昨今、採用コストの高騰や雇用流動化の加速を背景に、企業は人材の獲得のみならず、
定着と活躍までを見据えた育成計画やサポート体制構築、制度設計等が求められている。
さらには、VUCAと呼ばれる不確実性の高い経営環境の中で、
個人は成果を出すために日々新たな知識や行動様式への適応を求められている。
このような状況の中、企業は持続的な成長を遂げるために、採用した人材をいかにして組織に定着させ、
早期に戦力化するのか。本研究では、この命題に対し、オンボーディングプロセスに焦点を当て、
研究した成果をもとに考察と提言を行う。
組織定着における
課題とは?

新入社員の企業への定着において、企業に適応させること(馴染ませること)が重要である。新入社員が入社後に、企業の文化・価値観・歴史・ルール等への理解を深め、業務遂行に必要なスキルを習得するプロセスを経ることで、企業への適応が進む。これが組織社会化である。
この組織社会化がうまくいかない要因の1つに、入社前の期待と入社後の現実との乖離によって生じる「リアリティ・ショック(以下、RS)」がある。
これは、成長機会や職場環境、評価制度などに対する期待が裏切られたと感じた際に起こる心理的反応であり、組織への信頼や愛着を低下させ、離職意向を高める影響が確認されている。
オンボーディング
とは何か?

本研究におけるオンボーディングとは、採用後から入社初期段階において、個人が職場環境に適応し、組織の一員として定着するための支援プロセスである。
前述の新入社員が企業に馴染んでいくことを促す企業が実施する施策を意味することが多く、例えば、業務理解や人間関係構築の補助、心理的安全性の確保、RSの抑制などの施策などが該当する。
一般的な
オンボーディングの
プロセスの施策例
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- 入社前
- ・会社見学の実施 ・会社案内や組織に関する情報を送信 ・ケアパッケージの送付(会社に関する製品など)
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- 入社直後
- ・会社のビジョンやバリューの共有 ・導入研修の実施 ・メンター制度の実施 ・OJT制度の実施
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- 入社数ヶ月以降
- ・入社後の振り返りや、会社の目標、方向性のすり合わせなど
研究成果から判明した
人材定着に関わるポイント

言い換えると、離脱を防ぎ、定着を促進する際に、最も重要な時期はterm1であり、入った直後に手厚いフォローアップを行うことが、重要である可能性がある。

※●は強い抑制の影響(偏回帰(β)係数が0.2以上)
〇は抑制の影響(偏回帰(β)係数が0.1以上0.2未満)
△は弱い抑制の影響(偏回帰(β)係数が0.1未満)
空白は影響なし
×は弱い促進の影響(偏回帰(β)係数が-0.1以上)として記載


RJPの有無によって、RSに差が生じることが伺えた。
※同じタームにおいて、ショック毎に特に良いGapの場合、青色にしています。
同じタームにおいて、ショック毎に良いGapの場合、水色にしています。
同じタームにおいて、ショック毎に悪いGapの場合、赤色にしています。
研究成果を通した
提言ポイント





研究者データ
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小笠原 洋平
2004年4月大学卒業後、毎日コミュニケーションズ(現マイナビ)に入社。
キャリアナビ事業部(現転職情報事業本部)にて、中途採用に関するコンサルティング営業に従事。
その後、2009年から研修企画部(現教育研修事業部)へ異動し、人材開発・組織開発に関するコンサルティング営業に従事。
また、新組織の立ち上げ(営業部門、人材開発部門、営業支援部門、事業開発部門)、教育体系構築、事業責任者なども経験。
2025年4月から、新たにシンクタンク事業の責任者として立ち上げに携わる。 -
今井 良
明治大学大学院2015年卒。
2013年より大手教育会社にて商品企画・営業・コンサルティングに従事。
2017年マイナビ入社。一貫して人材開発・組織開発に関わる商品開発・研究調査に携わる。
2019年HRtrendlabを主任研究員として新規立ち上げに参画。2024年HRtrendlab所長。
2025年より現職。 -
遠藤 毅
東京科学大学(旧東京工業大学)大学院を2012年卒。
同年よりモバイル広告代理店にて、アプリ開発・インフラ保守運用・制作業務に従事。
2017年マイナビ入社。2025年まで人材開発・組織開発に関わる商品開発・研究調査に携わる。
2025年より現職。
今後に向けてと結び
本研究調査から得られた知見は、単なる人材定着施策の改善にとどまらず、組織文化の再構築や人的資本経営の基盤づくりにもつながる可能性を持っている。
今回は、主に「組織と個人のマッチング」という観点に焦点を当てた調査を実施したが、これはあくまで一側面に過ぎず、より包括的な理解には至っていない。
個人にとっては短期的な利益が魅力となる一方で、組織にとっては長期的な利益が重要であり、この利害の非対称性を乗り越えるためには、教育・労働・雇用といった個別の制度設計だけでなく、社会全体の基盤からベストプラクティスを探索・検討する必要性が髙いと考えられる。
今後の研究において、個人と組織の関係性を断片的に捉えるのではなく、キャリア形成・人材活用・組織運営の連続性の中で観測し、個人と組織のあるべき関係性の知見を深めていくことを目指していく。