「働きやすさ」だけでは「働きがい」は得られない シスコシステムズ合同会社 宮川愛
Qそもそも「働きがいのある会社」とはどのような会社なのでしょうか?
宮川:様々な定義があると思いますが、「働きがいのある会社」には2つの共通点があると考えています。
まず、時代の変化に対応している会社であること。今は、イノベーションの時代と言われています。歴史を遡ればライト兄弟、エジソンや産業革命などこれまでも様々なイノベーションがありました。しかし、今の時代に求められているイノベーションは過去のものと比べスピードが決定的に違います。
たとえば、UberやAirbnbなど、5年前に誰も聞いたことなかった企業が一気にテクノロジーの力を使って市場のパラダイムを変えていますよね。こうしたスピーディーな組織づくりにはトップダウンで動く組織ではなく、現場からアイデアを吸い上げることが欠かせません。
すぐに行動に起こし、それをいち早く市場に持っていく。そのためには会社全体のチーム力が必要なんです。今、働きがいがあるとされている会社は、耐えず変化が求められる時代に対応できるチーム力を持っているのではないでしょうか。
次に、全社員が働きがいのある環境づくりに参画していること。「働きがいのある会社」という箱だけを会社がつくって、人を入れたとしても、みんなが働きがいを感じられるとは限りません。会社と社員がお互いに約束事を果たすことによってはじめて「働きがいのある会社」を実現できるのではないでしょうか。
宮川:弊社の人材戦略の根底にある考え方で「People Deal」というものがあります。社員の自己実現と会社の成長を実現するための会社と社員の相互の取り決めを示すものです。簡単に言うと、会社は社員に機会・裁量を提供する。その代わり、社員は、シスコの価値観に基づいた行動を自律的に起こしてくださいという約束です。
この考え方には大きく3つの軸があります。
まずConnect everything すべてをつなぐ。会社は社員の成功に必要な人、情報、機会とつながり構築を支援する。社員は、会社の目標やお客様のニーズをつなげ最高の成果を達成する。
次にInnovate everywhere イノベーションを起こす。会社は、新たな発想、目標達成、開発を支える環境を整える。社員は、つながっていないものをつなげ、より良く、よりスマートな未来を追求する。
最後に Benefit everyone 全ての人が利益を享受する。会社は、社員の成長を支援し、貢献を讃える最高のチームをつくる。社員は、知識を共有しあい、互いに助け合い共に、成功に貢献する。
この3つを軸に会社と社員、双方向でコミットしていくことで、社員の自己実現と会社の成長につながると考えています。
たとえば、弊社では在宅勤務などをする際に、週に何回までという規定は一切ないんです。極端に言えば、週5回すべて在宅勤務をしてもいい。その代わり、会社が期待する成果を出してくださいと。
Q成果さえ出ればどんなやり方でも構わないということでしょうか?
宮川:少し違います。弊社のビジョン「世界の人々の働き方、暮らし方、学び方、遊び方をネットワークの力を使って変革していく」を実現するために、重要視している6つの価値観があります。そこに基づいた行動である必要があります。
社員の昇格の判断をする際にも、成果だけではなく、どのように行ったのか、この6つの価値観に基づいているのかを必ずみています。
またこの6つは全社員が常に携帯しているカルチャーバッジに記載してあります。社員は入社をしたときから、ワークショップなどを通して、この価値観を仕事においてどう体現していくのかを考えていきます。
弊社は海外も含めると約7万3000人の社員がいます。国をまたいで一緒に仕事をすることが多く、国籍や働く場所、時間帯も全て異なる社員が一緒に働くためには、共通言語が必要です。ビジョンはもちろん、この価値観はシスコのカルチャーを表す共通言語にもなっているんです。
Q御社ではカルチャーをどのように醸成しているのでしょうか?
宮川:2つの側面からカルチャーの醸成を行っています。ひとつは、いわゆる社長をトップにした役員チームがトップダウンで進めるもの。
もうひとつが、主にダイバーシティーの側面となりますが、アンバサダーと呼ばれるボランティア(社員)がグループをつくり、ボトムアップで推進しているもの。このダイバーシティーの取り組みを弊社ではインクルージョン&コラボレーションと呼んでいます。
インクルージョン&コラボレーションは、6つのコミュニティによって推進されています。社員は誰でも、興味があるコミュニティに参加をすることができます。
各コミュニティのアンバサダーが積極的に社内イベントを企画したり、日々草の根的な活動をすることによってカルチャーがさらに浸透している気がします。普段仕事で関わりのないメンバーや役員と一緒に活動することができるので、組織間の横のつながりができるようになりましたね。
Qプロセス(仕組みや制度)にはどのようなものがあるのでしょうか?
宮川:まず、Connected Recognition という表彰制度があります。表彰というと上が下に一方的に行うイメージが強いと思うのですが、弊社のConnected Recognitionは現場の社員同士がお互い自由に表彰しあえる制度です。5000円くらいまでの報償金であればマネージャーの承認なく、お互いに付与できるんです。
しかも、誰が誰にあげたのかというのが全社員に見えるようになっています。AさんがBさんを表彰したのをCさんが見て「彼は本当にいい働きをしたよね」とさらにコメントすることもできます。これによりコラボレーションの促進にもつながっています。
次に1on1制度です。社員とリーダーが週1回、個別に面談を行う習慣があります。そこでは、仕事と感情をつなげやすくするために以下の内容を中心に振り返るんです。
- 「自分の強みや価値を発揮できたか」
- 「好きだったこと、苦手だったこと」
- 「モチベーションが上がったこと、あまり上がらなかったこと」
- 「タスクリスト、業務のプライオリティ、これからやらなければいけないこと」
- 「リーダーやマネージャーにサポートしてほしいこと」
こうした振り返りを行うことで、リーダーもメンバーのやりたいことを理解したうえでサポートできます。その結果、メンバーのモチベーション向上につながるんです。
さらに、弊社では従業員満足度調査も行っています。2017年に満足度調査を行ったときは、「成長の機会」、「リーダーシップ風土」、「組織横断性」の満足度が低かったのです。
弊社は、社員一人ひとりのキャリア設計にフレキシブルに対応する企業だと謳っていました。しかし、社員の声を聞いてみると「自身でキャリアをつくっていくために新しいポジションを希望したとしても、空きがなく、異動できる機会が少ない」というフィードバックがあったのです。そこで、調査の結果や社員のフィードバックを元に、役員合宿で改善策を討議しました。
討議の中で、課題を改善するには「もう少し気軽にジョブ・ローテションの機会を提供できればいいのでは?」という意見が出ました。ジョブ・ローテーションの機会を提供することで、「成長の機会」だけではなく、「組織横断性」の改善にもつながるかもしれないと。
そして、他部署の人に一定期間同行できる「シャドウイング プログラム」の導入が決定しました。
具体的には、同行したい人をリストより選んで申し込みをすれば、おおよそ3か月の期間中に6時間から20時間の間で、シャドウする側/される側双方で合意した時間数、ミーティングなど選んだ社員の社内外のミーティングや営業活動についていくことができるんです。
Qテクノロジーに関してはいかがでしょうか?
宮川:弊社では、テクノロジーによって場所やツールに制限をされず、いつでも・どこでも・誰とでも・どのようなデバイスからでも・安全に仕事をできる環境を社員に提供しています。
まず在宅勤務。ツールの活用によって通勤時間の削減ができます。弊社は「ワークライフバランス」ではなくて「ワークライフ インテグレーション」という働き方を目指しているんですね。バランスというとどちらかが下がるとどちらかが上がるという関係。インテグレーションは境界を統合していくことです。
例えば、11時から父母会の予定がある社員の場合。在宅勤務ができない会社だと、午前休みを取り、午後から出社、あるいは1日休みを取らなければいけません。しかし、在宅勤務が可能なことによって、8時から家で勤務を始めて、11時ちょっと前から父母会に参加してお昼を食べて、13時から業務に戻るというのが実現できます。仕事と父母会のどちらかだけを選択する必要がなくなるんです。
次に、外出や出張時でも、スマホで8割の仕事ができます。タクシーに乗っているときや海外、国内出張しているときでも、業務に必要な情報にアクセスでき、隙間時間を有効活用できます。
続いて、会議設定を簡単にすることができます。ある研究によると、日本のビジネスパーソンは平均月に13時間も会議設定までの時間に費やしているそうです。会議時間そのものではなく、その設定までの時間です。必ず出席者全員がその場に揃うことを目的とすれば当然それだけ調整は大変になります。弊社ではツールを活用して会議設定の時間を短縮しているだけでなく、どこからでも会議に出られる企業文化が根付いているため、劇的に会議設定までの時間を短縮することができます。
最後に、無駄な会議の削減。通常であればEメールでやりとりし、会議日程を調整して、資料を印刷してということが必要になる。しかし、チャットツールやクラウドなどを活用すれば、会議をしなくても業務を進めることができ業務を効率化できます。
例えば、私はよく社内の人から外部の講演を頼まれるのですが、事前の打ち合わせはほとんどしていません。「どういうお客さんが、何を求めているのか」といった準備に必要な情報を事前に社内のチャットツール等でやりとりし共有してもらえるからです。必要な情報がすべて揃えば会議をする必要性を感じません。
Qテクノロジーを活用する上で注意すべき点はありますか?
宮川:ツールを活用して在宅勤務をする場合は注意が必要です。子育てや介護と仕事の両立を支援する上で在宅勤務の導入はいいことだと思います。ただ在宅勤務者以外の人はみんな社内の会議室から会議に出席していて、それが当たり前の企業文化の中、ひとりだけ家からWebで会議に参加していると、在宅勤務者はどうしても肩身が狭く、やりづらさを感じてしまいます。
在宅勤務制度の導入は、「会議で重要なのは出席する場所ではなく、参加者のインプットアウトプット」という文化の醸成とセットで考えることが大切です。弊社では、「People Deal」が浸透していることとコミュニティによる活動によって実現できています。
宮川:働く時間は人生の3分の1くらいになると言われています。仕事が自己実現や成長につなげられる場所だと、人生が充実していい仕事ができる。だからこそ、社員のやりたいことと、仕事をうまく結びつけられる環境を用意することを大切にするといいかもしれません。
Qお話を伺っていて、いい意味で公私混同できる会社が「働きがいのある会社」なのかもしれないと思いました。
宮川:そうですね。仕事の自分と、それ以外の自分が分断されてないほうがいい。ありのままの自分が出せる環境というか、最終的に自分は自分ですから。個人としての自分の強みは仕事としても活きるはずですし、その逆もしかり。自分がやっていてワクワクするようなことの根源は、仕事でも個人としても、何かしらの共通項があるはずなんです。どのようなことであれ、そのワクワク感や強みから湧いてくるアイデアが会社のイノベーションを支えるものになると思っています。
- 労務・制度 更新日:2018/09/12
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