人事制度を整えても成果が出ないのはなぜ?制度が業績や定着に与える影響
制度を整えても成果が出ないのはなぜか
人材定着を目的とした組織制度を整えているのに、成果や定着に手応えを得られない。その原因はどこにあるのでしょうか。
採用をめぐる環境は、年々厳しさを増しています。有効求人倍率は2014年以降1倍を超え続けており、少子高齢化が進むいま、採用による人材確保は今後さらに難しくなると見込まれます(労働政策研究・研修機構, 2025)。
加えて、定着の面でも課題は続いています。新規学卒者の3年以内離職率は「753問題」として長く指摘されてきました(古屋,2024)。直近では中卒5割・高卒4割・大卒3割台と当時より改善しているものの、大卒で3人に1人が3年以内に離職する状況は続いています(厚生労働省,2025)。人手不足の原因として、企業・正社員の双方が「新規採用の困難」に次いで「従業員の自発的な離職」を挙げた調査もあります(山本, 2025)。
一方で、退職率の低さは企業業績(売上高・経常利益)と正の相関を示すという知見もあり(山本, 2009)、人材の定着は単なる労働力の確保以上の意味を持ちます。
こうした状況を受けて、多くの企業が、人事評価や賃金、福利厚生、キャリア支援など、戦略的に人材を活かすためのHRM施策を整えてきました。ところが、制度を導入・拡充しても、「期待したような人材の定着や業績向上につながらない」という課題を感じている企業は少なくありません。
ここで見落とせないのが「人が辞めなければよい」わけではないという点です。離職研究には、離職が組織にプラスに働く「機能的離職」と、マイナスに働く「非機能的離職」という区別があります(Abelson & Baysinger, 1984)。離職にも組織にとっての良し悪しがあるように、定着にも良し悪しがあります。意欲が低いまま在籍し続ける、いわゆる「ぶら下がり社員」の定着は、必ずしも望ましいものではありません。企業が目指すべきは、企業にとって重要な人材が留まる「質の高い人材定着」です。
では、制度を「質の高い人材定着」につなげるには、何が鍵になるのでしょうか。手がかりは、制度と結果(業績・定着)の間にある構造にありそうです。
研究・調査の概要:組織制度はどのように業績・定着へ届くのか
この「制度と結果の間にある構造」を確かめるため、マイナビ総合研究所では調査を行いました。
2026年3月、全国の男女4,920名(男性2,460名・平均年齢43.4歳、女性2,460名・平均年齢42.7歳)を対象にオンライン調査を実施しました。取り上げたのは、人事評価・賃金・福利厚生・昇進昇格・能力開発・リモートワークなどの柔軟な勤務制度・副業兼業・キャリア開発支援という8つの制度です(以降、これらをまとめて「組織制度」と呼びます)。検証したのは、次の2つの仮説です。
仮説①:各組織制度は、従業員の状態を介して、個人業績と定着意思に影響を及ぼす
仮説②:各組織制度によって、個人業績と定着意思に影響を及ぼす経路が異なる
調査では、従業員が各制度を把握しているかだけでなく、情報が共有されているか(制度理解)、魅力や品質を感じているか(制度魅力)、実際に利用しているか(制度品質)など、制度に対する従業員からの評価を測定しました。
また、従業員の状態は次の指標で捉えました。組織愛着、人間関係、職能効力感、モチベーション、ワーク・ライフ・バランス(WLB)、組織リテンション、組織理解の各指標(マイナビが2022年に作成)と、中村・岡田(2016)の心理的居場所感尺度のうち「居場所安心感」「居場所本来感」を参考に作成した設問です。
こうした従業員の状態を捉える設問に加え、制度に対する従業員の評価、そして結果にあたる個人業績と定着意思の設問を用いて調査を行いました。また、変数間の関連構造を検討するため、構造方程式モデリング(Structural Equation Modeling: SEM)を実施しました。パラメータの推定には[最尤法(Maximum Likelihood: ML)/ロバスト最尤法(MLR)等]を用いています(フルパスモデル)。モデルの適合度は、CFI、RMSEAを用いて評価しています。
研究結果:成果と定着を分ける「2つのルート」
分析からは、制度が結果に関連する2つの経路と、その効き方が見えてきました。
まず分かったのは、8つの制度のうち、状態を介して業績・定着にまで一貫して届いていたのは、福利厚生・人事評価・賃金という「待遇・評価まわり」の3つに集中していたという点です。福利厚生と賃金は、居心地の良さ(安心して働ける感覚)や自分らしくいられる感覚(自分らしく働けている感覚)、人間関係、ワーク・ライフ・バランス(WLB)といった状態に幅広く正の影響を与えていました。人事評価も、居心地の良さ・自分らしくいられる感覚・人間関係に正の影響を与えていることが観測できました。
人事評価は本来、業績や能力の評価と育成を目的とするものです。その評価制度への従業員の評価(理解・魅力・品質)が「居心地の良さ」に正の影響を与えていた点は、示唆に富みます。
そして、今回の調査で見えてきた興味深い結果の一つが、業績と定着が別々の経路で説明されたという点です。制度から結果までの道筋は、大きく2つに分かれていました。
1つは、業績につながる経路です。制度(福利厚生・人事評価・賃金)が、「自分らしく、意欲的に働ける」という状態(居場所本来感・動機づけ)や良好な人間関係を生み、それが「仕事をうまくやれている」という手応え(職能効力感)や組織理解につながって、最終的に個人業績を高める、という流れです。
もう1つは、定着につながる経路です。制度が、「安心して働ける」という感覚(居場所安心感)を支え、それが「会社への愛着」(組織愛着)を育て、定着意思へとつながっていました。定着意思を後押ししていたのは、この「会社への愛着」でした。
平たく言えば、「安心」は人を引き留める方向に、「自分らしさと意欲」は人を活躍させる方向に働いていました。同じ制度整備でも、従業員のどの状態に働きかけているかによって、効果の届く先が変わります。「定着率を上げたい」のであれば安心感と会社への愛着を育てる方向へ、「成果を引き出したい」のであれば自分らしさや意欲、手応えを高める方向へ。制度に期待する役割を、この2つに切り分けて考えるとよいでしょう。
一方で、すべての制度が一様に効いていたわけではありません。ここには、実務上とくに留意すべき2つの点があります。
第一に、効果には偏りがありました。昇進昇格、能力開発、リモートなどの柔軟勤務、副業兼業の4つについては、今回の調査では明確な影響が確認できませんでした。
ただし、これらの制度に意味がないということではありません。今回測定したのは制度への従業員の評価(理解・魅力・品質)であり、この4つは、待遇のように全員に一律に関わる制度と異なり、昇進を望むか、副業や柔軟な働き方を必要とするかが従業員によって大きく分かれる制度です。求める人とそうでない人が混在するため、全体としては影響が表れにくかった可能性があります。
だからこそ、自社の組織や従業員の特性に合った内容へカスタマイズしていくことで、状態に良い影響を与えられる余地は残されています。
第二に、負の影響を示した制度がありました。キャリア開発支援は、WLBに対してマイナスの影響を示したのです。
理由としては、キャリア開発への取り組みそのものが従業員の負担になっている可能性や、従業員のためではなく組織都合の施策と受け取られている可能性などが考えられます。
とくに業務負担が大きく余裕のない状態では、取り組みがかえって負荷を高めるだけになりかねません。「従業員のために導入した制度が、結果として仕事と生活の両立を圧迫していないか」という視点は、多くの企業にとって役立つのではないでしょうか。
なお、確認された影響の多くは、強さとしては弱〜中程度でした。制度だけで業績や定着が決まるわけではありません。
それでも、「制度から結果へ至る経路が見えた」こと自体が、制度を設計・見直しするうえでの確かな足場になります。そして今回の調査の範囲では、定着だけに効く制度、つまり「ぶら下がり社員」だけを増やしてしまう制度は見当たりませんでした。定着に効いた制度は、いずれも業績側の経路にもつながっていたのです。
まとめ:制度の「目的」を問い直す
今回の調査が示したのは、各組織制度が従業員の状態を介して、業績と定着のそれぞれに異なる経路で影響するという構造でした。この構造を踏まえると、制度を考えるときの問いは、「どの制度を導入するか」から、「この制度は、従業員のどの状態を高めるためのものか」「その状態は、自社が目指す"活躍"と"定着"のどちらにつながるのか」へと変わります。
すでに導入済みの制度についても、高めたい状態が明確になっているか、そもそも従業員に認知され、品質が評価されているか、という観点から見直すことができます。
本調査の新規性は、制度の単なる有無ではなく、従業員が感じる「認知」や「品質」に注目した点にあります。同時に、その限界も見えました。制度の認知や品質を高めるだけでは、個人業績や定着意思への影響はそれほど大きくありませんでした。
これは今後、制度の体裁を整えるだけでなく、その「内容」や「運用方針」が従業員の状態にどう作用するかまで踏み込んだ設計が求められることを示しています。また今回は、制度の具体的な中身や、制度どうしの組み合わせの効果までは検証できていません。これらは、今後の研究の課題です。
「人が定着しない」「成果が上がらない」と悩むとき、新しい制度を付け加える前に、まずは既存の制度が従業員のどの状態を高めるためのものかを確かめてみてはいかがでしょうか。
その制度は、従業員の「安心感」を支えているのか。それとも「力を発揮できる手応え」につながっているのか。従業員の状態を起点に制度を捉え直すことが、質の高い人材定着と業績向上への一歩になるはずです。
参考文献
- 独立行政法人労働政策研究・研修機構(2025)「有効求人倍率、新規求人倍率」
https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/timeseries/html/g0214.html
(2025年8月25日閲覧) - 古屋星斗(2024)「若年労働者の離職と定着、その現代的論点」『日本労働研究雑誌』
- 山本寛(2009)「人材定着のマネジメント」『中央経済社』
- 山本寛(2025)「若年者の定着や活躍に向け、企業に求められていること」『連合総研レポート DIO』
- Abelson, M. A., & Baysinger, B. D. (1984)
“Optimal and Dysfunctional Turnover: Toward an Organizational Level Model”
Academy of Management Review, 9(2), 331–341. - 厚生労働省(2025)「新規学卒就職者の離職状況(令和4年3月卒業者)」
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000177553_00010.html
- 人材採用・育成 更新日:2026/09/30
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