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「データ主導の人材マネジメント(ピープル・アナリティクス)」は組織変革にどのような影響を与えているのか?

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ビジネスの意思決定をデータ主導で行おうとするトレンドが生まれつつあります。個人データの利活用においてGAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)や、中国のテック企業のようなプラットフォーマーが覇権を握りつつあるなか、彼らに対抗して企業が生き残るためにも、データを活用し、経営者や担当者の経験や勘に依存しない意思決定をしようという流れが加速しています。 そして、その実現のためには、製造や営業、HRなど各部門がデータ主導のマネジメントを実践する必要があります。データは現代の企業経営の中核を占めるようになっており、HR部門も他人事ではないのです。

今回は、組織変革の成功にデータがどのように寄与するのか、どのような形で人事システムやデータ基盤の再構築を進めるべきなのか、HR部門におけるピープル・アナリティクスの重要性について、海外事例も踏まえながら紹介していきます。

ピープル・アナリティクスとは何か?

ピープル・アナリティクスとは、従業員や採用候補者など、人的資源に関わる属性や行動などのデータを収集し、組織戦略や人事戦略のモニタリング、HR領域におけるさまざまな施策の実行や意思決定、課題解決のために分析する手法です。 冒頭にお伝えした通り、データが現代の企業経営において中核を占めるようになってきているなか、HR領域でも従業員の適性や行動特性に基づいた人材マネジメントを実現していくことが必須となりつつあります。

ピープル・アナリティクスにおける地域・業界のギャップ

ピープル・アナリティクスは今後の企業経営において不可欠になっていくと考えられますが、活用状況は地域や業界によってギャップがあるようです。アメリカのオラクル社が23ヵ国1,500人超を対象に実施した調査によると、ピープル・アナリティクス能力の自己診断では、アジア、欧州、オーストラリアの組織では低く、北米と中東、南米のレベルが最も高いという結果が出ています。

また、業種別では、金融サービス、エネルギーおよび公益事業、専門的サービス、卸売・流通の各業界で高く、ホスピタリティ、旅行、レジャー、メディアおよびエンターテインメントの各業界が低い水準という結果が出ました。

アジア圏にある日本では、2018年に「産・学・官」でピープル・アナリティクスを普及・推進するための一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会が設立されるなど、研究や人材育成への取り組みが始まったばかりと言えるでしょう。

ピープル・アナリティクスをめぐる動き

昨今では、経営戦略に沿って組織戦略および人事戦略が機能しているかどうかを、社内外のステークホルダーに対して説明する責任が企業に求められるようになっています。 以下で紹介するような情報開示を求める動きからも、HR領域を定量的な指標を用いて見える化するためのピープル・アナリティクスが必要になってきていることがわかります。

1. 国際基準ガイドラインとなるISO30414の発表

DEI&B(※1)の注目度の高まりや、ESG投資(※2)のトレンドなど、市場環境の変化に対して企業活動の資産である人材を効果的に活用し、企業価値の向上を図るためにも、経営における人的資本の考え方の重要性が高まっています。 そこで、国際標準化機構(ISO)は2018年12月に、人的資本に関する情報を社内外のステークホルダーに対して開示および報告するためのガイドラインとして、ISO30414を発表しました。

今後は、このガイドラインに沿って人的資本のマネジメントに関するレポート(HCR)を開示する企業がさらに増えていくことが予想されます。すでに、ドイツ企業などがISO30414に準拠したHCRを出し始めるといった動きも出ています。

ISO30414では、人的資本に関する定性的および定量的な情報について11領域/58指標を設定することで、投資家に対して組織に対する人材の価値貢献をより透明化することが求められると共に、組織の社会的責任を社内外のステークホルダーに示す必要が出てきています。なお、評価基準の適用範囲は、大企業・中小企業によって異なります。

2. アメリカでHR情報の開示が義務化

世界最大の資本主義市場であるアメリカにおいては、2020年11月に国内の上場企業に対して、人的資本に関する情報開示を義務化しました。開示を条件づけられている情報は定性情報だけではなく、定量情報の開示も含まれています。 これは社外のステークホルダーである投資家や株主の投資判断だけでなく、グローバルで多様な人材の採用、顧客や消費者のエンゲージメントの維持・向上においても人的資本情報が重要になっている証拠でもあります。

HR領域におけるピープル・アナリティクスの活用

新卒一括採用の見直し、デジタル人材の確保・育成、ジョブ型雇用や在宅勤務制度の導入、定年制度の再設計、人工知能(AI)の活用、ダイバーシティやDEI&Bを実現する組織風土づくりなど、HRが取り組むべき課題は、挙げればきりがないでしょう。 最適な人材マネジメントを促進するために、HRはマネジャー層に対し、新たな領域に飛び込むための自信や納得感を与えるだけでなく、未知の領域でも一筋の光明となるようなプロセスを与えられるように、日々のマネジメントプロセスを改善していくことが必要になります。そのための仮説を裏づけるために、データは重要なツールでもあるのです。

HR領域におけるピープル・アナリティクスの活用例を以下に紹介します。

採用における活用

  • 中長期の事業計画に対して、どんな人材がどの程度の数必要になるのかなど、将来の人員計画を決める(要員計画と人材ポートフォリオ策定)
  • 個々の職務における優秀さとは何かを厳密に定義し、必要なスキルをすでに備えている従業員の特定に役立てる(職務ごとの優秀さの条件を再定義し、採用戦略を立てる)
  • 入社後に高いパフォーマンスを発揮している従業員のデータを分析し、自社で活躍できる可能性の高い人物像を明らかにする(高い業績を上げる人材の予測、ペルソナの策定)
  • 採用時の意思決定の指標として活用し、同じ要素を持つ候補者へ戦略的にアプローチする(履歴書の分析による最適な候補者の獲得、離職リスクの低減)

異動・配置における活用

  • 部署ごとに高いパフォーマンスを発揮している従業員を分析し、その部署で求められるスキルや能力を明らかにして、配属先を決定するための判断基準にする
  • 一人ひとりの適性に合わせた異動配置をする
  • 離職リスクの高い従業員の特徴や退職理由に関するデータを分析し、独自のリテンションプログラムを開発する(重要な役職の離職率を予測する、もしくは離職リスクのある人材を特定する)

人材開発・エンゲージメント向上における活用

  • 個々の職務における優秀さとは何かを厳密に定義し、トレーニングによってスキルを獲得できる従業員の特定を支援する(職務毎の優秀さの条件を再定義し、人材開発戦略を立てる)
  • 従業員のキャリア開発上のゴールを正確に把握する
  • 一人ひとりのデータをもとに育成プログラムを検討し、場合によっては個別にレコメンドする(既存従業員の能力ギャップを一部補填することや、リスキリングに役立てる)
  • 部署ごとの定着傾向やエンゲージメントを把握することで、異動した従業員に対して定期的なフォローアップや、場合によってはマネジメント層へ具体的な対策をアドバイスする(部署最適のマネジメントアドバイスを提供する)

人事評価における活用

従業員のパフォーマンスを人事担当者や上司の主観だけでなく、データに基づいて客観的に判断する(評価の公平性を担保し、従業員の納得感を高める)

HRは具体的に何をすべきか

現在、欧米の大企業のほとんどが、たとえ小さくてもHR領域に関わるデータ・アナリティクスチームを設置するようになっています。場合によっては、HR部門とは別にデータ・アナリティクスチームの一部門として構成されていることも多々見られます。つまり、一つの部門のみが収集・把握しているデータだけでは分析が難しく、部門を越えて協働する必要性が増しているのです。

また、今日の組織においては、経営環境の日々の変化を捉えるべく、人員の増加率や人員削減、エンゲージメント、その他の重要なデータをモデル分析することは、極めて当たり前のことになっています。 このような環境下においては、HR部門のデータに対するリテラシーは大前提になっていると言っても過言ではないでしょう。HRに必要とされるスキルの一つとして「分析スキル」が挙げられますが、次のスキル・マインドセットも必要となっていくでしょう。

  • 主要な測定データ群の入手がいつでもできるように、データの収集基盤の整備とデータの民主化(※3)を実現する
  • 問題を定量化する
  • 測定指標を慎重に選ぶ(適切な目標と仮説の設定)
  • 必要なデータを仮説で特定する
  • 問題解決のためにデータを活用して、分析する(根本原因を特定する)
  • 定量分析の能力を持ち、理論展開をする(仮説をエビデンスで裏付け、データを行動に変換する)
  • 不足しているデータを補完できるように他部門と協働する
  • 事業部門のリーダーにデータを交えたストーリーテリングでアドバイスする(ファクトに基づく戦略を立てる)
  • データに根差した意思決定(データドリブン)の意識の広がりを促す組織文化を醸成する

これらのスキルセットとマインドセットがあって初めて、HR領域においてデータを活用できている(実際の意思決定に利用できている)と言えるでしょう。

組織変革にピープル・アナリティクスはどのように寄与するか

より不安定で、ますます変化のスピードが上がっていく世界においては、日々変わるデータに基づいた経営判断だけでなく、現場判断もできる組織になるために舵を切り、変革に成功した企業が生き延びていく時代になっていくでしょう。

ここでは、組織変革にピープル・アナリティクスがどのように寄与しているのか、海外企業の事例とともに紹介します。

ピープル・アナリティクスによる組織変革の事例

オーストラリア:Woodside Energy社

データ主導の画期的なテクノロジーを取り入れて、既存システムを強化するために、データ・アナリティクスの専任チームを立ち上げました。組織全体にデータサイエンスをはじめとするデジタルスキルをインプットするとともに、採用・オペレーションを熟知するメンバーとビジネスプロセスを学びながら業界のイノベーターとしての認知度を上げ、競争力を高めることに成功しています。

イギリス:Chemistry Group社

従来のオペレーションモデルを転換し、組織変革を実現するために、従業員にトレーニングとコーチングを提供し、新しい思考と行動を身につけてもらうことに繋げました。 また、現場にCX(顧客体験)の強化に注力するポジションも新設。行動実験や意識調査のデータを用いて、そのポジションにおける優秀さがどのようなものであるかを再定義し、職務定義書を作成しました。

併せて、組織が戦略的目標を達成するために必要なスキルや能力と現在の能力ギャップを明らかにするためにアセスメントを実施し、そのポジションで活躍できるポテンシャルを持つ人材のリストを作成したうえで、職務定義書とのギャップを補填するためのトレーニングプログラムを設計しました。

アメリカ:Guardian Life Insurance Company of America社

業績改善と顧客中心の文化の推進を図るために、テクノロジー、データ、プロセスの刷新を焦点とした大規模なDX(デジタル・トランスフォーメーション)を実行しました。 DX実行にあたって、データ・サイエンティストの数を既存の人員より増やすために、現実的に採用可能な人員の数を増やすだけではなく、社内の従業員をデータ・サイエンティストのポジションに異動させて、予測分析など極めて重要な新しいスキルの数々を習得させました。

また、AIベースのツールと、それを使う人間の両方の能力を開発して配置するという総合的なアプローチによって、顧客および従業員のロイヤルティは業界トップクラスとなりました。

アメリカ:Service Now社

BtoBサービスマネジメントクラウドの SaaSプロバイダで、クラウドベースの業務プラットフォームを提供している同社は、当初はテクノロジーとエンジニアリング中心の組織でしたが、組織が拡大するにあたり、従業員と顧客中心の組織へと変革するための取り組みとして、社内外に向けて自社のミッションをリブランディングするところから始め、多様性の文化構築と職場のインクルージョンを推進するための施策を講じました。

その中で、採用プロセスにおける採用候補者と企業活動プロセスにおける顧客は、どちらも自分のためによりよい価値を提供してくれることを期待しているという意味で同じであることを分析し、オンボーディングや定型的な管理業務を簡単かつ迅速に行ったり、自社製品の多くを社内に配備するための施策を展開。エンゲージメント調査では、元従業員・現役従業員を含めた回答者の69%が「家族や友人に就職先として勧める」と答え、高い支持を獲得し続けています。

まとめ

HR部門の仕事の大半は、まさに人と人との間で成立していることから、業務の定量化や指標化が難しく、データ・アナリティクスとかけ離れているように見えがちです。しかしながら、HR部門は個人情報を扱う重要な部門であり、関連する情報さえ整備することができれば、定量的な情報を中心に扱う財務部門と比べても、データ分析をより積極的に導入できる部門の一つになっていくと信じています。

ISO30414の発表や人的資本経営といった変化の機運が高まり、人材獲得競争が激化している今を、企業が生き抜くために残された時間は多くはありません。将来に通用する組織づくりを今日から始めるその一歩として、本記事が参考になれば幸いです。

参考

  • Oracle ”HR Moves Boldly into Advanced Analytics with Collaboration from Finance”
  • (※1)DEI&B……多様性(Diversity)・公平性(Equity)・包括性(Inclusion)に、帰属意識(Belonging)の頭文字を加えた言葉。多様な人材が同じスタート地点に立てるように公平性を担保するための概念と、組織や地域、グループなどにおいて、自分がメンバーとして受け入れられているという「心理的安全性が確保された居場所」のように捉えられる概念をあわせ持つ。企業は一方的な施策の提供ではなく、個人の主観的な視点や気持ちに寄り添うことが求められている。
  • (※2)ESG投資……ESGは、Environmental(環境)・Social(社会)・Governance(企業統治)の頭文字をとった言葉。企業の売上や成長性など、数値で把握しやすい財務情報だけではなく、非財務情報を中心としたESGに対する企業の取り組みを重視して投資先を選定すること。
  • (※3)データの民主化……チームの全員がスキルに関係なくデータにアクセスでき、自由に利用できる状態。
  • Harvard Business Review “Is HR the Most Analytics-Driven Function?”
  • Business Harvard Review “Future-Proofing your Organization”
  • Person 鈴木 秀匡
    鈴木 秀匡

    鈴木 秀匡

    日立製作所やアマゾンなど、一貫して管理部門のビジネスパートナーとして人事総務労務業務に従事。現在は、欧州のスタートアップ事情や労働環境、教育事情の背景にある文化や歴史、政治観など、肌で感じとるべくヨーロッパへ家族移住を果たし、リモートで日本企業の人事顧問やHRアドバイザリーとして独立。三児の父。海外邦人のコミュニティプラットフォームのための財団法人立上げなど、日本のプレゼンスを上げていく活動にも奮闘中。

  • 経営・組織づくり 更新日:2023/03/28
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