採用活動にも生きるインターナルブランディング|Branding Inside Out
インターナルブランディングとは、従業員やステークホルダー(顧客、従業員、株主、取引先など企業経営の利害に関わる人)に、ブランドの価値や企業の目標を浸透させる活動です。
『Branding Inside Out』には、従業員が企業のブランド維持と繁栄に重要な役割を担うというアイデアを軸に、様々なインターナルブランディングのアプローチ方法が解説されています。
実際に現場で企業ブランディングに携わる複数の専門家、大学教授、研究者が執筆を担当し、バラエティに富んだインターナルブランディングのモデルと実例を同時に知ることができます。
編纂を担当したニコラス・インド氏は、これまでにも複数の企業ブランディングに関する書籍を出版してきました。現在は、ノルウェーのクリスティーナ大学で准教授を務めるほか、エクイリブリウム・コンサルティングのパートナーとしても活動しています。
「企業がブランドをコントロールできない」という言葉には、ネガティブな印象があるかもしれませんが、そうとも限りません。
これは、インターナルブランディングの権力がステークホルダーに移っているということを表しています。
もちろん企業の戦略や製品とサービスの設計などは、いまでも上級管理職による影響力が大きいでしょう。しかし、旧来のように組織内部の人がブランドを定義するという構造とは変わってきています。
例えば、私たちは企業の公式ウェブサイトだけでなく、従業員のブログやソーシャルメディアのディスカッション、オンラインのファンコミュニティなどからも企業ブランドを知ることになります。これが「企業がブランドをコントロールできない」状態です。
1990年代に、マッキンゼーが「人材獲得戦争」という言葉を使い始めました。2000年のドットコムクラッシュで一度は下火になったものの、いま再び人材獲得戦争が起きています。
例えば大手テクノロジー企業、コンサルティング会社、そして新しいスタートアップはすべて、同じテクノロジー系の才能の獲得を競っています。
人材獲得戦争のなかで、企業は優秀な人材を引きつけるだけではなく、辞めさせずに保持する方法を考えなければなりません。
そこで90年代の人材獲得戦争で生まれたコンセプトが、魅力的な人材を引きつけるための採用ブランディング(雇用主ブランディング)です。
企業ブランディング、インターナルブランディング、採用ブランディングと、似たような言葉がたくさん出てきてしまいました。それぞれ分けて考える研究者もいますが、インド氏は全てをまとめて「企業ブランディング」として考えるべきだと説きます。
そして企業のブランドは従業員によって理解され、サポートされる必要があります。このプロセスがインターナルブランディングです。
現代の人材獲得戦争では、欲しい人材に合わせた魅力的な方法でアピールする必要があります。
しかし、どんなに素晴らしい企業文化、リーダーシップのスタイル、働き方を、求人キャンペーンで並べてみても、実際の職場に相違があれば、ブランドに期待して入社した求職者は、すぐに辞めてしまうかもしれません。
採用活動をするときに忘れてはいけないことがあります。
それは、求職者が雇用主のブランドキャンペーンだけではなく、製品パフォーマンスの解説を読んだり、会社の財務パフォーマンスを記録したり、友人や従業員に企業について聞いたりするということです。
組織の透明性のためには、企業はあらゆる分野で一貫して優れていなければなりません。ブランディングの活動に色々な名前をつけても、全てが関わり合っているので分けて考えることができないのです。
むしろステークホルダーの期待と実際の経験が一致するようブランドを統合する必要があります。
ブランドの価値を高めるための継続的な活動をブランドマネジメントといいます。
ブランドマネジメントのためには、企業のリーダーシップ、人事(採用活動)、組織内のコミュニケーション、組織外のコミュニケーションの全てが企業ブランドを軸に実行されていなければならず、組織全体で取り組む必要があります。
すなわち、企業ブランドに沿った採用活動をすることが、企業ブランドの価値を高めることにもつながるのです。それでは、人事担当者が意識するべきブランドマネジメントをあげてみましょう。
- 求人広告や就職面接で企業ブランドを伝達すること。そして、個人のアイデンティティと企業ブランドのアイデンティティが似ていることを選考基準に加える。
- 新入社員のオリエンテーション、研修、イベントを企画するときに、企業ブランドを軸に考える。
- 企業ブランドに合ったトレーニング、イベント、コーチング、メンター制度を実施する。ブランドの志向に合うボーナスシステムを設定し、評価、昇進、解雇などの基準も企業ブランドに関連させて決める。
90年代にパタゴニアというアウトドア用品を手掛けるメーカーが「ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する」という企業の目的と「品質、誠実、環境保全、因習に縛られない」という4つの価値を掲げました。
インド氏は当時そのことにとても衝撃を受けたといいます。しかし今では、そのような目的や価値を掲げる企業は一般的になりました。
パタゴニアの例から分かることは、企業の目標や価値が、無理に押し付けられたものではなく、そこで働く従業員個人の信念と非常によく似ているということです。
パタゴニアは従業員の価値観に近い目的を遵守し、それを外の世界に宣伝しています。当然のことながら、そのことは志を同じくする人々を引き付ける傾向があります。
こうして、入社した同僚とも目的や価値を通して共鳴し合い、ブランドをさらに高めることができるのです。
パタゴニアでは、目的と価値観に基づいて構築されたフレームワークを作成することによって、従業員が独自の条件で仕事を遂行し人々に革新を促しています。この一連の流れは理想的なインターナルブランディングといえるでしょう。
パタゴニアの成功のポイントは、企業の過去を振り返り、未来を想像したこと、そして分かりやすい目標と価値を掲げたことだとインド氏は指摘しています。
ダークセン氏は講義で受講者の感情をつかむために、次のようなコツをあげています。
- ストーリーを語る
- 驚きを与える
- ビジュアル、ユーモアを取り入れる
- コラボレーションやグループ活動を入れる
何かを説明するとき、事例や寓話を使うなどストーリー仕立てにすることで、聞く人の注意を引きつけ心に残るようになります。
ほかにも、予告なしに理解力を試すクイズ大会を始めるサプライズ演出をする、教材のビジュアルを多くする、身近な話題やユーモアを取り入れるといったことが受講者を引きつけるきっかけになるでしょう。
また、同じことを学んでいる別の組織の人たちと一緒に集まって勉強会を開く、活躍中の先輩技術者を特別ゲストとして招待するなどのコラボレーションや、クラスのなかでのグループ活動など、ほかの人と関わる学習体験も集中力を高めます。
技術を覚える2大要素は、練習とフィードバックです。技術を教えたいときには、受講者が自分でやってみたことに対してアドバイスをするというパターンを取り入れるといいでしょう。
そのとき、新しい情報を一度に与えてしまうと混乱します。一つできたら次に進むというように少しずつステップアップするイメージで講義をデザインします。
● アディダスの採用ブランディング成功例
フォガティー氏が入社した当時、アディダスはデザイナーの採用に苦心していました。そこで彼のチームはデザイナーを引きつけることに集中し、当時はまだめずらしかったマイクロサイトを用意することにします。
企業WEBサイトとは別に、デザイナーの採用だけに目的を絞ったマイクロサイトは、ビジュアルを重視し、アディダスで活躍するデザイナーの話を入れました。
その結果、求人応募数が伸び、応募者からも「アディダスがデザイナーである自分に語りかけているような体験をした」と好評を得ました。
さらに採用チームは、採用情報ページの動画やビデオを一新します。
人事部が選んだ社員が、推薦の言葉や彼らの情熱を述べるような動画をやめ、ストーリーテリングを重視しました。
その手順は、まず、世界に散らばった採用担当者が約500人の従業員のインタビュー動画を撮影。そのなかから、企業ブランドに合うストーリーを5つまで絞ってWEBサイトに掲載するという手の込んだものでした。
しかし、そのおかげで企業ブランドのイメージにあう従業員の生の声を伝えることに成功したのです。
本書を参考に、アディダスの採用ブランディングが成功したポイントを3つあげてみましょう。
- 何を伝えたいのかを決め、そこだけに焦点を当てること。
- 本物のストーリーテリングを重視すること。
- 採用ブランディングと、ほかのブランディングを分けて考えないこと。
特にフォガティー氏は、採用ブランディングの重要性を強調します。
フォガティー氏が採用担当者向けの勉強会でアディダスのブランディングについて講演をすると「講演内容がマーケティングに関するもので、人事部や採用活動にどう関係するのか分からない。」という意見が飛んでくるそうです。
しかし、人事部がブランディングを考えられるようになることは、遠くまでリーチする採用活動をするため、そして企業ブランドに合った人材を獲得するために大変重要です。
アディダスのフォガティー氏も、本書の編集者インド氏も、どのようなブランディングの活動にも違いはないと述べています。
例えば企業ブランドを意識して作られた採用WEBサイトは、求職者だけでなく、消費者や従業員が企業ブランドを確認する場所にもなることでしょう。このようにブランディングはつながっています。
大切なのは、組織内の全員が統一された企業ブランドに集中し、それを外部に伝えていくことです。その活動の土台となるのがインターナルブランディングと言えそうです。
Branding Inside Out
著者Nicholas Ind
出版社Kogan Page (初版2017/10/28)
ISBN-10: 074947890X
ISBN-13: 978-0749478902
- 経営・組織づくり 更新日:2020/11/24
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