「日本経済と所得向上のために必要なこと~働き方改革と賃上げの好循環~」 【賃上げと業績アップシンポジウム 2025】(レポート#1)
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講師:馬渕 磨理子(まぶち まりこ)氏 一般社団法人日本金融経済研究所 代表理事・経済アナリスト
京都大学公共政策大学院 修士課程を修了。トレーダーとして法人のファンド運用を担う。その後、金融メディアのシニアアナリストを経て、現在は、一般社団法人日本金融経済研究所 代表理事として企業価値向上の研究を大学と共同研究している。上場企業のイー・ギャランティ、楽待で社外取締役を務め、賃上げや企業価値向上に向けた企業経営に参画。2024年に大阪公立大学客員准教授に就任後は企業価値向上について学術研究をしている。2025年は与野党の政治家に「就職氷河期世代の所得や年金に関する政策提言」を数多く行っている。衆議院の財務金融委員会で参考人として意見陳述し、事業性融資の法案可決に寄与した。フジテレビ「Live News α」、 TBSテレビ「Nスタ」、TOKYO FM「馬渕・渡辺の#ビジトピ」などにレギュラー出演中。
「どうせ日本は変わらない」を現場から変える“ときめき”効果とは?
6月の厚労省のデータでは実質賃金はまだマイナスを継続、賃上げが物価上昇に追いつきません。「どうせ日本は変わらない」日本経済に対する不信と閉そく感に囚われがちです。しかしながら、賃金は上げて行かなくては立ち行かず、なんとか手立てを考えるしかない、課題は明確です。この講座では労働生産性アップのキーワード”ときめき”の重要性をお伝えしつつ、実例を交えて賃上げアクションについて解説、解決策を探っていきます。
1)従業員の稼ぐ力を強くする希望の連鎖
「今日、今週、今月ときめく瞬間がありましたか」私は経営者の皆さんに問うことがあります。というのも、ビジネスの現場では、立場も年齢も性別も関係なく、ときめく瞬間が必要だと思うからです。私の場合は、誰かの役に立ったという実感があったとき、熱量ある意見を受け取ったとき、心が動き“ときめき”を感じて、やってよかった、もっと頑張ろうとさらにやる気が出ます。この“ときめき”こそビジネスにおける創造性とモチベーションの源泉。日本経済が活気を取り戻すために、より多くの日本の企業人にときめく瞬間を味わって欲しいと願っています。
企業アナリストとして年間150社以上の企業を訪問していて、その会社が成長するかどうかを判断するには、従業員の皆さんの顔の輝き、仕事で“ときめき”を感じているかどうか、を見ることが大事だと感じています。現場の声を聞くと、経営者の見解や経営データからはわからない企業のリアルが見えることがある。いかに優れた経営戦略があっても、働く人が自主的に動かなければ成長はなく、動く組織にするには、待遇改善や賃上げをはじめとする人への投資をまず考えるべきだからです。
現在、上場企業の社外取締役としても務めており、企業に対して従業員の待遇改善についても積極的に提案しています。経営の立場からも、従業員がやりがいを持って業務に取り組めるようにするため、賃上げを重要課題として取り上げてきました。組織の成長を促すには、理念より実行の精神で、いつまでに何パーセント賃上げするかを具体的に目標設定し、各所とコツコツとコミュニケーションを積み上げ、従業員の待遇改善に取り組んでいきましょう。
ある企業で、社長賞に輝くエースの営業担当者が意見を言いにきました。中長期の計画があるならぜひ確実に達成してほしいので、会社を大きくするために、現場で感じることを伝えたいというのです。KPIの数値目標を現状に合ったものに調整してほしい、新しいインセンティブの設計を提案したいという2点が意見の内容だったのですが、自らの言葉で熱く語る社員の姿に感動し、ときめいてしまいました。私はすぐにこの意見を経営陣に伝え、取締役会の議題にあげました。インセンティブについて10年前にも議論しつくしている認識だったようでしたが、再考することに。自走する従業員の熱いアクションは、私の心を動かしました。
このように経営陣が現場の声に耳を傾ければ、従業員一人ひとりの稼ぐ力が上がってくる、売り上げが上がれば、賃上げの原資も確保できるようになる、さらにやりがいが生まれ、“ときめき”も増えていく…という好循環が生まれます。こうした働く人のポジティブな行動の積み重ねが、日本経済の力を取り戻すことにつながっていくのではないでしょうか。従業員の希望や意見に経営陣が耳を傾けて反映していくことで組織はしなやかに成長していく、いわば賃上げに続く希望の連鎖がうまれます。
2)成功する経営者に必要な「5つ」の視点
企業アナリストとして多くの企業と関わるなか、経営に成功した経営者が共通してあげる5つのポイントがあります。改めて経営の基本に立ち返り、確認しておくことも重要です。
①マクロ視点を持つこと
自国の政局や、経済動向水準感をもち、大きな視点から自社の立ち位置をとらえる感度
自社が関わる業界全体の現状への感度
②人的資本、ガバナンス
ビジネスで発言する際の言葉選びのスキルが必須
社内向け、社外向けの両方向に対して、会社の特長、魅力、ビジョンを明確に発言する能力
③リスク管理
攻めの投資としての、自然災害への備えを含む危機管理体制の強化
財政面での備えも万全に
④税金や補助金の知識
政府の助成金・補助金の活用も経営リソースと考える
税制や助成金の新設・改訂についての最新情報にアクセスする情報力
⑤ファイナンスの知識
金融機関から集金するための説得力をもつこと
3)日本経済の再生を目指すなら、意思決定を経営者の手の中に戻すべし
昨今、ガバナンス強化の動きが活発化する中で、経営者の意思決定のあり方が問われています。しかし、多くの経営者は実直に事業に取り組んでおり、一部の事例をもって経営者全体への不信感を募らせる風潮には課題があると考えられます。事業での成功は、リスクをとって挑戦することもある、そうでなければ飛躍はありえないことを忘れたくないものです。
経営者の足を引っ張る雰囲気の側面には、失われた30年があるように思えます。日々、経営者と対峙していると、経営者の意思決定が外部の専門家に委ねられる傾向が強まり、自社のあるべき方向性を見失うケースも散見されます。バブル崩壊、リーマンショックなどあるなかで、経営者は自分の意思よりも、コンサルタントなどの経営の専門家に舵取りを任せる傾向が強まりました。
しかし、経営者が自分がやりたい方向性で事業を進め、自らの意思で経営判断を下すこと、経営者の手の中に経営を戻すことが、もう一段日本経済が飛躍するために必要なのではないかと考えます。経営者が堂々と肚のなかにあることをやっていく風土を取り戻し、ガバナンスで経営者を委縮させてはいけない、その好例を以下に紹介しましょう。
【経営者の意思決定を通した成功例、石坂産業CEO石坂典子さんの事例】
石坂産業は埼玉県にある産業廃棄物の会社ですが、事業の特性上、地域住民から悪臭や危険物の取扱などを理由に排除される危機にありました。先代から経営を引き継いだ石坂さんは「私たちは何も恥ずべきことはしていない」と胸を張り、独断で廃棄工場の見学や、イベントの実施など、オープンな経営にシフト。徐々に周辺住民にも理解を得ていきました。
しかし従業員からは、見世物じゃない!と新方針に意見もあったようです。石坂さんは粘り強い姿勢で方針を貫きます。しかし施設見学者が年間6万人を超え、マスコミ報道や、内外からの視察が増えていくなかで、現場で働いている人たちも事業の社会的意義や企業価値を再認識。あきらめムードだった現場に希望の連鎖が生まれたことで、従業員のモチベーションが上昇、業務も効率化し、結果的に賃金上昇を達成。経営者が自分を信じてやりきることで、社会的な信頼を獲得することに成功し、結果としてビジネスでも成果を上げました。実際、経営者が意思決定をしたとして、結果が出るには2、3年かかるもの、無理だと思っても、自分を信じてときめく方向に挑戦してみることで、企業の未来を変えることができるという好例です。
4)日本のGDPが伸びてこなかった最大の理由
以下の表で見る限り、アベノミクス以降、経営利益は3倍になり、30兆円から100兆に拡大しています。これだけの利益が積み上がる背景には、相当なコストカットが実施され、企業による血のにじむような努力が見られます。こうした利益の上昇があるにもかかわらず、GDPは一向に伸びない要因として、給与額の停滞が見て取れます。
実に80年代から総支払総額は150兆円にとどまり、賃金があがっていないのです。現金・預金が約300兆円に上るなど、内部留保全体で610兆円にも達しており、企業の稼ぐ力が高まっているにもかかわらず、それが賃金や設備投資に十分に回っていない現状が見て取れます。バブル以降、有事に企業や従業員を守れるのは現金という教訓がありやむを得ない面はあります。しかし、少しは設備投資や給与に回していこうという動きはまだこの2年ほど。世界情勢も経済も不安定ななか、何かあればすぐコストカットの時代に逆戻りする可能性が高く、なんとか賃上げの方向に気運は進んではいるものの、逆戻りしてしまいそうな危険をはらんでいる、日本経済の動向はまだまだ予断を許しません。
5)上場企業の賃上げ気運が強まる好機に中小企業の取るべき攻めの一手
そんななか今年7月、金融庁から上場企業に向けてインパクトの大きい通達がありました。有価証券報告書に、企業の賃上げ率の開示が義務に。これにより上場企業が筆頭に賃上げを進めていく流れが定着することが期待されます。金融庁としては、企業は投資家に対して、賃上げについての情報開示をすべきだという論調を踏まえて実施するかなり踏み込んだ政策といえるでしょう。これからは、企業の価値を測る指標に、前年度と比較していくら賃上げしたかという実績が加わり、企業評価の対象になる時代に変わりつつあります。
就職氷河期世代の賃上げが急務
さらに政府の大きな動きとして、就職氷河期世代の救済政策があげられます。1993年から04年卒の方々で、人口にして2000万人、この世代はバブル世代と比較して年収にして80万円ほど低いと言われています。現在の新卒初任給は30万円、勢いがある会社では60万円という非常に高い数字が出ている現状で、40代50代の方からすれば自分たちがそれだけの賃金をもらうのに何年かかったかと思えば、やりきれなくて当然です。今企業で働いている方々がモチベーションを上げ、希望をもって働くためには、新卒の給与だけではなく、まず現役世代、特に30代後半から50代の方々の賃金を上げることを真剣に考えていかなければならない局面にきています。
石坂産業は埼玉県にある産業廃棄物の会社ですが、事業の特性上、地域住民から悪臭や危険物の取扱などを理由に排除される危機にありました。先代から経営を引き継いだ石坂さんは「私たちは何も恥ずべきことはしていない」と胸を張り、独断で廃棄工場の見学や、イベントの実施など、オープンな経営にシフト。徐々に周辺住民にも理解を得ていきました。
しかし従業員からは、見世物じゃない!と新方針に意見もあったようです。石坂さんは粘り強い姿勢で方針を貫きます。しかし施設見学者が年間6万人を超え、マスコミ報道や、内外からの視察が増えていくなかで、現場で働いている人たちも事業の社会的意義や企業価値を再認識。あきらめムードだった現場に希望の連鎖が生まれたことで、従業員のモチベーションが上昇、業務も効率化し、結果的に賃金上昇を達成。経営者が自分を信じてやりきることで、社会的な信頼を獲得することに成功し、結果としてビジネスでも成果を上げました。実際、経営者が意思決定をしたとして、結果が出るには2、3年かかるもの、無理だと思っても、自分を信じてときめく方向に挑戦してみることで、企業の未来を変えることができるという好例です。
賃上げの原資は価格交渉で確保、ツールの活用でフェアな交渉を目指す
中小企業が取引先に価格交渉に行く際、ただお願いするだけではなく、堂々と交渉する気構えが重要です。永年の慣例もあり、下請けとしては心理的に難しい面もあるかもしれませんが、客観的なデータを作り、ビジネスではあくまでも対等な関係として明確な資料を示すことで、正当な価格を請求できるようになります。
万が一、それでも正当な価格が受け入れられないとしたら、今は告発者匿名で、相手の企業名を公表でき、相応のペナルティが課せられる仕組みがあります。政府には、企業規模に関わらず企業同士がフェアにビジネスをする環境を整備することで、価格転嫁が進み日本経済が活力を取り戻すという青写真がある。中小企業経営者の方々の次のアクションに明るい未来への期待が集まっています。
政府主導の政策をはじめ、中小企業をとりまくビジネスの潮目が変わってきています。動けば状況が変わる可能性がある、これまでにない好機です。真の日本経済の再生は大企業の実績だけでは叶わない。規模に関わらずビジネスに携わる一人ひとりの「ときめく瞬間」から始まります。現場の声を聞き、従業員が自走できる環境をつくる。経営者が信念を持って意思決定する、取引先とフェアな関係を築く─コツコツと積み上げていく希望の連鎖で、未来は確実に変えられるのです。
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(メッセージ)
現場の声を聞き、自走社員を応援することで稼げる企業に
ガバナンス偏重を見直し、経営判断を経営者にもどす
中小企業の経営者が肚にある事業を遂行して成果がでることもある
中小企業は価格交渉をすすめ、賃上げ原資を確保する努力を!
日本経済の活性化は1人ひとりの“ときめく瞬間”から始まる
- 経営・組織づくり 更新日:2025/10/17
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