なぜ記者会見は見ていてイライラするのか?
最近、企業不祥事などの記者会見がネットで生中継される例が増えました。
そうした会見では、ときどき記者の質問がSNS上で炎上します。ツイッターを同時並行で眺めていると、「失礼だ」「しつこい」など会見内容そっちのけで記者に対して怒っている人さえいます。ただ、プロの立場から擁護しておくと、そうした言動が「必要な情報を引き出すためのテクニック」であるケースも少なくないのです。
例えば世間で評判が悪い記者の行動に、「同じような質問を繰り返す」というのがあります。会見者がすでに答えたことを何度も聞くので、「ちゃんと話を聞け!」「記憶力がないのか!」と怒りが湧いてくるかもしれません。会見者も、三度目くらいからはうんざりした表情を浮かべています。しかし考えてみれば、いくら記者の記憶力や理解力が低くても、毎回「質問の繰り返し」が起きるのは不自然です。あれは要するに記者が「あえて」やっているのです。
もちろん、中には「自社のレポーターが質問する風景を撮影したい」という理由で、すでに出た質問を繰り返すテレビ局も存在します。しかし新聞の場合は、ライバル社がした質問への答えを記事に引用してもなんら問題ありません。ではなぜ、似た質問を繰り返すのでしょう。
そもそも、記者が会見で最も力を入れるのは「想定問答集にない答えを引き出すこと」です。不祥事の釈明にせよ新商品の発表にせよ、会見者は「模範解答」を作ったうえで記者の前に現れます。実際には後ろ暗いところがあっても、その通りに答えれば辻褄が合い、責任も問われないような言葉を用意しているわけです。
これは面接を受けにきた人や、商品を売り込みに来た人も同じでしょう。あらかじめ相手の質問を想定し、自分に都合のいい情報だけを伝えようとします。知られると不利になることには触れず、ポジティブな側面を伝えられるように表現します。その際、適当に答えていると矛盾が生じてしまうので、事前に整合性や説得力のある「カバーストーリー」を準備するわけです。
しかし想定内の回答で満足していては、真実を探るという記者の使命は果たせません。それは面接官なども同じでしょう。では、カバーストーリーを用意している相手から「本当のこと」を聞き出すにはどうすればいいのか。その対策の一つが、同じ内容を言葉や角度を変えながら質問することなのです。
自分が会見者や面接の受験者になったつもりで考えてみてください。同じことを何度か聞かれたとき、事前に覚えた文言を質問に合わせて答え方を変えて答えることはできるでしょうか。どんな質問に対しても、同じ表現でしか答えられなければ、相手に「カバーストーリーを作って暗記した」のではないかと疑われてしまいます。会見者なら、記者や中継を見ている人たちに「想定問答をそのまま読み上げているな」と思われ、印象が悪くなります。
それを避けるには、言い回しを変えたり、新たな情報を付け加えたりしなければなりません。これは、自分が本当に経験したことについて語っている限りは難しくありません。しかし、想定問答集やカバーストーリーに沿ってしゃべっている人にとっては、なかなかの難題なのです。
例えばある事件の経緯について説明しているとしましょう。正直に答えている場合、当時のことを思い出すだけなのでスラスラ答えられ、内容に矛盾も生じません。しかし、想像で作り上げたストーリーの場合、細かい点を新たに創作して答える必要が出てきます。その場の思いつきで答えた部分はしっかり記憶していないので、少し時間をおいて質問を繰り返されると、だんだん筋が通らなくなってくるはずです。
つまり、似たような質問を角度だけ変えて繰り返すことにより、相手が本当のことを包み隠さず答えているかどうかを試すことができるのです。当たり障りのない答えを用意していても、言葉を変えて答えているうちに、つい本音や隠しておきたかった事実を口にしてしまうものです。隠していることがある場合は、説明にほころびが生じるでしょう。不審な点があれば、それについて細かく聞けばいいのです。
似た質問を繰り返すことには心理的な効果もあります。同じことを何度も聞くと、「前の答えに納得していない」という意思表示になります。このため、相手へのプレッシャーになり、動揺を誘えるのです。「また同じ質問か!」とイライラさせることでも同様の効果を得ることができます。
こうした心理戦も、記者会見ではよく見る光景です。ときどき、ひどくぞんざいな口調で質問する記者がいて、ネットユーザーから「何様のつもりだ!」とバッシングされています。私も正直、いかがなものかと思います。しかし、手段はともかく「相手を感情的にさせる」ことは、会見で情報を引き出す上で重要なポイントなのです。
最近は減りましたが、私が新米記者だった頃は「相手を怒らせる技術」を自慢する先輩がたくさんいました。相手の痛いところを突いたり、失礼な態度をとったりして一瞬で相手をカッとさせてしまうのです。とくに事件などを担当する社会部記者の間では、会見で登壇者を怒鳴らせるのは古典的な取材テクニックとされていました。
それはなぜか。自分が激怒したときのことを思い出してください。理性が吹き飛び、「思わず心にもないこと、言ってはいけないことを口走ってしまった」という経験はないでしょうか。「つい、秘密を漏らしてしまった」という人もいるかもしれません。記者の狙いはそこにあるのです。
もちろん最近はこうした荒っぽい手法は許容されなくなりつつあります。会見だけでなく、マスコミの採用試験でも、「圧迫面接」をしたらネットに書かれて会社の評判を落とした、という話を時々聞きます。しかし、相手の感情を揺さぶるだけなら、怒らせる以外にも色々方法はあるのです。
会見でよく使われるのは、「悲しい場面」「悔しい場面」についての説明を求め、思い出させるというやり方です。記憶を辿っているうちに、そのときの感情が蘇って抑えられなくなった経験は誰しもあるでしょう。そもそも会見に臨む人はかなり特殊な心理状態なので、簡単に感情が高ぶってしまいます。話しているうちに涙ぐんで言葉に詰まる、という場面もよく目にします。こうした状態になると、人は理性的に話すことができなくなります。記者の側から見れば、本音や秘密を引き出しやすい状態になるのです。
実際の会見では、以上のような手法を会場にいる記者が「阿吽の呼吸」で役割分担して使うこともあります。例えば、ある記者が高圧的な態度で厳しい質問をぶつけて動揺させ、次の記者が温和な態度で同情的な質問をするといった具合です。会見者は「味方」が現れた気になり、つい喋りすぎてしまうわけです。
こうしたテクニックの多くは、おそらく記者の取材相手である刑事や検事、弁護士らから伝わったものだと思います。被疑者の取り調べや裁判での尋問も、相手が隠していることを聞き出すという点で多くの共通点があるからです。その意味では、採用面接などとも似た点は少なくないはずです。そういう視点で記者会見でのやり取りを観察すると、仕事上のヒントが得られるかもしれません。
- 人材採用・育成 更新日:2019/12/24
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