「採用基準」はなぜ形骸化する?採用の専門家と考える「ほしい人材」と出会うための実践的アプローチ
採用基準。それは、自社にとって「どんな人を採りたいか」を言葉にし、現場での判断を助けてくれるものです。採用広報での訴求ポイントや、面接での合否判断の軸として機能すれば、採用活動の効率と精度を高める強い味方になります。
……でも、実際にはなかなかうまくいかない、という声が多いのも事実です。
そこでマイナビが運営する採用担当者のためのコミュニティ「HRサロン」を通じて45社の採用担当者の方に採用基準の策定状況とお悩みを伺ってみたところ、非常に多くのリアルな課題が浮かび上がりました。
本記事では、その結果をもとに雇用ジャーナリストの海老原嗣生さんと共にお寄せ頂いた課題に向き合いながら、採用基準の考え方、そして中小企業が「ほしい人材」と出会うために何をすべきかを探ります。
<アンケート概要>
有効回答数:45名
アンケート期間:2025年5月29日から同6月11日
アンケート方法:オンライン(選択式・自由記述式)
※ 記事内で引用される自由記述コメントは読みやすさの点から編集が行われています。
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海老原 嗣生(えびはら・つぐお)さん 合同会社サッチモ 代表・雇用ジャ―ナリスト
1964年生まれ。大手メーカーを経てリクルートエイブリック(現・リクルートエージェント)に入社。新規事業の企画推進や人事制度設計に携わったのち、リクルートワークス研究所で雑誌『Works』編集長を務める。2008年に独立。漫画『エンゼルバンク』の主人公のモデルでもある。著書多数。
採用基準が形骸化するのはなぜ?──理想像に縛られた現場の実情
— 海老原さん、今日はよろしくお願いします。HRサロンでのアンケートから、採用基準にまつわる非常に多くのお悩みが聞かれました。その中でも代表的なものが、「採用基準が形骸化してしまう」というものです。例えば、以下のようなお声がありました。
採用基準はあるものの、現場面接官の判断基準は曖昧で、現場では使われていないというのが現状です。
そもそも採用ができない状況で、採用基準はあるものの、それによって候補者を絞り込むことができないため、機能していません。
海老原さん:はい。確かにここ数年の中途採用市場は環境が厳しく、多くの企業が苦戦しています。その中で「現場が採用基準を守らない」、または「採用基準によって候補者を絞り込むことで必要なだけの人材採用ができなくなってしまう」という企業は多いでしょう。特に中小企業だとその傾向はかなり強いはずです。
しかしこれは今に始まった話ではなく、私がこの業界に入って40年間、ずっと変わらない状況でもあります。
その理由は多くの場合、採用基準に「パーソナリティ(人格・性格)基準」を盛り込むからです。
— 確かに、採用基準では「明るくて協調性のある人」「元気で周囲を牽引(けんいん)するような人」のように、パーソナリティ基準が置かれますね。しかしそれは、カルチャーフィットを見据えてのことであり、採用担当者としては当然入れておきたい項目であるとも思います。
海老原さん:それは理解できます。が、そもそも応募者が少ない状況でパーソナリティ基準まで求め、結果として採用ができなくなっているのであれば、本末転倒です。
中途採用は普通、新卒採用と違って、「この業務を任せられる人がほしい」という明確な目的があります。であれば当然、まずはスキル基準を最優先に採用を進めていき、余力があればパーソナリティ基準も見る、という程度の優先付けが適切です。
— なるほど。まずはスキル基準、次にパーソナリティ基準ですね。
海老原さん:そうです。そして、現在の中途採用市場では、そのスキル基準を満たす人材すら見つけることが困難であるはず。
そのような環境でパーソナリティ基準まで厳格に定めた採用基準を現場や経営層に押し付けても、「これを守っていたら採用なんかできない」と、無視し始めるのも無理はありません。
結果として、採用基準が形骸化していくわけです。
— 確かに、採用基準に沿った採用が現実的に不可能なのであれば、使われなくなってしまいますね。
海老原さん:そうなんです。結局、採用基準というのは「実際に使えるかどうか」が全てです。どれだけ立派な採用基準を作っても、そのとおりに選考することができない現実があるのであれば、意味がありません。
関連記事:「守りと攻めで考える「採用基準」の作り方──中小企業が採用に失敗しないための2つの視点」
やはり無視できない…… パーソナリティは「ネガティブ基準」の導入で防波堤を
— 一方で、社員数の少ない中小企業では、一人のミスマッチ人材がもたらす周囲への影響が相対的に大きいため、やはりパーソナリティ基準を捨てることはできない、という実情もアンケートからは見て取れます。例えば以下のようなものです。
スキルや経験よりも、企業文化とのマッチング(性格・コミュニケーション能力など)を重視していますが、その点はどうしても感覚に頼りがちで不安です。
海老原さん:この方は、スキル基準よりもパーソナリティ基準を優先されているのですね。
苦労して採用した人材が周囲に悪影響を与え、離職率を引き上げたり業務効率を下げてしまったりしては採用した意味がなくなってしまいます。だから、カルチャーフィットのためにパーソナリティ基準を重視したいという考えにも、一理あります。
そして、このご回答者さまが書いているように、パーソナリティ基準は曖昧になりやすく、見極めが難しい領域でもあります。
そこでおすすめは「ネガティブ基準」だけを持つという方法です。
関連記事:採用の現場で「印象」に流されず、事実に基づいて判断するためのポイントは、「採用は「印象」より「事実」で判断する──人事と現場のギャップをなくす対話術」 でも詳しく解説しています。
— ネガティブ基準ですか。具体的にどのようなものでしょうか。
海老原さん:「こういう人を採用したい」ではなく、「こういう人は採用してはいけない」という基準を定めるのです。
前者は理想像を追い求めて採用基準が複雑化し過ぎたり、基準が曖昧なものになったりしがちですが、後者であれば「これだけはNG」という基準を明確に定められます。
この、ネガティブな採用基準を防波堤とし、あとは最低限のスキル基準をクリアしていれば採用していく。これが現実に即した、実効性のある採用基準を作るための第一歩です。
まずは「防波堤」を持つ。採用基準の軸となる5つの視点
— とはいえ、自社にとって「これだけはNG」と言えるような明確なNG基準を定めることもまた、難しいと感じます。
海老原さん:そうですね。一般的には過去の採用実績からパフォーマンスを上げられなかったり、早期離職したりした人の共通点を探していくことになりますが、「これだけはNG」という軸を絞るのはなかなか難しいものです。
そこで、私が勤務していた大手人材企業が、2000年代初頭、年間6万人登録する第二新卒の転職希望者の離職理由から明らかにした、「定着の五軸」をご紹介します。多くの企業で使える、普遍的な基準になるでしょう。
— ぜひ教えてください。
海老原さん:企業も、人材も、次の5つの軸のうちいずれかで表現することができます。
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競争か協調か
目標達成に向けてひた走る競争型か・チームで協調しながら仕事をする協調型か
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伝統か革新か
伝統やブランドを守ることを重んじる伝統型か・常に新しいことを求める革新型か
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合理か情緒か
計算やルールに基づいた判断をする合理型か・人柄や人間関係を重視して判断をする情緒型か
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行動か知識か
まずは動き出す行動型か・まずは考えてから動き出す知識型か
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スピードか正確さか
多少の誤りがあっても速さを重視するスピード型か・遅くとも誤りの少なさを重視する正確型か
海老原さん:まずはこの5軸で自社を評価してみましょう。営業主導なので「競争型」だが、経営判断は人柄や付き合いを重視する「情緒型」である、というような感じです。
自分たちで判断しにくければ、取引先に印象を尋ねてみたり、競合他社の分析との比較で特定していったりする方法もおすすめです。
関連記事:自社の採用ターゲット像を明確にしたい場合は、「採用ターゲットとは?ペルソナとの違い・設定方法・ポイントを解説」 もご活用ください。
— そして、その軸と真逆の性質を「ネガティブ基準」とするわけですね。
海老原さん:そうです。5軸全てが自社と同じ方向を向いている人材を採用する必要はありません。自社にとって「ここだけは譲れない」と思える軸を一つ決めれば、それが「自社にフィットしない人」を採用しないための防波堤となります。
先ほどの例でいえば、競争的な社内風土に「協調型」の人材を迎え入れても、埋もれてしまったり、周囲に付いて行けず早期に離職してしまったりするかもしれません。そういう人を採用しないためのネガティブ基準を作れるわけです。
— 具体的に、面接の場ではどのように見極めれば良いですか?
海老原さん:候補者に直接、「あなたはチームで成果を出すのが得意ですか?それとも競争の中で力を発揮するタイプですか?」のように問い掛けてみてください。
避けなければならないのは、「なんとか採用したい」と考えて、自社の軸に合うように誘導して質問してしまうことです。
— 「競争の中で力を発揮するタイプですよね?」というような質問ですね。
海老原さん:そうです。この軸が合わなければ、「職場にフィットせず、早期離職する可能性がある」という非常に重要な判断軸なので、あくまでもフラットに聞き、フィットするかどうかを判断する姿勢を持ちましょう。
社長や経営層を含む、あらゆる面接官が比較的簡単に使えるフレームワークなので、複雑な評価基準や高度な採用基準よりも、ずっと現実的ではないでしょうか。
関連記事:特に未経験者の採用面接で何を確認すべきか悩む場合は、「未経験者の中途採用面接では何を確認すべき? その難しさと見極め方 」や「人事・面接官必見!候補者の志望度を高める「面接コミュニケーション術」とは?」 も参考にしてください。
採用基準が作れない本当の理由─会社に「ベクトル」はあるか
— ここで少し方向性の違うアンケート回答を引用します。
採用基準は持っていません。各部門の欲しい人材がバラバラで、基準化できないためです。
海老原さん:採用基準が完全に「ない」という企業ですね。実態としてはとても多いと思いますし、ここまでお話ししたように採用基準があっても機能しないのであれば、無理して持つ必要もありません。
ただ「各部門の欲しい人材が曖昧なうえにまちまち」という状況は、これから採用基準を策定するかしないかにかかわらず、改善すべき点と言えるでしょう。
なぜなら、このご回答者さまの状況は、会社としての「ベクトル」を失っていると思われるからです。
— 会社としての「ベクトル」とはなんでしょうか?
海老原さん:言い換えるのであれば、会社としての方向性やアイデンティティのことです。
「うちの会社は、こういう考えを持ち、こういう事業をしている会社である」という、会社としてのベクトルがないので、当然「必要な人材像」を明確に定めることもできず、結局、現場がその時々で必要とする人材を、場当たり的に採用してしまいます。
これは、採用基準の有無だけにとどまらない、大きな問題です。
例えば、とある人気大手メーカーはかつて、「危なっかしくても、誰より最初に新しいものを作る」というベクトルがはっきりした会社でしたが、現在ではその明確な方向性を失い、採用力も落ちています。つまり、企業としての魅力を失ってしまっているのです。
大企業でもベクトルを失えば採用力を失うのであれば、中小企業が同じ状況に陥ったとき、どうなるかは明白ですよね。
中小企業でも「ベクトル」は必要か? 時には厳しい視点で思い切った改革を
— もちろん、大企業以上に採用力は落ちてしまいますね。とはいえ、キャッシュフロー確保や生き残りのため仕事を絞り切れず、結果的に明確なベクトルを失ってしまうというのが中小企業経営のリアルでもあると思います。
海老原さん:それも一理ありますね。ただ、本当に採用力を強化したいのであれば、時には人材や事業も整理して「やり直す」という厳しい判断が必要になることもあるでしょう。
例えば、私の知人が家業である酒造会社を継いだときのことです。奈良の「今西酒造」という創業360年を超える老舗ですが、正直、継いだときには経営が苦しかった。
そこで事業を見直し「一生懸命、地元の水でおいしい日本酒を造る」という明確なベクトルを掲げて会社を改革したところ、そのベクトルに共感する人材の採用に成功し、経営も立ち直りました。
それほど「ベクトル」というのは大切なものなのです。
ベクトルがなければ採用基準が作れないのはもちろん、事業そのもの、採用力そのものにも大きく影響します。
— 採用基準が明確にできない、作ることができないと感じたら根本に立ち返って考え直すことも重要ではないかということですね。
海老原さん:そのとおりです。人事だけでは難しい仕事ですが、経営層を巻き込んで会社の再生、生き残りのためにぜひ考えていただきたいと思います。
「こんな人材がほしい」の前に、「人材に求められる企業」になる
— では、最後にもう一つ、アンケート回答をご紹介します。
当社は地方の工場で、年間休日110日、当直あり、三交代制という労働環境です。ターゲット層が魅力的に感じる条件ではなく、採用基準を作る意味が感じられません。
海老原さん:このご回答者さまのように、「条件が悪すぎて来てもらえない」という悩みを持った企業は少なくありません。特に中小企業では給与や休日といった待遇面で大手に太刀打ちできないという現実があります。
とはいえ、今後ますます厳しくなっていく採用市場で、「どうせうちには来てくれない」と諦めつづけていたら会社は存続できません。ではどうするべきか。まずは会社が変わるべきです。
— 会社が変わる。なかなか難しい挑戦のようですが、先ほどの「今西酒造」のお話はまさにそうでしたね。
海老原さん:そうですね。今西酒造の例ではベクトルを明確にする方向に会社を変え、採用力を強化しました。
とはいえ、そこまではすぐにできないという会社も多いでしょう。でも、希望する人材が振り向いてくれるような制度づくりであればできるのではないでしょうか。
一つ事例をご紹介します。とあるスタートアップ企業では「挑戦心あふれる人材がほしい」と考えていましたが、待遇面で大手に対抗できず、思うように人材が集まらずに苦心されていました。
そこで立ち上げたのが「社内起業のための積立制度」です。
人事考課のたびに、給与や賞与とともに「積立金」も査定され、いつか社内起業するときに利用したり、尊敬する先輩に自分の積立金を投資したりできます。
この制度が話題になり、挑戦を求める人材が集まり始め、会社が変わりました。
会社を変えられるのは、あなただけ
— 欲しい人材に振り返ってもらえるよう、会社が「新制度立ち上げ」という形で変わった例ですね。給与や待遇よりも着手しやすい方法だと思います。
海老原さん:そのとおりです。会社は人の集まりですから、人が変われば会社も変わります。それが未来へと続いていく事業の強さをつくってくれるわけです。
しかし社長や人事が「誰か新しい人に会社を変えてほしい」と考えているだけでは決して変わりません。
私としては「あなたたちが変えられなかった会社を、なぜ他人が変えられると思うのでしょうか」と問いたいですね。
— 耳の痛い言葉ですが、そのとおりです。
海老原さん:「こんな人が欲しい」と採用基準を細かく、複雑に作り込んだところで、その人材にとって魅力的な会社でないのであれば、それはまったく無意味なのです。
採用基準は人材戦略を考える上で強力な武器ですが、それを使うためには、まず自社のベクトルをはっきりさせ、ほしい人材にとって魅力的に見える企業へと変わる必要があります。
厳しく、難しいことのようですが、小さな一歩から始めてみてください。会社が変われば、人はきっと振り向いてくれるはずです。
— 今日は非常に本質的なお話を伺えました。ありがとうございました!
採用基準は、会社を見つめ直す鏡になる
この記事では、アンケートに寄せられた現場のリアルな悩みを出発点に、海老原さんの視点を通じて「採用基準」の本質について掘り下げてきました。
採用力を高めるために、改めて大切なポイントを振り返ります。
まずは採ってはいけない人を定義することで、基準が現実に即したものになります。
採用できる人が少ない中では、まず「できる人」にフォーカスを。
自社がどこを目指すかが曖昧だと、どんな人が必要かも見えてきません。
そして何より、「いい人が来てくれない」と悩む前に、その人にとって魅力的な会社か?を自らに問い直すこと。
採用基準とは、ただのチェックリストではなく、会社の“姿勢”を問う鏡でもあります。
たった一つの制度、たった一つの軸からでも構いません。少しずつ変わろうとする姿勢が、次の一歩を引き寄せる力になります 。
この記事が、皆さまの会社で「使える」採用基準の策定に一役買えれば幸いです。
- 人材採用・育成 更新日:2025/08/18
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