人材の流動設計。人事が考える“代謝”マネジメント
“評価”とは、ミッションや目標、行動、成果の達成度に基づき、人材価値を評定する活動です。企業は得た利益を全社に配分する必要があるので、評価制度は明確に細かいルールを定めていく必要があります。
最近では“人が人を評価して納得できるわけがない”という考えから、自分で自分の評価と報酬額を定める“自己評価制度”を採用する企業も出てきました。しかし、自己評価制度では、自分の企業貢献度(労働時間やアウトプット量)を自分で選び考える必要があるため、ある意味社員が個人事業主化している状況では、精神的に過度な負担を感じるケースも発生します。どの制度が良い悪いというのは無いので、企業の人事戦略に基づいて選択いただければと思います。
“報酬”とは、一定期間の評価に基づき、社員に分配する価値を決める活動を指します。金銭的報酬と非金銭的報酬があり、それぞれを設計していきます。金銭的報酬の設計では、労働分配率の設定や賃金カーブの設定などを行います。非金銭的報酬には、社内からの承認や権限付与、社会的ステータス、プライベートへの自由度などが該当します。「お金は重視しないから、権限(役職)が欲しい。」「お金は少なくても家族との時間やゆとりが欲しい」という考えの社員に対しての制度設計となります。非金銭的報酬は、原資を大きくかけなくても対応できるフレックスタイム制や在宅勤務制度などがあり、うまく活用が出来れば予算が無くても社内を活性化させることが出来る手法とも言えます。
企業組織は、役職が上がれば上がるほどポジション枠が少なくなるので、自然と役職に対する人員構成はピラミッド型になります。あり得ない仮説ですが、入社した人材が全員退職せずに定年まで働いた場合どうなるかというと、年代別の人員構成はピラミッド型ではなく、垂直に持ち上がっていき長方形になります。さらに、組織の成長ステージに合わせて必要なスキルをもつ人材を中途入社させた場合、その人たちも辞めないのであれば、人材が増えた分がさらに垂直に上に伸びていくので、長方形ではなくワイングラスのような形に変化していきます。
離職者がいない組織の場合、年代別人員構成は逆さま台形となりますが、理想的な役職者人員構成は、社長、取締役、執行役員、部長、課長、係長、主任、一般職、と、上から順に増えていくピラミッド型です。年代別人員構成がワイングラス型の場合、役職者人員構成のピラミッド型と重ねると、役職に空きはないのに、適齢期の社員が大量に在籍している状態になってしまいます。役職につかない社歴の長い社員も、それなりに家族を養っていけるよう給与は高くなっていくものの、今後の成長率は若年層に比べると著しく低下します。いずれ年下の社員が上司になるケースも発生し、上司の判断が自分の考えと合わない場合は、方針に従わず(もしくは従わせるのに苦労をし)、その状態が悪化すると老害と陰でささやかれる存在になるおそれもあります。
上記は、役職ピラミッドと年代別人員構成が一致していない場合に起こる一例ですが、こうしたローパフォーマンスの社員を、企業はどのようにして退職へと繋げていけばよいのでしょうか。ローパフォーマンスの社員を退職へと促すための外科手術的な処置にはリストラがありますが、その一方で、時間をかけてゆっくり社外へと目を向けさせていく“退職率マネジメント”という手法も存在します。
退職率マネジメントの手法では、はじめに自社がターゲットとする退職率として、ピラミッドの頂点とする年代を決めます。例えば、毎年新卒を200人採用する企業の退職率が10%の場合、20年後には40代半ばの社員が誰もいなくなります。ただし40歳半ばをピラミッドの頂点に設定するのであれば、この退職率で問題ありません。
一方で、アパレル業界や飲食業界のように、比較的若い年代で役職ピラミッドの頂点に就くことが多い場合は、退職率を高く設定して数年おきに入れ替わる方法を取ります。退職率のマネジメントは、常にモニタリングをしながら、必要となる施策を打ち出していく必要があります。必要に応じて退職率を上げたり下げたりしながら調節していくのですが、具体的にどのようにマネジメントしていけば良いのでしょうか。
退職率を下げる施策は「求心力施策」と呼ばれ、企業への定着を促すための施策になります。具体的には愛社精神を向上させるためのイベントや評価・認知活動や、社内業務に役立つ能力開発への投資、仕事や職場への適用を目的とした研修など、企業への帰属意識が高まるものが求心力施策となります。一方、退職率を上げる施策は「遠心力施策」と呼ばれます。社内外を含めた次のステージを検討させるキャリア研修やポータブルスキル開発への投資、セカンドキャリア支援への退職金制度、早期退職による退職金の上積み、昇給や昇格の停止、役職定年制度など、退職を自然と促すような施策がそれにあたります。
上記のように、求心力施策と遠心力施策を組み合わせながら、自社の理想とする退職率に近づくようマネジメントしていくのが、退職マネジメントの手法です。
2019年5月に開かれた未来投資会議にて、政府は企業に、「希望する人材を70歳まで就業させる努力義務」を課す方針を打ち出しました。それに対し、トヨタ自動車の社長が“終身雇用の難しさ”について言及したことは、本来定年で退職する人材を延長就業させることが、企業の負担となる状況を裏付けました。
一部では、“トヨタが終身雇用を諦めた”などの意見もありましたが、そうではなく、トヨタは“延長分の雇用を創出する企業に対して、インセンティブが必要”と発信しており、基本スタンスとしては定年まで雇用することを前提に話をしています。終身雇用は「古臭い」、「綺麗ごと」、「時代遅れ」と思われるかもしれませんが、私は、これこそ人を雇う企業の目指すべき姿ではないかと思います。
遠心力施策によって退職を促す戦略を採っている企業では、採用時からそういった発信を行っていることが多いです。就業する社員にとっては、いずれは退職することを視野に入れているので、そこに在籍している間に何を目的に働くかを明確に自分で設定する必要に迫られます。それが原動力になり、人材の成長を支援しているという見方も出来るため、退職率マネジメントの社会的価値は、十分に発揮できていると言えるでしょう。
一方で、もともと終身雇用を目指していた多くの日本企業は、退職率を抑えるために求心力施策に力を入れてきました。その施策の中には、若手のうちに貰えるはずの賃金を定年間際になって回収するという年功序列型の賃金制度や残留インセンティブの高い退職金制度などが存在しています。
しかしそうした終身雇用を目指していた企業が、今回の70歳定年努力義務を背景に、突然リストラや遠心力施策を進めようとすると、それまで尽くしてきた社員にとってはマイナスでしかなく、企業ロイヤルティを下げかねません。
終身雇用の制度確立を目指す企業が退職率マネジメントに注力し始める際は、直近で入社した層をターゲットにして施策を打ちだし、それまで長い間会社を支えてきた層に対してはあくまで終身雇用を貫く姿勢を保つことが、終身雇用を目指し、社員と共に歩んできた企業としての責務ではないでしょうか。
いかがでしたでしょうか。今回は人事における代謝と、退職率マネジメントについて考えてみました。終身雇用を目指す姿は尊くはありますが、状況によってはどうしても遠心力施策を打ち出す必要も出てくると思います。その場合は、役職定年制を終えた年代層に対して副業を可能にする制度を作ることや、週に1度畑仕事を業務として行ってみて、“働く”ということに向き合う機会や“働き方”そのものを見直す機会を提供して全くの異業種・異職種に触れ合う制度を設けるなど、社員の最終キャリアを応援するような制度を構築することが大切かもしれません。
終身雇用が前提の企業では、今後高年齢層の割合は高まる一方です。社員がいきいきと活躍することを願い、これからの代謝活動について、様々な施策を検討されてみてはいかがでしょうか。
- 人材採用・育成 更新日:2020/01/21
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