コンピテンシーとは|評価制度を解説するシリーズ
「コンピテンシー(competency)」という言葉にはさまざまな和訳がありますが、最もシンプルなものは「高業績者の行動特性」です。「行動特性」というのは「能力」や「性格」などと基本的には似たような意味。ではなぜ、それをあえて英語で言い換えているのでしょうか。
これは私の私見ですが、その理由は、かつて日本で一般的な評価方法の1つであった(今も古いわけではないですが)「能力評価」のアンチテーゼとして使われたためではないかと思います。そう、「能力評価」と「コンピテンシー評価」は、似て非なる評価制度なのです。
各評価制度についての概要やメリット、運用の注意点などを解説している本連載。第3回目は少し趣向を変えて、「コンピテンシー評価」が辿ってきた歴史について見ていきたいと思います。
高度成長期以降、日本の企業に精緻(せいち)な人事制度が導入される際には職能等級制度(能力による等級付けの制度)が多く用いられていました。
今でも伝統的な日本企業では職能等級制度が基本となっているところも多いです。等級制度とは、従業員を序列化することで、業務の責任や権限、処遇などの根拠とする制度。企業がどのような人材を必要としているのか、どの等級の社員にはどのようなことを望んでいるのかというモデルにもなる人事制度の根幹です。
当時の日本は社会全体が成長期にあったため、日々の仕事を通じて高まっていく従業員の能力に対して、報酬やポストなどの処遇をきちんと対応させていく余裕がありました。そういった背景もあり、人の能力を評価の基準として処遇を決めていくという「能力評価」が流行したのではないでしょうか。
当時は現在よりも、会社が社員に「組織のためなら何でもする」という意味でのジェネラリストを求める傾向が強かったです。そのため、評価の対象とされた能力は「責任感」「確動性」「協調性」「積極性」のような抽象的なものでした。
これらの能力は抽象的であるがゆえに、評価はどうしても曖昧なものになってしまいます。結果として、一定期間まじめに働き、ある程度の成果を出していれば、それらの能力があるものと評価されたのです。
ところが、一旦「ある」とされた能力は、今度は「なくなった」とも言いにくくなります。特定の能力が「ある」と言われても文句を言う人はいませんが、「ない」と言われれば猛烈に反発する人が出てくるからです。
その結果、「能力評価」は「下方硬直性」(下げにくさ)を持つことになりました。「下方硬直性」のある評価方法は、裏を返せば「上げにくい」方法でもあります。一度、上げると下げにくいのであれば、人件費管理の観点から見ても安易に上げることはリスクが高いからです。
かくして能力評価は「一定の年月を経て徐々に能力を認められ、ようやく評価が上がる」という、いわば年功主義的とも言える運用がされるようになってしまいました。
その後、日本が成熟期、停滞期を迎えるにつれ、社員の能力向上をそのまま処遇に結び付けることが難しくなってきました。
人は日々成長しますが、事業はそうなるとは限らないからです。事業が成長しなければ、報酬原資もポストも増えません。そのため、高まり続ける(はず)の能力に合わせて、社員を処遇することが難しくなったのです。
そこで企業は、評価制度の改革を迫られることになりました。一部の企業は、それまでの「能力」主義から「職務」主義へと制度を変更したのです。これは、従業員が持っている能力ではなく、職務の重要度に応じた処遇をするというもの。そうすれば、事業の成長以上には報酬原資やポストを増やす必要がなくなります。
しかしこの方法だと、会社都合で良い職務やポストを与えられない優秀な社員は、当然ながら不満を持ち社外へ流出します。企業は悩みました。
そこで、能力評価の欠点を改良して生み出されたのが「コンピテンシー評価」です。この評価制度は、業務において高い成果を残している人の行動傾向を、行動観察やインタビュー、アセスメントテストなどを用いて調査し、作成されています。
コンピテンシー評価は、人のスキルを「業務を効率的に構築できる」「人と親密な関係を築ける」「人の話を傾聴できる」「チームの一体感を醸成できる」「計数処理能力」など具体的な行動傾向で表現しました。
これにより、以前の能力評価よりも基準が明確になったため、比較的測定もしやすく下方硬直性も少なくなりました。そして、下方硬直性が少ないのであれば、高い評価もつけやすくなります。結果として、年功主義的な運用ではなく「今頑張っている人を、今評価する」ことが可能になったのです。そのため、コンピテンシー評価は一世を風靡しました。
しかし、基準が明確であることは別の欠点を生み出します。事業の“変化”への適応性がなくなってしまうのです。
ある時期には新規開拓の勢いが必要で、ある時期には既存顧客との深い関係構築が必要であるというように、企業の事業フェーズが変わって勝ちパターンも変われば、仕事で必要とされる行動も変わっていくでしょう。
そのたびに、コンピテンシーの内容を改定していくというのは非常に手間のかかる作業です。それに、多くの社員の生活に影響を与える評価制度が、コロコロと変わってしまうのは問題でしょう。社員は結局、何を目指せばよいのかわからなくなってしまいます。
さらに時代が進み、日本経済がさらに停滞していくにつれ、コンピテンシー評価という言葉もあまり聞かれなくなっていきました。具体性の強いコンピテンシー評価は、変化の激しくなってきた現代においては、あまりに改訂すべきサイクルが早すぎて評価制度としての適切さ・安定性を失ってしまったのかもしれません。
今では、コンピテンシーは評価というよりは、人材育成の観点で使われることが多いように思います。一方、評価基準としては、能力でも行動でもなく「成果」とする、いわゆる「成果主義」が徐々に浸透していきました。
本稿では、一時期一世を風靡したコンピテンシー評価について解説しました。
ある意味この言葉は、時代背景の移り変わりに翻弄された言葉であるとも言えます。なんだかよく理解していないのに、当時は「流行っているから」と使っていた人も正直たくさんいたことでしょう。しかし、人事は決して流行に踊らされてはいけません。大切なのは、制度の“本質”を見るということです。
高業績者の行動特性に着目して評価や育成に用いることは、きちんと利点や欠点を認識してさえいれば何ら問題はありません。コンピテンシーはけして「過去に流行した概念」などではないのです。ある程度勝ちパターンが決まっている業界や、マネジメントなど時代や業界を超えて普遍性の高い職務など、コンピテンシー評価が適した業界や仕事は今でも存在していると思います。
特定の評価制度を指して「古い」とか「新しい」とか言う人がたまにいますが、私は人事の制度や手法に流行があることには違和感を覚えます。古いから止める、新しいから導入するのでなく、自社の特徴を踏まえて最善の手法を用いていくべきではないでしょうか。コンピテンシー評価という言葉を聞くたびに、そのようなことをよく考えます。
- 労務・制度 更新日:2017/10/11
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