HRテックは人事の業務をどう変えるのか
HRテック(HR Tech)、またはHRテクノロジー(HR Technology)とは、“HR(Human Resource)”と ”Technology”を掛け合わせて作られた造語です。従来、営業や経理、生産管理といった他職種に比べ、人事という職種は、IT活用による業務効率化や、科学的なアプローチには不向きな業務分野であると考えられてきました。ある意味、従業員一人ひとりの感情や心の機微に触れるような高度なコミュニケーションによって成り立つ仕事だからです。
では、なぜここにきて、2016年頃から急速に「HRテック」が急速に注目を浴びるようになってきたのでしょうか?それには、3つの理由・背景を挙げることができます。
実は、一昔前から、大規模ERPといった統合業務管理パッケージシステムの導入により、大企業を中心とした一部企業では、人事関連の業務プロセスで発生する「実績」を数値化・データ化する取り組みは細々と行われてきました。ただし、ほとんどの中小企業にとっては、システム導入が非常にハイコストであったことや、そもそもまとまった一定量の人事データ蓄積が難しいため、人事分野でITの活用を図ることは、ほぼ不可能だったのです。
しかし、2010年代に入り、クラウドやビッグデータ解析、人工知能(AI)など最先端のIT関連技術が著しく発達しました。小規模で分散したデータを、機動的に分析できるツールやWebサービスが安く調達できる目処も立ってきたため、中小企業であってもIT技術を比較的安価に採用・育成・評価・配置などの人事関連業務へと応用できるようになってきたのです。
2010年代に入り、断続的に続く景気回復と、本格的に始まった人口減少によって、採用市場は今や空前の「売り手市場」となりました。労働者側が、会社を選べる時代になったのです。また、安倍政権になって政府が本腰を入れて取り組んできた「働き方改革」により、長時間労働の是正や、非正規雇用と正規雇用の格差撤廃、労働時間の短縮に向けた各種労働法の整備も着々と進みつつあります。
こうした流れを受けて、各企業の人事は、これまで以上に採用活動や人材管理に対してより一層の効率化・最適化に向けて取り組む必要が出てきました。人事は、かつてないほど複雑多岐にわたる業務を大量にこなさざるを得ない状況となり、従来の手作業や担当者の経験・勘による対処的な取り組みでは限界が生じるようになってきたのです。
また、少子高齢化の進展や、人材多様化を競争力の源泉として位置づける「ダイバーシティ」の考え方の浸透で、各企業は女性・高齢者・外国人・障害者など、多様な人材の採用強化に本腰を入れてきています。そして、それには、彼ら一人ひとりのニーズに合わせてカスタマイズした労働環境・労働条件の整備が不可欠なのです。
人材多様化への取り組みを進める一方で、人材の流動化にも企業は対応しなければなりません。終身雇用制度は完全に崩壊し、今や正社員ですら副業を正式に認める企業が増えてきました。企業と労働者はより対等でフレキシブルな関係になりつつあり、企業は、労働者に対してより魅力的で、柔軟なキャリアの選択肢を用意する必要が出てきました。
こうした複雑化する一方のキャリア管理に対しても、ITの力を活用することで、課題を乗り越えていこうという流れになりつつあるのです。
2017年の新卒採用では、一部の企業で、AIを活用したエントリーシートのふるい分けや、採用面接にAI面接官が登場したことが話題になりました。こうした採用プロセスをはじめ、入退社手続き、役所への電子申請、Web上での雇用契約書締結、給与明細発行、年末調整処理など、人事に関わる様々な事務処理を自動化・効率化してくれるツールやクラウド型Webサービスが、安価に入手可能となってきました。
これらのツールは、単に省力化・業務効率化のためだけに存在するのではありません。機械でもできる処理は全てツールやプログラムに任せることで、余剰時間が発生します。こうした余剰時間を使って、人間でしか対応できない、より本質的な課題解決に充てられるようになることこそが、「HRテック」のもたらす本質的な価値なのです。
また、一人ひとりの人材に対して、履歴書や入社後の配属先情報・研修受講実績・賞罰・人事考課情報などを一つのデータベースで一元管理することで、これまで人事だけが持っていたブラックボックス的な人事情報を、各現場のライン・マネージャーにも開示・応用させることが可能となります。これにより、社員一人ひとりのキャリア志向・スキルセットにマッチした機動的な人員配置や、一層のきめ細かい評価・フォローアップが可能となりました。
こうした高度なタレントマネジメントが可能になると、社員のエンゲージメントや帰属意識を高めることにつながります。社員は、より高い規律とモチベーションを保てるので、結果として、各業務現場で高い生産性が確保できるようになるのです。
ここまで見てきたように、HRテックがもたらそうとしている、最新のIT技術を活用したツールや業務システムは、今後数年をかけて、さらに人事の業務現場へと浸透していくことは間違いないでしょう。人事業務が、単なる会社のコストセンターとして捉えられていた時代は終わりました。社内に蓄積された人事データは、客観的に分析処理され、経営層や各現場の管理職へとフィードバックされやすくなるため、これからの人事業務は、会社経営にとってより重要な役割を帯びてくるはずです。
一方、最近やっと「HRテック」という言葉を聞いた、あるいは現場では手作りの「Excelシート」にて、手作業で情報管理を行っているという人事担当者もまだまだ多いはずです。しかし、焦る必要はありません。2017年~2018年時点では、まだ日本における「HRテック」は黎明期であり、始まったばかりなのです。
ですから、いきなりAI搭載の大規模な統合人事管理システムへと切り替えるのではなく、まずは個別の業務分野における簡単なツール導入から、「ダメ元でも良い」という気軽なスタンスで始めてみるのもよいでしょう。大切なのは、定期的にHRテックに関する情報を収集し、あなたの会社でできるところから小さく試行錯誤を進めていくことなのです。
人事という仕事は、HRテックの浸透により、今後大きな変革期を迎えることは間違いありません。是非、せっかくの機会ですから、楽しんで業務改革に取り組んでいきましょう。
- 労務・制度 更新日:2018/10/23
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