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採用の本質とマーケティング戦略

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「優秀な人材が来てくれない」「オファーできる給与が少ない」「社員が生き生きと働いているのに、それが就職希望者に伝わらない」……。これらは採用においてはよく見られる悩みですが、マーケティングの考え方によって解決できることがほとんどです。

今回は、「採用の本質とマーケティング戦略」というテーマで、求職者が転職・就職において本質的に何を手に入れているのか?という視点から解説します。

採用におけるマーケティングの定義

そもそも「マーケティング」とは一体何なのでしょうか。

これまでフィリップ・コトラー氏や、ピーター・ドラッガー氏などの現代でも著名な学者たちが、マーケティングという言葉を定義してきました。ただしそれらは、マーケティングの全体像をイメージするには少々難解な場合があるため、ここでは以下をマーケティングの定義とします。

  • マーケティング=顧客のJob(課題)を発見し、解決にいたるプロセスのすべて

※Job:ジョブ……顧客が解決しなければいけないこと。イノベーション研究の第一人者であるクリステンセン氏が「ジョブ理論」という著書の中で提言し、顧客は「Job」を片づけるために、特定の商品・サービスを「雇用」するというコンセプト。

マーケティングの究極的な目的は「売上を伸ばすこと」でしょう。顧客のJobを発見して解決に導くことができれば、顧客に商品を購入してもらうことができ、自社の売上を伸ばすことに繋がります。

今回の本題である「採用」に関するマーケティングも、基本的には同じです。採用の場面では就職希望者を顧客として捉え、目的を「採用すること」と捉えます。すると、採用におけるマーケティングの定義は以下のようになります。

  • 採用におけるマーケティング=就職希望者のJob(課題)を発見して解決にいたるプロセスのすべて

採用におけるマーケティングでは、就職希望者が「何を求めているのか」「企業に就職することで何を得たいと思っているのか」を考え、それに対する自社のソリューションを提供することが重要になります。

マーケティングにおける本質的便益(WHAT)とは

マーケティングを理解するうえで特に重要な2つの要素が、「WHAT(何を売るか)」と「WHO(誰に売るか)」です。まずここでは、「WHAT(何を売るか)」を考えるうえで知っておきたい「本質的便益」について解説します。

本質的便益とは、「顧客が商品を通じて購入しているもの」を指します。より具体的なイメージを掴めるように、ここでは世界的なコーヒーチェーン店であるスターバックスコーヒーを例に挙げて説明します。

私たちはスターバックスコーヒーで「何を」買っているのか?

スターバックスコーヒーは日本において、他のコーヒーチェーン店の2倍近くの売上があります。

世の中にはさまざまなコーヒーショップがありますが、その中でもなぜスターバックスコーヒーの売上は多いのか? マーケティング的な視点から考えていきましょう。スターバックスコーヒーの売上が多い理由の一つとして、写真映えするような、魅力的な季節限定商品があります。春には桜のフラペチーノ、秋にはパンプキンフラペチーノなどが販売され、多くの顧客を呼び込んでいます。

このような「写真映え」する商品を購入している人は、「SNSに商品の写真を投稿するために買っている」ともいえるかもしれません。別の言い方をすれば、お金を払って他のSNSユーザーからの「いいね」を買っているともいえます。そして、これらの商品は他のコーヒーチェーン店では買えないため、人々がスターバックスコーヒーを選ぶ一つの理由になっているのでしょう。

他にも、顧客はただコーヒーを飲みたいのではなく、コーヒーを飲むことで「眠くない状態」を買っている、「眠気を覚ます」という便益を買っているともいえます。あるいは、落ち着いた店内の雰囲気で、「集中して仕事ができる時間」や「集中して勉強ができる時間」を買っているともいえるでしょう。

つまり、スターバックスコーヒーを利用する人々は、コーヒーだけでなく、「SNSで『いいね』をもらう」「眠気を覚ます」「落ち着いた時間を過ごす」などといった「便益」を購入しているのです。実際に、スターバックスコーヒーの便益に関するIR資料には、「スターバックスは休息する場所、オアシス。私たちは店をサードプレイスといって自宅と職場の間というポジションだと考えています」といった内容が記載されています。そして、便益に関する説明の中に「コーヒーの味」という項目は出てきません。

もちろん、資料全体を見ると「美味しいコーヒーを提供します」といったことが書かれています。しかし、スターバックスコーヒーは「コーヒーの味」を一番の強みと捉えてはいないのです。

このように、顧客が商品を通じて買っている「便益」は、マーケティングを考えるうえで非常に重要な要素となります。

「商品を売っている」では、マーケティングとしてはまだまだ未熟で、その先の「便益は売れているか?」ということにフォーカスするのが、マーケティングを進めるうえでは欠かせません。

便益のピラミッド構造

便益と一言でいってもさまざまなレイヤー(層)に分かれています。ここでは、便益を整理して捉えるために「便益のピラミッド構造」について解説します。

便益のピラミッド構造は、「感情・社会的便益」「機能的便益」「商品特徴」「商品」「成分」の5層から成ります。

ピラミッドの上層にいくにつれて「So what?(だから何なのか)」をひたすらに問いかけるループになっており、下層にいくにつれてそれらが一つ上の層の「根拠(RTB:Reason to believe)」になっています。

先ほどのスターバックスコーヒーを例に出すと、「商品」はコーヒーで、その「成分」はカフェインです。コーヒーの「商品特徴」としては『苦い』『シャキッとする』などがあるかもしれません。そこから得られる商品の「機能的便益」(生理機能的な便益)は、『眠気が取れる』ことといえるでしょう。

そして、「感情・社会的便益」としては、スターバックスが提供するサードプレイスとしての効果によって『集中して仕事ができる』『そこにいるだけで、自分が良いものの一部になれた気がする』といった、ポジティブな感情です。このような感情を得ることができるのが、感情的・社会的便益です。

世の中のほとんどの企業は、商品の「機能的便益」や「感情・社会的便益」ではなく、「商品特徴」や「成分」を説明している場合が多いようです。しかし、そうではなく自社商品の本質的な便益がどこにあるのかを見極め、訴求していくことが非常に重要です。

機能的便益は差別化が難しい

例えば、コーヒーには「眠気が覚める」という機能的便益がありますが、機能的便益は差別化が難しいものです。

そこに紐づく顧客の機能的Job(課題)は、例えば「食後の眠気を覚ましたい」「仕事に集中したい」などが考えられますが、「眠気が覚める」というのはコーヒー(商品)そのものに直結しています。

このように「眠気が覚める」という機能的便益は、具体的かつ非常にわかりやすい指標になる一方で、他の商品との差別化が難しい面があります。なぜならば、スターバックスのコーヒーでも、他のコーヒーチェーン店のコーヒーでも、コンビニのコーヒーや缶コーヒーでも眠気は覚めるからです。コーヒーという商品から離れられない以上、機能的便益で差別化するのは極めて難しいのです。

感情・社会的便益の差別化がブランド力を強くする

一方で、感情的・社会的便益に関しては、差別化しやすいといえます。スターバックスコーヒーを例に挙げると、商品をSNSに投稿すると「いいね」がもらえる、集中して勉強できる、仕事がはかどる、などです。

このような感情・社会的便益は普遍的であり、本質的にコーヒーである必要性はありません。商品から遠い代わりに、さまざまな角度から訴求できるため、非常に差別化しやすいといえます。ただし、商品から遠く、必ずしもその商品である必要がないために、マーケティングで失敗することも少なくありません。

では、「機能的便益」と「感情・社会的便益」はどちらが本質的な便益なのでしょうか? これは業界によって異なりますが、例えば、機能による差別化が非常に難しい業界であれば、基本的には感情・社会的便益が差別化要因になります。

ただし、商品ブランドという意味で考えると、感情・社会的便益が差別化されていればいるほど、ブランドは強く盤石になります。現代においてはコモディティ化(一般化)が進み、機能的便益での差別化は、すでに出尽くされていて難しいためです。

本質的な競合は何かを考える

商品の市場や競合に関しても「本質的な競合とは何か」を考えることが、マーケティングを成功させるうえで重要です。ここでは、ある蕎麦チェーン店を例にして考えてみましょう。

蕎麦屋と競合している店は何かと考えたときに、パッと思い浮かぶものとしてはコンビニで売っている「ざる蕎麦でしょうか。また、へぎ蕎麦のような高級な蕎麦も、蕎麦という軸では競合しているといえるでしょう。「昼ごはんに麺類を食べたい」と思っている人は、ラーメン屋やうどん屋なども競合になるかもしれません。

しかし、競合はこれだけではありません。さらに視点を変えると、例えば「食事を手軽に済ませたい人」からすると、おにぎりや菓子パン、牛丼チェーン店なども競合しているかもしれませんし、蕎麦はGI値が低いので「ダイエットに効果的だ」と思っている人にとっては、サラダのような軽食も競合として当てはまるかもしれません。

つまり、商品そのものの市場だけではなく、本質的な便益としての市場も把握することで、本当に戦うべき相手がわかるというのが、マーケティングにおける「競合」の考え方です。

多くの場合、「〇〇の競合」としてディスカッションをするときには、アイスだったらアイスの競合を、蕎麦なら蕎麦の競合しか考えないことがほとんどだと思います。しかし、「本質的なこの商品の競合は何か?」を考えることで、訴求するメッセージも変わっていきます。

採用における「競合」の捉え方

では、採用においては「競合」についてどのように考えればよいでしょうか? ここではコカ・コーラ社を例にして考えましょう。

採用において、同社の商品における競合であるサントリー社、キリン社と競合しているのかというと、必ずしもそうとはいえません。

例えば、仮に「コカ・コーラ社は外資系企業だから、実力主義で働ける」というイメージが求職者にあるとすると、金融系やコンサルティング企業などと競合しているとも考えることができます。

仮に、いま製造業に所属している求職者が転職活動を行うとして、「製造業」という軸で就職先企業を選んでいるとは限りません。求職者の競合の軸を見誤ると、自社が訴求すべき便益も見誤ってしまいます。

このように、「同じ目的のために同一のリソースを食い合う相手 = 便益的な競合」と呼ぶことができるといえます。

本質的に大事なものは、商品軸での商品競合ではなく「便益的な競合」。これがマーケティング的な考え方です。そして採用活動においても同様で、より本質的な採用活動を行うためには、まずは「自社が便益的に競合している相手はどこなのか?」を考えることが大切です。

Must haveトランジション(WHO)

ここからは、「WHO(誰に売るか)」を考えるうえで重要な考え方「Must haveトランジション」について解説します。

マーケティングでは、広告や店頭、商品パッケージなどを活用し、何かしらの形で「顧客のJob(課題)に対して本質的便益を認知させる」ことを行います。すると、顧客の心理が、それを知る前までは「なくてもいいや」「あればいいな」程度だったものが、「なければダメだ」という心理に移り変わります。

このような顧客の心理を移すこと(トランジション)がマーケティングのすべてであり、そのための刺激として必要なのが、ここまで解説してきた「本質的便益(WHAT)」です。本質的な便益を訴求しているからこそ、それが顧客の心理に刺さったときに心理の変化が起きる。これが、「Must haveトランジション」の構造です。

そして、Must haveトランジションにおいて重要な要素が、インサイト(顧客自身ですら気づいていないような真実、課題など)です。なぜ人の心が動くのかというと、顧客が「そんなこと考えたことはなかったが、言われてみると確かにそうだ」と思う部分を突いているからです。つまり、誰も気づいていないようなインサイトにたどり着くことが、マーケティングにおいては非常に価値が高いといえます。

加えて、どんなに優れた本質的便益を提供されていても、顧客のレセプティビティ(受容性)が高い状態でなければ情報を正しく受け取ってもらうことはできません。

人々のインサイトを理解したうえで、レセプティビティを上げ、そこに対して自社が提供できる本質的な便益をぶつけることができれば、「Must have(なければダメだ)」の心理状況に変化させることができる。これがマーケティングにおいては基本的にセットになっており、非常に有用な武器になるでしょう。

採用マーケティングにおける便益構造

就職において人々が求めている便益は、WHO、WHAT、HOWの3つのフレームワークで、基本的にはカバーできると考えられます。採用活動において自社の便益を考える際には、まずは3つのフレームワークで他社と比較して、どのような差別化を用意すればいいのかを考えてみましょう。

  • WHO:その企業に入ることでどんな人と働けるのか。自分は将来どんな人になれるのか(憧れの商社マンになれる、メラメラした人達と一緒に仕事ができる、など)。
  • WHAT:入社することで何ができるか(アイドルのプロデュースができる、新しい技術を扱える、エンジニアリングができる、など)。
  • HOW:どう働けるか(リモートワークOK、私服勤務OK、ワークライフバランスを大切にできる、など)。

実際のところ、多くの企業の採用活動では、HOWの部分で他者との差別化を図ろうとします。しかし、HOWの要素はどこでも真似がしやすく、差別化が難しい部分でもあります。企業が採用に強くなるためには、自社におけるWHOやWHATの部分を育てなければなりません。

そして、WHO、WHAT、HOWの3つに諸々の制約条件が加わることで、最終的に求職者の就職意向が決まります。

諸々の制約条件とは、例えば給料やポジションなど。また、ロケーション(勤務地)や福利厚生も制約条件の一つです。これらの条件は自由度が高く、良い人材を採用しようとすれば、より高い給料や良い勤務条件を提示しようとするのが普通です。

しかし、これらの条件でしか他社と差別化できないとなると、最終的には価格勝負になってしまい、結果として報酬を多く払ったり、良いポジションをたくさん用意したりするなどの施策しか打てなくなってしまい、現実的ではありません。

効果的な採用活動を行うには、先ほどの3つのフレームワークから、低い制約条件でも自社に来てもらえるようにする、つまりは求職者の便益を明確にすることが求められます。

もちろん、求職者の便益を明確化することは簡単ではありませんが、これを実践することが、採用において一番強力な差別化の要因となります。

まとめ

採用活動におけるマーケティングでは、WHO、WHAT、HOWの3つのフレームワークから考えることで、本質的な便益を明確化することが重要です。3つのうちどこに本質的な便益があるのかを明確にし、他社との差別化を図ることで、採用マーケティングに役立ててみてはいかがでしょうか。

  • Person 石井 賢介

    石井 賢介 Marketing Demo株式会社 代表取締役

    P&Gジャパン、アジア本社にて「ファブリーズ」及び 「ジョイ」のブランドマネジメントにブランドマネージャーとして従事。
    中長期プロジェクトのインサイト発掘・コンセプト開発から、メディア戦略・P/L管理など実行面まで包括的に担当。
    ファブリーズのブランドマネージャーとして1999年発売以降のブランド売り上げレコードに導く。

    副業的に企業のマーケティング戦略立案を手伝う中で、
    P&G社内で当たり前とされている手法・知識が世の中では浸透しておらず、マーケティングというものが一部の大企業に独占されてブラックボックス化しているかを痛感。
    この気づきをきっかけにマーケティング領域の社会的な課題を解決するべく、2020年7月に「Marketing Demo社」を創業。

  • 人材採用・育成 更新日:2022/11/22
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