経営と人材をつなげるビジネスメディア

MENU CLOSE
0 tn_romu_t00_developing-subordinates_220128 roumu c_interview

注目される「イクボス」とは?その育成ポイントや企業メリットを探る

/news/news_file/file/t-20220128115558_top.png 1

日本の生産年齢人口が減り続けているなか、多くの企業が人材不足に苦しんでいます。また働く人の価値観も変化し、共働き世帯が一般化したことで、仕事が最優先という働き方は通用しなくなってきました。そうした人材難の時代に対応するため注目されているのが、「イクボス」という存在です。イクボスは、多くの企業が課題として抱えている定着率の低下を改善するのにも効果的だと期待されています。優秀な人材を確保し、離職を防ぐことは企業の成長には欠かせません。組織力、収益、定着率を向上させる存在のイクボスを育成するために、企業は何をするべきなのか。今回は企業の成長のカギを握る「イクボス」育成のポイントについて、父親の子育て支援・自立支援事業を展開するNPO法人ファザーリング・ジャパン代表理事・安藤哲也氏にお話を伺いました。

いま注目されている「イクボス」とは

Q「イクボス」とは、どのようなものか教えてください。

イクボスのイクは“育”のことで、部下や組織、社会を育てるという意味が込められています。イクメンと混同している場合や、単に「育児を応援するボス」という意味でとらえている人も多いのですが、それらは間違いです。ともに働く部下やスタッフといった仲間の仕事と生活の両立、つまりワークライフバランスを考えて、その人のキャリアと人生を応援しながら、組織の業績も結果を出しつつ、自らも仕事と私生活を楽しむ上司(経営者・管理職)のことを指しています。

Qイクボスが注目されている背景には、どのような理由があるのでしょうか。

近年、働き方に対する考え方が急速に変化し、根性論だけで鼓舞しようとする上司には部下がついていかない時代になりました。2020年6月にはパワハラ防止法も施行され、スパルタ教育のような指導方法は不適切とみなされつつあります。

一方、イクボスのマネジメントは、部下が仕事以外にやりたいこと、やらなければならないことなどを理解してあげて、応援しつつキャリアについてもサポートしながら結果が出せるようにする手法です。つまり、イクボスのようなマネジメントが時代に必要とされている、ということが注目される大きな理由だといえます。

Qマネジメントのニューノーマルとして、さらに重要性は高まりそうですね。

まさに、イクボスの育成を通じて従業員エンゲージメントが向上したり、育休取得が促進されたり、多くの成功事例がここ2~3年ぐらいで増えています。2021年6月には仕事と育児・介護の両立を支援する法律である「育児・介護休業法」が改正されたことにより、イクボスがさらに注目される土壌が生まれました。

もちろん、法律が改正されたからといって、すぐに育休のとれる体制づくりが可能という企業は決して多くありません。結局は職場の雰囲気が悪ければ取りづらいと考えてしまうし、育休と産休の区別すらついていないケースもあります。しかし、法律や制度が変わることとリンクして、理想の上司像が変化しているのも事実。そうした変化にいち早く適応し、イクボス育成に成功した企業が、他社を引き離しリードしていく時代になっていくでしょう。

イクボスを育成することで得られるメリット

Qイクボスの育成が進む企業側のメリットについてお聞かせください。

具体的なメリットとしては、ライフ情報の共有化、女性や若手の活躍、優秀な社員の確保が挙げられます。上司と部下の信頼関係ができて、いわゆるチームワークが生まれます。デメリットの解消としては、リスクが軽減すること。離職率や部下のメンタル疾患の予防、ハラスメントや不祥事予防、コンプライアンス(企業倫理)の遵守・ BCP 対策にもなります。

また、現在就活している方たちが重視するのは、残業があまりなくて休暇もちゃんと取れるかという、働き方に関する面。最近はそこにテレワークできるか、副業ができるか、というポイントが加わりました。そういった転職希望者のニーズに合った職場をつくれないと、いくら給料が高くても競合に優秀な人材をとられてしまうリスクがあります。イクボスがいる組織では、人材確保の面でも競合に一歩先んじることが可能です。

Q採用の競争優位にも好影響を与えるのですね。採用後における顕著な効果はどのようなことが挙げられますか。

採用後の定着率向上にも有効といえるでしょう。部下の理解度が高いイクボスがいることで、ストレスの蓄積やメンタル面のダメージを解消する「健康経営」にも繋がります。また、「コンプライアンス」に好影響を与えるところも重要なポイントです。一方的な根性論で仕事を推し進めるボスでは、従業員が疲れ切ってしまいます。それが仕事上のミスを誘発し、さらには部下がその事実を隠すといった行動に繋がる。ゆくゆくは不祥事が起きる可能性を高めてしまうのです。

私たちは、「公平性」「人間性」「公明正大」をイクボスの3大心得として掲げています。誰もが働きやすい公平性を持って対応し、不正はしない、嘘をつかなくてもいい、という職場づくりができれば、部下の「心理的安全性」は高まります。イクボスがいることで不満が解消されストレスがたまらなくなるので、不正や不祥事が起きず会社のコンプライアンスのレベルアップに繋がります。

Q企業としてはどのような良い変化が得られますか。

日本は資源の少ない国なので、最終的には人材が鍵を握ると思っています。近い将来、労働人口が少なくなることはわかっていますから、企業では従業員一人ひとりを磨いてパフォーマンスを上げていく必要があります。いつまでも人数に頼る経営はできません。即戦力を採用する方法として中途採用を考える企業も多いです。それも大事な手段のひとつですが、それに加えてやはり今いる社員をよく見て、もしかしたら化けるかもしれないと、イクボスとしてのマネジメントで開花させてあげることも重要です。たとえば、戦力外になった人材でも、適材適所で蘇ることはあります。それを見極めて、開花させることも管理職の醍醐味であり面白さではないでしょうか。

イクボスが増えると女性も男性も全ての社員が働きやすく、モチベーションの高い組織になっていきます。つまり、会社全体の幸福度が高まります。幸福度の高い会社の社員は、生産性も創造性も高くなる傾向があります。まさにwin-winの関係性といえるでしょう。

イクボス育成に取り組む企業の事例

Qイクボスの育成に注力している企業について教えてください。

イオン株式会社では 、「イクボスの日」を毎月19日に定め、管理職向けの「イオンのイクボス検定」をおこなっています。PCやスマホで、理解度や必要な行動を測定できるシステムになっており、部下とも共有できます。現在(2021年3月時点)では、初級合格者が25,796名、中級合格者は5,392名です。この検定に合格することが、イオングループの管理職の間で当たり前になっていくことを目指しています。他にも広島県や三重県との共同企画を通して、知事や地元企業と意見交換をおこなったり、異業種の交流会でディスカッションをしたりと、対外活動も積極的に行っています。

清水建設 株式会社では、2017年から「イクボス(インクルーシブリーダー)研修」をスタートし、これまでに5回開催しています。2020年度はオンラインで、海外を含めた全支店から約130名が参加していました。外部の研修会社から外国人講師も招き、計3名の講師から異文化マネジメントスキルの必要性について学び、グループディスカッションを実施。参加者からは、「新しい視点や考え方も取り入れられるため、今後も継続してほしい」という声も多くありました。他には社内の「イクボス」を公募し、「働き方改革表彰」のイクボス賞を毎年選び、表彰しています。

Qとくに印象に残っている企業の取り組みなどはありますか。

先に挙げた2社とは違い中小企業の取り組みなのですが、工場や倉庫、空港など、大型建築の屋根金具などを製造している株式会社サカタ製作所 です。2018年に子どもが生まれた男性社員全員が3週間以上の育休を取得しましたが、その2年前まで取得率は「ほぼゼロ」。2016年から真剣に取り組み、休めない雰囲気の原因を解明するために、各部署からの信頼も厚く円滑なコミュニケーションが図れる総務部の女性社員(2名)を「推進スタッフ」に任命することから始めました。

男性社員に「なぜ育休を取得しなかったのか」を調査してみたところ、「自分の仕事が忙しくて休めない」「上司や仲間の手前、休みづらい」「評価が下がる」「休んだら経済的に困る」など本音を聞くことができました。そこで社長は、全社集会などで育休を取得した社員や推進した管理職を高く評価するとし、「業績が落ちても構わない」と明言。今では、育休面談を社長や管理職を交えて行う制度が整い、引き継ぎもスムーズにできています。その結果、採用面でも応募が増加しました。「男性の育休取得100%は、社員と組織を活性化させ業績向上へ繋がるため、経営戦略の1つ」という考えから、今後もイクボスの育成に力をいれていくそうです。

イクボスを育成する上で重要なポイント

Qイクボスを育成するうえで、注意点はありますか。

企業のカルチャーを変えるには時間がかかります。そのため、早々に変化や成長がみられないからといって、すぐに諦めてはいけません。企業の規模に関係なく、イクボスを育てていくことは、長期戦を覚悟する必要があるのです。私が研修で管理職の方たちに問うのは「みなさんの部下が月曜日に会社に行きたいと思っていますか」ということ。月曜の朝、会社に行きたくないような人が良い仕事をするとは思えません。まずは、その人たちの気持ちを変えることによって生産性を上げて組織力も上げていく。それが、イクボスの重要な役目のひとつです。

そして、管理職だけではなく若手に対しても「なぜイクボスが必要なのか」を理解してもらう必要があります。面倒なことをやらされているという意識ではなくて、社員がより多く幸せになるための取り組み、そして会社が発展するためにやっているということを、きちんと理解させたうえで行わなければ、成功にはつながりません。

Qご自身がイクボスとして大事にしていたことはありますか。

私はホウレンソウより「シュンギク」を大事にしていました。ホウレンソウはご存じの通り、報告・連絡・相談です。「ちょっとお時間いいですか?」と上司をつかまえて1時間ぐらい話す、これが時間の無駄だと考えています。上司側がホウレンソウを待っていてはダメで、自ら拾いにいく姿勢が必要。

シュンギクというのは「瞬間的に聞く」という意味。上司側がアクティブに部下へと「仕事はどうなっている?」と聞きに行く、すると向こうも「実は今、先方と連絡がとれていなくて」など仕事が遅延していたり、社内の調整に苦労していたりすることが明らかになるケースもあります。そんなときに、その対象となる部署の部長に話をつけるのは上司の役割。部下の小さな悩みはたくさんあるはずで、言い出せないからいつまでも良くない状態が続いてしまうのです。それでは生産性が上がるわけがありません。

Qイクボスを目指す方や育成を考えている企業にアドバイスをお願いします。

イクボスを目指す人の中に勘違いするケースが多いのは、優しい人や甘い人のイメージをもってしまうこと。それでは権利を主張するだけの部下ばかりが増えてしまいます。ですから、自分のミッションを達成するということをしっかり意識させて欲しいと思います。そこが注意点。それを怠ると、良い関係性は続きません。昔は、長時間やって稼いでいたけれども、これからは生産性向上の時代です。最初から提示した時間の中で目標を達成できれば、それが一番いい。そのうえで自分のプライベートを充実させられれば、それがイクボスの源になります。

心にゆとりがある人は、きちんと部下の様子を見られます。ボス自身が問題を抱えていてはいけません。健康であることも大事。たとえば、家庭に問題があると、自分のことばかり考えてしまいます。ボスが心身ともに健やかでボス自身も満たされていることで、部下の目線にたった指導を始められます。

新時代に対応可能な新しいボスの姿

時代の変化とともに、上司(管理職)に求められる資質も大きく変化しました。これまでの人口ボーナス期における経営者や上司の固定化した価値観・仕事のやり方・男女の役割意識が残っていては、今後の成長の大きな妨げになってしまいます。多様化と人材難の時代に対応し、企業を成長させていくためには、合わない人材を切り捨てるのではなく、育てるボスが求められます。ワークライフバランスを天秤にかけるのではなく、社員一人ひとりが決められた業務時間内に主体的に関わり、チームで成果を上げていける企業や組織づくりのために、イクボスの育成は急務です。多様な人材を「管理する」のではなく「活かす」ことができるイクボスが、すべての組織に強く求められています。

安藤氏が話すように、イクボスの育成は一朝一夕には叶わず、長期戦の覚悟が必要です。しかし、今後企業が成長していくための重要な役割を果たすことは明らか。変化は容易ではありませんが、新時代を生き抜くには避けられません。活路を見出すためにも、イクボス育成に着手してみてはいかがでしょうか。

  • $タイトル$
  • NPO法人ファザーリング・ジャパン /代表理事
    安藤 哲也

    大手IT系企業で管理職として働く傍ら、2006年に父親の子育て支援・自立支援事業を担うNPO法人ファザーリング・ジャパンを設立。イクボス・プロジェクトなどの事業を多数展開。

  • 労務・制度 更新日:2022/02/03
  • いま注目のテーマ

RECOMMENDED

  • ログイン

    ログインすると、採用に便利な資料をご覧いただけます。

    ログイン
  • 新規会員登録

    会員登録がまだの方はこちら。

    新規会員登録

関連記事