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雇用情勢の「先」を読む経済統計 企業から見た人手の過不足感〜日銀短観

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新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)をきっかけに、雇用情勢は様変わりしました。コロナ禍以前は深刻な人手不足が生じていた飲食業では、休業や時短営業を迫られた結果、逆に従業員を減らす動きが広がっています。

一方、IT(情報技術)業界では、リモートワークの急速な普及を背景にエンジニアの人手不足が生じました。こうした企業側から見た雇用の過不足感は、どのような形で統計に表れるのでしょうか。

*専門用語については最後にまとめて解説しています。

主観や心理を数値で表す

経済統計の多くは、人数、金額、時間など客観的な数値から成ります。ただ、「景気の気は気分の気」「景況感」といった言葉が示すように、経済は心理や感覚とも密接な関わりがあります。

そこで、経済活動に参加する人や企業にアンケート調査をして、「足元の景気は良いか悪いか」など主観的な判断を聞き、数値化する手法も用いられます。

その代表格が、日本銀行(日銀)が毎年3、6、9、12月の4回実施する全国企業短期経済観測調査、略して「短観(たんかん)」です。全国の企業、約1万社に経営の状況を尋ねるアンケート調査で、GDP(国内総生産)などと並び最重要視される景気指標の一つです。

企業を対象とした同様の調査は他にも複数の役所や金融機関が実施しているのですが、日銀の短観は回答率が高いなどデータの質が良いことで知られています。企業が従業員について感じている過不足感も、この指標で把握できます。

一般に、短観のなかで最も重視されるのは「業況判断DI」という項目。企業の収益に関する景況感を表したもので、新聞記事でも主にこの値を取り上げるのが一般的です。DIとはDiffusion Indexの略で、短観の場合は三つの選択肢の回答率から計算します。

例えば業況判断は「良い」「さほど良くない」「悪い」の三つから回答してもらい、「良い」の比率から「悪い」の比率を差し引きます。「良い」が25%、「さほど良くない」が55%、「悪い」が20%なら、25−20=5なのでDIは5になるわけです。「悪い」が「良い」より多ければ、DIはマイナスの値になります。

人手の過不足感について聞いた雇用人員判断DIも考え方は同じです。この場合は「過剰」「適正」「不足」の回答率から、「過剰」−「不足」を計算します。一般にDIがプラスの場合は人が余り気味、つまり景気は悪いことになります。

業種や企業規模で異なる

実際のデータをグラフにしてみましょう。短観の各項目は、企業規模別に「全規模」「大企業」「中堅企業」「中小企業」の三つに分かれており、業種も「全産業」「製造業」「非製造業」という大分類に加え、「繊維」「電気機械」「小売」「通信」など細目が用意されています。

まず、全体を見るために業況と雇用人員について、全産業・全規模のデータを抽出しました。

一見して、二つのDIが逆方向に動いていることに気づきます。景気が良くなれば現場が忙しくなり、人手が足りなくなるという構図です。また、コロナ禍が始まる直前まで、日本企業がかなり深刻な人手不足に悩まされていたことも分かります。東日本大震災があった2011年ごろまでは雇用が過剰気味だったのに、2013年以降はほぼ一貫して不足感が強まっていったのです。

コロナ禍以降も、この人手不足は完全には解消されていません。業況判断DIが大きく落ち込んでマイナスに転じたのに対し、雇用人員判断DIは2020年12月調査でもマイナス圏にあるのです。この理由については次回に取り上げたいと思います。

規模別や業種別のデータも見ておきましょう。

規模別では、大企業と中堅・中小企業との差が大きいことが見て取れます。景気が良くなるにつれ、その差が開いているのも特徴です。人材の争奪戦が激しくなった時、経営体力のある大手は賃金などの労働条件を引き上げやすいからだと考えられます。

一方、業種別のグラフからは別の側面が見えてきます。製造業と非製造業を比べると、両者はほぼ平行になっています。言い換えると、変化の「方向」はそれほど違いません。

ところが、「水準」に注目すると、人手不足は非製造業でより顕著だったことが分かります。さらにコロナ禍以後は製造業がプラス(「過剰」超)に転じたのに対し、非製造業ではマイナス(「不足」超)が続いています。

その非製造業の中でも、状況は業種によって大きく異なります。「不動産」「小売」「宿泊・飲食」を比べると、コロナ禍以前に特に人手不足感が強かったのは宿泊・飲食だったことが分かります。

ところが、コロナ禍以降、一気に20を超える大幅なプラス(「過剰」超)に転じているのです。宿泊と飲食はパンデミックの被害を最も受けた業種だと言っていいでしょう。

このように、規模と業種を組み合わせて分析することで、「人手不足」「人余り」などと一言でくくられやすい雇用情勢の実態が見えてくるのです。

「予測」と「実績」を比較

短観では、足元の状況に加え、3カ月後の次回調査の予測値も聞いているのが特徴です。先行きの変化を見通したい場合は、この数値を参考にするといいでしょう。

大企業・製造業の予測と実績の差をグラフにしたのが上の図です。コロナ禍が始まってからは予測が難しくなったことが分かります。

例えば、2020年9月調査で、大企業・製造業は次の12月調査の予測を3としていたのに対し、実際には4でした。差は1なのでほぼ予想通りと言っていいでしょう。

ところが、その前の6月調査における9月の予測はマイナス11だったのに、実際の値は6で差が17もありました。そもそも、プラス・マイナスからして違います。その前の3月調査の予測も差が20と大幅に外れています。

ただ、2013年6月から2018年12月にかけては、差がマイナス3前後と比較的、安定しています。平均はマイナス2.4で、3カ月先の予測は「不足」側に2~3程度、外れる傾向があったことが分かります。

このように、DI自体の変化の方向が安定している時期には、予測と実績の差も安定する傾向があります。こうした統計の「クセ」を知っておくと、予想の精度を上げることができます。

用語解説

  • 【日銀】:日本の中央銀行。「物価の安定」と「金融システムの安定」を目的に設立され、銀行券(お札)の発行や金融機関同士の決済のほか、金利操作などの金融政策を担っている。
  • 【短観】:日銀が金融政策の参考にするため、毎年3、6、9、12月に実施し、原則それぞれ4月初旬、7月初旬、10月初旬、12月中旬に結果を公表している企業調査。業況や雇用人員の他にも、在庫水準、資金繰り、仕入れ価格などさまざまな項目について聞いている。
  • 【業況判断DI】:日銀短観の項目のうち、企業の業績に関する総合的な景況感を示す。政府が判断する景気の山・谷(好況・不況)とも整合的で、GDP(国内総生産)や景気動向指数と並ぶ重要指標の一つとされる。新聞などでは「大企業・製造業」の値に注目することが多い。
  • 【雇用人員判断DI】:日銀短観の項目のうち、企業の従業員に関する過不足感を示す。DIの値がプラスだと人が余り気味、マイナスだと不足気味であることを表す。一般にはプラスが続くと賃金の下落圧力が強まり、企業は雇用削減(いわゆるリストラ)に動くことが多い。マイナスではその逆が起こる。
  • 【GDP】:国内総生産の略。一定期間内(一般には1年間)に国内で新たに生み出されたモノやサービスの付加価値の合計。日本企業が海外の拠点などで生産した付加価値は含まない。日本では内閣府が1~3月期、4~6月期、7~9月期、10~12月期の四半期ごとに発表しており、景気の重要な判断材料になっている。
  • 【企業規模】:日銀短観では、資本金を基準に大企業=資本金10億円以上、中堅企業=同1億円以上10億円未満、中小企業=同2000万円以上1億円未満に区分している。
  • $タイトル$
  • 松林 薫

    1973年、広島市生まれ。ジャーナリスト。京都大学経済学部卒、同大学院経済学研究科修了。1999年、日本経済新聞社入社。経済学、金融・証券、社会保障、エネルギー、財界などを担当。2014年退社し株式会社報道イノベーション研究所を設立。2019年より社会情報大学院大学客員教授。著書に『新聞の正しい読み方』(NTT出版)、『「ポスト真実」時代のネットニュースの読み方』(晶文社)、『迷わず書ける記者式文章術』(慶應義塾大学出版会)。

  • 経営・組織づくり 更新日:2022/05/17
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