オンボーディング施策の深化と学術的展望―甲南大学 尾形真実哉教授に聞く―
新入社員や中途採用者が組織にスムーズに馴染み、長期的に活躍できる人材へと成長するために欠かせない「オンボーディング」。近年、その重要性はますます高まっています。
マイナビからも、去る9月に組織定着をオンボーディングの観点から論じた研究結果を発表し、その重要性や、実施すべきタイミング、要素、留意点等に関して論じております。
組織定着の重要性を考える-オンボーディング/リアリティ・ショックの観点から-
オンボーディング施策について、企業は、そして新入社員自身はどのような対応や行動をすべきなのでしょうか。今回は、オンボーディングに関して学術的な視点のもと、現場での実践におけるアドバイスを甲南大学の尾形真実哉教授にお聞きしました。
はじめに 組織社会化のためのオンボーディング施策の重要性とは
— まずは組織社会化という言葉について教えていただきたいです、これはどういう状況を表しているのでしょうか。
組織社会化とは、「新しい環境で良い人間関係を構築し、会社の文化に馴染み、仕事を覚えて高いパフォーマンスを発揮できるようになる過程」のことです。これは、新入社員が独力で成し遂げられるものではなく、人事部や職場の上司、同僚からの長期的なサポートが不可欠です。組織社会化を促進させることができれば、長期的に定着し、コア人材として会社に貢献できる人材になるでしょう。
— その『組織社会化』にオンボーディング施策はどのように影響しているのでしょうか。
新入社員にとって、入社当初のサポート体制は、1人ひとりの印象に残るものであり、会社への愛着や信頼感の醸成に大きな影響を及ぼすことになります。入社当初、「この会社は従業員のことを考え、しっかりとサポートしてくれる会社だな」と感受されるのと、「この会社は何のサポートもなく、従業員を放置する会社だな」と感受されるのとでは、新入社員の仕事へのモチベーションや組織定着に及ぼす影響が大きく異なることは、容易に想像がつくはずです。
長期的な定着とコア人材への成長は、入社当初のサポート=オンボーディングが土台になるのです。
— 記者自身を振り返ってみても、実感値として入社当時に先輩に教わったこと、参加した機会(OJTのような研修も業務外でも)、築いた人間関係など鮮明に覚えています。これがオンボーディング施策だ!と型にはめて企業、入社者側ともに理解していなくても、現場で実践されている、ということはありそうですね。
以降は、アカデミックな面から「オンボーディング」についてお話を伺ってまいりたいと思います。
効果の高いオンボーディング施策の要素とは
— 学術的に「効果が高い」とされるオンボーディング施策にはどんな要素があるのでしょうか。また、どのような状況下で効果が期待できるでしょうか。
オンボーディングに含めるべき3つの行動として、
【1】Welcome行動、【2】Inform行動、【3】Guide行動があげられます。(図1)
温かく迎え入れる職場づくり、有益な情報が得られる場づくり、仕事ができるように導くサポートは、現場で実践されてこそ効果を発揮します。それゆえ、オンボーディングの要諦は、現場にあると言えるでしょう。現場でのOJTや上司、同僚とのコミュニケーションを通じて、オンボーディングを実践していくことが重要です。
用語解説※OJTとは:On the Job Training の略。業務を通じて職業教育を行う指導・その方法のこと。
オンボーディング施策におけるOJTの在り方とは
— スムーズな組織社会化を目的としてOJTを実施する際、特に留意すべき点や、組織として検討すべき事項について、先生はどのようにお考えですか。
職場におけるOJTは、大きく2つのタイプがあると思います。
メンター制度のように公式な指導者を割り当て、その人が新入社員を指導するタイプ(マンツーマン型)と、公式な指導者は割り当てず、みんなで新入社員を指導するタイプ(チーム型)の2つです。
個人的には、マンツーマン型よりもチーム型のOJTのほうが理想的だと考えています。マンツーマン型だと指導する側の指導力や人間力が重要になりますし、新入社員との相性の問題なども関係してくるため、誰を指導者として割り当てるかをしっかりと考えて指名することが求められます。その見極めを誤ると逆効果になり、新入社員の早期離職につながってしまう可能性があります。
そのような問題を解消するためにも、みんなで新入社員の育成に関わり、みんなでサポートするチーム型は、指導力の欠如をみんなで埋め合わせることもできますし、新入社員も聞きたい時に聞きたい人に聞くことができるため、より効果的なサポートになります。また、みんなで新入社員をサポートしようとするので、良い職場環境の醸成にも効果を発揮する可能性があります。
現時点ではメンター制度などのマンツーマン型を導入している企業が多いと思うのですが、その場合組織には、誰を指導者にするのかをしっかりと見極めることと同時に、負担の大きい指導者をサポートする体制づくりが求められます。チーム型の場合であれば、みんなで育て合える環境づくりが重要になるため、組織には、管理職がそういった場づくりをすることへのサポートが求められるでしょう。
オンボーディング施策検討における注意、留意点
— オンボーディング施策の検討や実施において、企業が留意すべき点や企業の属性(規模・業界・地域)等での違いはありますか。
オンボーディングには多様性があります。
大学を卒業したばかりの新卒採用者に対するオンボーディング施策と中途採用者に対するオンボーディング施策は異なりますし、中途採用者でも管理職で採用された人と非管理職で採用された人に対するオンボーディング施策も異なります。また、企業の規模や業界という括りではなく、個々の企業の職場環境によって求められるオンボーディング施策は異なります。さらに、同じ会社でも、営業部と研究開発部では、求められるオンボーディング施策は異なるでしょう。
以上のように、新入社員の役職や地位、会社、部署など多くの要因がオンボーディングの多様性を生じさせる要因になっています。それが新入社員の適応課題にも多様性を生じさせています。そして、受け入れ側の企業としてはその多様性に応じたオーダーメイド型のオンボーディングデザインが必要になります。それゆえ、企業としては、まず自社の新入社員が、どのような適応課題に苦しんでいるのかを正確に把握することが求められるでしょう。そのためには、新入社員にインタビュー調査を行ったり、アンケート調査やパルスサーベイなどを実施し、データを分析したりすることで、自社の新入社員が直面する適応課題を明確にすることです。それができてはじめて、自社の新入社員が直面する適応課題を解消させるオンボーディング施策をデザインすることができるのです。
用語解説※パルスサーベイ:従業員の意識や満足度、エンゲージメントを短い間隔で定期的に(心拍のように)測定するアンケート手法のこと。
— なるほど。まずはそれぞれの適応課題を把握し、職場ごとに異なる課題への取り組みが重要ということですね。今年4月入社の新入社員に聞いてみる、ということもできそうですね。
新入社員自身が実践すべきこととは‐人事採用担当として身に着けておきたい知識として‐
— 続いて、新入社員自身が取り組むべきことについてもお聞きしたいと思います。新入社員の行動に焦点を当てた研究はあるのでしょうか。また、企業側から(組織社会化の促進、オンボーディング施策の成功を目的として)入社準備のアドバイスを新入予定社員にする場合、どのような情報をお伝えすべきかについてもお聞かせ願えますか。
新入社員を組織にうまく馴染ませるためには、組織からのサポート(オンボーディング)も重要ですが、新しい環境に馴染もうとする新入社員自身の努力も不可欠です。新しい環境に身を投じた時、その環境にうまく適応するために効果的な行動をプロアクティブ行動(proactive behavior)と言い、研究蓄積も豊富です。
具体的には、フィードバック探索行動や援助要求行動、人的ネットワーク構築/活用行動、学習行動、積極的問題解決行動、新風行動(環境に良い影響を及ぼすような行動)です(図2)。このような行動は、新しい環境に馴染むために効果的な行動になるため、実践することが有意義です。このプロアクティブ行動の知識は、新卒採用者と中途採用者の双方に有意義な知識であり、組織参入前に有していることで入社後の組織適応をサポートしてくれるでしょう。
さらに、プロアクティブ行動以外にも、事前に有しておきたい知識がありますが、それは新卒採用者と中途採用者で異なります。新卒採用者に対してはリアリティ・ショック(reality shock)を、中途採用者に対してはアンラーニング(unlearning)をあげたいと思います。
リアリティ・ショックは、大学から社会人になったばかりの新卒採用者が、入社前に抱いていた期待や理想が、入社後の組織現実に裏切られる心理的なミスマッチのことです。このリアリティ・ショックが組織への適応や仕事へのモチベーションを低下させてしまい、早期離職につながってしまうのです。それゆえ、新入社員が直面するリアリティ・ショックへの効果的な対処法をしっかりと伝えることが求められます。
中途採用者の場合は、前職での経験や成功体験が、新しい環境への適応を阻害する傾向があります。前職での仕事のやり方や考え方に固執してしまうと、新しい環境にはうまく適応できません。そのような前職での経験や成功体験から得られた知識を、新しい環境に合う形に修正することが求められるのです。それがアンラーニングです。中途採用者には、このアンラーニングの重要性を理解してもらい、前職での知識やスキルの活用できる部分はうまく活用してもらい、活用できない部分はアンラーニングしてもらうことが求められるでしょう。
以上のような、プロアクティブ行動やリアリティ・ショック、アンラーニングの知識は、新しい環境に自分自身をうまく馴染ませるために必要な知識であり、それは入社後の組織社会化過程に重要な役割を果たしてくれます。このような有意義な知識を、新入社員にしっかりと伝えることが人事部の重要な役割の1つになります。そして、これらの知識を新入社員に提供するためには、人事部の皆さんがこれらの知識を習得することが求められます。オンボーディングを効果的なものにするためには、人事部の皆さんの学習努力も不可欠です。
— 内定者のフォローや、入社後の知識インプットのタイミングで入社する方にお伝えできると、事象が起こった際のワクチン的な効果(ショックを軽く、被害を少なくする等)も期待できるということですね。
オンボーディングの効果を高めるために‐研究の視点から‐
— ここまで現状のオンボーディング施策に関する示唆を頂いてまいりましたが、先生が最近の研究で注目されているオンボーディングに関する視点などについてもうかがえますでしょうか。
オンボーディングの効果を高める公式を考えました。
それは、「組織の環境整備×新入社員自身の努力」です。
この公式の肝は「掛け算」というところです。掛け算なのでどちらか一方がゼロならば、効果もゼロになってしまいます。ここでの組織の環境整備とは、多くの部署との連携のことを言います。多くの人や部署が関われば関わるほど、組織の環境整備のスコアが高くなります。それゆえ、オンボーディングは、人事部と新入社員だけが頑張れば良い訳ではなく、組織全体で取り組むことが必要です。
特に、トップと現場をいかに巻き込むかが重要になります。オンボーディングのグランドデザインは人事部が行いますが、それを実践するのは現場です。現場の理解と実践がなければ、オンボーディングは絵にかいた餅なのです。現場にしっかりと実践してもらうために、トップを巻き込み、トップからオンボーディングの重要性を現場に浸透させることが有効でしょう。
いずれにせよ、オンボーディングの要諦は、現場であり、いかに多忙な現場にオンボーディングを実践してもらうか。その仕組みづくりとサポートが人事部には求められます。
おわりに
— 最後に、オンボーディング施策の検討に取り組む企業の採用担当者や研修担当者に向けてひとことお願いします。
今後、少子化によって人材獲得の困難性は高まる一方です。良い人材を確保することができなくなれば、会社の成長や永続性にも影響を及ぼす重大な組織課題と言えます。その課題を解消するのがオンボーディングです。良い人材を採用したら、定着させ、成長させ、コア人材となってもらえるように育成する。そのスタートがオンボーディングになるのです。オンボーディングを充実させないと、良い人材を採用してもすぐに転職されてしまう人材流出企業になり、淘汰される時代はすぐそこまで来ています。オンボーディングをデザインし、実践する能力は、組織の存続をかけた重要な組織能力になるのです。
新しく組織に加わった新卒採用者や中途採用者が、安心して入社し、うまく馴染み、成長へと導くオンボーディングのデザインと実践は、人事部の重要な役割です。今からでも遅くはないので、手遅れになる前に、自社の新入社員の適応課題を正確に理解し、それらを上手く解消させることができるオンボーディング施策のデザインに取り組んで下さい。会社の未来は、みなさんにかかっています。
— ありがとうございました。
編集後記
人事採用研修の担当はグランドデザインを描くが、実施の成功は現場の受け入れへの協力と新人の努力、いずれが欠けても『効果はゼロ』になるというお話を非常に重く受け止めました。
サポネットは主に「人事ご採用担当者様」向けですので、新卒学生等に直接「あなたの努力も必要」とお伝えすることは少ないですが、記事内のような知識(リアリティショック/アンラーニング)を入社予定者、採用決定者に伝えておく(ための知識を採用担当者が持つことも含め)ことで採用後のショック、働きづらさからくる退職のリスクを軽減できるとすれば、内定者等面談における話題の一つとしてもご検討いただけるかと思います。
本記事が皆様のオンボーディング施策検討の一助になれば幸いです。
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- 人材採用・育成 更新日:2025/12/12
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