分かりやすい研修を設計する方法
受講者の現状と目標レベルの間にある、研修で埋めなければならない足りない部分(ギャップ)について考えます。ダークセン氏は次のようなギャップをあげています。
- 知識
- 技術
- モチベーション
- 習慣
- 環境
- コミュニケーション
知識だけが足りない場合は受講者に情報を与えればいいので簡単です。
しかし、知識ではなく技術が不足しているときには練習が必要となります。研修のなかで十分な練習の機会を与えなければ受講者の技術は伸びません。
また、何をすればいいか分かっているのに実行しないのはモチベーション不足です。
研修を組み立てるときに、モチベーションを上げる方法や、注意を引く方法を考える必要があります。そして、知識、技術、モチベーションがあっても実行できないのは習慣や環境に問題があるかもしれません。
例えば、社内の複雑な手続きが受講者の成長を妨げていないか、受講者の能力を生かすために十分な道具が揃っているかといったことに注目します。さらに、指導者の指示やリーダーシップ、教えかたが受講者に合わないことで成果が出ない場合もあります。これがコミュニケーションのギャップです。
誰に向けた研修なのかを把握し研修の設計に取り入れます。
- 誰に教えるのか?
- 受講者が何を学びたいのか?
- 受講者の現在の技術レベル
- 授業スタイルと受講者にあった教授法
受講者の年齢、性別、職業、役職などの基本情報のほか、モチベーションの高さ、技術のレベル、好き嫌い、考え方などをアンケートやインタビューで確認し研修の設計に役立てます。
また、読み書きのレベル、パソコンやインターネットなど研修に必要な機器が使えるかどうかを確認しておくことも大切です。
初心者には体系的な説明を多くします。経験者にはリソースと自分で練習できる時間を提供するようにするとよいでしょう。授業のスタイルが受講者に合っているかどうかは、理解度を確認しながら調整していきます。
研修をすることで解決したい問題をはっきりさせます。そして研修が修了したときに受講者がどうなっているか、明確なゴールを決定します。
①問題(ギャップ)を見いだす
例:「新人修理スタッフに、顧客の電気系統の問題を安全に解決するための十分な知識と技術がない。」
②ゴールを決める
例:「修理スタッフに電気の基礎的な知識を身につけさせる。」
③考えられる解決策をあげる
例:「電子物理学の入門コースを受講させる。」
「よく起こる電気系統の問題についてトラブルシューティングのシミュレーションをさせる。」
「電気の危険について講義を受けさせる。」
「電子回路の作り方をシミュレーションする講義を受けさせる。」
ここで大切なのは「この研修で何を解決したいか?」という問題を見いだしてから、ゴールを決めることです。ゴールだけを決めて研修をしていると、何のために知識を身につけるのかを見失ってしまいます。
また各講座の初めには「この講座を受けるとできるようになること」をいくつか箇条書きにして、学習目標として受講者に提示します。学習目標がはっきりしていると、受講者は自分が何のために研修を受けているのか分かり、ポイントに集中できます。研修で求められるレベルもわかります。
どんなに素晴らしい研修を設計しても、受講者に注意を向けてもらえなければ無駄になってしまいます。ダークセン氏は、ジョナサン・ハイト署 『The Happiness Hypothesis(しあわせ仮説)』に出てくる「象と象使い」の話を引用しながら、受講者の注意を引くコツを説明しています。
人間の脳は理性をつかさどる部分(象使い)と、感情をつかさどる部分(象)に分かれているというのが、ハイド氏のアイデアです。
象使いが象をコントロールしようとしますが、象はそれに反発します。例えば研修中、受講者の頭の中で、象使いは「講義に集中しなくては…」と思っていますが、大きく力の強い象が「少しだけ目を閉じよう…」としているのです。
講義に集中してもらうためには、受講者の頭の中の象、すなわち感情をつかむ必要があります。
ダークセン氏は講義で受講者の感情をつかむために、次のようなコツをあげています。
- ストーリーを語る
- 驚きを与える
- ビジュアル、ユーモアを取り入れる
- コラボレーションやグループ活動を入れる
何かを説明するとき、事例や寓話を使うなどストーリー仕立てにすることで、聞く人の注意を引きつけ心に残るようになります。
ほかにも、予告なしに理解力を試すクイズ大会を始めるサプライズ演出をする、教材のビジュアルを多くする、身近な話題やユーモアを取り入れるといったことが受講者を引きつけるきっかけになるでしょう。
また、同じことを学んでいる別の組織の人たちと一緒に集まって勉強会を開く、活躍中の先輩技術者を特別ゲストとして招待するなどのコラボレーションや、クラスのなかでのグループ活動など、ほかの人と関わる学習体験も集中力を高めます。
モチベーションや習慣を変えるのはとても難しいことです。
その壁をクリアできる研修設計のヒントの一つとして、ダークセン氏は、TAM(Technology Acceptance Model)という、情報システムを利用する人の行動モデルを挙げています。
TAMでは4つの要因が満たされたとき、人が新しい情報システムを使い始めるといいます。研修でも、このポイントをおさえれば受講者の行動を変えることができるかもしれません。
- 受講者が新しい習慣を本当に役に立つと感じるか
- その習慣が役に立つ場合、受講者にそれが伝わるか
- 受講者が新しい習慣を簡単そうだと思えるか
- もし簡単に取り組むことができない場合、受講者を助ける方法が準備されているか
受講者の達成度をテストするときには、次の点に注意して出題すると受講者が本当に理解しているかどうかが分かります。
- 事実に基づくシナリオから問題を出す
- たくさんの選択のなかから解答を選ぶようにする
- 選択問題の選択肢に間違いを入れない
職場で起こる事実に基づいたシナリオから出題することで、様々な状況を汲んで正しい答えを出すチャレンジになります。同様に、選択肢を狭めないことも、より深く考えて答えを出す機会になります。
例えば、食洗器を修理するときの道具を選ばせる問題を作るときに、4つ程度の道具をリストアップして、その中から正解を1つ選ばせてはいけません。
それよりも、修理箱を丸ごと渡しその中から答えを選ばせたほうが、受講者が本当に理解しているかどうかを確認できます。
そしてもう一つ、選択問題の選択肢に間違いを入れないことでも、受講者の理解度を確認できます。
普通、三択問題といえば3つのうちの2つの選択肢は間違いであることがほとんどですが、3つの選択肢の全てを正解として通用するものにしてみましょう。
そのなかから「最も適切な解答」を選ぶようにすると難易度が上がり、受講者の実力を知ることができます。
研修の設計方法を考えることは、現在実施している研修の見直しにも役立ちます。また、研修のインストラクターでなくても職場で誰かに何かを教える機会は多いことでしょう。
それがプレゼンテーションについてでも、書類の書き方であっても、あるいはウェブサイトやブログを作成することであっても、私たちは他の人と知識を共有することを必要としています。
本書で解説されているインストラクショナルデザインの基礎を知っていれば、そのような場面でも、効果的に情報を伝えることができます。
Design for How People Learn(2015/12/17)
著者Julie Dirksen
出版社 New Riders
ISBN 13: 978-0-134-21128-2
ISBN 10: 0-134-21128-6
- 人材採用・育成 更新日:2022/12/12
-
いま注目のテーマ
-
-
タグ
-