学び直しのコストは誰が負担する? リカレント教育を会社に取り入れるためのポイントとは
人生100年といわれる時代。入社時と現在とでは、ITが進化し職場で必要とされるスキルや経験が変化していることも多いのではないでしょうか。
この変化の早い現代において、業務に必要なスキルを身につけるためには、社員の「学び直し」や「資格取得」が必要になる場合も多いです。しかし、現実的に会社として気になるのは、費用負担のことではないでしょうか。
今回は、生涯教育(リカレント教育)についてご説明するとともに、社員が業務上必要な勉強をおこなう際の費用負担のポイントを解説します。
リカレント教育は、もともとスウェーデンの経済学者ゴスタ・レーンが提唱した概念であり、義務教育が終わった後に、「教育」と「労働」のサイクルを繰り返し行うというものです。
現在も研究が進められている分野ですが、海外の場合は主に「中・長期に渡って職場を離れて学校に行き直す」ことを指します。
一方、日本のリカレント教育では、あくまで「労働」をメインに考える傾向があります。そのため、キャリアを中断して大学などの教育機関で勉強し直す、というのはあまり見かけません。
日本のリカレント教育は、仕事に関連した生涯学習として語られることが多い印象を受けます。
日本・海外を問わず課題となっているのは、「教育費を誰が負担するか」ということです。
労働者としては、費用の全てを負担して学び直すというのは難しいでしょう。特に、日本型のリカレント教育の場合は業務で必要な知識を学んでいるのですから、その分の費用は会社に負担してほしいと思うところです。
一方、企業としては、せっかく教育のコストをかけたとしても、すぐに辞められてしまっては困ります。「実際に教育のコストを、その後の業務でペイしてもらわないと教育の意味がない」と考える企業は少なくないでしょう。
単に資格取得を奨励する制度があるだけでは、資格取得のための勉強時間について給料を払う必要があるとはいえません。しかし、ケースによっては、資格取得のための勉強時間も労働時間に算入される場合があります。
平成 29(2017)年1月 20 日に発表された「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」によると、「参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講」、また「使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間」は「労働時間」であるとしています。
「使用者の指示により」という部分も注意したいポイントです。たとえば、「自主研修」という名前が付いているのに、勉強時間について具体的な指示をしていた場合については、使用者の指示があったとみなされ、労働時間としてカウントされる可能性があります。
一方で、「〇〇〇検定試験に合格するように勉強してください」という指示を出したとしても、その勉強方法が個人に委ねられているケースについては、使用者の指示があったとまではいえず、労働時間としてカウントされない場合もあります。
過去の判例「NTT西日本ほか (全社員販売等)事件」(大阪地裁2010年4月 23 日判決)では、社員のWEB学習の時間が、労働時間であると認められました。この判決では、以下の点がポイントとなりました。
- 会社が社員の学習時間を把握している
- 学習内容は、会社の業務と密接に関連している
- 市販の書籍では勉強できない内
- 会社固有の仕様で作られていた設備についての内容が含まれる
- 人事評価の参考資料(チャレンジシート)への記入が求められていたこと
これらの点だけでも、会社がかなりの程度、資格取得に積極的に関与していたと思われます。また、この会社に在籍しているからこそ必要になるような内容の勉強をしていたともいえるでしょう。
このようなケースでは、資格取得のための学習時間は労働時間にあたります。
リカレント教育では、「業務に必須のスキルといえるか」、また「会社としてどこまで社員の学習に関わるのか」という点がポイントです。
その学習が業務に必須でなければ、学習時間は労働時間としては認められないでしょう。また、「勉強したい人はどうぞ。合格(もしくはコースの修了など)したら奨励金があります。」という程度であれば、会社の関与の度合いが少なく、厚生労働省の見解にも特に当てはまらないので、こちらも勉強時間について給与を払う必要はないでしょう。
勉強に必要な経費にも、さまざまなものがあります。例えば、市販の書籍を使って資格取得を目指すのであれば、書籍代がかかります。
このような経費について、会社負担にすべきであるという明確な根拠はありませんが、業務上必須のものであれば会社の経費で支給されることが多いのではないでしょうか。
一方で、特にそこまで必須のものではなく、個人に任されている程度のものであれば、個人負担でもよいでしょう。
例えば、もし最初に入社した企業で定年まで勤め上げるとしたら22歳から65歳まで会社に在籍することになります。変化の速い現代では、22歳の時に学んだ知識は、65歳になった時に通用するとは限りません。
今の社会に合わせて再教育をしていかなければ、優秀な人材であっても十分に活躍できない事態になってしまいます。
もちろん、学び直しの重要性は、業種にもよるところが大きいです。手工業など、一定のスキルを高め続けていく職種もあるでしょう。
新規採用と再教育のコストを比較して、どちらが合理的か考えてみる価値はあります。
会社が再教育のコストを負担する場合、「再教育後すぐに転職されては困る」という意見もあるでしょう。
この場合、会社がいったん再教育のコストを支払っておき、条件を満たせば返済を免除するという手法(金銭消費貸借契約)があります。教育費を会社が払った後、5年間は勤務を継続するというような条件がついた契約です。
こうすることで、少なくとも会社が希望する期間中は会社に残ってもらえる確率が高まります。もし、残ってもらえなくても、教育費を負担したことによる損は抑えられるという仕組みです。
社員の資格取得のための金銭消費貸借契約を締結する場合、以下の点に留意し、契約書を作成してください。
- 資格取得の目的……何のために資格を取得するのか、何の業務に必要となる資格か。
- 費用貸与の趣旨……なぜ貸与するのか。
- 会社が費用負担する範囲……通信教育の費用なのか、受験料なのか。
- 貸与限度額・貸与年数・返済方法・利息取り扱い等……資格取得後、何年経ったら返済を免除するなどの規定。もし資格取得後に退職する場合、貸与資金を返還しなければならないが、その場合の利息についての取り扱い。
- 労働を不当に拘束するものではないこと……会社からの資格取得は命令ではなく、あくまで個人の取り組みである、ということが趣旨ですので明記しておきましょう。

今回は、リカレント教育とコスト負担について紹介しました。「人生100年時代」を迎え、働く期間が長期化していく一方で、昨今は技術の進歩が非常に速いため、仕事で必要な知識やスキルをアップデートしていく必要があります。
リカレント教育を会社に取り入れるためのポイントは、労使双方にメリットのある制度・運用方法を作ることです。
リカレント教育の必要性はわかっていても、なかなか踏み出せない場合は、再教育のコストと新規採用のコストを比較してみてください。そして、再教育をしてもすぐに辞められたら困る、という場合は契約で一工夫をするのはいかがでしょうか。
企業にとっても、労働者にとっても有益なリカレント教育の仕組みを構築していきましょう。
- 人事・労務 2021/01/06
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