな価値の創造へと結びついていきます。

2017年に発表されたHarvard Business Reviewによると、EXを充実させるために投資をしている企業の方が、そうでない企業に比べて4倍もの利益を創出していることがわかっています。

CXとEXの関係

CX(顧客体験)は、メディア広告や価格プロモーションといったマーケティングと同様に、強力にブランドイメージや業績を左右するものとして理解されており、多くの企業がCXを統括する経営幹部レベルの役職を設けています。実際に、優れた顧客体験が収益の増加をもたらすことは、研究でも裏付けられています。

一方で、CXと同じように重要であるにもかかわらず、「そのCXを生み出すのは誰なのか?」というプロセスや要因に目を向けられることはないことから、EX(従業員体験)は見過ごされてきました。

本来、特に顧客と直接関わる従業員は、CXにおいて中心的な役割を果たしているはずです。消費者として生活する私たちにとって、この関連性は直観的に理解できるでしょう。従業員とのたった1度のやり取りが、店舗、診療所、電話、あるいはチャットボットやSNSなどバーチャルな交流の体験を良くも悪くも左右しており、それと同じようにEXも企業の業績に大きな影響を与えているはずなのです。

しかしながら、優れたCXを生み出したり、収益を上げたりすることにおいて、EXがどのような役割を果たすのかは定量化が非常に難しいこともあり、明確にされていませんでした。

EX向上とCX向上における相関性

そんななか、2019年の研究で、「EXについて優れた指標を持つ企業が、より良いCXを提供できる傾向がある」ことが示され、従業員満足度の向上が顧客満足度の向上を促すことが示唆されるようになりました。

また、従業員と収益の相関性は非常に大きく、全米に1,000店舗を展開するグローバル小売ブランドの財務データと人材データで調査した従業員の勤続年数、フルタイムおよびパートタイムの属性、社内ローテーションの経験、スキルレベルの4つのEXの指標において、下位25%の店舗が上位25%と同じパフォーマンスとなるように変化させれば、収益は50%以上、利益もほぼ同じだけ増加する可能性があると示されたのです。

なお、EXを測定する指標は、主に以下5つのカテゴリーに分類されます。

  • 従業員満足度: 満足度を明示的に問う調査項目への回答をまとめた指標と、満足度を間接的に示す指標によって測定します。
  • 従業員ロイヤルティー/定着率/離職率: これらの指標には、平均勤続年数のような事後的なものと、従業員が在籍し続ける可能性の予測に関わるものがあります。
  • 支持/評判/ブランド: これらの指標は、従業員が周囲の人に自社へ就職することをどの程度勧めるか、自社製品やサービスを支持するかを示します。
  • 品質/オペレーション: これらの指標は過小評価されがちですが、自社の商品やサービスが品質要件を満たしていなければ、問題を改善するためにどのような方策が取られても、EXは低くなってしまうでしょう。
  • 従業員のエンゲージメント: この指標は従業員の関与度という視点で、EXにもCXにも影響を与える共通の指標となります。EXにおいては方針や組織、周囲の人に対する影響を、CXについては、自社の商品やサービスに対する影響を測定することになります。

米国広告リサーチ会社のギャラップの2013年の調査では、従業員エンゲージメントの一要素である組織の目標達成に対する貢献意欲において、上位25%に属するタスクチームは、下位25%のタスクチームより顧客満足度で10%、収益性で22%、生産性で21%上回り、従業員の離職率、欠勤率、事故率も低いことがわかっています。

また、2017年のMITの研究チームによると、EXのスコアが上位25%の企業では、イノベーションの成功率が高く、下位25%の企業の約2倍の収益をイノベーションから得ているという結果が出ています。

このような結果を受け、CXとEXを統合し連動させる、経営幹部の巧みなリーダーシップが求められています。近年では、CXやEXを統括し、顧客中心の戦略を策定するうえでの責任を担う「CXO(チーフ・エクスペリエンス・オフィサー)」という新たな役職も出現しています。

EXとCXを同時に進めることが重要

EXとCXの相関性を示した研究結果は、企業が顧客・従業員を問わず包括的に「体験」に取り組む必要性を示唆しています。

もしも、企業がCXよりもEXを重視した場合、顧客体験向上の意図が分からない善意だけの従業員や、企業や仕事に対する満足度は高いが成果を上げられない従業員ばかりになってしまう可能性があります。逆に、EXをおろそかにしてCXだけに注力する企業は、離職率や人件費の高さ、さらには創造的思考の欠如に悩まされることになるでしょう。企業は、EXとCX両方を向上させるための取り組みを検討する必要があるのです。

日本でEX向上が必要とされる背景

EX(従業員体験)の概念は、「従業員次第で企業の存続が決まる」といっても過言ではないほど、従業員を大切な存在であると位置づけていることが大前提となります。

これからの時代、少子高齢化により働き手が減少し続けることは決定的です。さらに、リモートワークや在宅ワーク、複業(副業)やフリーランスなど、働き方が日々多様化し続けていることから、人材の流動化も進むでしょう。このような時代を迎えているなか、人材の確保と多様な雇用形態の実現、定着率の向上は、あらゆる企業における課題となっているのではないでしょうか。

人材の価値観・ニーズの多様化

デジタルパイオニアとも呼ばれるミレニアル世代(1980年~1990年前半生まれ)が組織の中心となり、デジタルネイティブであるZ世代(1990年後半~2012年生まれ)も社会人となってきていることから、労働に対する価値観は大きく変容していきます。これらの世代は、従来のような終身雇用を前提とした働き方にとらわれず、新たなキャリアを求めて転職することへの抵抗が少ないともいわれています。

人口の増加や企業の持続的な成長が約束されていた過去の時代においては、年功序列や終身雇用、新卒一括採用などで、「働き手を確保することによって長期間人材を確保する」ことができたといえます。しかし、今や画一的な体験の提供では、従業員の多様化したニーズを満たせなくなりつつあります。

つまり、単なる賃金だけでないメリットを提示し、従業員に満足してもらうための施策を打ち出さなければ、人材を集めることが難しく、流出も防げない時代となっているのです。

企業情報がよりオープンに公開される時代になっている

就職・転職活動の際に、インターネットを使って企業情報を集める人が増えています。EXにおいて先進的な欧米では、「Employee Experience + 企業名」と検索するだけで、従業員が投稿したレビューを簡単に読むことができます。日本においても同様に、実際に働いていた人が企業の評判を書き込める口コミサイトでは、企業が従業員の満足度向上のためにどのような施策を行っているのかが赤裸々に記載されることがあります。

このように、企業の情報やその企業で働くことについての情報が、広く簡単に知ることができる時代となっているなか、経営者や人事部門がどれだけ従業員のことを考えた経営活動や人事戦略を展開しているかが問われるようになっています。

このような背景からEXの重要性が高まってきているのです。従業員の組織に対する愛着や帰属意識を高めるために、労働環境を整備して働きがいを向上させ、離職を防止する施策に力を入れる企業が増加しています。 特に、離職率が高い企業や、年々求職者が減少し慢性的な人手不足に悩んでいる企業にとっては、EXの向上について真剣に検討する時期が来ているといえるでしょう。

現代は、「VUCA時代」と表現されるように、何が正解なのか分かり辛い時代です。組織のマネージャーや経営層も、答えを持ち合わせていないなかでマネジメントをしていかねばなりません。そのため、これまで以上に、従業員の主体性や創造性を引き出すことによって、自社ならではの価値を生み出し、自社に属していることで得られる体験を通じて、組織の優位性を高めることが期待されているのです。

EX向上に取り組む際の注意点

米国のIT調査会社であるガートナー社は、CXにおいて顧客満足度(CSAT)やネットプロモータースコア(NPS)のような1つのCX指標だけを重視してはならないとしています。

これは、EXにおいても同様です。従業員満足度(ES)や従業員エンゲ―ジメント調査のようなEX指標だけを重視せず、EXに関するすべての関連する指標をダッシュボードに集約して一覧できるようにすることで、部門間の情報をオープンに共有すべきです。

上位レベルの1つの指標の改善は、下位レベルのさまざまな指標の改善によって実現することを忘れてはなりません。下位レベルのEX指標に責任を持つ人々が従業員にとってより良い結果を示し、上位レベルのEX指標の向上に貢献できるようサポートすることが望ましいでしょう。

グローバル企業におけるEX導入事例

以前からEX(従業員体験)というキーワードはありましたが、HR系の議会や経営雑誌などで2015年から2016年頃にかけてEXというキーワードが取り上げられて、認知度が高まったといわれています。

また、同時期に、世界最大級の民泊仲介サイトを運営しているAirbnbが、「EX(エンプロイーエクスペリエンス)チーム」を作り、米国キャリア情報サイトGlassdoorで「従業員が選ぶもっとも待遇の良い米国企業ランキング(Best places to work)」において2年連続で1位を獲得したことも話題となり、EXは世界的に注目されるキーワードとなりました。

実際に、EXを重視している企業はどのような取り組みを行っているのか、いくつかの事例を紹介します。

Airbnb (エアビーアンドビー)

上でも紹介した同社は、従業員を歓迎し、大切にする文化を構築するためには、単一のプロジェクトやプログラムに限定するのではなく、採用やオンボーディング、ワークスペース、従業員の食事に至るまで、従業員のあらゆる体験に焦点をあてることが必要と考えました。そして、人事部を「EX(エンプロイーエクスペリエンス)チーム」として再定義したのです。

同社のEX向上の取り組みはさまざまですが、たとえば、世界中に展開されているオフィスをつなげる方法の一つとして、社員イントラネットを活用しています。イントラネットにより、従業員同士がつながり、お互いを理解し合い、何かを達成したときに喜びを共有できるようにしています。

Adobe(アドビ)

コンピュータ・ソフトウェアを展開する同社も、前述のAirbnb同様に、人事部を「EX(エンプロイーエクスペリエンス)チーム」と呼び、産前産後26週間の有給休暇制度や、男性社員を対象とした16週間の有給休暇制度(配偶者出産休暇)を他社に先駆けて導入しています。

また、事務的な年次評価ではなく、マネージャーが従業員との定期的な1on1を通じて成長度合いをチェックし、キャリアの相談に乗りながらその人の評価し、育成や報酬の調整まで責任をもつ「Check-in」という独自の制度を導入しています。このCheck-in制度によって、従業員がキャリアビジョンをマネージャーと共有し、アドバイスをもらうことができるため、心理的安全性が確保され、エンゲージメント向上につながっています。

Cisco Systems(シスコ)

ネットワークシステムにおける世界最大手の同社は、社員同士がお互いを表彰し合える「Connected Recognition制度」を導入しています。この表彰制度では、5,000円程度までであれば報償金をマネージャーの承認なく付与し合うことができます。さらに、誰が誰を表彰したのかは全従業員に共有され、他の従業員がコメントすることができるため、コラボレーションの促進につながっています。

同社は、多種多様なワークスタイルにも柔軟に対応することで、働きやすい環境を整備しており、テレワーク環境に転換してからは、オンラインでヨガや落語、仮面舞踏会など様々なイベントを定期的に開催しています。「遊びを通じたつながり」や「雑談の機会」を確保することで、EXを高める工夫を行っています。

Hilton Worldwide Holdings(ヒルトン)

ホテル・リゾートを世界展開する同社は、2018年に「従業員へのホスピタリティの徹底」を打ち出しました。具体的には、従業員のロッカールームやカフェテリアを、清潔で快適な空間にするための大規模な改修プロジェクトを行うことや、ゲストルームの清掃の際にも携帯電話を持ち運べるようにルールを変え、従業員が家族からの電話にもすぐに対応できるようにしました。

さまざまな視点での見直しによってEXを向上させ、同社のミッションである「世界で最高のホスピタリティの提供」を従業員に浸透させることが狙いです。 これにより、同社のリーダーシップ指数(仕事の満足度とリーダーシップへの信頼に関する調査に基づく内部指標)のスコアは7%以上増加したといいます。

Netflix(ネットフリックス)

動画配信サービスを提供する同社は、「ルールを作らない」「社員一人ひとりの自立した意思決定を促し、尊重する」「プロセスよりも社員を重視する」などを基本理念として掲げています。

たとえば、経費の使い道に関する同社の方針は、「Netflixの最善の利益のために使用する」という1文だけです。また、休暇の日数も定められていません。従業員個人の裁量に合わせた働き方を追求することで、EX向上につなげています。

Patagonia(パタゴニア)

アウトドアブランドである同社は、「チャイルドケアプログラム」として、子どもの保育所をオフィスに併設し、従業員が仕事と育児を並行することを可能にしています。2016年の調査では、過去5年間で、チャイルドケアプログラムを利用するパタゴニアの従業員の離職率は、全従業員の離職率より25%低くなっており、このプログラムがEX向上に大きく貢献していることがわかります。

Starbucks corporation(スターバックス)

世界最大のコーヒーチェーンである同社は、大学の学費を従業員(フルタイム・パートタイムを問わず)に支給することに加え、大学と提携することにより、100以上の学部課程プログラムをオンラインで受講することを可能にしています。

これにより、「充実した学びの機会」というEXを作り出したことで注目を集めました。EXや従業員エンゲージメントを高めると同時に、従業員の能力を伸ばすことにも成功しています。

【まとめ】EXの概念を理解し、人事戦略へ反映させることの重要性

EX(従業員体験)とは、就労環境やそれを支える目標管理・評価制度などの「ハード面」と、組織風土や人間関係などの「ソフト面」の両面から、その組織で働くということの体験価値そのものを向上させようとする取り組みです。

従来のように、「企業」を中心に据えた管理・監視・統制といった役割から、「従業員」を中心に据えた支援・整備へと、HRのパラダイムを180度転換させる概念であり、HRの役割を再定義するものであるともいえます。

実際に、昨今の変化として、「労働は単なるお金を稼ぐ手段ではない」と考える人材が多くなっています。多くの人材が、仕事をすることによって満足したり、スキルが向上したりといった体験が得られるかどうかを、働く企業を選ぶうえで重要視しています。

多くの経営者や人事部門はこれまで、賃金や福利厚生といった報酬面が中心の個別の施策で労働の対価を設計していたのではないでしょうか。しかし、DEI(多様性、公平性、インクルーシブ)や健康状態、ワークライフバランス、スキルアップ、退職後のつながりといった、従業員が仕事や職場内で体験する「すべての要素」を考慮すべき時代がやってきています。

社外の環境の変化を捉え、具体的な戦略立案や施策展開に移せるようにしていきましょう。

参考

  • Harvard Business Review: Why the Millions We Spend on Employee Engagement Buy Us So Little
  • Harvard Business Review: The Value of Customer Experience, Quantified
  • Harvard Business Review: The Key to Happy Customers? Happy Employees,
  • Salesforce and Barnard College of Columbia University: The Value of Employee Experience, Quantified.
  • The rise of the Chief Experience Officer: Who they are and how they are transforming businesses
  • Harvard Business Review: HR Goes Agile
  • Gallup: How Employee Engagement Drives Growth
  • MIT: Building Value wit Employee Experience
  • Gartner: How to Measure Customer Experience
  • Person 鈴木 秀匡
    鈴木 秀匡

    鈴木 秀匡

    日立製作所やアマゾンなど、一貫して管理部門のビジネスパートナーとして人事総務労務業務に従事。現在は、欧州のスタートアップ事情や労働環境、教育事情の背景にある文化や歴史、政治観など、肌で感じとるべくヨーロッパへ家族移住を果たし、リモートで日本企業の人事顧問やHRアドバイザリーとして独立。三児の父。海外邦人のコミュニティプラットフォームのための財団法人立上げなど、日本のプレゼンスを上げていく活動にも奮闘中。

  • 労務・制度 更新日:2023/05/11
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