海外文献から読み解くVUCA時代のHRトレンド ~「チームの多様性(DEI)」の現状とその先に実現できる職場環境とは?~
「DEI(ディー・イー・アイ)」は、Diversity(多様性)/Equity(公平性)/Inclusion(包括性:すべての従業員が仕事に対するチャンスを持っており、個々の経験・能力・考え方が認められ活かされること)の3つの頭文字をとった略称です。
いまや多くの企業がDEIを重要視し、人材の多様性を認め、受け入れて活かすためにさまざまな取り組みを推進しています。そして、「プライド・パレード(セクシュアル・マイノリティのパレードイベント)」や「黒人歴史月間」のように、DEIを象徴する出来事があるときにだけ連携を示すのではなく、組織内に常に存在する不公平を直視し、解決に向けて行動しなければならない時代になってきていることは、日本にいる皆さんも薄々感じているのではないでしょうか。
今回は、DEIに関するトレンドや、DEIが重視されるようになってきた背景を考察するとともに、どのようにDEI実現していくべきかを考察していきます。
経営者やHR担当者にとって、より厳しくなる人材獲得とその定着に向けて、自社の状況と比較して認識を新たにする機会となれば幸いです。
DEIに関するトレンド
DEIは、ここ数年で登場した新しい概念ではありません。1948年の米国で、トルーマン大統領が軍隊内での人種差別を廃止する大統領令に署名したことに端を発し、1950年代から1960年代にかけての公民権運動を契機として広がりました。しかし、まだこの段階では、法令遵守のために組織に多様な人材を取り込んだ「リスクマネジメントとしてのDEI」でしかありませんでした。
その後、1980年代から1990年代前半にかけて、ダイバーシティ・マネジメントを企業の社会的責任(CSR)としてとらえる潮流が起きました。しかし、多様性への対応はまだ「コスト」として捉えられており、根本的な組織文化や組織開発の領域にまで手を入れるわけではない、個別の施策に留まっていました。
そして、1990 年代から現代までの間に、私たちはグローバル化や科学技術の飛躍的な進歩を経験しました。人事においては、採用や定着が課題となるなかで、「多様な人材が企業の価値創造の源泉であり、多様性を受け入れることが組織にとってもプラスとなり、競争優位につながるベネフィットである」と捉える段階に至ったのです。
いまや多様な人材が活躍できる雰囲気や文化を醸成できない企業は、キャピタルマーケットにおける投資対象から外れるだろうと言われる段階にきています。もはやDEIはCSRレベルの取り組みではなく、将来の経営を考えるうえで無視できないものとなっているのです。
DEIとD&Iの違い
DEI(多様性・公平性・包括性)は、「D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)」と混同されることもありますが、両者は異なるニュアンスを含んでいます。これは、平等に(誰に対しても同じように)対応するだけでは、人種や性別など不利な立場のマイノリティをはじめとした特定の人々に対して同じ機会(機会の平等)を与えても、、必要な支援や配慮が行き届かないという社会構造上的な不平等(環境の不平等)は解決されないという課題が浮き彫りになってきているためです。
「多様な人材に公平性を担保する」ということは、全ての従業員のスタート地点が同じではないこと、そしてある人にとっては利点になることが別の人には障壁となっていることを理解したうえで、その不均衡を是正し、社会的な構造や環境が平等になるように対処することを保証することを意味します。 そのため、平等ではなく「公平」(不利な状況にある人に対しては追加で支援や配慮を行って偏りをなくすこと)を強調した「DEI」という言葉を使用する企業が増えてきています。
DEIが重視される背景
現在までに、各業界のさまざまな組織において、DEIがもたらす効果についての取り組みと共に研究が積み上がり、以下のようにDEIを補強するような研究結果が出ています。
- 多様性のある経営陣がいる企業においては、イノベーションによる収益が19%増加
- 多様性のある意思決定機関を持つ企業の75%が経営目標を達成しており、多様性のある組織は、そうでない組織と比較すると、平均して50%も上回る業績を出している
- DEIに取り組んでいる組織の従業員は、DEIに取り組んでいない企業と比較すると、12%も高い業績を上げている
- DEIは従業員のエンゲージメントを向上させ、その結果、従業員の定着率が19%、職場内でのコラボレーション(協働や効果的なコミュニケーション)が57%向上
このようにDEIは、競争におけるアドバンテージを作るための、職場文化の基盤を構築するうえで欠かせないものとなりつつあります。DEIは単なる「広報」としてのコンセプト以上の意味があるといってよいでしょう。
これまでの社会の関心は「なぜ、多様性のあるチームが必要なのか」でしたが、現在は「どうやって多様性のあるチームをつくるか」に関心が移りつつあります。
また、昨今では、気候問題から新型コロナウイルスのワクチン配布状況まで、「公正さ」の問題が議論の核となっています。公平さとDEIにまつわる課題は、以下のように新たな議論を生んでいます。
●フレキシブルワーク(働く時間・場所の自由度を高めた働き方)を利用できる対象者の範囲
従業員の柔軟な働き方を認めるマネージャーと、そうでないマネージャーが混在する組織が見受けられる。
●生活費の高い地域から安い地域に従業員が転居した場合の対応
仕事の成果が変わらないとしても、雇用主はその従業員の報酬を引き下げるべきか否か?
●既存社員と新入社員との入社時の報酬額の差
昨今の欧米の労働市場では、企業は新たな人材を採用するために20%程度の株式報酬などのプレミアムを支払っている。既存の社員よりもずっと高い報酬を新入社員に支払うのは、公正なことなのか?
●特定の従業員のみを対象とした新たな投資における公平性
たとえば、子どもを持つ従業員をサポートするための追加財源などの福利厚生上の投資は、その条件に該当する社員が働くうえでは非常に重要だが、子どものいない社員は「なぜ子どもがいる人は支援を得られるのに、自分は得られないのか?」という疑問を抱いている。
従業員の経歴がますます多様化するなか、経営陣とHR部門が公正さにどう向き合うかが課題となっています。
グローバルに企業展開をしているHR幹部にとって、これらが最優先課題になるケースが増えているのも事実でしょう。
日本におけるDEI
日本においては、2021年6月に東京証券取引所が、コーポレートガバナンス・コードの改訂を実施しています。
改訂の主なポイントには「経営戦略に照らして取締役会が備えるべきスキル(知識・経験・能力)と、各取締役のスキルとの対応関係の公表」という内容が含まれています。これによって企業は、各取締役のスキルが、その企業の経営戦略に照らし合わせたときに、機能的に十分であるかを示す必要性が出てきました。
これは、変化の激しいビジネス環境において、企業の業務執行に関する意思決定・監督をする各取締役のスキルに偏りがなく、多様性に富んでいることが、取締役会の実効性向上に役立つと考えられていることを意味します。
一般に「経営チーム」というと、取締役会ではなく執行を担うメンバーで構成されたチームを指すことも多いかもしれませんが、同じ理由からチームメンバーの構成における多様性が重視されるようになっています。
DEIを阻害するもの
DEIに関して、労働市場や株式市場をはじめとした世間の目はますます厳しくなっています。また、DEIがもたらす業績へのメリットも認識されるようになっている状況下で、多くの企業がより多様な人材を採用し、定着させようとしています。しかし、その成果はごく限られているのが現状です。DEIの重要性が認識されているにもかかわらず、企業がさほど前進できていないのはなぜでしょうか?
無意識のバイアスがおよぼす影響
「多様なバックグラウンドを持つメンバーで構成されるチームは、さまざまな視点やアイデア、意見が共有されるため、同質性の高い集団よりも優れたパフォーマンスを上げる」。このような主張をよく耳にすることがあります。
しかし、それとは裏腹に、私たちは同質性の高いチームの方が成果を生むと強く感じています。特に、同一の価値観を共有している職場やチームにおいて、その傾向は顕著でしょう。むしろDEIという概念やその取り組みを排除する傾向が強いということを、日本企業は長年経験してきたはずです。また、多様性に富むチームはアウトサイダーの存在によって摩擦が生じるため、生産的でないように感じ、「より大きな対立を生む」と信じられていることも影響しているでしょう。
『オーガニゼーション・サイエンス』誌の2015年の論文では、人は多様性のあるチームにおける対立について、実際よりも過大に想定することが指摘されています。
こうした無意識のバイアスが、人材の雇用においてだけでなく、リーダーがチームを編成し、協働を促すときにも大きな影響を及ぼすのは明らかです。リーダーが自身のバイアスを認識していなければ、緊張関係や困難を必要以上に恐れてしまい、チームに多様性を持たせたり、背景が異なるメンバーを協働させたりするのをためらうようになるのです。
多様性のあるチームにおけるコミュニケーション課題
実際に、多様性のあるチームは往々にして、同質性の高いチームよりもパフォーマンスが低いという結果も出ています。多様なチームにポテンシャルがあるのは明白な事実ですが、それを阻むコミュニケーション上の課題に直面することが要因だといわれています。
実際に人口統計学上の多様性は、平均するとチームの成果にマイナスの影響を与えることが研究から示唆されています。
似たような価値観や文化的背景を持つ人々は、振る舞い方や優先順位の付け方、仕事の進め方について、同じような「規範」と「前提」を共有しています。一方、異なる価値観や文化的背景を持つメンバーから構成されるチームでは、このような当たり前の「規範」や「前提」において衝突しやすいためです。これが、誤解やフラストレーションが生じる結果につながるといわれているのです。特に各国の異文化社会において、それぞれEquity (公平) の概念が異なることも考慮する必要があります。ダイバーシティの意味は、グローバル展開する際に各国を巻き込みながら定めていくことにも注意すべきです。
DEIを実現できる職場環境とは
チームの多様性が、無意識のバイアスやコミュニケーションにおける困難を引き起こす原因は、「心理的安全性が担保されていない」ためといわれています。これは、Googleが「生産性の高いチームは心理的安全性が高い」という、4年かけて実施した社内調査の結果によるものです。
「心理的安全性」という概念を最初に提唱した、ハーバード大学で組織行動学を研究するエイミー・エドモンソン氏は、心理的安全性が高いチームの特徴として、お互いを認め合い、尊重し、助け合う意識が高いことを挙げています。
アイデアや質問、懸念について発言しても拒絶されたり、恥をかかされたりしないという認識が、チームメンバーの間で共有されている「心理的安全性が確保された状態」となって、多様性のメリットを引き出し、多様性をパフォーマンス向上につなげるカギとなることが明らかになっています。
心理的安全性のあるチームには、以下のような特徴があると言われています。
- 普段から挨拶をしている
- 感謝の言葉を言っている
- 小さなグループで固まらず、全員とそれぞれ話している
- 人が話している時に遮らない
- 質問しやすい雰囲気で、質問に対して誠実に回答している
このようなチームを作るためには、個人が変わっていく必要がありますが、組織文化を作る側の経営者やリーダー、HR部門から以下のように働きかけたり、そのための仕組みづくりを行うことも有効です。
- 失敗は学習する機会であることを強調する
- 誰でもわかる具体的な言葉を使う
- 行動規範を設ける
- 日頃から企業理念やその実践、行動規範について対話をするように働きかける
米国における「DEI&B」の広がり
昨今、米国においては、DEIに「B」を加えた、DEI&Bという新概念が広まり始めています。この新しく加えられたBとは「Belonging(帰属意識)」です。組織、地域、グループなどにおいて、自分がメンバーとして受入れられているという、「心理的安全性の確保された居場所」のように捉えられます。企業はすべての従業員の背景を受け入れ、従業員が「ありのままの自分を理解されている(受け入れられている)」と感じられる居場所がある状態を設計し、真の意味での帰属意識の高い職場文化を作る必要があるという考え方です。
このように、「大離職時代」と言われている米国においては、企業視点での一方的なDE&I施策の提供ではなく、個人の主観的な視点、気持ちに寄り添うことが求められ始めてきているのです。
一般的には、DEIは、国籍や性別、年齢の多様性確保のことだと考えられていますが、企業の事業成長につながるようなDEIを実現するには、前述したような分かりやすい多様性を受け入れるだけでなく、メンバーそれぞれが異なる存在だと認識し、尊重する組織文化をつくることが大切です。
DEIを組織文化として浸透させるためには
組織文化をつくり、浸透させる具体的な方法としては、例えば以下のような取り組みが考えられます。
- DEI戦略を取締役会の議題にして優先順位をつけたり目標をトレースしたり、CDO(Chief Diversity Officer)を任命する等、DEIの取り組みへのコミットと支援するためのリソースを確保する
- 成功体験や成功の条件を見つけ出してロールモデルを組織全体で共有したり、AIやテクノロジーを使って社内人材マーケットプレイスの透明性を確保したり、学習の機会を提案するなど、再現性のある機会や組織文化の醸成を意図的に構築する
DEIに取り組むための方法
また、「従業員に対して選択肢をどれだけ増やすことができるのか」も焦点になります。
従来のような「企業中心」の管理・監視・統制といったHRの役割と、DEIの実現は相性が悪く、チームは機能不全に陥るでしょう。今後は、多様な価値観や文化的背景を持った「従業員中心」の支援・整備へと、HRのパラダイムを180度転換させる必要があるのです。
これらは、前述した心理的安全性の確保につながるだけでなく、従業員のエンゲージメントにも大きく関係し、従業員の定着率にも直結するものです。
具体的には、従業員エクスペリエンス(EX)を設計することから始めるべきでしょう。そのためには、従業員側のニーズをサポートし、それに応じて仕事の仕組みや福利厚生、プロセスを適応させることが重要です。
従業員ハンドブックや自社の慣習を見直し、特定のグループに悪影響を与えているものがないかどうかを検討することも一つの方法です。例えば、「移動に支障がある人のためにドレスコード(服装規定)が制限されていないか?」また、「入社後、職場に馴染むのに時間がかかっている人の障害となっているものは何か?」「業務を回すにあたって、特定の従業員に過重な負担を与えていないか?」「効率の悪い余計な作業をさせていないか?」などの課題を見つけ出すために、従業員の声を聞いて自分たちがどのような状況にあるのかを把握しましょう。把握した課題に応じて対応することは、組織内の帰属意識を高めるための直接的な方法となります。
その他にも、以下のような方法が考えられます。
- 従業員や外部のステークホルダーのアセスメントによりニーズを把握する
- DEIの目標を設定し、それをどのように達成するのか戦略を策定する
- DEI戦略が事業戦略全体と統合されたらどのようにシステムや採用、人材開発や昇進、リーダーシップ、サービスや調達などのオペレーション、報酬などに影響が出るのか試算する
【まとめ】DEIを実現するためのHRの役割
DEIを実現するための制度を作り、運用するHRは、従来とは異なる新しいタイプの人材を見出すために必要な基準を言語化し、各部門の責任者に提供していく役割を担っていかなければなりません。DEIを実現するチームづくりにおいて先陣を切るのはHRの役割なのです。
多くの経営者や人事部門はこれまで、賃金や福利厚生といった報酬面が中心の個別の施策で労働の対価を設計していたのではないでしょうか。しかし、DEIや健康状態、ワークライフバランス、スキルアップ、退職後のつながりといった、従業員が仕事や職場内で体験する「すべての要素」を考慮すべき時代がやってきています。
DEIは企業の競争力を高めるための一要素でしかありません。
いくらDEIを重視してチームを構成しても、それぞれが自分の専門領域について考えるだけでは、単なる足し算にしかならず、セクショナリズムを招くだけです。また、性別や国籍などで組織内でグループ化が進み、その間で感情的な対立が起これば、DEIがむしろマイナス要因にもなりえます。DEIを一つの要素と捉えて、組織戦略や人事戦略を構築することが、今後より重要になっています。
HRは、社外の環境の変化を捉え、具体的な戦略立案や施策展開に移せるようにしていきましょう。
出展
- Harvard Business Review: Why the Millions We Spend on Employee Engagement Buy Us So Little
- How and Where Diversity Drives Financial Performance
- Maximizing the Gains and Minimizing the Pains of Diversity: A Policy Perspective
- Does Diversity Pay?: Race, Gender, and the Business Case for Diversity
- BCG: How Diverse Leadership Teams Boost Innovation
- Gartner: Diversity and Inclusion Build High-Performance Teams
- Glassdoor's Job & Hiring Trends for 2020
- Biased Perceptions of Racially Diverse Teams and Their Consequences for Resource Support
- Harvard Library: Situated Knowledge and Learning in Dispersed Teams
- National Library Medicine: Understanding Culture Clashes and Catalyzing Change: A Culture Cycle Approach
- The Effects of Team Diversity on Team Outcomes: A Meta-Analytic Review ofTeamDemography
- Building a psychologically safe workplace | Amy Edmondson | TEDxHGSE
- 経営・組織づくり 更新日:2022/10/06
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