雇用情勢の「先」を読む経済統計~指標で押さえるべき3要素〜失業率(上)~
新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)により、経済情勢は厳しさを増しています。企業でも、この先の採用計画をどうするか頭を悩ませているところが多いのではないでしょうか。
そんな不透明な時代に、「一歩先」を読む上で欠かせない道しるべが経済統計(景気指標)です。ただ、その意味を読み解くには一定の知識とコツが必要。
そこでこの連載では、雇用関連を中心にデータから経済の現状や先行きを分析する手法を解説します。初回〜第3回では、指標の中で特に注目を集める「失業率」を例に、数値の基本的な見方や気を付けるべきポイントなどについて解説します。
なお、この連載では専門用語がたくさん出てくるため、最後に改めて解説をまとめています。
8月17日、日本の国内総生産(GDP)の速報値が発表されました。新型コロナの影響により、4~6月期の実質GDPは年率換算で前月比27.8%減と戦後最大の落ち込みを記録しました。
ただ、「マイナス27.8%」という数値だけを見て景気状況をイメージできた人は、かなりの経済通でしょう。
戦後最大の落ち込みだったという解説を聞けば深刻なことは理解できるものの、「実質」や「年率換算」といった見慣れない言葉に戸惑った人が多いのではないでしょうか。
それに比べ、同じ統計でも「失業率」はイメージしやすいかもしれません。例えば25%と聞けば、「4人に1人が失業しているのか。それは深刻だな」と直感的に分かります。
自分の生活に引きつけて受け止められるので、GDPより失業率の方が一般の人の景気実感にも近いでしょう。
そんな失業率ですが、次に示すような新聞記事を見るとお堅い言葉がたくさん出てきて、決して読みやすいとは言えません。
総務省は7月31日、6月の労働力調査の結果をまとめた。完全失業率(季節調整値)は2.8%と前月比0.1ポイント低下し、7カ月ぶりに改善した。
完全失業者数(同)は前月から約3万人減ったものの、原数値の前年同月と比べると約33万人増えた。
これは筆者がプレスリリースを読んで書いた架空の速報ですが、テレビ報道の内容や新聞記事も、おおむねこんな感じだと思います。
どうでしょう。短い文章なのに見慣れない言葉がたくさん出てきて、うんざりしたのではないでしょうか。
「完全」失業率ということは別の失業率が存在するのかな? 失業者数の「前月比」と「前年同月比」で増減が異なるのはどうして? 「季節調整値」と「原数値」の違いは? などなど、次々に疑問も湧いてきます。
こんな調子なので、経済統計に関する記事は人気がありません。仕事で使う人や投資をしている人はともかく、ほとんどは見出しだけ読んで「ああ、景気が良く/悪くなっているんだな」と感じる程度でしょう。
実はかく言う筆者自身も、日本経済新聞の記者になる前はそうでした。経済学を修士課程まで学び、日経新聞を購読していてもその程度だったのですから、この手の記事を敬遠する人の気持ちはよく分かります。
しかし筆者の場合、入社直後からそのツケが回ってきました。いきなり経済統計の解説記事を書く部署に配属されてしまったのです。
経済学を勉強していたので、GDPや失業率などの定義については一通り知っていました。しかし、実際に取材をしてみると同じ統計でもデータの加工方法によって様々な数値があり、それぞれ使い方が決まっているのです。
慣れないうちは、記事で取り上げるデータを役所のホームページから探し出すだけで四苦八苦した覚えがあります。この記事を読んでいる方も、もしかしたら同じような苦労をしている最中かもしれません。
今回は、自分がつまずいた経験を踏まえて、記事やデータを見る前に最低限、押さえておかなければならないポイントについて紹介しましょう。
新しい統計について調べるときは、まず3つの基本要素を頭に入れてください。それは、①発表主体、②発表時期、③主要数値—です。これらを知るだけでも、かなり効率的に分析することができるはずです。
例えば、完全失業率の場合は次のようになります。
①は、記事を検索する際に知っておくと便利な情報です。と言うのも、失業率のようなメジャーな指標の場合、名称だけでキーワード検索すると、あまり関係のない記事もたくさんヒットしてしまうのです。
米国や中国の失業について触れた記事も出てくるでしょう。その場合、「総務省+完全失業率」のように発表主体を加えて検索します。
指標の発表を受けて書かれた速報や解説記事では、記者は必ず「〜が発表した」と調査機関の名前を盛り込むからです。
これは、地元の景気指標について書かれた記事を探す際にも有効です。例えば財務省と内閣府が共同で発表する「法人企業景気予測調査」という統計があります。
全国についての数値が発表されますが、それとは別に、財務省の出先機関である「財務局」も担当地域ごとに数値を発表します。
例えば、近畿2府4県の結果を調べたいときには、統計名に加え発表主体である「近畿財務局」でキーワード検索すれば関連記事がすぐに見つかるわけです。
②も、データを効率的に探すために必要な情報です。統計のほとんどは「月次」か「四半期(3カ月ごと)」で発表されています。
例えば完全失業率は全国ベースの数値が毎月発表される一方、都道府県別は四半期(1〜3、4〜6、7〜9、10〜12月)の平均値が発表されています。
こうした間隔に加え、月内のいつごろ発表されるかも知っておくと記事やデータを探す作業がはかどります。発表予定については役所や証券会社などのサイトにまとめられているので、合わせて使うといいでしょう。
最も重要なのが③です。例えば前掲の速報記事のように、完全失業率なら「季節調整値の前月比」に注目します。
一方、GDPであれば「季節調整値の前期比を年率換算した数値」です。実は同じ統計でも「原数値の前年同月比」「季節調整値の前月比」など、様々なデータが発表されるので、そのうちどれが最も注目されるかを知っておく必要があるのです。この知識がないと、原データを探す際に戸惑うことになります。
どれが最も注目されるデータかは、役所のホームページには書いてありません。そこで統計の発表を報じる新聞記事を探し、「どのデータを第1段落の最初に取り上げているか」を調べます。
新聞記事の第1段落は「リード(前文)」と呼ばれ、最も重要な情報は全てここに書くことになっているからです。
全国紙や地方紙のサイトであれば、取り上げているデータはだいたい同じはずです。迷った場合は日経新聞の記事を参考にするとよいでしょう。
なぜ、一つの統計に複数の加工データが存在するのでしょう。理由の一つは「季節の影響」を取り除くためです。
経済統計の多くは毎年決まった時期に同じパターンを示します。
例えば、チョコレートの売上高はバレンタインデーがある2月に増えます。ですから、2月の売り上げが前月比で大幅に伸びたとしても「消費が活発になった」とは言えません。その場合は「前年の同じ月と比べて増えたか減ったか」を見る必要があるのです。
ただ、景気の転換期などには、前月からの変化に注目したいときもあります。その場合は、原数値から季節要因を取り除いた上で比べなければなりません。
この操作が「季節調整」です。詳しい説明は省きますが、統計処理によって季節による特定の変化をデータから取り除くのです。
言い換えれば、原則として前月(期)比は季節調整値、前年同月(期)比は原数値を用いて計算します。前掲の記事で「完全失業者数(季節調整値)は前月から約3万人減ったものの、原数値の前年同月と比べると約33万人増えた」とあるのもそのためです。
1年スパンで見ると失業者が増えているものの、5月から6月にかけてという短期では若干、減ったことが分かります。このように足元の景気の微妙な変化を見るときは前月比、もう少し長いスパンで傾向を捉えるときには前年比を使うと覚えておくといいでしょう。
用語解説
- 【GDP】:国内総生産。ある国で一定期間(基本的には1年間)に生み出された付加価値の総額。国の経済規模や景気などを判断するために用いられる。GDPが前年に比べどれだけ増減したかを表す比率が経済成長率。
- 【(GDPの)年率換算】:ある四半期(3カ月)の増減ペースが1年間続いた場合のGDP(国内総生産)成長率。一般にGDPの規模やその成長率は1年単位で表すので、比較しやすいよう単位を揃える。
- 【労働力調査】:総務省が国内の就業・不就業の状況を把握するため毎月実施している、全国約4万世帯を対象とした調査。産業別、雇用形態別、年齢階級別など様々なデータが発表されるが、中でも完全失業率は主要統計の一つとして国の景気判断などに用いられる。
- 【法人企業景気予測調査】:財務省と内閣府が実施する資本金1千万円以上の法人を対象にした景況感や業績に関する調査。年4回実施しており、四半期ごとの結果を原則6月、9月、12月、3月の中旬までに公表する。
- 【原数値】:季節調整や指数化など統計的な処理を加えていない生データ。時系列の数値のセットを「原系列」と呼ぶこともある。前年比を計算する場合はこの数値を使うことが多い。
- 【季節調整値】:統計から、気候の変化や年中行事などによって毎年決まった時期に起きる変化の影響を取り除く処理。(前年比ではなく)前期比の増減を計算する場合は、この季節調整値を用いる。略して「季調値」などと呼ぶこともある。
- 経営・組織づくり 更新日:2021/01/27
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