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ESGの浸透と自社の経営戦略と人材戦略を連携させるには

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ESG経営を進めるうえで欠かせないのが、ESG関連業務を担当する人材の確保です。ESGは、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)の3つに関する企業課題について経営手法を見直し、企業の持続可能な成長を目指す取り組みを指します。幅広い分野の課題があるESGに対応するには、専門的な知識や経験を持つ人材が必要でしょう。とはいえ、具体的にどのような人材が必要なのかわかりづらい点も多いかもしれません。

今回は、ESG経営を進めるうえで考えておきたい人材戦略のヒントについて解説します。

ESG人材の獲得競争が始まっている

ESG人材とは、一般的に、ESG関連の業務について専門的な対応ができる人材を指します。明確な定義はないものの、いわゆる「ESGの専門家」として知識や経験が豊富な人材が求められています。なかでも注目されているのが、IR部門でのESG人材です。

2021年6月、金融庁および東京証券取引所は、「コーポレートガバナンスコード(上場企業のガバナンスにおけるガイドライン)」の改訂を行いました。 この改訂において、サステナビリティ(ESG要素を含む中長期的な持続可能性)を巡る課題への対応が、具体的に例示されたことが注目を集めました。具体的には、以下のように記されています。

  • 上場会社は、サステナビリティを巡る課題について適切な対応を行うべきである。※1
  • 上場場会社は、経営戦略の開示にあたって、自社のサステナビリティについての取組みを適切に開示すべきである。特に、プライム市場上場会社は、TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:気候関連財務情報開示タスクフォース)またはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべきである。※2

ESG投資の拡大に伴い、上場企業がコーポレートガバナンスコードへの対応を急ぐなか、ESG専門の人材を確保する動きが広がっています。特に金融機関や格付け機関などから求人が増加し、ある調査によると、サステナビリティ・ESG領域での求人は、2021年には、2018年の約11倍になったという報告も見られます。

現状では、金融機関を中心としたESG人材の獲得競争が進んでいますが、今後は、他の領域においても同様の動きが出ることが予測されます。また、上場企業だけでなくサプライチェーンの一端を担う中小企業にも、ESGへの対応が求められる可能性があります。将来を見越して、早い段階から人材獲得戦略を検討しておく必要があるでしょう。

ESG人材が求められる領域と採用・育成のポイント

ESGに該当する項目は多く、それぞれに専門性が求められます。ここでは、専門的な人材を必要とする領域の代表例を見てみましょう。

人材の多様性や労働環境に関わる「人事部門」

ESGのうち、働き方や労働環境などに関わるS(社会)の項目において、人事は大きな役割を担っています。人材育成をはじめ、適切な労務管理、社員の健康管理、雇用の確保などはESG評価に直結するものであり、企業の持続可能性を考えるうえで欠かせない要素です。

人材採用においても、時代の変化とともに、人材ポートフォリオの見直しを迫られている人事担当者もいるのではないでしょうか。昨今では、ジェンダー平等やダイバーシティの推進が注目されるものの、企業文化や業種、職場環境によって、受け入れ態勢が整っていないケースもあるでしょう。経営戦略と連動した人材戦略を検討するだけでも、大変な作業です。

また、人材育成にもESGの考慮が求められるかもしれません。海外投資家のなかには、OJT研修だけでなく、Off-JT研修への投資総額・総時間に注目するケースもあります。こうしたESGの注目ポイントを理解したうえで、ESG経営に合わせた人材戦略を立案、検討できる専門性が求められます。

事例から見る「人事部門」で求められる人材像

人事分野でのESG推進に取り組む企業のなかには、新入社員から役職層までそれぞれの経験や能力に応じた人材開発プログラムを実施し、教育推進組織体制を整えているところがあります。また、採用時や管理職層における女性の比率や、男性育児休暇取得率に関する数値目標を設定することで、ダイバーシティ推進やジェンダー平等を進める企業などもあり、その取り組みは多岐にわたります。自社のESG推進において、経営戦略を考慮しながら、どのような対策を取るべきなのか、また、どのような指標やKPIを設定するかを検討できる人材が必要でしょう。

人事部門でのESG人材採用を考える際、CSR活動やIRに携わってきた経験者や女性の活躍推進に関わってきた人材などであれば、過去のノウハウを活用できるのではないでしょうか。自社内での人材育成を検討する場合、まず、外部からESGに関する専門家を招き、土台となる基礎知識を身につけることが第一歩となるでしょう。同時に、ESG関連のKPI達成に向けた施策を立案、実施できる体制づくりが必要です。

情報開示などに関わる「IR・広報部門」

先にもお伝えしたとおり、自社のサステナビリティについての取組みは、適切に開示することが大切です。従来の財務情報に加え、非財務情報の適切な開示が求められているなかで、自社の取り組みを見える化し、発信する必要があるでしょう。

2020年3月には、日本取引所グループと東京証券取引所が、上場企業のESG情報開示を支援するための「ESG開示実践ハンドブック」を公開しています。上場企業はもちろん、中小企業においても、ESG経営を行ううえで貴重な参考資料になるでしょう。ただし、上述したコーポレートガバナンスコードは定期的に更新されており、実践ハンドブックもアップデートされる可能性があります。IR・広報部門にESGの担当者やチームを設置し、専門的な対応ができるような体制を築くことが重要です。

事例から見る「IR・広報部門」で求められる人材像

ある企業では、自社のESGへの取り組みについて、定期的な動画の発信を始め、進捗状況を公表するなど積極的な発信を行っています。重点的な取り組みを紹介するだけでなく、しっかり定量化されたデータとして取り上げているのが特徴です。

ESG人材獲得においては、先んじてサステナビリティ事業を実施してきた企業のIRや広告に携わってきた経験者が望まれるでしょう。特に注目したいのが「非財務情報の開示」に関連するノウハウです。自社の経済戦略に合わせて、どのような情報を、どのような形で開示していくのを提案できる能力が求められます。育成においては、人事分野と同様に、まずは基本的な理解から深める必要があります。加えて、専門的な対応を学ぶことになるでしょう。例えば、世界経済フォーラムが開示を求めている「21の中核指標」を読み解くなど、世界情勢を踏まえた研修を実施するのも一案です。

DX推進やESG関連のデータ収集・分析に関わる「IT関連、データ分析部門」

ESG経営の一環として、DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進している企業は多いのではないでしょうか。DX化の波はサプライチェーンの上流から進み、取引先となる中小企業は、データの連携やペーパーレス化を求められる可能性があります。アナログからデジタルへの転換はもちろんのこと、企業によってはDX化と連動したビジネスモデルの再構築を検討するケースもあるでしょう。こうした動きに対応するための人材確保は急務と言えるかもしれません。

ESG評価を高めるには、取り組みに対する情報を可視化し、成果を開示しなければいけません。たとえば、温室効果ガス削減に取り組む企業の場合、どれだけ取り組み事例を挙げたとしても、具体的な削減量がわからなければ比較・評価が難しいものです。つまり、ESG関連の非財務情報を開示するためには、施策に対する継続的な計測と分析がセットになります。専門的にデータを分析・数値化できる人材を確保することで、スピーディーな情報開示につながり、結果として、他社との差別化にも役立ちます。

事例から見る「IT関連、データ分析部門」で求められる人材像

多くの企業が、CO2排出量削減貢献度や、再生可能エネルギー使用電力量などの推移を非財務情報として開示しています。数値化するためには、まず定量化するためのデータ収集を行う必要があるでしょう。加えて、調査・分析には、統計的な基準や世界的基準などを考慮し、自社目標を設定したうえで、その変動を記録する必要があります。新たにESG推進を前提としたデータの分析を行うのであれば、細かいデータの扱いに長けている人材、システムの構築やデータ管理の経験者などが望まれるでしょう。

上記、3つの領域はあくまで代表的なものです。業種によっては、さらに細かな業務を担当する人材も必要になるでしょう。また、それぞれの領域は連動しているため、全体をマネジメントする人材も確保しておきたいところです。新たな人材を確保するのではなく、社内の人材を育成する場合でも、知見やノウハウを提供してくれる経験者やコンサルタントを探すことになります。いずれにしても専門性の高い人材をいかに確保するのかが大きな課題となるでしょう。

これからの人材戦略における課題と解決のヒント

2020年9月、経済産業省は「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書」、通称「人材版伊藤レポート」を公開しました。そのなかで、ESG要素を含む企業の持続可能性を加味した人材戦略における課題が示されています。その後、2022年5月に発表された「人材版伊藤レポート2.0」では、課題解決のヒントとなる情報がまとめられました。
ここでは、レポートをもとに、人事戦略における課題と、解決のヒントをまとめました。

課題1.経営戦略と人材戦略の連動

レポートでは、人材マネジメントの課題として「人材戦略と経営戦略が紐づいていない」という回答が多かったことを取り上げ、「経営戦略をいかに実現するか、という観点から人材戦略を策定・実行する必要がある」としています。

その解決策として、CHRO(Chief Human Resource Officer:最高人事責任者)の設置や、人材面の課題に関するKPIの設定などが挙げられています。CHROは経営戦略と人材戦略の連動に関わる責任者として、従来の人事部長とは異なる役割を担うため、まずは、それぞれの役割の違いを明確に定義するべきとしています。とはいえ、経営者からの一方的なトップダウンにより、現場の声を無視したKPIが設定されれば、両者のすり合わせがうまくいかず、経営戦略と人材戦略の連動は難しくなるでしょう。

また、そもそも企業理念や企業の存在意義(パーパス)を踏まえた経営戦略が明確になっていなければ、具体的な人材戦略も立案できません。まずは、経営者自身が率先して、目指すべき未来像を明確にし、バックキャスト(目標とする未来像を設定し、それを実現する道筋を未来から現在へとさかのぼる手法)によって経営戦略をより具体的に描く必要があるでしょう。

課題2.現状でのギャップを把握する

経営戦略と人材戦略を連動するには、まず現状を把握する必要があります。実際に、企業の持続可能性を考えた経営戦略を掲げていても、目下の人材不足の解消が求められるという矛盾を抱えるケースも少なくないでしょう。レポートでは、どのような時間軸で適合させていくかが課題であるとしています。

その解決策として挙げられているのが、人事情報基盤の整備や、動的な人材ポートフォリオ計画を踏まえた目標や達成までの期間の設定、定量把握する項目の一覧化です。人事情報基盤の整備には、主に人事部門のデータを収集できるシステムの導入や活用などが挙げられます。また、人材ポートフォリオ計画では、必要な人材を具体的に定義するとともに、人材育成に向けたプランの検討、実施においてPDCAを回す必要があります。

必要な情報を集め、タイムリーな意思決定ができる仕組みを作ると同時に、設定したKPIと進捗状況を常に把握しておくことが大切だとしています。

課題3.企業文化への定着

経営陣と人事部門が連動し、効果的な人材戦略を練ったとしても、組織として定着しなければ意味がありません。3つ目に挙げられたのが「人材戦略が実行されるプロセスの中で、組織や個人の行動変容を促し、企業文化として定着させる」という課題です。

その解決策としては、企業の存在意義(パーパス)を明確にし、社員に広く周知することが重要です。具体的には、自社事業の成功につながる社員の行動や姿勢を企業文化として定義し、人事評価にもつなげることなどが挙げられています。また、CHROと社員が対話できる機会を設け、直接意見をもらう方法もあります。

ただし、企業文化への定着には時間がかかります。さまざまな施策を練ったとしても、場合によっては実施に否定的であったり、現場での協力体制が築けなかったりする可能性もあるでしょう。企業文化の醸成は、人材戦略のプロセスを通じて実施されるものです。

そのため、経営者陣をはじめ、CHROが積極的かつ長期的な視点で発信し続ける必要があります。企業文化の定着についても、従業員エンゲージメント向上など、目標となる具体的な指標やKPIを設定したうえで、PDCAを回す仕組みを作る必要があるでしょう。また、ESGへの取り組みは、持続可能性として将来的な利益が見込めるものですが、短期的な利益にはつながりにくい傾向にあります。

せっかくの取り組みを中断させないよう、経営者本人はもちろん、社内外の取締役や監査役など、役職者に対する情報提供や育成を行いながら、経営側での企業文化の定着を強化する必要があるでしょう。

ESG人材の確保は、経営戦略の把握がカギ

コーポレートガバナンスコードの改定からもわかるように、近年の企業価値は、財務情報だけでなく、非財務情報に大きく左右されます。今後、企業の持続可能性を考えるうえでも、ESGへの取り組みは欠かせないものとなるでしょう。
人材戦略には、より一層、経営戦略を加味した考え方が求められると考えられます。自社の持続可能性を実現するために、どのような人材が必要なのか、改めて考えてみてはいかがでしょうか。

参考

  • ※1 原則2-3「社会・環境問題をはじめとするサステナビリティを巡る課題」より
  • ※2 原則3-1「情報開示の充実」より
  • Person 美濃佳奈子

    美濃佳奈子 一般社団法人国際SDGs推進協会認定SDGsスーパーバイザー

    フリーライター&編集者。サステナブル商材を取り扱うクライアントへの商品開発サポートやコンテンツ制作に携わる。その他、健康経営アドバイザー、薬事法管理者として適切なプロモーション手法を提案するほか、LYIU認定笑いヨガティーチャー、iACP認定もしバナマイスターとして企業や自治体におけるSDGs活動にも参画。一児の母。

  • 経営・組織づくり 更新日:2023/03/07
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