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ギグエコノミー時代の大学の役割 ~海外文献から読み解く新型コロナ後のHRトレンド~

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2020年以降、世界中の人々の生活、仕事、経済が転換期を迎え、日本企業においても経営マネジメントの在り方が問われています。日本においては、いまだ人手不足を抱える企業が多く、終身雇用制度から脱却していく流れも強まってきています。
また、インターネットを活用したフリーランスとしての働き方が広く普及してきました。そして、単発・短期で、かつ働く時間や場所に縛られずに働くことができる請負型の仕事が生む経済である「ギグエコノミー」という言葉を耳にする機会も多くなりました。実際に、在宅ワーク、リモートワーク、クラウドソーシング、スキルシェア、パラレルワーク(複業・兼業)など、様々な働き方の選択肢が増えてきています。
ギグエコノミーが広がっていることで、欧米ではフリーランスのような働き方や、特定の組織に所属せずに仕事をする人が急速に増えています。日本においては、2018年1月に厚生労働省が『副業・兼業の促進に関するガイドライン』を策定したこともあり、副業・兼業を解禁する企業が増えるなど、気運が高まっています。

このようにキャリアが多様化するなかでも、世界中の大学のキャリア支援やカリキュラムは、いまだに「学生たちが企業の正規社員として就職する」という前提に立っているのが実情です。
今回は、ギグエコノミーが拡大しているなかでの、学びの形と大学の役割について考えていきます。経営者やHR担当者にとって、より厳しくなる人材獲得と定着に向け、自社の状況と比較して認識を新たにする機会となれば幸いです。

「職」の在り方の変化

企業も労働者も、ギグエコノミーにおける、より柔軟で自律性の高いフリーランスとしての仕事形態をより好んで選ぶようになっています。これにともない、働く方法、場所、時間も変化しています。マッキンゼー・グローバル・インスティテュートが行った調査によると、2016年の段階で欧米ではすでに、生産年齢人口の20~30%が何らかの形でフリーランスとしての業務に携わっており、その割合は急速に増えていました。
ここからは、これまでの「職」の在り方の変化をみてみましょう。

①フルタイムの職が減っていた

米国においては2000年以降、労働力人口は頭打ちとなり、必要な労働力をどう確保するのかが喫緊の課題になったと同時に、社長が変わった瞬間やM&A、経済状況の悪化などにより企業の方針がガラッと変わりって事業撤退したり、リストラクチャリングによる全員解雇になったりするケースも見られました。
これにより、一つの企業に囲い込まれて経済的に依存しているフルタイムの職は「不安定でリスキーである」という認識と、「企業は従業員に対して、もはやキャリア上の安定も金銭的な安定も保証してはくれない」という認識に変わりました。

実際に、米国では2000年〜2009年の平均の雇用創出率は1%以下であり、その後も史上最低レベルが2015年まで続いていました。
また、米国の雇用増加の原動力が失速していたその一方で、新しい雇用のほとんどを生み出すのはスタートアップなどの若い企業でした。
しかし、2000年代の米国では新しく起業するスタートアップ企業の増加率も史上最低レベルとなり、起業から生まれる雇用の数も昔より減っていたのです。

米国では、スタートアップ企業が1980~90年代には平均約300万人の雇用を創出していましたが、2000年~2009年には平均約260万人に留まっていました。
この状況を受けて、企業は雇用を創出する代わりに「職(job)」と「仕事(work)」の分解を進めてきました。
たとえば、これまでの「マーケティング担当ディレクター」という1つの職は、「ソーシャルメディア専門業者」、「PR代理店」、「マーケティング戦略コンサルタント」など、複数の仕事(work)へと分解されるようになったのです。

②正規社員を雇用する魅力の低下

人材獲得競争の激しさに関わらず、需要の高いタレント人材や上級管理職から成る小規模の中核チームは、常に企業に必要とされています。これが、企業が正規社員を揃える動機です。
しかし、2000年以降、成長が低迷していた企業にとって、正規社員の雇用は最後の手段になりつつありました。多くの企業は正規社員の雇用をなるべく避け、最小限の正規社員で済むビジネスモデルの構築と企業運営を模索していました。
なぜなら、正規社員は最もコストが高く、最も柔軟性の低い労働力と見なされていたからです。
企業は正規社員のために高い税金と社会保険料を負担し、正規雇用社員に対してのみ一定の福利厚生を約束し、保護してきました。

その結果、正規社員を雇うコストは、同じ仕事をするフリーランスよりも3~4割高くなるのです。
さらに、自由化・グローバル化した資本市場は、成長が低迷している企業に対して、従業員数の制限や削減といったリストラの圧力をかけました。そして、リストラを実行した企業に対して高い評価を与えてきた実績があります。
これらの要因は、企業が正規社員の雇用を避ける傾向に拍車をかけてきました。結果的に、パートタイマーやフリーランスの活用、仕事の自動化、アウトソーシングなどのトレンドが、広く定着し拡大してきたのです。

③従来型の働き方への疑問符

2000年代には、職の安定はもはや失われ、正規社員の雇用における「高い賃金」や「豊かな福利厚生」、「退職までの保証」などは、減少か消滅の傾向が強くなっていきました。
米国ギャラップ社の調査によると、米国人の約70%は、自身の仕事に意欲を持っていないことが明らかになっています。対照的に、マッキンゼーによる約8,000人の労働者を対象としたアンケート調査では、仕事における満足度は、フリーランスをはじめとした個人事業主のほうが、正規社員よりもほとんどの面で高かったのです。

また、幹部人材育成会社のフューチャーワークプレイス社と人材マーケットプレイスのフィールドネーション社が、959人のフリーランサーを対象に行ったアンケート調査では、74%がフリーランスのままを望み、フルタイムの職に戻るつもりはないと答えています。
ギグエコノミーの特徴である豊富な選択肢、自由裁量、柔軟性、自律的にコントロール可能な環境が、働き手の満足度を高めており、フルタイムの職にはこれらが欠けていることが多いと認識されているのです。

実社会と大学の役割との乖離

紹介してきたような環境の変化にともない、企業側と労働者側の意識は変化しています。「良い職(job)に就く」のではなく、「素晴らしい仕事(work)に携わること」を重視していく方が、意欲的で充実した仕事生活を送れる可能性が高いと認識している人が多いのです。
しかし、こうした働き方や意識の変化にかかわらず、欧米の大学はいまだにギグエコノミーの実践をカリキュラムやキャリア支援に組み込んでいません。それどころか、正規社員として企業に就職するための教育を続けています。ビジネススクールについても、パートタイムや複業・兼業の非常勤講師が増えているのにもかかわらず、そのコース内容は依然として、学生を正規社員にするために設計されています。

例えば、MBAという学位は、学生を企業社会の上層部に送り込むために設計されているカリキュラムで、ほとんどの学生は職(job)を得るためにMBAを学びに来ます。しかし実際には、起業やスモールビジネスに関する経営を学ぶことの必要性や、素晴らしい仕事(work)に携わることを重視する人の増加により、欧米のMBAの教授は学生に対して「就職活動をしないことが最善の備え」としてアドバイスする、という乖離が起きています。

また、長期休暇中に単発のさまざまな仕事を体験できるよう後押しするのではなく、いまだに一つの雇用主のもとで、フルタイムでのインターンシップや従来型の雇用を後押ししているのです。
実際に大学を訪問して採用活動をする企業も、正規雇用社員としてのオファーしか出さないことがほとんどです。そのため、契約ベースの仕事や、コンサルティングのプロジェクトやフリーランスの仕事などに関心を持つ学生は、自力でチャンスを見つけるか、創り出すしか選択肢がないのが実情です。

大学の役割の変化

大学の使命は、長期的な視野で経済的価値を創造するために、「知識・技術の創造」「中核人材の養成」「教育機会均等の保証」を通じて文明化に寄与し、社会貢献する、というものであるはずです。
なかでも「中核人材の養成」は、幅広い職業人や高度専門職業人を養成し、社会に輩出する職業教育の役割を担っています。
そのため、MBAコースなどを提供する大学は、過去の「正規雇用を前提とした教育」ではなく、今後のギグエコノミーで成功できるように学生を育てていくことを検討していく必要があるでしょう。

①個人で仕事するための基本スキルの教育

会社のつくり方、小規模の事務管理、価格交渉、顧問契約の仕方、マーケティングやブランディング戦略の立て方や実践方法など、フリーランスに必要な基本スキルの多くは、大学が本来教えることができるはずです。
こうした基本スキルを再構成して、学生が個人で仕事をしたり起業することを大学は支援していくべきでしょう。また、フリーランスとしての素養に関連する幅広いジャンルの経験や、現実的なスキルセットを踏まえたプロフィールを学生自身が作れるようにサポートすることも、大学の役割の一つとして考えられます。

②キャリア支援の一環としてのギグエコノミーへの斡旋

これまで大学は、学生に正規雇用の職を斡旋することを前提としており、ギグエコノミーにおけるフリーランスの増加や重要性を考慮していませんでした。そもそも、大学側がギグエコノミーのようなプロジェクトベースの仕事に対する理解に乏しいともいえます。
「正規社員の仕事でなければ職歴としてカウントしない」という認識はいまだに強く、学生が長期休暇期間中に仕事(work)を経験したり、学期中に単発や短期のギグエコノミーの仕事(work)をできるようにしたりするような求人は、これまでほとんど扱われてきませんでした。

これからの大学は、キャリア支援の一環として、正規社員としての「職(job)」だけでなく、ギグエコノミーにおける「仕事(work)」を学生が見つけられるよう、サポートしていく必要があるでしょう。実際に、学生が短期のプロジェクトや仕事(work)を見つけるための専用プラットフォームや学生向けアプリが出てきています。

ギグエコノミーの拡大が大学の在り方に与えた影響

ギグエコノミーは、企業の在り方、雇用の仕方を変革しつつあります。欧米企業では、正規社員の職を創出する代わりに、個人請負やコンサルタント、フリーランスを必要に応じて雇う方向にますますシフトしています。
また、「人生100年時代」を迎えるなかで、これからは誰もが自分のキャリアのなかで、独立起業やスモールビジネスの経営を一度は経験する可能性が高くなっていくでしょう。

世界を見渡すと、経済発展や技術革新により人々の生活は物質的には豊かで便利になっています。ビジネスの使命である物質的不足も解消されつつあり、社会が成熟を迎えていますが、いまだに大学は、正規社員を大量に生み出すことを前提とした仕組みとして在り続けているのが実情です。
これまでは就業規則で副業を禁止し、一つの企業に属して一つの仕事をこなしていくのが当たり前でした。しかし、そもそも労働人口が減るという事象は欧米よりも日本の方が深刻なはずです。
欧米で今回お伝えしたような背景があることを考えると、日本においても、労働力がシェアされ、一つの仕事ではなく、複数の仕事を掛け持ちして時間分割する働き方が当たり前になる時代が来ているのではないでしょうか。

テクノロジーの発展とギグエコノミーの拡大にともなって働き方の選択肢も増えていくなか、教育に関しても学び方の選択肢が増えています。英語さえできれば、コストフリーであらゆる学び方にフリーアクセスできる世界にもなりつつあるのです。
このような変化を踏まえて大学の役割を見つめ直していくと、これまでの延長線上のカリキュラムではなく、いま大切にされている価値観をどのようにカリキュラムに埋め込めるかが重要になるはずです。人生100年時代を前提に、一生に一度はギグエコノミーを経験するキャリアが一般的になっていくかもしれません。そのような未来を見据えて、「仕事(work)」を身につけるための支援を、いかに大学という場で提供できるか、が問われているような気がします。

変化の早い時代だからこそ、社会との結節点としての大学の重要性がますます高まっており、大学の在り方が変わることに伴って、日本企業においても、新卒一括採用時の大学関係者や候補者へのアプローチに始まり、さまざまな対応が求められると考えます。
雇用体系の複線化、EX(従業員体験)の再設計、複業や副業に関する社内理解促進とルールの整備、ギグワーカーとの雇用契約のフォーマット化、労務問題発生時の対応体制構築、キャリア自律を支援する環境整備など、企業側が柔軟に対応していく必要性が高まっていくでしょう。

参考

  • Independent work: Choice, necessity, and the big economy
  • Harvard Business School: Grow & Shared Prosperity
  • Starting Smaller; Staying Smaller:America’s Slow Leak in Job Creation
  • Employee Engagement in U.S. Stagnant in 2015
  • IIndependent work: Choice, necessity, and the big economy
  • Rice of the blended workforce in gig-economy
    • Person 鈴木 秀匡
      鈴木 秀匡

      鈴木 秀匡

      日立製作所やアマゾンなど、一貫して管理部門のビジネスパートナーとして人事総務労務業務に従事。現在は、欧州のスタートアップ事情や労働環境、教育事情の背景にある文化や歴史、政治観など、肌で感じとるべくヨーロッパへ家族移住を果たし、リモートで日本企業の人事顧問やHRアドバイザリーとして独立。三児の父。海外邦人のコミュニティプラットフォームのための財団法人立上げなど、日本のプレゼンスを上げていく活動にも奮闘中。

    • 経営・組織づくり 更新日:2022/10/04
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