対策率は6割超、それでも休職者はなぜ減らないのか? 「変化」をリスクに変えない組織の共通点
「対策しているのに増えている」メンタル不調の実態
厚生労働省の「労働安全衛生調査」によると、現在、仕事に関して強い不安や悩み、ストレスを抱えている労働者は約68〜82%(※1)にのぼります。一方で、メンタルヘルス対策に取り組む事業所の割合も63.2%(※1)に達しており、多くの企業がすでに何らかの対応を進めている状況です。 しかし注目すべきは、その“ギャップ”です。多くの人がストレスを抱え、企業も対策を講じているにもかかわらず、現場ではメンタル不調による休職者が増え続けています。つまり、現在の対策だけでは拾いきれていない不調や、表面化していないリスクが一定数存在している可能性があります。 こうした見えにくい不調は、気づかれないまま進行し、キャリアの継続や選択に影響を及ぼすことも少なくありません。この現状を踏まえ、キャリア形成とメンタル不調の関係について、浦川史歩先生とともにその構造とリスクを紐解いていきます。 (※1 厚生労働省 令和6年「労働安全衛生調査(実態調査)」および 令和5年同調査)昇進・就職・役割変化――キャリアの節目で起きるメンタル不調の実態
Q: 近年、メンタル不調を訴えるビジネスパーソンが増えていると聞きます。先生は、キャリア形成とメンタル不調の関係性をどのように捉えていますか?
浦川先生: まずお伝えしたいのは、「変化はすべてメンタル不調のリスクになる」ということです。昇進や転職といった、一見すると喜ばしい変化であっても例外ではありません。役割や環境の変化は、多くの人にとってストレスの原因になりやすいものです。特にキャリアの節目は、本人が意欲的であればあるほど無理を重ねやすく、気づかないうちに心身の限界を超えてしまうケースもあります。企業でもメンタル不調による休職者の割合は増加していますが、それは単に制度が整ったからではなく、働く人が直面する「変化」の激しさが、適応の限界を超えやすくなっているのだと感じています。Q: 若手社員の場合、キャリアのスタート地点でメンタル不調を経験すると、どのような懸念がありますか?
浦川先生: 若手の方は、学生から社会人への「役割の激変」というストレスにさらされています。大学での学びが実務に直結しないことも多く、その戸惑いからメンタルを崩しやすいケースもあります。この初期段階で挫折を経験してしまうと、「自分はこの仕事に向いていないのではないか」という自信喪失や、選んだ道への迷いが生じたりします。仮に、休職して復帰した場合も、「また同じことが起きるのではないか」という再発への不安がつきまとい、長期的なキャリア形成に対して消極的になることが懸念されます。キャリアの早い段階で負った心の傷は、その後の仕事観や挑戦する意欲に深く影を落としてしまうのです。Q: 一方で、30代から40代の中堅層では、どのような要因で不調をきたすことが多いのでしょうか?
浦川先生: 中堅層にとっての転換点は、管理職への昇進やマネジメント業務への移行といった「業務上の役割変化」です。それまでは個人として高いパフォーマンスを出せば評価されてきた人が、他者の管理という全く異なるスキルを求められるようになり、そこに大きなギャップが生じます。また、この年代は、結婚や出産、育児といったプライベートのライフイベントが重なりやすい時期でもあります。特に責任ある立場を任されるタイミングと家庭の変化が同時に訪れることで、逃げ場のない複合的なストレスにさらされます。こうした公私の「役割の変化」が一気に押し寄せる構造が、中堅層のメンタルリスクを押し上げる要因の一つになっています。Q: 不調をそのままにしてしまった場合、どのような影響が考えられるのでしょうか?
浦川先生: 実感を申し上げると、専門医のもとを受診された時点ですでに7〜8割の方は休職が必要なレベルに達しています。さらに、うつ病などで休職した方のうち、約半数が将来的に再休職を経験する可能性があるというデータもあります。もし不調の引き金となった「環境(業務量や対人関係)」が変わらないまま復職すれば、再発のリスクは高くなります。一度、休職や離職に至れば、キャリアの継続性に大きな影響を与えるおそれがあります環境調整を疎かにせず、キャリアの断絶をなるべく防ぐための対策が必要です。数値に表れないSOSに気づき、組織全体で“弱音”を拾い上げる仕組みを
Q: 多くの企業で「ストレスチェック」が導入されていますが、これで従業員の不調を防ぐことは可能ですか?
浦川先生: ストレスチェック自体は、産業医面談のきっかけ作りや、組織としてリスクに気づくための手がかりになる点で有効です。ただ一方で、面談が業務時間内に行われるなどの運用上、本人としては「周囲に知られてしまうのではないか」と感じやすい側面もあります。現在のストレスチェックで「高ストレス」と判定される閾値(しきい値)はかなり高く設定されており、日常生活に大きな支障が出る手前の段階では、拾いきれないことも多い仕組みになっています。実際、私の外来に来る患者さんの中にも「受診はしているけれど会社のチェックには引っかからなかった」という方が多くいらっしゃいます。また、「不調がバレると評価に響くのではないか」という懸念から、あえて回答を偽ってしまうケースも少なくありません。数値の結果が良好だからといって、必ずしも「全員が健康である」とは言い切れないのが実態です。だからこそ、数値に表れる前の「違和感」の段階で声を上げられる環境づくりが、重要になるのです。Q: 制度の限界を補うために、企業側はどのような一手を打つべきだとお考えですか?
浦川先生: まずは、メンタル不調の多くが環境要因による「適応障害」であることを理解し、環境を調整する視点が重要です。社員個人のレジリエンス(回復力)に頼るだけでなく、組織としての仕組み作りが求められます。そこで鍵となるのが、「Vulnerability(脆弱性・弱さ)」を許容するリーダーシップです。「リーダーは常に強くあるべき」という固定観念を捨て、上司自らが完璧ではない姿を見せ、弱音を吐き、助けを求め合える文化を作ること。これにより組織全体の心理的安全性が高まり、不調が深刻化する前に「弱音を拾い上げる」ことが可能になります。組織を変えるには、「相談することがリスクにならない」という空気感を作っていくことが大切だと感じています。早期のメンテナンスとして活用するカウンセリングと、社外窓口の価値
Q: 不調を感じた際のカウンセリングの活用について教えてください。
浦川先生: カウンセリングは、日々の「メンテナンス」としてもっと気軽に利用されてよいと思います。例えばアメリカやドイツでは日本よりも受診のハードルが低く、オンラインや対面など多様な形で日常的に活用されています。カウンセリングの大きな価値は、対話を通じて自分の状況を冷静に俯瞰する「メタ認知」ができる点です。自分の考え方の癖や、対人関係のパターンに気づくことができれば、ストレスに対する乗り越え方(コーピングスキル)を身につけることが可能です。一度こうしたスキルを習得すれば、別のトラブルに直面した際にも対処しやすくなり、結果としてメンタル不調の再発予防にもつながります。Q: 社内に相談窓口を置く企業も多いですが、あえて「社外」の窓口を利用することは、どのようなメリットがありますか?
浦川先生: 社外の相談窓口のメリットは「心理的安全性」です。社内だと、どれほど守秘義務を謳っていても「話した内容が評価に影響するのではないか」という不安を拭い去ることは難しく、利用のハードルを上げてしまいます。一方、社外の窓口であれば、職場から切り離された「安全な場」として安心して本音を話すことができます。仕事の文脈から一度離れて自分自身と向き合う時間を確保することは、心の安定に非常に大きな効果があります。社外で専門家と対話し、気持ちを整理してまた仕事に戻るという「切り分け」ができる仕組みは、従業員が働き続ける上で非常に重要です。Q: 最近ではAIに悩みを相談するという人が結構います。専門家によるカウンセリングとは何が違うのでしょうか?
浦川先生: AIは、誰にも言えないことを即座に吐き出せる「場」としての利便性には長けています。しかし、メンタルケアの本質においては、AIだけでは不十分な点が明確にあります。近年の研究でも指摘されている通り、心理療法の成功には、共感や倫理的判断、感情的な応答といった「人間同士の関係性(治療同盟)」が不可欠です。AIは肯定的な言葉を返してくれますが、その人の歩んできた文脈を深く汲み取った対話は難しく、時に表面的な回答に留まることもあります。 何より決定的な違いは「リスクアセスメント(危険性の判断)」です。自他害の恐れがあるような深刻なケースにおいて、命を守るための的確な判断と介入は、現状のAIにはできません。利便性はAI、深い共感とリスク判断は人間、という使い分けが必要になるでしょう。メンタルヘルスは不調対応だけでなく、組織を強くする人材戦略へ
Q: 先生のお話を伺うと、メンタルヘルス対策は企業の成長戦略に関わる重要なテーマだと、あらためて感じました。最後に、人事や経営層の方々へのメッセージをお願いします。
浦川先生: 重要なのは、ストレスチェックを「入口」として捉える視点です。検査によってリスクを可視化することは出発点に過ぎず、その後の産業医面談や継続的なフォロー、さらには業務内容や人間関係といった環境改善までを含めて、一体的に取り組むことが求められます。数値だけで安心するのではなく、その先にある対応こそが本質です。 メンタルヘルス対策は「不調者を減らすための守りの施策」だけでなく、「人材の定着や成長を支える攻めの施策」として捉える必要があります。キャリアの途中で不調により離職や休職に至ることは、本人にとっても企業にとっても大きな損失です。早期に不調の兆しを捉え、適切に支援することは、結果として離職防止やエンゲージメント向上、生産性の維持・向上にもつながります。 そのためには、個人任せにするのではなく、組織として「不調や困りごとを早期に拾い上げられる仕組み」を持つことが大切です。社内外の相談窓口を整備し、誰もが安心して声を上げられる環境をつくること。さらに、ストレスチェックやカウンセリングといった施策を点ではなく線でつなぎ、継続的に支える体制を構築することが、これからの企業に求められます。マイナビでは、従業員のメンタルケアに着目したサービス「welltowa」をご提供しています。お気軽にお問合せ・ご相談ください。
<マイナビが提供するメンタルケア>
男女を問わない従業員のメンタルケアをはじめ、働く女性のヘルスケアや、生理痛体験研修など、心身のケアに着目した研修を提供しています。ヘルスケアの観点から、職場の理解促進や定着率向上を支援します。
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浦川 史歩(うらかわ・しほ)氏 心療内科医・産業医
イギリスの大学院にて Medical Ethics and Law の修士号を取得。ドイツ駐在帯同からの帰国後、都内の小児科クリニックで「女性のための心療内科」の立ち上げと診療に携わり、女性のライフステージに伴う心身の課題や働く女性のメンタルヘルス支援に従事。産業医として企業のストレスチェックなど職場のメンタルヘルス対策にも関わる。自身の海外留学や駐在帯同の経験を背景に、駐在員や帯同家族など海外で生活する日本人のメンタルヘルス支援にも関心を持ち活動している。2025年夏より駐在帯同で米国に転居。現在はオンラインで世界各地に在住する日本人を対象にカウンセリングおよびコーチングを提供している。
- 人材採用・育成 更新日:2026/04/17
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