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雇用情勢の「先」を読む経済統計 統計にも「クセ」がある〜失業率(下)

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道具を上手に使いこなすには、その「クセ」を知らなければなりません。私は釣りが趣味なのですが、釣竿を買うときはお店で軽く振って弾力性などを確かめます。さらに、購入して実際に使ってみると「仕掛けを飛ばす時には、他の竿より少し強めに振る必要があるな」といった個性が見えてくるものです。

経済統計も「景気の状態を測る道具」ですから、この点は同じです。種類が異なれば「前年同月に比べ1%増加した」といった変化の解釈も微妙に違ってくるのです。今回も完全失業率を例に、経済指標が持つ「クセ」について説明します。

*専門用語については最後にまとめて解説しています。

統計のクセとは?

経済統計のクセは、調査の方法やサンプルの数などによって生じます。例えばアンケートで集めたデータは、質問項目が多いと、答える人が「面倒だな」と感じてしまい回答率が下がることがあります。つまり情報量は多い反面、答える人は忍耐強い人や忙しくない人に偏ってしまうわけです。

また、企業を対象に設備投資の額を聞くような調査では、サンプル数が少ないと、1社が大きな投資をしただけで数字が跳ね上がってしまい、長期的な傾向が分からなくなってしまう、といった問題が起きます。経済統計を分析する際には、こうした特徴や限界を知ったうえで解釈する必要があるのです。

完全失業率については、「雇用情勢が急激に変化する局面で、全体の傾向とは逆方向に動くことがある」という特徴が知られています。例えば求人が減り、倒産や解雇が増え始めたのに、失業率が一時的に下がるケースがあるのです。その逆も起こり、雇用情勢が好転したのに、失業率が一時的に上がってしまうわけです。こうした現象は、前回説明した「失業率は景気から一歩遅れて動く」という性質とも異なります。

そもそも「完全」失業者とは?

なぜこんな不思議な動きをするのでしょう。そのヒントは完全失業率の「完全」という言葉に隠されています。

完全失業率がどんな統計か、改めて確認しましょう。多くの人は「働ける人のうち、仕事がない人の割合」だと理解しているのではないでしょうか。もちろん、これでも間違いとまではいえません。しかし、厳密な定義は少し違います。

労働力調査を担当する総務省によると、完全失業率とは「労働力人口に占める完全失業者の割合」です。つまり、分母が労働力人口、分子が完全失業者数ということになります。

では、分母の労働力人口とは何か。総務省の説明をそのまま引用すると「15歳以上の人口のうち、就業者と完全失業者を合わせたもの」になります。

就業者が仕事についている人だということは直感的に分かります。問題は「完全失業者」。実は、次の3つの条件を全て満たす人を指します。

  1. 仕事がなくて、調査週間中に少しも仕事をしなかった
  2. 仕事があればすぐ就くことができる
  3. 調査週間中に仕事を探す活動や事業を始める準備をしていた(結果待ちを含む)

ポイントは③。完全失業者に分類されるのは、就職活動をしている人だけなのです。具体的には、仕事を失いハローワークなどに通っている人です。裏返すと、就職活動をやめると「完全失業者」ではなくなります。まさにこれが、完全失業率に特有な「クセ」の原因なのです。

就職活動をしていない人は完全失業者に含まれない

文章だけではイメージしづらいので、図解してみましょう。

この図から分かるように、仕事がない人でも、専業主婦や引退した高齢者などは、働く能力があったとしても職探しをしていないので「完全失業者」には含まれません。実は、仕事を失った人が就職をあきらめると、この「非労働力人口」のカテゴリーに移ってしまうのです。就職活動をしていることが完全失業者の条件の一つであるためです。

今回のコロナ禍のように、雇用情勢が急に悪化した状況を思い浮かべてみましょう。企業の倒産や派遣労働者の雇い止めが相次ぎ、仕事を失う人が増える一方で求人は激減します。職種や業種によっては、求職活動をしても良い仕事に就ける見通しが立たないかもしれません。養ってくれる親や配偶者がいる場合は、雇用環境に明るさが見えるまで職探し自体をあきらめるケースも出てくるでしょう。この場合、完全失業者が減り、失業率も低下することになるのです。

実際、コロナ禍以降の完全失業率の推移を見ると、6月に一時的に低下しています。ただし、これは新たな求職者が5万人減ったことが影響しています。雇用環境が良くなったからではなく、むしろ職探しをする気が起きないほど悪くなった結果なので、翌月からは再び悪化に転じました。

逆に景気が回復し始めた局面を考えてみましょう。求人が増えてくると、それまで働いていなかった人も「これなら良い仕事が見つかるかも」と考えて、就職活動を始めるかもしれません。その場合、分類は「非労働力人口」から「労働力人口」に変わり、仕事が見つかるまでは「完全失業者」ということになります。雇用情勢が改善したことで、逆に失業率が上昇するのです。

いずれの場合もしばらくすると、こうした移動は収まるので、失業率も全体のトレンドに沿った動きをするようになります。ただ、景気の変わり目などには、予想に反する動きをすることがよくあるので、解釈には注意を要します。「下がったから雇用情勢が改善している」「上がったから悪化している」と機械的にはいえないのです。

まとめ

第1回から今回までの連載では、数値の基本的な見方や気を付けるべきポイントなどを押さえ、データから経済の現状や先行きを分析する手法を解説してきました。

失業率にかぎらず、景気指標を利用する際にはこうした特徴を押さえておく必要があります。次回以降は、完全失業率以外の経済統計について、こうした「クセ」も踏まえながら、実際の業務にどう活かせるのかを解説していきます。

用語解説

  • 【サンプル】: 統計では「標本」のこと。母集団から抽出したデータの集まりを意味する。一般にサンプル数が多いほど統計の精度が上がり、実態とのズレは小さくなる。
  • 【設備投資】: 企業が工場や機械、店舗などを新・増設すること。この場合の「投資」は、株式投資のような資産運用ではなく、将来にわたる利益を得る目的で生産活動に使う施設や設備を買う「実物投資」を意味する。
  • 【就業者】:総務省の定義では、さらに「従業者」と「休業者」に分かれる。従業者とは、調査週間中に収入を伴う仕事を1時間以上した人。ただし、家族従業員は無給でも仕事をしたとみなす。休業者は、仕事に就いているものの、調査週間中に少しも仕事をしなかった人。具体的には育児・介護休暇中の人や、休業が30日未満の自営業者など。
  • 【季節調整値】:統計から、気候の変化や年中行事などによって毎年決まった時期に起きる変化の影響を取り除く処理。(前年比ではなく)前期比の増減を計算する場合は、この季節調整値を用いる。略して「季調値」などと呼ぶこともある。
  • $タイトル$
  • 松林 薫

    1973年、広島市生まれ。ジャーナリスト。京都大学経済学部卒、同大学院経済学研究科修了。1999年、日本経済新聞社入社。経済学、金融・証券、社会保障、エネルギー、財界などを担当。2014年退社し株式会社報道イノベーション研究所を設立。2019年より社会情報大学院大学客員教授。著書に『新聞の正しい読み方』(NTT出版)、『「ポスト真実」時代のネットニュースの読み方』(晶文社)、『迷わず書ける記者式文章術』(慶應義塾大学出版会)。

  • 経営・組織づくり 更新日:2021/12/16
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