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競業避止義務について

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はじめに

企業が事業活動をする上で保有している機密情報や各種技術、営業ノウハウなどが外部に流失した場合、企業は営業利益の減少や信用の失墜などの不利益を被ります。情報流失のきっかけとして多いのは、従業員が在職中や退職後別企業に就職したときに上記の情報を無断で利用されることです。それを防止し企業の利益を守る目的で在職中及び退職後の一定期間、従業員に競業避止義務を課しています。
当記事ではおもに競業避止義務の意味、競業避止義務が有効性を判断する基準、企業として競業避止義務違反を防ぐための対策などを解説します。

競業避止義務とは

競業避止義務とは、企業が従業員、役員などに対して、企業と競業する他の企業に就職したり、自ら会社を設立または個人事業主として事業を営んだりする行為を禁止することをいいます。

競業避止義務契約とは

競業避止義務契約は、企業が競業避止義務に関する誓約書を作成し、従業員が署名・捺印することによって締結します。締結する時期は入社時、退職時が多いですが在職中(例えば副業の許可を求めた場合)でも可能です。
契約を締結する目的は、従業員に対して違反をしてはいけないという心理的な抑制を図ることで企業秘密などの漏えいを未然に防止することにあります。

競業避止義務違反が起こる理由

違反が起こる理由は、おもに在職中の副業と退職後の職業選択に関連しています。特に違反が起こりやすいのが退職後で、違反の有効性をめぐって企業と従業員の間でトラブルになるケースが増えています。
(1)副業をする従業員の増加
働き方改革により国が副業・兼業を奨励していることで、副業を認める企業が増えています。従業員が同業他社でアルバイトをしたり、個人事業主として委託契約で業務を請け負ったりする場合に、競業行為に抵触することがあります。
(2)退職後の職業選択による義務違反
企業の営業秘密を使って事業を立ち上げる、競業企業に就職するなど退職後の職業選択が違反になる場合があります。昨今は定年前に転職することも珍しくないため、さらに違反案件が増加する可能性があります。

 

競業避止義務の有効性を判断するポイント

企業が従業員に対して課した競業避止義務が有効か否かを判断するための6つのポイントと、それぞれの参考判例は下記になります。

企業が競業避止義務契約を定める必要があるほど、守るべき利益が存在しているか

「企業の守るべき利益」とは、不正競争防止法で保護対象になる企業の秘密情報(「営業秘密」ともいう)もしくは営業秘密に準じる価値がある情報をいい、主に次が該当します。

  • 顧客の個人情報
  • 企業独自の技術や営業などに関するデータやノウハウ等の情報
  • 商品やサービスの販売マニュアル
  • 取引先との取引内容の情報

<判例>

有効性が認められた例

ボイストレーニングを行うための指導内容やその方法、生徒を集めるための方法などのノウハウについて、企業の営業秘密にあたるとした(東京地判 H.22.10.27)

有効性が否定された例

従業員が業務をする過程で得た人脈、業務の遂行方法などは本人の実力で得たものであり、その内容は営業秘密などには該当しないとした(東京地判 H24.1.13、東京高判 H24.6.13)

競業避止義務を課す必要がある従業員か

役職の地位に関係なく、企業の営業秘密を扱う業務を行い、尚且つ競業避止義務を課すことが必要な従業員かどうかを判断します。

<判例>

有効性が認められた例

会社の全社的な営業方針や経営戦略等を知ることができた従業員に対して、競業避止義務を課することは不合理でないとした(東京地判 H19.4.24)

有効性が否定された例

会社の執行役員の地位にあったが、時限性のある秘密情報以外、機密性の高い情報を扱う立場にあったとは認められないとした(東京地判 H24.1.13)(東京高判 H24.6.13)

地域限定はあるか

地域を限定する場合、業務の性質や規模、範囲などについて合理的な絞り込みがされている必要があります。例えば全国的にチェーンを展開する事業と地域密着型の事業とでは、限定される地域の範囲が変わってきます。

<判例>

有効性が認められた例

企業が全国的に家電量販店チェーンを展開しているため、競業禁止範囲が過度に広範囲ではないとした(東京地判 H19.4.24)

有効性が否定された例

就業規則、誓約書等の内容に地域の限定がないため有効性がないとした(東京地判 H24.1.23)

競業避止義務の存続期間があるか

期間については法による明確な定めはなく、従業員の不利益の程度と企業の利益保護を考慮した上での合理的範囲内で決める必要があります。ケースにもよりますが期間の設定が1年以内であれば有効性を認める場合が多いといえます。

<判例>

有効性が認められた例

知識や経験のある従業員が退職後、直ちに競業相手の企業に転職した場合には、原告会社に不利益が生じることが予想されるので、退職後1年という競業禁止期間は不相当に長いものではないとした(東京 地判 H19.4.24)

有効性が否定された例

保険商品は新商品が次々と開発、販売されている事情からして、保険業界での転職禁止期間を2年間とすることは、期間の長さとして相当ではないとした(東京地判 H24.1.13、東京高判 H24.6.13)

禁止される競業行為の範囲について必要な制限があるか

競業行為の範囲や職種等について、禁止する行為の範囲や職種を限定することが必要です。例えば、単に競業企業への転職を禁止しているのみで、職種の限定をしていない場合、合理的ではないと判断されます。

<判例>

有効性が認められた例

競業禁止の対象は、在職中に営業として訪問した得意先に限定しており、競業一般を禁止していないとした(東京高判 H12.7.12、東京地判 H11.10.29)

有効性が否定された例

抽象的に競業・競合会社への入社を禁止することは、退職した従業員に対して過大な制約を強いるものであるとした(東京地判 H24.3.9)

代償措置があるか

競業避止義務を課す代わりとして、例えば給与や賞与を高額に設定している、退職金の加算などなの措置がされているか否かで有効性を判断します。

<判例>

有効性が認められた例

説明会、業務進捗の節目毎の奨励金の支給などの代償補償があることを理由の1つに挙げ、競業避止義務を負うことを認めた(東京高判 H15.12.25)

有効性が否定された例

競業避止義務等を課す代償措置と認められるのは月額 3,000 円 の守秘義務手当のみであり、相当の対象措置ではないとして有効性を否定した(東京地判 H24.3.15)
・退職慰労金の支払等、制約に見合う代替措置があったとは認められないため、有効性を否定した(東京地判 H24.3.9)

取締役への競業避止義務

取締役は会社役員のうち、業務執行に関する意思決定を行う権限を持つ役員をいいます。
取締役は会社法の定めにより、株主総会及び取締役会(ただし取締役会が設置されている企業のみ)の承認なく、会社と競業する事業をすることが禁止されています。 競業避止義務に違反した場合は、企業に対して損害賠償の責任を負うことがあります。 言い換えると、取締役は会社の利益を犠牲にして自分自身や第三者の利益を図るための行為をすることができず、一般の従業員に比べて厳しい義務が課されているといえます。

在職中の競業避止義務

企業と労働者が労働契約を締結したときに、労働者は労働契約法 の定めにより企業に対して競業避止義務を負います。この義務は※信義誠実の原則として当然に発生するので、就業規則への明記や労働者個人との合意は必要ありません。
在職中に行った副業や兼業が競業避止義務違反に該当し、企業が損害を被った場合は、従業員に対して実損分の損害賠償の請求が可能です。また、就業規則への明記により懲戒処分や解雇の対象になります。
(※権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならないというもの。「信義則」と略されることもある)

退職後の競業避止義務

従業員の退職により企業との労働契約が終了すると、信義誠実の原則による競業避止義務を課すことはできません。その理由は退職後の従業員には憲法に より職業選択の自由が保障されているからです。
従って、退職後も競業避止義務を負わせるためには、退職後の競業行為を禁止する旨を就業規則への明記や誓約書に定めるなどの明確な根拠が必要です。またその内容も職業選択の自由を過度に制限することはできません。
退職した従業員が競業行為をした場合、競業避止義務違反にあたるか否かについては、「競業避止義務の有効性を判断するポイント」や過去の判例を参考にして事案ごとに判断します。

誓約書提出拒否の可否

誓約書を取る目的は、あくまでも企業が競業行為を未然に防止するために、従業員本人に対して心理的な抑制をかけることにあり、法的な拘束力を期待するものではありません。
また、従業員が退職する場合、職業選択の自由による観点と誓約書の内容に合理性を欠く理由(例えばあらかじめ損害賠償額を○○円と特定している場合など)から、提出を拒否される場合もあります。誓約書にサインをする・しないは従業員本人の自由であり、強制することはできません。しかし競業避止義務違反により企業が損害を被った場合は、誓約書提出の可否に関係なく、就業規則への明記があれば実損額の損害賠償請求が可能です。

違反した際の対抗措置

従業員が競業避止義務に違反した場合,企業は次の対抗措置を取ることができます。

競業行為の差し止め請求

競業行為により実際に営業上の利益を損失したか、損失する可能性があることを具体的に立証した場合に限り、不正競争防止法による差し止め請求ができます。差し止めの対象は多様ですが、主な一例として営業秘密を使って物品を製造したり、会社の既存ルートを使って営業を行ったりするなどがあります。

退職金の減額や不支給

退職後競業避止義務に違反した場合、退職金を減額する、もしくは支給しない旨を就業規則の退職金規程に定めることができます。
しかし、就業規則に明記があれば上記の扱いができるとは限りません。賃金の後払い的な要素や功労報償としての要素がある退職金を減給、不支給にする扱いが有効と判断されるためには、その処遇に値するだけの明らかな信頼関係の破壊(背信性)があることが条件になります。背信性の判断は、退職金を減額・不支給などの扱いにする必要性、従業員が退職する目的や退職するまでの経緯、競業事業との関連性(競業他社の従業員として就職する、自身で会社を設立するなど)、会社が被った損害の程度などを総合的に勘案して決めます。

損害賠償の請求

競業避止義務違反によって企業が損害を被った場合、民法の 定めにより損害賠償の請求が可能です。損害賠償の額は、競業行為が原因で失った利益(もし競業行為がなければ当然に得ていた利益)を計算しますが、具体的な計算が難しい場合は合理的な推定で計算します。逸失利益の計算期間は、状態が違反前に回復するための期間をいい、認められる期間は6カ月以内のケースが多いです。

競業避止義務違反を防ぐための対策

従業員の競業避止義務違反を未然に防ぐために、企業ができる主な対策を説明していきましょう。

従業員の入社時に誓約書を提出してもらう

従業員の入社時に他の提出書類と一緒に誓約書を提出してもらいます。
入社時誓約書の記載内容の一例です。

①秘密情報を会社の許可なく開示等しないこと
②会社の秘密情報に該当する情報を明示する
(例)顧客名簿、独自の技術など
③秘密情報は会社に帰属し、自らの権利の主張をしないこと
④在職中秘密情報を他の企業や第三者などに開示しないこと
⑤在職中、および退職後において競業避止義務を順守すること
 競業避止の内容を記載する。
(例)職種の限定など
⑦会社を誹謗、中傷しないこと
⑧会社の設備を業務外で使用しないこと

就業規則に競業禁止を明記する

在職中は労働契約の付随義務により競業禁止にすることはできますが、周知徹底させる目的で就業規則に明記します。退職後の従業員に就業避止義務を課す場合には、必ず就業規則に明記するようにします。

従業員の副業・兼業を認める場合は許可制にする

副業・兼業先の企業や従業員が携わる業務内容が競業避止義務に違反していないかを調査する必要があるため、副業などを希望する場合は必ず会社に申請することとし、問題がなければ許可する扱いにします。

取引先との関係を強固にする

業務を営業担当者だけに任せておかず、経営者、上層部も取引先に時々は顔を出すなどして繋がりを保つようにすることで、従業員の競業行為の抑制になります。

退職時に誓約書を取る

入社時に誓約書を取る目的と違い、退職後の従業員に競業避止義務を課す目的で誓約書を取ります。誓約書の内容は職業選択の自由に配慮して取り決めることが必要で、過度な制限は民法 による公序良俗違反として無効になる可能性があります。
退職時誓約書の記載内容の一例です。

①退職時には秘密情報の原本、コピー、電磁的記録などの関係資料を全部会社に返還し、自己で保有しないこと。
②会社の秘密情報に該当する情報を明示する
  (例)顧客名簿、独自の技術など
③秘密情報は会社に帰属し、自らの権利の主張をしないこと
④退社後も秘密情報を開示、漏えい、使用しないこと
⑤競業避止義務の範囲を記載する。
⑥同業他社などの企業の特定、地位、職種、地域、期間など競業避止の内容を具体的に記載すること
⑦誓約書の内容に違反した場合は法的な責任を負い、損害を賠償すること

まとめ

企業が従業員の競業避止義務違反を未然に防止するには、従業員から誓約書を取るなどの他に営業秘密である情報などについて厳重に管理することが必要です。例えば情報をPCに格納する場合はパスワードを設定し、特定の従業員のみが扱えるようにすること、従業員の退職時には業務に関するデータ、マニュアル、文書等は社外持ち出しを厳禁し、必ず返還を求めるなど、企業の実情に合った方策を考え実行することが大切です。

  • Person 木村 政美

    木村 政美 社会保険労務士

    2004年社会保険労務士・行政書士・FP事務所きむらオフィス開業。
    企業の労務管理アドバイスを得意分野とし、顧問先や各種相談会での相談業務、セミナー講師、執筆活動等を幅広く行っている。2020年度より厚生労働省働き方改革推進支援センター派遣専門家受嘱。

  • 労務・制度 更新日:2022/10/20
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