優れた人材の退職を防ぐシンプルな戦略
『Love “Em or Lose “Em』-「従業員を愛するか、それとも失うか」というタイトルからも分かるように、この本で紹介されている戦略は従業員を深く理解することが基本になっています。まずは、その戦略を本の目次どおりアルファベット順にあげてみましょう。カッコ内は各章の内容を一言で表しました。
- Ask: What Keeps You? (従業員に仕事を続ける理由を尋ねる)
- Buck: It is Stops Here(部下を愛する管理職になる)
- Careers: Support Growth(従業員が望むキャリアアップのサポートをする)
- Dignity: Show Respect(敬意を持って従業員に接する)
- Enrich: Energize the job(仕事に価値や活力を与える)
- Family: get friendly(ファミリーフレンドリーになる)
- Goals: Expand Options(キャリア成功のためのゴールを決める)
- Hire: Fit is It(企業に合う人材を採用する)
- Information: Share it(情報を共有する)
- Jerk: Don’t be One(嫌な人にならない)
- Kicks: Get Some(職場を楽しくする)
- Link: Create Connection(つながりを作る)
- Mentor: be One(メンターになる)
- Numbers: Run Them(退職や採用のコスト意識を持つ)
- Opportunities: Mine Them(従業員に機会を与える)
- Passion: Encourage It(従業員に情熱を持たせる)
- Question: Reconsider the Rules(ルールを見直す)
- Reward: Provide Recognition(功績を認める)
- Space: Give It(スペースを提供する)
- Truth: Tell It(真実を語る)
- Understand: Listen Deeper(深く聞き理解する)
- Values Define and Align(価値の定義と調整)
- Wellness Sustain It(ウェルネスを維持する)
- X-ers and others Handle with care(世代による違いを知る)
- Yield Power Down(パワーダウンする)
- Zenith go for It(自己評価を繰り返し、進化し続ける)
26の戦略を一つずつ参考にすることもできますし、自分の行動に合わせ、いくつかの戦略を組み合わせてもいいでしょう。ここでは一例として、26の戦略の概要を行動に合わせてご紹介します。
例えば、従業員に現在の仕事を続ける理由を聞いてみましょう。コンピューターかスマートフォンに全従業員の回答を書き写したノートを作ります。毎月、そのノートを見直して、自分が従業員のニーズに沿うように行動できたか反省します。また、ステイインタビューを実施するときに、次のような話し合いのポイントを書いた招待状を渡して従業員に尋ねる内容を考えてもらっておくことも提案されています。
- あなたが、ここで仕事を続ける理由は何ですか?
- どんなことが理由で退職を考えてしまいそうですか?
- 職場であなたをやる気にさせることは何ですか?
- 私たちはあなたの才能を十分に生かせていますか?
- あなたの成功の妨げになるものは何ですか?
- あなたをもっとサポートするために私が変えられることはありますか?
直接本人に尋ねずに推測してはいけません。ボーナスを上げれば従業員が喜ぶだろうと推測してボーナスを上げたところで、ほかに問題があるときには、従業員は退職してしまいます。必ず本人から直接意思を聞かなければいけません。
職場にキャリアアップの機会があることは、従業員が定着する理由になりやすいという調査結果が世界中で見られます。従業員のキャリアアップをサポートするために、管理職に何ができるでしょうか。この本では、日ごろから次の5つのステップを意識することを勧めています。
- 会話を通して従業員の才能を知る
- 従業員に対する周りの評価、伸ばすべきスキルなどのフィードバックを与える
- 従業員に部署を超えてキャリアを考えるよう促し方向性を話し合う
- 現在の仕事を続けつつ、複数のキャリアゴールを見つけるのを手伝う
- アクションプランを一緒に作る
調査によれば、従業員は昇進するかどうかより、チャレンジする環境や新しい経験ができなくなったときに退職しやすくなります。従業員に昇進の機会がない場合でも、現在のポジションで成長できる方法を見いだしたり、社内移動や配置転換をしたりと、前進ができるように考えてみるといいでしょう。また、はっきりとした目標が決まってないときには、ほかの部署へ一時的に移動して可能性を試してみるのもいいでしょう。もし、現在のポジションが重荷になっているときには、一歩下がってストレスを軽減することで、新しい機会を発見できることもあります。
著者がステイインタビューをするときの最も好きな質問は「今年は何を学びたいですか?」だといいます。才能のある人材は、いつでも何かを学びたいと思っているものです。職場を充実させることで、従業員の成長や挑戦を助け、仕事を辞めることなしにチャレンジできる環境を作ります。
従業員が試したり創造したり新しいアイデアを実行する余地を与えること。個人とチームを向上させるゴールを設定すること。従業員が自分の貢献した仕事の結果を見られるようにすることなども、その手助けとなるでしょう。
従業員が持つ価値観と企業が持つ価値観が合っていることは、その人が定着するかどうかに影響を及ぼします。従業員が、仕事のどのような面に満足しているか聞いてみましょう。誰かの役に立つ仕事だから頑張れるのでしょうか? 学んだり、挑戦したりできる環境だから頑張れるのでしょうか? また、従業員が企業の価値観を信じて入社したのに現実とは違っている部分はないでしょうか?
従業員をよく知るには、理解することに時間をかけ、耳を傾けることです。自分のリスニングスタイルを知り、もっとよくするように努力します。
- 話をさえぎっていないか
- 自分を守ろうとしていないか(議論を始める前に、相手の言うことをよく聞くこと)
- 相手が言っていないことまで想像で受け取っていないか
- 話が脱線していないか
- 説教をしていないか(求められていないアドバイスをしていないか)
- がっかりさせていないか(意見を否定していないか)
- ほかのことをしながら話を聞いていないか
採用活動で情熱があり企業に合う人を採用しておけば、仕事を始めてからも定着率は高くなります。職場にぴったりな人材を見つけましょう。
- 募集する職務内容を必要なタスク、特色、行動様式などから分析し、職務に合った人材を特定する
- 職務に合った人材を特定できる行動質問を含めたインタビューガイドを作る
- 面接にほかの人も参加してもらう(違う角度から候補者を見る)
- 性格と技能を検査できるテストの導入を検討する
募集広告、採用活動、面接や研修に割く人員や時間、失われる顧客や売り上げの概算などを含め、一人の従業員が辞めてしまったときにどれだけコストがかかるか数字で表します。コスト意識を持てば、才能のある人を退職させないことの大切さが分かるでしょう。
性格や態度は人によるもので、一人一人に合わせて接することが大切ですが、マーケティングと同じように世代の特色を知っておくと参考になることもあります。
- ミレニアル/ジェネレーションY(1977-1988生まれ)デジタルネイティブでテクノロジーやマルチタスクに強い。仕事には金銭よりも、柔軟性や自由、成長を求める人が多い。
- ジェネレーションX(1965-1976生まれ)中間管理職になっている層。仕事で何が期待されているかをはっきりと知りたい。そして結果を出すためには、自分の好きな時間に自分のやり方で仕事ができるスペース、リソース、自由が必要であると思っている。
- ベビーブーマー(1946-1964生まれ)そろそろリタイアを考える年齢になり、人生の意味を再び考えている。子育てと介護の板挟みになっていることもある。一方で子育てが終わり自由な時間やお金が増え、いつどのように楽しもうか考えている人も。
- マチュア(1933-1945生まれ)一般には退職していると思われている年齢だが意外と多くの人が働いている。知識と経験があるので、人材不足のときにマチュア世代を雇用できるようシニア世代の人材を紹介する機関と提携する企業も多い。
チャイルドケア施設や同等のサービス、フレックスタイム、ジョブシェア、テレコミュニケーション、介護援助、産休・育休の延長や父親の育休、クリエイティブな育児支援制度などが職場にありますか? どうしても子どもを預ける場所がないときに従業員が職場に子どもを連れてくることができる、子どもの学校行事や家族の看病のために仕事を抜けられるようにするなど日常的なサポートができるといいでしょう。
上層部の考えや組織の文化、経営哲学など、どんなことでも従業員と共有するようにします。特に組織改革(ダウンサイズ、合併、吸収合併)のような大きな変化が訪れているときには小まめに情報を共有しないと従業員が不安になり退職につながります。従業員を守ろうとして情報を出さないと裏目に出ます。不安を取り除くほうが大切です。
楽しさに包まれた職場は熱意を生み出します。そして熱意のある従業員は生産性を上げ、顧客の満足度も向上します。また、仕事に対する熱意は、企業に対する前向きな姿勢を生み、有能な人が辞めにくくなります。プロの仕事と楽しさが調和しないということはありません。お金をかけて大がかりなイベントをしなくても、日ごろから同僚同士が笑顔で話せるような気持ちのよい職場であればいいのです。
イノベーションが大切だと言われますが、職場のルールを変えなければ、新しい考えを実行できないことがあります。従業員は、自分のよいアイデアや革新的な解決策を試したいと思っているものです。そして上司にそれをサポートしてほしいと願っています。ルールに縛られるのではなく、定期的にルールを見直して、従業員が働きやすい職場にしましょう。
金銭だけがモチベーションを上げるわけではありません。功績を認め、感謝の言葉をかけることで、従業員のモチベーションが上がります。チームメンバーの前で表彰することや、目標達成を祝う食事会などもいいアイデアです。
従業員が自由を感じるスペースを提供することで居心地よい職場環境になります。スペースには、精神面の空間を表すインナースペースと、物理的な空間を表すアウタースペースがあります。インナースペースは、自分の意思で動ける、時間を自分で管理できる、新しい方法で働いたり考えたりできるといった精神的な自由が改善の条件です。そしてアウタースペースは、ワークスペースのデザインを考える、働く場所を自分で選べるようにする、休憩時間や服装を自由に選べるようにするといったことで改善されます。
従業員は彼らのパフォーマンスや組織の真実を話してほしいと思っています。そして彼らも真実を話したいと思っているはずです。正直なフィードバックは才能のある人を引きつけ成長させます。
運動する機会を提供する、ストレスマネジメントの講習会を開くなど心と体の健康を維持する努力をしましょう。ワーク・ライフバランスを考えることもウェルネスの維持につながります。
成果を上げようとして従業員にプレッシャーを与え続けてはいけません。ときには譲歩が必要です。そうすれば、従業員は自分自身で考えることができるようになり、創造性や熱意が湧きます。そして、おそらく生産性を高めることができます。 人が足りない時に以前と同じ成果を出そうとしないなど、柔軟に考えることが大切です。
複数の調査機関で従業員が自主退社する理由に上司の影響があるという調査結果が出ています。従業員の定着には上司とよい関係を持てることが非常に大切です。
従業員が定着する職場には、彼らが職場に望んでいることを聞き出しその実現を手助けできる管理職がいます。ただし、その責任は一人だけにあるのではありません。シニアマネジメントと、組織のポリシー、システム、文化も人材を引きとめる力に影響します。
例えば、肌の色、身分、教育、身長や体重、職位、アクセント、出身地、物覚えの良し悪し、性格、宗教、労働組合に入っているかどうか、仕事ぶり、年齢、性別、ライフスタイル、性志向、才能など、何かの特徴を持つ人を差別したり、優遇したりしていないでしょうか。敬意を持って従業員に接するためには、自分の感情のアップダウンをコントロールすることも必要です。感情のコントロールが上手くいかないときは、落ち着くまでほかの人から離れます。それでも問題があるときにはカウンセラーの力を借りるのもいいでしょう。
怒鳴る、屈辱を与える、話を聞かない、完璧を求める、敬意に欠ける、信頼を裏切る、興味を示さないといった態度が自分にあるかどうか見直します。
誰でも自分がつながりを感じている職場は離れがたくなります。そのつながりを手助けしましょう。組織内の勉強会やソーシャルグループを従業員に紹介してみるといいでしょう。
メンターがいる従業員は仕事を続ける可能性が2倍になるという調査結果があります。そして生産性も上がります。まずは、よいことをしている従業員を次の3つのステップで褒めることから始めましょう。
- 認知-何かに気がつく (上手にできていますね。)
- 言語化-言葉に表す (こういう仕事をもっとやってみたいですか?)
- 行動-何か行動を起こす(このスキルを上げるための講習に参加してみますか?)
著者の研究によれば、従業員の定着を促すためには、他のどの要因よりも、挑戦できる機会、有意義な仕事をする機会、そして従業員に留まるように説得する機会があることが重要です。従業員のために、そのような機会を作れる上司になりましょう。
才能のある人は、情熱を持てる仕事を好みます。従業員が自ら情熱を持って取り組めるように上司が働きかけましょう。それにはまず、従業員が何をすることが好きか、何に情熱を持っているか聞くこと。採用試験でも、その仕事がやりたいという情熱を持っている人を選ぶといいでしょう。
著者曰く、この章がこの本のなかで最も重要です。継続的な改善と持続可能性に焦点を当て究極のゴールを目指しましょう。具体的には、26の戦略が上手くいっているか見直し、To Doリストを作り、さらなる挑戦を続けます。この継続が優秀な人材を引きつけ定着させる文化を作るのです。
シンプルで分かりやすい26の戦略は、従業員の定着率を上げたいときや、職場の環境改善を目指しているときのチェックリストとしても便利です。第5版は日本語に翻訳されていませんが、過去に『部下を愛しますか? それとも失いますか?』というタイトルで旧版の日本語訳が出版されていました。英語版でも分かりやすい本ですが日本語で読みたいという方は探してみるといいかもしれません。
タイトル Love ‘Em or Lose ‘Em: Getting Good People to Stay : 5th edition
著者 Beverly Kaye, Sharon Jordan-Evans
出版社 Berrett-Koehler Publishers(5版 2014/1/6)
ISBN-10: 160994884X
ISBN-13: 978-1609948849
- 人材採用・育成 更新日:2020/06/17
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