初任給引き上げ以外の選択肢。中小企業でもできる“第三の賃上げ”の始め方
物価高騰や円安といった経済環境の変化、加えて近年の学生に見られる強い「安定志向」に応えようと、「初任給引き上げ」を行う企業が増えてきました。
学生が安心して就職でき、その後の生活が安定するという点で歓迎すべき動きです。また「初任給をさらに引き上げる」とする割合が、上場企業より非上場企業で伸びが顕著であったことから、初任給引き上げの動きが上場企業以外にも波及している様子がうかがえますが、その一方で上場企業と非上場企業との間での初任給格差は依然として残っています。
実際、必要性は認識していても、大幅な引き上げは容易ではないと感じている企業担当者の方も多いのではないでしょうか。
そこで今、定期昇給、業績連動昇給に次ぐ「第三の賃上げ」と呼ばれるものが注目を集めています。
「第三の賃上げ」とは何か。また中小企業が無理なく導入でき、かつ学生にも響く「第三の賃上げ」の実例や、その採用戦略への活用法について、マイナビのキャリアリサーチLab研究員であり、学生の就職観や企業の採用動向について継続的に調査・分析を行っている長谷川洋介に話を聞きました。
なぜ今「第三の賃上げ」が注目されている? 学生の思考から読み解くそのメリット
— 長谷川さん、今日はよろしくお願いします。最初に、「第三の賃上げ」とは何か。そして、なぜいま「第三の賃上げ」が注目されているのかを教えてください。
長谷川: はい。「第三の賃上げ」とは、定期昇給(第一の賃上げ)、ベースアップや業績連動昇給(第二の賃上げ)とは異なり、福利厚生を手厚くすることで従業員の実質的な手取額を増やし、生活の安定につなげる取り組みを指します。
そういった取り組みの中には税制上の優遇を受けられるものもあるため、学生や従業員だけでなく、企業側にもメリットが大きいことが特長です。
そのニーズの根底にあるのは、学生の「安定志向」です。
物価高騰、円安、不透明な世界情勢など、社会不安が強い時代に社会人として独り立ちしなくてはならない今の学生たちは、就職後の生活への強い不安から、就職先企業に安定性を強く求める傾向にあります。
とはいえ、それは必ずしも「上場企業であること」や「大手企業であること」だけを指しているわけではありません。
長谷川: 学生に「企業に安定性を感じるポイント」を尋ねた調査では、大手であることよりもむしろ、「福利厚生が充実している」「安心して働ける環境である」といった項目の方が高く評価されていることが分かります。
これは、福利厚生や働き方に対する支援が厚い企業に対し、その事業規模だけでは計れない企業としての体力や、従業員への向き合い方を見ていると考えてよいでしょう。
— 確かに、一昔前の「安定性」といえば、大企業が真っ先に思い浮かびましたが、今は必ずしもそうではないんですね。
長谷川: そうなんです。大手企業であっても福利厚生が手薄であれば学生から注目されない可能性がありますし、裏を返せば、中小企業であっても福利厚生の充実を図ることで学生の関心を引ける可能性があるわけです。
そこで、「第三の賃上げ」が注目されているというわけです。
就活生に刺さる「第三の賃上げ」とは?
— 「第三の賃上げ」のイメージが具体的になってきました。では次に、具体的な施策についてお聞かせください。
長谷川: はい。代表的なものとして「住宅手当」や「借り上げ社宅」といった住環境支援や、その他手当や補助などがありますが、「奨学金返済支援」もその一つです。
人によって状況は異なりますが、奨学金は基本的に卒業と同時に返済が始まり、人によっては40歳ごろまで、数百万円を分割して返済することになります。これは、社会に出る前の学生にとって想像しにくいほどの長い期間であり、大きな金額です。
この返済を代理する、または一部支援する制度が「奨学金返済支援」です。これは学生にとって非常に魅力的に映るのはもちろん、企業にとっても税制上の優遇措置が受けられる場合もあるため導入しやすく、中小企業の採用競争力向上に寄与するでしょう。
長谷川: 実際、マイナビの調査では上場企業よりも、非上場企業がこの施策を取り入れています。
— 確かに、奨学金返済支援は学生にとって魅力ですね。他にはどのような施策があるのでしょうか。
長谷川: 将来的な資産形成を見据えた施策も有効です。
長谷川: 年金問題、老後2,000万円問題などの報道が盛んに行われる中で、学生は老後についての不安を強く感じていることがこの調査から分かります。
そのような学生の志向に合わせ、例えばiDeCo(個人型確定拠出年金)の拠出金支援や、ファイナンシャルプランナーによる資産形成支援のセミナーや個人相談会を開催するといった施策を行っている企業もあります。
— 住宅手当や奨学金返済支援のように当面の暮らしをサポートするもの、iDeCo支援やファイナンシャルプランナーによる支援のように将来にわたる安心をサポートするもの、いずれも人気なのですね。
長谷川: そうですね。さまざまな制度を組み合わせることで、社会に出ることの不安、老後に対する不安、いずれにも応えることができるのが「第三の賃上げ」のメリットです。しかも、第一・第二の賃上げと異なり、基本給に対する賃上げではないことから、労務費負担も比較的小さく済むため、中小企業でも導入ハードルを低く抑えられます。
そして何より、「ここでなら安心して働けそうだ」「長く勤められそうだ」と、学生が思える企業になることが、採用市場での優位性獲得だけではなく、入社後の定着にも寄与するでしょう。
「どう伝えるか」が勝負 「第三の賃上げ」、訴求ポイントは?
— ここまでで、「第三の賃上げ」に大きなメリットがあることが分かりました。しかし、制度があるだけでは学生にとっての魅力にはなりません。どのように伝えるかも重要ですね。
長谷川: そのとおりです。「第三の賃上げ」は福利厚生に当たりますが、そういった情報は採用活動の中で伝えるのが難しい分野になります。
事業の面白さ、社風の良さといった情報は動画やSNSなどを使って魅力的に伝えられますが、福利厚生はどうしてもテキストベースになりがちで、学生に魅力的かつ確実に伝えることが難しいのです。
そこでお勧めなのは、それを「社員の声」として伝えることです。例えば社風や働きやすさを伝えるコンテンツの中で、「住宅補助があるので安心して暮らせる」と言ってもらったり、若手社員が趣味を楽しんでいる様子を伝えることで生活の安定性を想像させたりするような方法です。
制度についてテキストで伝えようとすると、どうしても堅くなりがちで学生の目には留まりにくいのですが、このような方法であれば、分かりやすく魅力的に伝えられます。
— なるほど。制度そのものを伝えるのではなく、その制度によって得られる「実感」にフォーカスするわけですね。
長谷川: はい。他には、親御さん向けの情報として提供することも有効でしょう。
社会人経験のない学生にとって、福利厚生制度の有用性や魅力はどうしても分かりにくいものですが、社会人経験のある親御さんであれば、「この制度は暮らしを楽にしてくれそうだ」「将来も安心して暮らせそうだ」と実感をもって理解することができます。
その上で、親御さんから学生に向けて「この企業は安心できそうだぞ」と伝えてもらう。そんな効果を狙った取り組みも有効でしょう。
無理は禁物 自社に合った福利厚生制度導入を
— では最後に、実際に導入するに当たっての注意点についても聞かせてください。
長谷川: はい。ここまでお話ししてきたように、「第三の賃上げ」は採用市場での優位性獲得の面でも、実際に従業員の生活を助ける意味でも非常に有効な一手です。また、他の賃上げよりも相対的に労務費負担も小さく済みます。
ですが、もちろん負担がゼロというわけではありません。
採用のために無理して制度を導入し、維持できずに廃止するようなことになれば従業員の心が離れて離職を招きかねませんし、なにより事業を圧迫してしまっては元も子もない。自社にとって無理なく導入できる内容であるかどうか、しっかりと検討することを忘れないでください。
また、採用市場での優位性獲得を狙うのであれば、「どのような学生に・なぜその制度が魅力的なのか」をしっかりと分析することで、導入する制度とアピール方法を絞り込みましょう。
— いくら魅力付けにつながるからといって、無理して導入するのは危険ですね。
長谷川: そのとおりです。奨学金返済支援制度で少しお話ししたように、「第三の賃上げ」として導入できる制度の中には税制優遇が受けられるものもあります。そういった情報もしっかりと収集し、優遇の条件なども確認した上で、無理なく、学生の安心と従業員の暮らしの安定に寄与する制度を選んで導入していってください。
— 今日は具体的かつ実践的なお話をありがとうございました!
“等身大の魅力”が、持続可能な採用力につながる
初任給の大幅な引き上げが難しい中小企業にとって、「第三の賃上げ」は、限られたリソースの中でも学生の心をつかみ、選ばれる企業になるための現実的な選択肢です。
奨学金返済支援、住宅手当、資産形成支援など、生活に根差した制度は、給与の額面以上に“働く意味”や“暮らしやすさ”を感じさせるもの。企業規模にかかわらず、誠実に学生の不安や将来に向き合う姿勢を伝えることで、企業の魅力は確実に伝わります。
無理のない範囲で、自社に合った制度を一つずつ、丁寧に整えること。それこそが、持続可能な採用力を育てる第一歩になるでしょう。
●HUMAN CAPITALサポネットについて
採用・育成・組織戦略ご担当者さまの課題に寄り添う、 マイナビの情報メディア「HUMAN CAPITAL サポネット」。
採用戦略や手法の好事例、学生や求職者とのコミュニケーション設計、採用・選考における基本ルールやノウハウ、人材定着と組織生産性向上を視野に入れた研修・育成、現場での事例紹介まで、さまざまな課題やお悩みに寄り添うコラム、セミナー、市場調査データなどをお届けしてまいります。
また、会員登録していただくと採用・育成に役立つ資料や、調査データのダウンロードが可能となりますので、ぜひご登録ください。
会員登録はこちら- 人材採用・育成 更新日:2025/07/31
-
いま注目のテーマ
-
-
タグ
-