人生100年時代の社会人基礎力とは
まず、社会人基礎力が生まれた背景と概要を簡単に説明します。
制定された2006年は、ニートなどの若年無業者が社会問題化しており、主に大学を中心とした教育界から産業界へのスムーズな移行が望まれていました。特に、産業界が教育を通じて育んで欲しいと思う能力に関して双方の十分な意思疎通がとれておらず、社会人として必要な能力を言語化する必要性が高まっていたのです。そこで産業界の意思を集約する形で経済産業省が社会人基礎力を発表しました。同じ時期に文部科学省から大学における学位授与の質保証の枠組み作りを促進・支援することを目的とした「学士力」(2008年)が発表されましたが、求める能力が似ていた事もあり、世間的には先に発表されていた社会人基礎力の方が認知を得たようです。社会人基礎力の主な要素は3つの能力(考え抜く力、チームで働く力、前に踏み出す力)と、それを構成する12の能力要素からなります。弊社でも2008年から企業の人事担当者に「選考時に重視する力」として設問に落とし込み、調査しています。2018年卒では「主体性」86.0%や「実行力」64.8%などの「前に踏み出す力」を最も重視する傾向にあり、次いで「規律性」51.9%、「傾聴力」50.1%、「発信力」49.6%などの「チームで働く力」が重視されています。12の能力要素の中で多少の順位変動はあるものの、「前に踏み出す力」と「チームで働く力」が重視される傾向はこの10年変わっていません。
ここからは、新しく発表された「人生100年時代の社会人基礎力」について見ていきたいと思います。
現在の安倍内閣が推進する働き方改革の一環として、「我が国産業における人材力強化に向けた研究会」が昨年10月より経済産業省内で有識者を交えて開催され、研究会内に設けられた人材像ワーキンググループでは法政大学の諏訪名誉教授を座長に「人生100年時代における社会人基礎力」をテーマに議論が進められてきました。これまでの社会人基礎力は大学から社会へのスムーズな移行を目的としていたのに対し、新たな社会人基礎力は就学前からシニア層といわれる中高年の社会人に至るまで、幅広い年代層を対象とした考え方をしています。資料では「これまで以上に長くなる個人の企業・組織・社会との関わりの中で、ライフステージの各段階で活躍し続けるために求められる力」と定義しています。その背景には産業構造の変化等で自らが持つ職業経験やスキルの賞味期限が短期化しており、常に学び続け、自らを常に振り返りながら、必要なスキルをアップデートしていく必要性が高まっている事にあります。
見直しのイメージとして提示されているのが以下の図です。

※「人生100年時代の社会人基礎力イメージ図」出展:経済産業省
何を学ぶか【学び続ける力、「OS」と「アプリ」、マインドセットとキャリアオーナーシップ】
何を学ぶかとは「学び続けることを学ぶこと」とされています。人生100年時代に向けて、自分の強みや弱みを棚卸しし、自らのスキルや経験を時代に合わせて常に磨き続けることが望まれています。その能力を発揮する力として「考え抜く力」がより一層重要になるとされています。
どのように学ぶか【統合、リフレクションと体験・実践、多様な能力を組み合わせる】
どのように学ぶかは、社内外にかかわらず「(兼業・副業・複業・出向など)様々な経験や体験の総量を増やし、自らの視野を広げて、自己の多様な体験・経験や能力と多様な人々の得意なものを組み合わせて、目的の実現に向けて統合すること」とされています。その施策として、産業界で必要とされる知識を習得する為のリカレント(学び直し)教育の整備や、企業における成長機会の提供及び自律支援の充実が求められています。また、自らの経験や知見を外部の方々と一緒に取り組んでいく際に「チームで働く力」がより一層重要になるとされています。
どう活躍するか【自己実現や社会貢献に向けて、企業内外で主体的にキャリアを切りひらいていく】
どのように活躍するのかとは「自己実現や社会貢献に向けて行動すること」とされています。社内で自らのキャリアを存分に発揮したり、新たな場所を求めて求職活動を行ったりするなど、具体的な活躍の場を得る為の行動が求められています。その行動を促すための力として「前に踏み出す力」がより一層重要になるとされています。上記3つの視点のバランスを図り続けることで、変化する社会の中で、自らの意思でキャリアを作り上げるキャリアオーナーシップを個々人が見定めることにつながるとしています。
資料の中では企業として自社の社員に活躍し続けてもらうために、社員のキャリアの方向性と自社の成長の方向性をそろえつつ、社員自らが積極的に学び・成長するよう促す事が重要であるとしています。その為には自社のビジョンの浸透や社員個々人との徹底的な対話によって双方が理解を深めること、併せて副業の解禁やテレワーク等の環境整備、適所適材の人員配置、リカレント教育の推進など、社員に多様な成長機会を作っていくことが求められています。その結果、はじめて生産性の向上が実現し、優秀な社員の職場定着が可能になるのではないかとしています。経営者からしてみると、「社員個々人の希望を全て叶えるのは無理。」、「環境整備に設備投資を要するので現実的ではない。」等の声が聞こえてきそうな内容ではありますが、今後優秀な社員を獲得していく為に必要な施策ではないかと思います。特に、欧米企業は社員の多様性を前提とした人材マネジメントに長けています。グローバルな競争が激化する中、日本型の終身雇用を前提とした枠組みが維持しづらい状況を考慮すると、今後の人材マネジメントの在り方を見直す時期に来ているのかもしれません。
現状の資料だけはまだ何とも言えませんが、個人的な感想としては、やや高い理想を掲げている感はあります。但し、以前の社会人基礎力発表の時もそうでしたが、目指す目標や目的に対する言語の共通化は重要で、この考え方を起点に、様々な取り組みを経て少しずつ理想に近づいていくのだと思います。
その為に必要な検討課題は2つでしょうか。
①企業と個人の意識改革
グローバル競争時代といわれて久しいですが、日本国内に目を向けるとまだまだ雇用者側は終身雇用を前提とした人事制度や雇用慣習が多く残っています。労働者側も「安定=潰れない大手企業」という風に企業の庇護を望む傾向が依然強く残っています。雇用者側・労働者側双方の意識改革が必須となります。
②雇用の流動性を確保する法整備
人生100年時代の社会人基礎力の前提には雇用の流動性を確保する必要があります。現在フリーランスとしての働き方や副業を推奨する動きもありますが、実際の法整備が追いついていないところも多々みられます。今後の展開を拡げる為には、これらを扱う法整備が重要になると思われます。
今回の人生100年時代の社会人基礎力は、喫緊の課題に対処するというより、日本の未来を見据えた提言ではないかと感じます。特に若い世代と付き合っていると、優秀といわれる学生ほど、個人としてのキャリアを早く積みたいと考える割合が高い傾向にあり、実力主義で多様性を包含した海外企業が魅力的に映るようです。「うちはグローバル企業ではないから」という企業でも、国内の優秀な学生を採用する為には雇用制度の見直しが重要になると思います。まだまだ大丈夫と人ごとで考えず、自分や自社に置き換えて考える良いきっかけになるのではないでしょうか。
- 人材採用・育成 更新日:2018/03/29
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